2015年4月アーカイブ

Happy Workplace Programとは

2014年4月に開催したHappy Workplace東京セミナーにて

──前編、中編ではお二人の現在にいたるまでの経緯をお話いただきましたが、後編では現在の具体的な活動について詳しく教えてください。まずHappy Workplace Programとはどういうものなのですか?

大和茂さん(以下、茂) 「Happy Workplace Program」とは、タイ政府専門機関タイヘルスが開発した職場健康づくりプログラムの総称です。具体的には、タイの文化や価値観を多分に反映させた「Happy8」と呼ばれる下記8つの項目から構成されており、これらの多面的なアプローチを通して、従業員の身体的・精神的な健康増進及び幸福度向上を目指しています。

■Happy8とは
1.Happy Body:心身共に健康な体を作る
2.Happy Soul:道徳心と信頼を培う
3.Happy Relax:リラックスする時間を持つ
4.Happy Heart:親切心と思いやりを持つ
5.Happy Brain:生涯学習を促進する
6.Happy Money:適切なお金の管理をする
7.Happy Family:社員の家族にとっても幸せな環境を構築する
8.Happy Society:充実した社会の実現及び周りの人をいたわる

タイ社会において「Happiness(幸せ)」という概念は、とても重要視されています。例えば、タイ政府として「幸せ」をタイ国民の「健康」を構成する重要な要素の一つと位置づけています。これを職場という観点で考えてみると、「Happy8」は、快適で健康な職場の基本コンセプトと言えます。また、上記7の「Happy Family」や8の「Happy Society」があるように、従業員本人の健康や幸福だけではなく、従業員の家族や会社を取り巻く地域社会も「Happy8」の対象となっていることも特徴です。

大和亜基さん(以下、亜基) タイヘルスが公式発表している「健康づくりに関する10ヵ年計画」の中に「国民の幸福度向上」を明確に謳っているくらいですからね。

タイヘルスの公式プロジェクト責任者

──茂さんはそのHappy Workplace Programをタイ国内外の多くの組織に普及させるために発足した「Happy Workplace International Project」の責任者ということですが、具体的にはどのような活動をしているのですか?

 「Happy Workplace International Project」チームは日本人とタイ人の専門家で構成されており、在タイ外資系企業の外国人経営幹部への説明やHappy Workplace Program導入に伴う支援をしています。特に、タイの外資系企業の中でも会社数が多い日系企業へのアプローチには力を入れています。また、海外におけるタイヘルスやHappy Workplace Programの情報発信も私の重要な役割の一つで、海外の国際会議や各種メディアを通した情報発信にも注力しています。アジアを中心とした各国の保健省担当者や国連のWHO(世界保健機関)などがタイの職場健康づくりを視察に来た際の対応や協業検討なども私が担当しています。

タイヘルスを訪れた東南アジア各国の保健省幹部やWHO(世界保健機関)職員にHappy Workplace Programを説明する茂さん

──現在Happy Workplace Programを導入している企業はどのくらいあるのですか?

 継続したPR活動のおかげで、タイ全土で、民間企業、政府系組織、大学、寺院など含めて2000組織は超えています。しかしながら、導入している組織の特徴の一つとして、タイ人の経営トップが、タイヘルスとHappy Workplace Programの理念に強く共感し、経営戦略の一つとして同プログラムを推進しているということが挙げられます。一方で、外国人が経営トップに付いている在タイ外資系企業においては、未だに普及は限定的というのが実情です。昨年一年間をかけて、ようやく一部の在タイ外資系企業の外国人経営層にも正しく認知してもらえるようになりましたが、今後もより多くの経営層に知っていただく機会を作りたいと考えています。

具体的な普及活動

──タイの国内でHappy Workplace Programを導入する会社を増やすために具体的にはどういうことをしているのですか?

 大きく2つあります。1つは在タイ外資系企業で働く外国人経営層の意識喚起を目的とした取り組みです。具体的には、定期的に経営層向けセミナーやワークショップを英語または日本語で開催しています。セミナーでは、タイヘルスが取り組んでいるHappy Workplace Programの理念や導入事例などを紹介しています。また、講演会や国際会議などに呼ばれることもありますので、そのような機会も活用し、できるだけ多くの方々にHappy Workplace Programの情報を届けることを心がけています。もちろん、必要に応じて経営者を個別に訪問し、英語や日本語で丁寧に説明を行い、タイで働く外国人経営層が持つ疑問にしっかりと回答するようにしています。もう1つは、メディアや学術論文を通した情報発信です。例えば、タイの日本人向けビジネス誌などからご依頼をいただき、Happy Workplace Programに関する記事を執筆しています。また、研究者としては、日本産業衛生学会などの学会誌に研究論文という形でHappy Workplace Programを紹介することも行っています。

Marimo5の活動

──「Marimo5」ではどのような活動をしているのですか?

Marimo5が提供する社員食堂のシェフ向けトレーニング

 企業などにおいて、タイ人従業員の健康づくりを実現するための健康教育プログラムを開発・提供するのがMarimo5の主たる取り組みです。具体的には、「食」に軸をおいており、従業員向け食育ワークショップや社員食堂がある企業様向けには、社員食堂シェフトレーニングや健康メニュー開発などのサービスを提供しています。また、職場健康づくりに関係する企業との商品・サービス開発なども今年は力を入れています。

亜基 夫と一緒に事業を始めて職場訪問の機会が増えたことで、タイにおける肥満人口の多さに驚きました。最近の調査では国民の4分の1が肥満という結果が出ています。その肥満問題をなんとかしなければならない、そのためにこれまで私個人やMarimo5で取り組んでいた健康や食育に関する活動が役に立つのではないかと考え、サービスとして提供しはじめました。


──Marimo5におけるお二人それぞれの役割は?

