2014年9月アーカイブ

新しい建築で人びとの生活を変える[後編]

竣工してからの方が楽しみ

設計を手がけたKOILイノベーションセンター(撮影/西川公朗)

──建築設計という仕事のやりがいを感じるのはどんなときですか?

成瀬友梨さん(以下、成瀬) よく竣工の瞬間が一番うれしいですかと聞かれるですが、それが一番ではないですね。もちろん竣工した瞬間はある程度の感動はあるのですが、ひと安心という気持ちの方が強いです。それよりも、設計した建物ができた後、利用している人から、「すごく使いやすい」とか「ここに住んでよかった」とか「ここでこんなイベントをやって盛り上がったんですよ」といった声をいただいたとき、建築家冥利に尽きるというか、一所懸命考えて設計してよかったなと思います。

猪熊純さん(以下、猪熊) そうですね。竣工後、例えばKOILで初めてのイベントがあってたくさんの人が参加して盛り上がっている写真を見た時など、うれしいですよね。設計を手がけた建物が完成してからずっと見守れることが一番の喜びです。

成瀬 人と同じく、空間も時間とともに使いこなされて成長していきます。1年経って変わって、2年経ったらもっと使われ方がよくなった、というような過程を見ると、自分の手を離れた後だけどついうれしくなりますよね。人の成長を見ていて楽しいのと同じだと思います。

KOILで開催されたイベント(写真提供/ロフトワーク)


──自分の子どものようなものでしょうか。

猪熊 まさにそうですね。自立し始めた子どもを眺めているような感じ。自立までの期間というのは僕たちが設計する段階に近いかもしれませんね。竣工以降は、手は離れたけど頑張っている子どもみたいな感じです。

夫婦で一緒に仕事をしない理由


──プライベートの部分についてお聞きしたいのですが、成瀬さんと猪熊さんはそれぞれご結婚されているんですよね。

猪熊 はい。僕の妻も成瀬の旦那さんも同じ建築家でそれぞれ事務所を構えています。我々の事務所と僕の妻の設計事務所がたまに一緒に仕事をしたりもしています。我々の事務所が忙しい時に手伝ってもらったり、その逆も。自営業同士なのでその辺は融通が効くので都合がいいです(笑)。


──なぜ奥さんと一緒に事務所を立ち上げなかったのですか?

猪熊 夫婦で建築事務所を経営していると、仕事と家庭の境目が完全になくなってしまい、朝起きてから夜寝るまでの会話が全部仕事になりかねません。さすがにそれはまずいだろうということであえて一緒にしていないんです。お互い仕事に関しては、相談には乗るけど、最終的にはそれぞれが自分の仕事に責任をもつというスタンスでやっています。

また、自営業には仕事の波があります。仕事の依頼が殺到するときもあれば、がたんと減るときもある。一緒に経営しているとその浮き沈みも一緒なので、うまくいっていないときは一緒に落ち込んでしまう。そんなときは、別々の事務所の方が波がずれていい。どちらかが好調だと気楽ですし励まし合える。また、家庭の経済的にもリスクヘッジになりますからね。

成瀬・猪熊建築設計事務所設立の経緯

──お二人で設計ユニットを組むようになった経緯は?

猪熊 我々は元々大学の同級生だったんですよ。お互い建築設計が好きだったので建築系のコンペに一緒に応募するようになったのですが、何度も入選してけっこういい額の賞金を稼いでいた。それで、将来一緒にやるかもしれないねという話は当時からしていたんです。大学卒業後は成瀬が自分で設計事務所を立ち上げて、僕は千葉学建築計画事務所に入ってそれぞれ自分たちの仕事を始めました。

成瀬 卒業後、一人で設計事務所をやっていた時も、猪熊と一緒にコンペに応募したこともありました。

猪熊 当時千葉学建築計画事務所のスタッフをやりながら夜なべして一緒に考えた案がコンペで勝っちゃったんだよね。

成瀬 一人で考えているとどうしても行き詰まるので、猪熊に余裕がありそうなときに私が作った設計図案をいくつか見せて、意見を求めたり相談したりしていました。設計作業自体は私がほとんどやっていましたが、その過程を見てない人に見てもらって意見を言ってもらうことは新たな発見があってけっこう大事なんですよね。特に猪熊のコメントは的確で、そういう見方もあるのかと目からウロコが落ちることもしばしば。もらった意見を取り入れてコンペに出したものの中には結果的に展覧会に出品したものもあります。学生のときから仲がよくて建築に関する感性も共通する点は多かったと思います。

猪熊 卒業してからもずっとつながりはあったので、そろそろ千葉事務所を辞めて独立しようかなと成瀬に言ったときに、じゃあ一緒にやろうという話に自然となって、2007年に成瀬・猪熊建築設計事務所を設立したというわけです。

成瀬・猪熊建築設計事務所のスタッフのみなさんと一緒に

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2人で設計事務所を経営するということ

──1人よりも2人で設計事務所を運営することの意義やメリットは?

猪熊 コンペのときから思っていましたが、仕事に関して自分と違う意見が聞けるのが一番ですね。

成瀬 あとは性別が違う男女で組むということのメリットも大きいです。設計する際でも男性と女性では目につくところがだいぶ違うし、お施主さんとの対応でも、例えば先方がご夫婦の場合、奥様なら私の方と仲良くなることもあれば、猪熊が行った方が喜ばれることもあったり、その辺はお施主さんによって使い分けることができます。また、お施主さんの方も私に話しやすいことは私に、猪熊に話しやすいことは猪熊にと使い分けているので、先方にとってもメリットは大きいと思います。


──単純に1人より2人の方が手掛ける仕事量が増やせるということもありますか?

猪熊 1人でやっていたとしても基本的に仕事の依頼は全部受けるので、量的にはあまり変わらないかと。ただ、2人の方が一つひとつの案件をじっくり見ることはできますよね。僕の方が施工以降、現場をじっくり見ることができるのは、成瀬がその他の部分、例えば人脈を作る面で頑張ってくれているからこそ。それも僕が全部やっていたとしたらこんなにしっかり見られてないだろうなと思います。

成瀬 私も猪熊に現場や事務所を見てもらってないと営業には行けません。何かの式典やパーティーに呼ばれた際でも、事務所はコンペ提出直前で、てんやわんやになっているときは猪熊に仕事を任せて、私が出席することが多いです。

猪熊 2人のうちどちらかが出席していると先方の顔も立つし、こちらとしても事務所として不義理をしてなくても済むので、常々ありがたいと思っています。

全く違うタイプだからこそ

──お互い自分がもっていない能力やスキルをもっているから補完しあえたり、相乗効果が生まれるというメリットは?

成瀬 それはありますね。猪熊は論理立てて物事や状況を整理するのがすごく得意です。いろんな問題が同時に発生して私が頭を抱えていると、わかりやすくうまく整理してくれます。あと建物のディテール含め細かいところに目が届くので、とても助かっていますね。

猪熊 僕はもちろん建築家としても尊敬していますが、成瀬の人間的な魅力がすごいなと思っています。例えば新規のクライアントから仕事の依頼を受けて、初めてクライアントに会うときの第一印象って大きいんですよ。初対面のわずか数10分で相手から信頼を