亜基 役割分担という意味では、食育ワークショップなどをタイ人栄養士や専門家と一緒に実際にオペレーションするのは基本的に私が担当しています。その他サービスも「食」に関する部分は、私が中心となって開発しています。あとはウェブサイトやSNSを活用した情報発信などの広報活動は、私が担当しています。

 私の方は、経営全般に加え、政府や企業との提携交渉、国際展開に向けた戦略立案、新たなビジネススキーム構築などを担当しています。

NHKにも取り上げられた昨年9月の経営層向け食育ワークショップの様子

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具体的なソリューション

──具体的には企業にどのようなソリューションを提供しているのですか

亜基 基本的な考え方は、「健康教育+適切な機会」の提供です。「健康教育」とは、従業員向け食育ワークショップや社員食堂シェフ向けトレーニングなどが挙げられます。「適切な機会」とは、社員食堂における有機野菜サラダの提供や、健康的なメニュー開発など、従業員が健康教育で得た知識に基づき、より健康的な行動に移す際の機会と考えることができます。例えば、私どものお客様の一つでもあるのですが、約3万人の従業員を抱える電子機器メーカーから社員食堂改革を任された際には、従業員向け食育ワークショップと一緒に、有機野菜サラダバーを設置しました。タイ料理は大量の油や砂糖を使ったメニューが多いので、脂質の吸収を抑える効果のある生野菜を食べてもらおうと思ったからです。ただ「サラダ」という形式で野菜を食べる習慣がないために、まだまだ工夫が必要で、現在も同社の副社長や社員食堂責任者などとともに話し合いを重ねながら改良をしています。

また、「職場におけるヘルスステーション」というコンセプトも今後重要視していくソリューションの一つです。タイの工場の中には、社員食堂や社内コンビニがある会社も多く、従業員が毎日訪問する場所の1つとなっています。そこを「社員と健康を繋ぐ場所」として位置づけ、健康的な商品(野菜ジュース、低糖ヨーグルト、無糖のお茶等)や健康機器(体組成計や血圧計等)を用意することで、各メーカーにとっては、健康的な商品の認知度向上や職域販売につなげると同時に従業員を健康にしたい企業にとっては健康的な企業風土を醸成していくことができる取り組みとして力を入れています。


──Marimo5という社名の由来は? 北海道のあのマリモから来ているのですか?

亜基 そうです。マリモはきれいな水と空気と太陽の光が注ぐ所でしか育たないすごく貴重な生物で、元々私たちが扱っていた野菜や米やフルーツ、また今の事業でいえば、私たち人間が働く職場にこそマリモが育つような環境が必要だというところから名づけました。「5」は初期メンバーが5人だったことを忘れないようにとつけました

仕事のやりがい

──現在の活動のやりがいは?

 一番大きなやりがいはやはり、私たちの活動がタイヘルスの方向性と合致した形で、タイ人の職場健康づくりに貢献できているということですね。特に、Happy Workplace Programを企業の経営戦略の一部として位置づけて、経営陣と従業員が共により良い会社を創り出していくためのお手伝いができるということはとても嬉しいことです。

また、現在は、Happy Workplace Programの普及・推進をタイ中心に行っていますが、今後はアジア、そして世界に広めていくという前提で取り組んでおり、その方針に連動する形で、Marimo5としてもより充実した職場における健康教育プログラムやサービス開発を考えています。常にグローバルな視点を持ちながら仕事ができていることも大きなやりがいですね。私は元々海外志向が強かったので。

亜基 肥満の人は体のどこかに不調を抱えてつらそうな人が多いのですが、例えばある肥満の人からプログラムを3ヶ月ほど体験した結果、体重が5キロ減って手すりなしで階段を上がれるようになってうれしいという言葉を聞くと、本当にこの仕事をやっていてよかったなあと思います。

また、私たちは描いている世界がすごくクリアなので、そこに共感をして集まってくれている人たちとの時間がすごく幸せなんですよね。

夫婦で共有している最終的なビジョン

──描いている世界とは具体的には?

亜基 「働く人々が、職場を活用して健康を維持でき、自分のことを好きでいられる状態」です。そういう世界を作りたいので、私たちと同じ想い・願いを持っている企業の社長などと出会えると本当に幸せだなと思います。

従業員の健康と幸せのために一緒に頑張ろうと言ってくださる方々との時間ってすごくエネルギッシュですばらしいものです。そして、同じビジョンを共有し、同じ未来を見ている方々と行動し、今まさに物事が動いていく、状況が変わっていくということを体感できていることもすごく大きなやりがいだし、本当にいい仕事を見つけられてよかったなとつくづく感じています。もっとも大変なことの方が圧倒的に多いですけどね(笑)。


──そのたいへんなこと、つらいことは具体的には?

亜基 本業がある中で、従業員の健康づくりに積極的に取り組みたいと私達の活動に理解・共感してくださる経営者の数は、全体の数に対する割合でいくとまだ少ないことですね。


──理解されないことが続くとモチベーションが下がったりはしないのですか?

 いえ。理解されないことに関して落ち込むということはないですね。「Happy Workplace Program」や「職場健康づくり」という考え方は、新しいコンセプトなので、無理に導入していただくというよりも、理解、共感してもらえる経営者の方々とムーブメントを作っていくことを優先させたいと考えています。数年後には、Happy Workplace Programがアジアの代表的なモデルとなり、経営者であれば誰もが従業員の健康、そして自分自身の健康にしっかりと投資できる環境づくりを目指しています。

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国民性を理解していちいち落ち込まない

──亜基さんの方はつらいことは?

タイの企業で働く従業員に食と健康についてレクチャーする亜基さん

亜基 起きることが想定外のことだらけということでしょうか。例えば先ほどお話したある企業の社員食堂改革のときも、先方の担当者と事前に綿密に打ち合わせしてサラダバーを設置する場所に必要な道具などを準備しておくようにお願いしていても、当日何の準備もされていないばかりか、私の入館手続きがされていなくて当日会社内にスムーズに入れませんでした。タイではこういうことは日常的に起こるんです。でも笑顔で謝られるとついつい「大丈夫よー」といって、そこから準備を始めてしまう私もいます。


──タイ人の気質もあるのでしょうか。

 あると思いますね。ただこればかりは本当に人によるところで、優秀な方はとても優秀ですし、日本人でも同じですよね。でもタイにおいては、基本的に物事が想定通りいかない可能性が高い、ということは常に意識しておかないといけないなぁと感じています。

亜基 問題が起きたらそこで立ち止まって悩まず、すぐにどうすべきかと解決する方向にシフトします。例えば先ほどのケースでは、テーブルがないという事実が判明したとき、担当者になぜないのかという理由は問い詰めず、できるだけ早くテーブルを用意してくださいと粛々と落ち着いたトーンで伝えます。

夫婦で一緒に働くということ

──お二人は夫婦で同じ仕事をしているわけですが、仕事もプライベートもいつでも一緒というのはいかがですか?

 今住んでいる場所が、1階がオフィス兼コミュニティスペースで2階が寝室やリビングがある住居スペースというタイ式の一軒家です。そういう職と住が同じ場所という環境で1年やってみたわけですが、いい面も悪い面もありますよね。いい面はいつでも話ができるので今日気づいたことを土日関係なくすぐ仕事に活かせたりと日々物事が進んでいくことですね。


──プライベートな時間でも仕事の話をよくするんですか。

 はい。仕事とプライベートが重なっている点も多いので、土日に出かけるときも何かヒントがありそうなところへついつい行きますよね。例えば、オーガニック野菜のサラダが有名なレストランに行こう、オーガニックコーヒーやお茶を出しているホテルでお茶をしよう、ゴルフであれば、このコースは、歩いて回ると結構な運動になるので、効果的なウォーキングワークショップと連動させたゴルフ大会にオススメだなとか。タイの国立公園として有名なカオヤイで行われたカオヤイハーフマラソン大会に参加した際も、走りながら「マラソン大会の運営方法をどうすれば職場の運動推進キャンペーンに活かせるか」など、やっぱり考えてしまいますよね。

亜基 「食」関係の仕事が多いので、どこかのレストランに一緒に食事に行った時も「このメニューは食育に活かせるんじゃないか」とか「こういう取り組みは今度タイヘルスに伝えてみたらおもしろいんじゃないか」「次のプロジェクトに使えるんじゃないか」とかそんな話ばかりしています(笑)。


──では仕事とプライベートが重なっていることや土日に働くこともストレスに感じないんですね。

 亜基 全く感じないですね。

 むしろ実現したいことに向かって進んでいることはうれしいことですよね。ただ、ずっと仕事モードというのはよくないので、毎日ジョギングやヨガをしたり、週末はゴルフやマラソン大会に出たりして、リフレッシュしています。

亜基 でも彼はジョギングやゴルフ中も突然「いいアイディアが閃いた! 忘れないように言っておくね」と私に話し出すんです。私もそれを聞いたらいろいろ考えを巡らせたり。こういうことはよくありますね(笑)。

衝突もメリットのひとつ

──やっぱり仕事から離れてないじゃないですか(笑)。しかしそこまで密接な関係なら衝突というかケンカなどはしないのですか?

 常に私たちはすぐ何でも言い合える状況にあるし、とにかく何かにつけてよく話し合うので、その分ケンカというか衝突は絶えません(笑)。でも私たちは同じビジョンを共有し、本気で成功させたいと思っているのでそれもメリットなんですよ。衝突から反省をすることで学びもありますし、結果的に、よりよいアイディアが生まれればビジョンの実現により一歩近づけるわけですから。

亜基 その点は私も大きなメリットだと感じています。私たち2人の人生の未来に繋がることを大事な人と本気で進められるというのは最高ですよね。夫婦でビションを共有できているというのは本当に幸せなことです。

やっぱり同じビジョンを共有するパートナーってすごく大事だと思うんですよ。他人同士であれば信頼関係の醸成にはすごく時間がかかると思いますが、夫ですからこの人で本当に大丈夫かという余計な不安や心配は一切いらない。お互い絶対に裏切らないという信頼感は絶大で、それがあるからこそとにかく今、自分がやるべきことに専念できる。そういう意味でもすごく大きなメリットだと思いますよね。

 もうひとつの大きなメリットとしては、お互いの得意分野が違うので、役割分担ができて助け合えるということですね。例えば広報やコミュニケーションの部分などはもともと広報が本職だった妻に全部任せられるので私は私の得意分野に専念できます。もし私一人でやっていたら、あまり得意でない分野の仕事も自分でやらなきゃならないので大きな負担になりますよね。

亜基 私は2人で同じ温度感で同じことに取り組んでいるからストレスやつらさも半分になっているのが助かっています。例えば社員食堂の改革のとき、サラダバーを設置して愛情を込めてサラダを作ったのですが、中にはお気に召さないタイ人の従業員も少なからずいました。そんなとき、もし1人ならすごく落ち込んで悩んでしまうと思うのですが、夫がいるので一緒にサラダがおいしいと評判の店に行って、サラダの見せ方、調理の仕方の違いを意見交換して自分たちに足りないものと改善案を検討するなど、すぐ次にどうすべきかという方向に動いています。これも夫と2人で同じ仕事をしていることのメリットですよね。

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夫婦で一緒に働くことのデメリット

──では夫婦で同じ仕事をすることのデメリットは?

 私の場合は1人の時間が絶対に必要なんです。1週間のうち1日でも半日でも、自分1人だけで考える時間がほしいんです。会社員のときは通勤があるので1人の時間がある程度作れるのですが、今は仕事場も住居も同じなので、常に妻と一緒です。ですから自分の時間を意図的に作る必要があるということがデメリットですね。

亜基 私の方はずっと夫と一緒でも全然いいんですよ。いくら一緒にいても煩わしいとか1人になりたいとか全然思いません。だから私が煩わしいと思われないように夫に1人の時間を過ごしてもらうように気をつけています。そうしないと本当に気づかないので(笑)

ワークライフバランスについて

──ご夫婦で同じ仕事をしているお二人には愚問かもしれませんが、ワークライフバランスについてはどのようになっていますか?

亜基 それはすごくいい質問ですね。ワークライフバランスについて語るとき、「仕事をしている時間が長いことがいけないのか」という議論になりがちですが、私はそこに他人からの強制ではなく、自分の意志とコントロールがちゃんと及んでいて、睡眠とバランスのいい食事をきちんととっていれば、特に問題だと思っていません。

私たちは、仕事に費やしている時間は一般的な人に比べて長いかもしれませんが、しっかり寝ていますし、バランスのいい食事を3食とっているので体調を崩すこともなく心身ともに健康的な生活を送っています。このように基本的な人間としての健康的な生活が成立していれば、ワークライフバランスは取れていると言えると思います。

 私自身、今は、経営者なので、ワークをいくつ、ライフをいくつにしてバランスを取るという感覚は、あまり持たないようにしています。ワーク=ライフですから。平日でも土日でも重要なことがあればやります。ただ、健康や仕事の効率の観点からも、やみくもに長時間働くことが良くないことは明らかですから、積極的に運動したり、タイマッサージに行ったり、美味しいものを食べたりしています。また、経営者と従業員の視点は違うと思いますし、ワークライフバランスのコンセプト自体はとても重要なので、Marimo5の従業員は、基本的に完全週休2日制で残業は一切なしとしています。

アジア特有の職場健康づくりを

──今後の活動予定や目標を教えてください。

 私たちの目標は「職場健康づくり」を浸透させて、企業が「経営者や従業員の健康増進」に投資を行い、働く人々が職場を通して健康になる、という社会を実現することです。そのためにまずはタイにおいてHappy Workplace Programを少しでも多くの経営層に認知してもらい、導入してもらうべく活動を進めていきます。2015年からの3~5年は、アジアの文脈を踏まえたリージョナルフレームワークづくりに専念したいと考えています。どういうことかというと、現在、職場健康づくりの指針は、その多くが欧米から入ってきています。例えば、国連の世界保健機関(WHO)が提唱している「Healthy Workplace Model」も素晴らしいコンセプトではありますが、アジアの文化や価値観を踏まえると、改良の余地はあると思います。

今後の目標

巨大なショッピングモール「セントラルワールド」にて開催されたイベントでのワークショップ

 まず、2016年2月にバンコクで開催予定の「Happy Workplace International Conference」の準備を進めて行きます。タイと日本を中心に他のアジア、欧米、アフリカなどの国々からの経営者や専門家たちが参加するこの国際会議では、タイ政府が推進するHappy Workplace Programをアジアのモデルとして発表する予定です。また、他の国で展開されている職場健康づくり取り組みや課題などに関して議論を行い、アジアにおける職場健康づくりとはどうあるべきかという意見を集約。それを、パブリックコメントとして、各国保健省、国際機関、経済団体などに提言しようと考えています。

次に、職場健康づくりの専門家を育成する職業訓練学校をタイに設立したいと思っています。日本と比較してまだまだ職場における健康管理に携わることができる人材は限られていると感じているので、私たちが考える、職場健康づくりの専門家を自ら養成したいと考えています。

最後は、現在従業員と健康をつなぐ拠点である「職場におけるヘルスステーション」を設置していく取り組みをしていますが、この数を増やすとともに内容を充実させて職場における健康情報発信基地になるようにデザインしていきたいと考えています。ヘルシーなドリンクや食品を販売するほか、従業員が体組成計や血圧計などを無料で自由に使えたり、健康や食育につながる情報が得られたりする、従業員の健康意識が高まるような拠点を通じて従業員の方々の健康意識が高まることを願っています。


──日本で活動する予定は?

 あります。今年は、まず、5月14日に大阪(グランフロント大阪)で開催される第88回日本産業衛生学会にてランチョンセミナーを主催します。ここでは「職場健康づくりを通したQuality of Working Lifeの向上」というテーマで、私が講演をします。また、今年10月には、NPO法人Asian Healthy Workplace Institute(仮称)を日本にて設立予定です。これは、今後益々タイと日本を中心としたアジアにおいて事業展開を行う企業が増えることを鑑み、各国単体ではなく、「アジア」というリージョナルな視点での職場健康づくりフレームワーク開発やルールメイキングなどを行うためです。今後は、日本本社の従業員だけではなく、アジアを中心とした海外拠点の従業員も含めた職場健康づくりを会社が推進していくための環境づくりが必要になってくるのではないかと考えています。この取り組みを推進していくには、賛同していただける企業や個人の方の協力が必要です。ご興味がある方は、是非、ご連絡をいただけますと幸いです。

テレビ局の報道カメラマンに

──前編では主に茂さんの現在にいたるまでの経緯をうかがいましたが、今回は亜基さんのこれまでの道のりについて教えてください。

大和亜基さん(以下、亜基) 私は子どもの頃からアナウンサーになるのが夢だったので日本テレビのアナウンス部の採用試験に応募しました。しかし選考過程で面接官に「君はアナウンサーには向いていないから総合職で受けたらどうか」と勧められたので路線変更し、総合職に応募したところ内定をいただきました。

日本テレビに入社後、最初に配属されたのは報道局映像取材部という部署でアナウンサーとは真逆の世界に飛び込むことになり、私の新入社員生活は私も含めて誰も想像もしていなかった映像カメラマンとして始まりました。当時から女性のカメラマンは珍しく、報道局には私1人だけでしたし、他社にもほとんどいませんでした。


──報道カメラマンの仕事ってすごくたいへんそうなイメージですが、実際にやってみていかがでしたか?

亜基 ものすごくハードでした。報道局というところは世の中で起きていることを伝えることを使命とし、何か事件・事故が起きたらいつでもどこにでもすぐに駆けつけなければなりません。毎日早朝から深夜まで、時には長時間の張り込みや泊まり勤務もあるという日々。ほぼ気が休まることはなかったですね。退職してもう7年以上経つのに、いまだに救急車やパトカーのサイレンの音が聞こえると反応してしまいます。職業病ですね(笑)。

そんな毎日なので食生活もひどいもので、3食すべて外食。自分で家で料理を作って食べた記憶がほとんどありません。とにかく食べられるときに食べる。しかも時間がないのでとにかく早く食べる。取材先ではなかなかトイレに行けないので水分は極力摂らず、仕事が終わった深夜から飲み会などで暴飲暴食をしていました。ただ仕事自体はおもしろかったので、そういう状況すらも楽しみながら限界まで頑張っていました。今考えるとなぜあそこまで頑張っていたのかと思うくらい、その瞬間を撮るために全力投球していました。元々そういう性分なんですね。

でもそういう不規則な生活を続けることで体が悲鳴を上げないわけはありません。次第に体調がおかしいなと思い、出血が始まって、それでも働いていたのですが、2年目の健康診断で潰瘍性大腸炎と診断されそのまま緊急入院となったんです。この病気は指定難病で原因不明といわれているのですが、生活習慣、ストレス、食生活などが大きく影響しているのではないかといわれています。

一変、健康的な生活に

──入院しているときはどんな気持ちでしたか?

亜基 私の人生は終わったと思いました。不健康のレッテルを貼られてしまうと、もう報道局にはいられないだろうなと。でも当時の上司がすごくいい人で、報道局の中にいればまた希望職種に戻れる可能性もあるので部署内異動で業務部に異動してはどうかと。業務部というのは取材現場で働く人たちの後方支援的な仕事。いわゆる事務職で残業はほとんどなく、18時の定時で終わります。体への負担もだいぶ軽くなるので業務部に異動しました。

私生活においても、ライフスタイルをがらっと変えました。まず潰瘍性大腸炎のお薬の量がすごく多かったので、どうにか薬を飲まない状態にもっていきたいなといろいろ調べました。すると私よりたいへんな病気だったのに食生活を変えることで薬を飲まなくても完治した人の例もたくさんありました。それゆえ、もう一度食生活から見直そうと食と健康について猛勉強し、体にいいものを食べるようにしたり、毎日の食事を記録したりしました。また、睡眠もちゃんと取るようにするなど規則正しい生活を心がけるようにしたところ、健康を取り戻すことができたんです。今では薬も一切飲んでいません。

また、健康的な体を取り戻すための一環として、当時ロハスという言葉がブームになっていたので、ロハスについて考える会を結成しました。毎月第3月曜日に有志で集まり、例えば食のエキスパートや睡眠のエキスパート、有機野菜農家の方をゲストにお招きして、みんなで有機野菜や調味料などにこだわった食事をいただきながら学び合うという会合を開いていたんです。2年間ほど継続したのですが、これも心身ともに健康になった大きな要因ですね。

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広報に異動、再び仕事にのめり込む

──それまでは昼も夜もない生活だったけど刺激的なおもしろい仕事だったわけですよね。事務職になって毎日が退屈になったということはないのですか?

亜基 いえいえ。私は基本的にどんな仕事でもおもしろさを見つけて打ち込めるタイプなので業務部の仕事も楽しんでやっていましたよ。張り込み現場にどんなお弁当を届けてあげようかなぁとお弁当屋さんリストを充実させたり(笑)。

また以前よりも自由になる時間が増えたため、何か世の中のためになることができたらと考えていたところ、学生時代の友人から、仲間と一緒に設立した団体の活動を一緒にやらないかと誘われました。その団体は海外で新しいチャレンジを行なう若者に奨学金を支給しサポートを行なう「S.T.E.P.22」という団体でした。その発足のメンバーだった彼らとは大学時代に参加した日米学生会議という活動を通して出会いました。私自身も高校生のときにアメリカでの留学経験があり、若いときに海外でいろいろ経験をすることは後々の人生にすごく大きなインパクトをもたらすというのが実感としてあったので、そういうチャンスを提供する団体のお手伝いができるのは素敵なことだと思い参加することに。現在でもタイからできる限りのサポートをしています。

そして会社では、業務部で2年間勤務した後、広報部に異動しました。社員に関する取材活動だけではなく、中継車で小学校に行って子どもたちにメディアリテラシーを普及させるという「日テレ体験教室」などいろいろな新しい取り組みに挑戦しました。広報の仕事がすごく楽しくて、私は人に何かを伝えるとか、ゼロから何かを生み出したり、物事をアレンジしたりすることがすごく好きなんだな、やっぱり私は仕事が好きなんだなと思いました。それくらい広報の仕事がハマったんですね。

そして広報部に異動してちょうど3年が過ぎたころに、夫が駐在員としてタイのバンコクに赴任することになりました。


──辞令が出た後お二人でどういう話をしたのですか?

大和茂さん(以下、茂) 共働きの夫婦の場合、夫だけ単身赴任というケースも珍しくないのでいろんな選択肢がありましたが、私としてはやっぱり二人で一緒に人生を歩むことを最重要視したいのでタイに一緒に来てほしいと言いました。

亜基 出会ったときから彼は海外で挑戦したいんだとずっと話していて、そのチャンスが来ればいいと私も思っていました。ついにそのときが来たかという感じで、私も夫と一緒にタイに移住したいと思ったんです。

タイへの移住を決断した理由

──全然知らない国に移住することに迷いや不安はなかったのですか? 日本テレビの広報の仕事も大好きだったわけですよね。それには未練がなかったのですか?

亜基 そうですね。先程もお話した通り、広報という仕事はすごく好きだったのですが、そろそろ異動だなぁとも感じていました。広報として社内のあらゆる部署を見ていろんな人とお会いして、自分がこの会社で一番貢献できるのは広報だなと思っていたので、他の部署に異動するのであればタイという全く未知の場所で新たなチャレンジをしてみたいと思いました。また、広報の仕事をやりきったという感もありましたね。私にできる精一杯のことをした、悔いはないという。

それから学生を海外に送り出していたS.T.E.P.22での活動も大きく影響しています。なぜその国に行きたいのか、なぜそれをやりたいのかという学生たちのプレゼンを聞いていたのですが、未知の国での挑戦に燃えている人たちに触れていると、いよいよ私も海外に行った方がいいんじゃないかと毎年思っていたんです。だからすごくタイミングがよかったし、不安というよりはタイに行っても大丈夫だなという気持ちの方が強かったんです。

ただ、日本テレビは元々私が希望して入った会社だし仕事自体も好きだったので、会社に迷惑をかけないように辞め方はできるだけ丁寧にしようと、上司にも早めに辞意を伝えて引き継ぎも半年かけてしっかりやりました。いまだに元上司、同僚とはことあるごとにコンタクトを取り続けています。


──茂さんの方はご夫婦でタイに移住するということに関しての不安は?

 私自身はいずれ海外で働きたいと思っていましたし、日常的に海外出張をしていたのですが、妻は仕事で海外に行くことは全くなかったし、大好きな仕事を辞めてまでタイに来て果たして大丈夫かという不安は少しありました。特に当時妻はまだ潰瘍性大腸炎の治療のため定期的に病院に通わなければなりませんでした。通院や薬のために、何度か日本に帰らざるをえないのではないか、などなど、不安や葛藤はありましたが、妻とよく話し合ってそれでも一緒にタイで暮らしたいという結論に達したんです。私が先にタイに赴任して、妻は半年後の年末に来ました。

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タイでのつらい日々

──実際にタイに移住してみてどうでしたか?

亜基 移住して最初の1ヶ月は本当につらかったです。大好きな仕事に打ち込んでいた生活から一転して何にも予定がない生活になったわけですからね。社会との接点がない、誰のお役にも立っていないということが一番のストレスでした。タイ語も話せないし、もちろん現地の友だちもいない。さらに私は元々1人で出歩くことが好きではなく、誰かと一緒に何かをしたいというタイプなので、家から一歩も出ない日が続きました。1日が本当に長かったです。

 妻のつらさは何となくは感じていましたが、海外での生活は、最初は、誰でもそうだとも思いました。ただ今振り返ると、やっぱり最初の頃は些細なことでの口げんかもたくさんあったような気がします。

亜基 タイに来て少ししては私は夫に手紙を書いたんですよ。「私はここにいても全く何の貢献もできないし、ここにいる理由を見出だせないので日本に帰った方がいいのではないかと思います」とけっこう切実な思いを。彼は彼で仕事がとても大変そうだったので、仕事終わりや休日に私の悩みを長々と話すことははばかられたので、日中、湧いてきたつらい思いをそのまま手紙に書いて渡していたんです。彼はあまり覚えていないようですが(笑)。

 覚えていないんですよね(笑)。読んでいないことはないと思うのですが、私の方も最初にお話した通り、最初の1、2年は、タイでの仕事も生活も何とか良いものにしたいと必死でしたので、ネガティブなことをいちいち気にしなかったのだと思います。私自身は、上手くいかないとは全く思ってもいませんでしたし。ただ、妻は、人の世話をすることが好きですし、食や栄養に関する勉強も日本でしていましたので、「そういうことを活かせるボランティアをまずは探してみたら?」というようなことを言った記憶はあります。

アショカ財団との出会いで苦境を脱出

──そこから何か進展はあったのですか?

亜基 幸いにもLearning Across Boardersという大学生向けのスタディツアーに参加する機会を得ました。

そのスタディツアーのプログラムの中で、社会起業家支援を行うアショカ財団のタイ支部を訪れたのですが、そのときなんて素敵な活動をしている組織があるんだろうと感動しました。そして、何ができるかはわからないけど私も彼らと一緒に活動したいと強く思い、翌日、ぜひアショカ財団でボランティアをさせてほしいというメールを送ったら、「OK、すぐに来てください」と了承の返信が来たんです。それからアショカ財団に通い、Youth Ventureという若者向けプログラムの参加者にPRに関連するノウハウをレクチャー、アドバイスするようになり、元気になっていったんです。それが2008年2月頃ですね。

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運命を変えたタイの友人の一言

アショカ財団Youth Ventureのボランティアをしていた頃の亜基さん


──アショカ財団との出会いはすごく大きかったんですね。

亜基 そうですね。あのときは本当につらかったので、アショカ財団との出会いはとても大きな意味を持ちました。

ただ実はアショカ財団に関わりながらも私は1つ悩みを抱えていたんです。アショカ財団のメンバーはみんな英語を話すんですが、実際に私が向き合っているタイ人の若手の学生たちはタイ語が基本となります。私がPRに関してのアドバイスをするときも、まずアショカ財団のメンバーに英語で伝え、それをタイ語にして学生に伝えるというプロセスを何度も踏まねばならず、私が直接メッセージを伝えられないというジレンマ、もどかしさを抱えていたんです。今の状態でも自分がもっと彼らに貢献できることがあるんじゃないかという葛藤があって、そのことをメンバーと一緒に話し合いました。それと期を同じくして前編でお話した私たちのビジネスパートナーであるSunitと出会い、彼から「亜基の本当にしたいことは何なの?」と聞かれ、改めて自分の本当にやりたいことを考え直してみました。

要所要所で亜基さんに貴重な言葉を与えてくれたというSunitさんと

タイに来たときから感じていたことですが、タイのスーパーや市場には日本では見たことのない野菜や果物がたくさん並んでいます。それらは本当に食べても安全なのかという不安を感じていたので、最初の頃は日本から輸入された食材ばかり購入していました。そこでSunitには「今、何を食べたらいいか悩んでいるし、もっとタイの食材について知りたいと思っていたけどなかなか難しい。また、タイに来る前はロハスについて考える会を主宰しながら、食のあり方について毎月勉強会をやっていてタイにおいてもそうしたことを学べたらうれしい」という気持ちを話しました。それがきっかけで有機野菜を作ってる農場に一緒に行ったり、タイでシェフとしてまた栄養士として活躍するSarah(サラ)という女性を紹介してくれました。彼女は今ではタイにおいてかけがえのない親友の一人です。

Marimo5の始まり

亜基 農場を訪問したとき、日本にいたころに学んだオーガニック野菜の役割の重要性を思い出して、日本もタイも同じだなと感じました。また、タイの農家も日本の農家と同じように体にいいものを作っているにもかかわらず、それを多くの人に知ってもらう方法を知らずに困っていました。

そこで何かできないかなと思って、2008年半ばころからSunitやSarah、そして夫と一緒に食育ボランティアのグループを作っていろんな農場を訪問したり、タイ在住の日本人や欧米人の奥様方に有機野菜を販売したりレシピを教えたりする活動を始めました。これがMarimo5の前身です。

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タイでのかけがえのない親友Sarahさんと

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企業の敷地内で農園を運営する会社を訪問


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タイで「職場の健康づくり」に尽力

──まずはお二人の現在の活動について簡単に教えてください

タイで活動中の大和さん夫妻

大和茂さん(以下、茂) それぞれの役割や具体的な仕事内容は違いますが、私と妻は「企業などで働く従業員の健康増進」という同じ目的のため、タイを中心に活動しています。

タイ政府はタイのローカル企業、在タイ外資系企業、官公庁などで働くタイ国民の健康づくりを重要目標と位置づけています。「従業員の健康や幸せ」が、企業の成長に直結すると考えているからです。また、経済成長とともにタイ国民の健康問題も多様化し、最近は、肥満が大きな社会問題となっています。タイ政府としては、企業等で働く人のみならず、子どもから大人までタイ全体で健康づくりを実現すべく「国民の健康増進及び幸福度向上を追求する」というビジョンを掲げ、2001年に首相直下の政府専門機関としてThai Health Promotion Foundation(通称:タイヘルス)を設立しました。

つまりタイでは国家レベルで企業などで働く人々を健康にするための政策や枠組みを立案し、企業、大学、国際機関、NPO等を巻き込みつつ、実行に移していると言えます。そして、タイヘルスが、特に力を入れているのが国家プロジェクトとして推進されている「Happy Workplace Program」です。この「Happy Workplace Program」を、タイで事業を営む日系企業をはじめとした在タイ外資系企業に普及・浸透させるため、2013年8月に「Happy Workplace International Project」を公式に発足させました。そのプロジェクト責任者というのが、私の主な職責の一つです。そして、もう一つはタイで妻と設立したMarimo5 Co., Ltd.(以下、Marimo5)の代表です。

大和亜基さん(以下、亜基) Marimo5は元々任意のボランティア団体で、私がタイ人の友人や同じく駐在員の妻としてタイで生活していた仲間達と有機農家支援に取り組んだのが始まりです。現在はHappy Workplace Programを導入した企業の従業員向けに健康教育プログラムを開発・提供するほか、社員食堂のシェフ向けトレーニングやヘルシーメニューの開発、食育アドバイザーとしてタイ人従業員向け食育やライフスタイルに関してワークショップをしています。

駐在員としてタイに赴任

──Happy Workplace Programや「Marimo5」の活動については後ほど詳しくうかがうとして、なぜ日本人であるお二人がタイでタイ国民のための職場の健康増進のような活動をしているのか、まずは茂さんの方からその経緯を教えてください。

 私は、新卒で株式会社NTTドコモに入社したのですが、入社5年目の2007年にタイ・バンコクの現地企業とNTTドコモが作った合弁会社に異動となり、駐在員として赴任しました。赴任前は、国際事業部という部署で海外パートナーとの提携交渉などを担当しており、そのような経験を現地で活かせる貴重な機会をいただけたと考えています。

私に与えられた主な任務は2つ。1つは私が赴任した合弁会社の収益改善。2つ目はその合弁会社のコアサービスや付加価値サービスをタイから東南アジアの他の国に拡大させるということでした。従業員50人ほどの会社でしたが、2年間で経営が黒字にならなければ撤退する可能性も認識していたので、必死で収益改善に取り組みました。

収益改善のための手法には大きく2つあります。収益を伸ばすことと、支出を減らすことです。人件費なども含め、様々な経費をいかに抑えるかということを、当時の上司である合弁会社の社長と喧々諤々議論をしたことを今でも鮮明に覚えています。やはり会社が非常に厳しい状況にあることは、タイ人ローカル社員も十分に感じており、会社内の雰囲気も、決して和やかとは言えず、辛い状況がしばらく続きました。会社として黒字化に向けて効率化を追求する一方で、今一緒に働いているタイ人社員達にとってよりよい職場環境を作るためにはどうしたらいいのか、悩みに悩みました。

日本では、仕事の進め方など分かっていたつもりでしたが、タイでは、頑張っても全然思い通りにならない。でも黒字化を達成する必要があり、そのストレスでタイ料理や甘いものをたくさん食べてしまい1年で10キロ以上太りました(苦笑)。


──言葉の問題は大丈夫だったのですか?

 タイ語は、正直全くわかりませんでしたので、最初は大変でした。社内は日本人駐在員が3人でタイ人が約50人、その内英語を話せる人はマネージャークラスの10人ほど。社内公用語は英語でしたが、日常のコミュニケーションはタイ語じゃないと成り立たないので、業務終了後や週末にタイ語の教室に通ったり、タイ語の歌を覚えたりしてとにかく勉強しました。言葉の問題含め、どうすればタイ文化を理解できて、彼らの中に入っていけるか、ということも大きな課題でしたね。

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タイの大学院で人材管理を学ぶ

──具体的にはどんな点がたいへんでしたか?

 タイ人は時間の概念が違うというか、一般論としてタイ文化は非常にのんびりゆったりしているんですね。日本で1カ月でできることがなかなか進まなくてその3倍、内容によってはもっとかかる場合もあります。

タイに赴任する前は、日本本社の一部門に属していたのですが、赴任先の合弁会社では、会社経営全体を意識する立場となり、今いる人員のやる気や能力をいかに引き出すか、そしてどのように会社の成果につなげていくか、ということの重要性と難しさを実感しました。どうしたら良いのか藁をも掴む思いで、経営関連の書籍やビジネススクールテキストなどを読み漁りましたが、欧米や日本のことが中心に書かれていたということもあり、正直自分の中では、「これだ!」というものを見つけることができませんでした。

そうこう悩み続けているうちに、タイは、改めて独特な文化を持つ国であるということに気付き、タイにいるからこそ学べる機会はないものだろうかと考えるようになりました。そして、様々な人にヒアリングを行いつつ情報収集をした結果、タイのチュラロンコン大学大学院経済学研究科の修士課程の一つに「Master of Arts in Human Resource Management and Labor Economics(人材管理・労働経済学修士課程)」があることが分かり、ここで学びたいと直感で思いました。

タイの第一線で活躍している実務家や政治家も一緒に大学教授たちと英語で教えているコースだったので、解決の糸口が見つかると思ったんです。何とか入学試験に合格し、そこから平日昼間は仕事、平日夜と週末は授業や論文執筆という日々が始まりました。週末の朝は、駐在員としてお客様とのゴルフに行き、午後には、学生として大学の図書館にこもって勉強する、というようなこともよくありました。大学院での勉強は、全て自己負担とは言え、当時の上司は、私の仕事と勉強の両立を応援してくれたことに、今でもとても感謝しています。

運命を変えた医師との出会い

──それからどのようにしてタイ政府の専門機関であるタイヘルスのプロジェクト責任者に?

 国家レベルで国民を健康にする、治療のための健康保険制度を作るなどという政策は、各国で保健省が担っているわけですが、企業、つまり、職場で従業員を健康にするという政策を積極的に実施している国はあるのだろうかといろいろ調べてみました。するとタイで首相直下の政府専門機関タイヘルスが積極的に取り組んでいることがわかりました。その取り組みの名称が「Happy Workplace Program」です。しかもありふれた職場健康づくりプログラムではなく、「Happy8」と呼ばれる8つの項目から構成されており、タイ文化や価値観を多様に反映させていた。その点にもすごく興味を引かれ、当時は、全てがタイ語でしたが、この「Happy Workplace Program」を英語と日本語で世界に発信したいと強く思いました。

なんとかタイヘルスの幹部と会いたいと思い、妻の親友であり現在の事業パートナーでもあるタイ人のSunit(スニット)に相談したところ、彼が信頼するタイヘルス幹部を紹介してもらいました。

大和さんの運命を変えたDr. Chanwit

それが産業医でありHappy Workplace Programを開発したDr. Chanwit Wasanthanarat(チャンウィット・ワサンタナラット)です。私は、彼に会ってこう話しました。「タイヘルスの『国民の健康増進と幸福度向上を追求する』という理念と『Happy Workplace Program』という先進的な取り組みに非常に感銘を受けた。特にこの『Happy Workplace Program』はタイ企業だけで実施するのはもったいない。多くのタイ人も働く在タイ日系企業や欧米の外資系企業の外国人幹部にも広く紹介したい。そのためにも英語や日本語でも情報発信をするべきだ。私がやるので是非協力して欲しい」と直談判したんです。するとDr. Chanwitはすごく喜んで「ぜひやってほしい。できることは協力したい」と快諾してくれました。彼らとしてもまさかタイヘルスの理念に共感して自ら英語と日本語で発信したいと言う外国人がいるなんて夢にも思っていなかったので、こんなに喜んでくれたんだと思うんですよね。そこからHappy Workplace Programを導入している企業を訪問して、経営者、人事、CSR担当者などにインタビューを行うという活動を始めました。

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経営者に聞き取り調査を開始

──具体的にはどのような活動を?

 Happy Workplace Programの調査研究は大学院の修士論文として取り組みました。研究の結果、Happy Workplace Programに参加している従業員の欠勤率は低い傾向にあり、職務満足度が高い傾向にある、という結果が出ました。と言葉で言うと簡単ですが、このアンケート調査・集計・分析には時間と手間がものすごくかかりました。質問に答えるのは、在タイ日系企業のタイ人従業員なので、私が英語で作成した質問票を、プロの翻訳者に依頼してタイ語に翻訳したり別の翻訳者にチェックしてもらったり。また、返ってきたタイ語の解答を英語に翻訳して、私がデータを分析するなど。とにかく、時間がかかりました。私は、駐在員として働きながら、ということもあって、論文完成までに3年かかったんです。長い時間はかかりましたが、研究結果を約130ページの修士論文としてまとめて大学院で発表すると高く評価してもらえました。同時に、タイヘルスにも報告すると、このような論文を書いた人は初めてということに加え、在タイ日系企業や欧米系企業の外国人経営者にも理解してもらえる良いきっかけになる、ということで、Dr. Chanwitを始めタイヘルスやタイ保健省の幹部にも非常に喜んでいただけました。今振り返ると、この出来事を機に、タイヘルスとの信頼関係が更に強固なものになったと思います。

チュラロンコン大学大学院卒業式にて

任期を終え、日本に帰任

──その論文をきっかけにタイヘルスのHappy Workplace Programを広めるためのプロジェクト責任者に就任したというわけですか?

 いえ。もう少し時間を要しました。論文を発表したのが2012年の年明けなのですが、それと同じタイミングで会社から東京本社への帰任辞令が出て妻と一緒に帰国したんです。タイの赴任期間は約5年でした。そして帰国後は日本本社にて駐在経験も活かしながら、法人向け海外案件に携わっていました。

職場健康づくりの施策の1つである「職場に僧侶を招いての托鉢活動」に参加


──日本に帰国してもタイヘルスとの関係は切れなかったのですか?

 全く切れなかったんです。というのも、タイ出張の折やプライベートでも夏休み、さらには有給休暇を活用したりしてタイヘルスに顔を出して意識的に関係をつないでいたんです。また、妻の方も約5年間タイにいる間にMarimo5(当時はまだ任意団体)で有機農家支援をしていたので、それを継続させるためにも私と妻、交代でほぼ毎月タイに行っていました。そんな感じで2012、2013年は日本とタイを行ったり来たりしていました。


──普通は日本に帰任したら赴任先との関係は途切れてそのまま日本の会社員として働くというパターンが多いと思うのですが、それをしなかったというくらいタイヘルスの理念に心酔していたということですね。

 そうですね。あとはHappy Workplace Programの可能性をすごく感じていたというのもあります。現在Happy Workplace Programはタイ国内の従業員の身体的・精神的な健康増進及び幸福度向上を目指すという取り組みですが、私の中ではその先の展開が常に見えていた。すなわちHappy Workplace Programをタイからアジア、世界へ広げていくというビジョンです。

ジュネーブに本部を置くWHO(世界保健機関)は、「Healthy Workplace Model」というコンセプトを提唱しているのですが、私の考えでは、アジアの文脈を踏まえた「Asian Healthy Workplace Model」が必要だと考えており、アジアを代表する国の一つタイで生まれたHappy Workplace Programが、アジアにおけるリージョナルフレームワークの基本コンセプトになると考えています。多くの企業の事業がアジアを中心にグローバルに展開されている今こそ、アジアならではの共通点を見出しつつ、相違点も尊重しあう「アジアにおける職場健康づくりフレームワーク」が必要だと思います。


──ということは、日本に帰国した当時から独立・起業して現在のような活動をしたいと思っていたということですか?

 いえ、少なくとも日本に戻ってからの1年間はまだ会社を辞めて起業したいとは思っていませんでした。

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起業を決めた理由

──ではどの辺りから起業したいと? NTTドコモのような日本を代表する大企業を辞めてこれからどうなるかわからない、誰もやっていない新しいビジネスをやるために起業するのはかなり大きな決断だと思うのですが。その決断をする決定的な何かがあったのでしょうか。

 確かにそれはすごく大きな決断でした。理由のひとつは、やはり、タイの大学院での学びやタイヘルスのHappy Workplace Programを通して実感した「職場健康づくり」の大事さ、とりわけ、それをグローバルな視点で捉えることの重要性を世の中にもっと発信しなければいけない、と思ったことがあります。NTTドコモは、とても働きやすい会社でしたし、両親や知人の多くは、私が退職して起業することには前向きではありませんでした。私が、グローバルな視点で職場健康づくり事業をやるんだ、といっても良く分かってもらえなかったです。ただ、私は、「職場健康づくり」に取り組みたいと思っていました。そのような取り組みをできれば、経営は自ずとよくなっていくはずだという自分なりの理念・信念がありました。もちろん、ヘルスケア業界や病院などに転職することも考えました。でもそれらは私のやりたいテーマと似てはいるけれどドンピシャではなかった。例えば病院は、基本的には、既に病気やケガをしている人をケアする場所です。でも私がやりたいことは、職場に健康や幸せに関する科学的な知見を組み込むことで、従業員がいつの間にか健康的な行動を取り、生産性が高まる集団・組織になっていくということをデザインすること。そういった観点で、職場健康づくりという事業を展開している組織は非常に限られています。

そのような中でタイヘルスは特別な存在でした。同時に私たちのやりたいことに共感して協力してくれるパートナーとして、やはりDr. Chanwit無しで考えることはできない。彼のようなタイの中で圧倒的な存在感のあるソーシャルイノベーターとして、タイの歴史を作るような人と切磋琢磨しながら自分も挑戦したいという気持ちは強く持っていました。

そこで日本とタイを行き来しているときに、彼にこれからも職場健康づくりという領域で活動したいんだという私の思いを伝えたところ、全面的に協力すると言ってくれました。こういうことから自分の中で徐々にタイで起業するという選択肢の優先順位が高くなっていき、妻と何度も何度も話し合った結果、2013年の9月に起業を決断し、当時の上司に辞意を伝えました。

会社を退職し、活動の拠点をタイへ

──退職の4ヶ月前に会社に辞意を伝えるってかなり早いですね。

 NTTドコモでは、約11年勤務しましたし、大好きで入社しました。私が就職活動していた頃、NTTドコモは、米国AT&Tワイヤレスへ1兆円の出資をするなど、グローバル展開に積極果敢でした。当時、新聞の一面や社長記者会見などを見て、学生ながら凄いと思いましたし、既に世の中にあるモノを動かすビジネスではなく、未だ世の中に無いモノを作り出していくビジネス、ドコモのグローバルなイノベーションスピリットに、私はとても惚れました。それくらいの想いを持って働いていた場所なので、妻とも話して、とにかく丁寧に辞めたいと最初から思っていました。上司に辞意を伝えるタイミングは、通常ならば1ヶ月前で十分のところを、4ヶ月以上前に、私のこれからやりたいことを丁寧に説明して辞意を伝えたんです。そして2013年の年末ギリギリまで働いてNTTドコモを退職。年明けからタイに移住し、タイで新たな仕事と生活をスタートさせたというわけです。


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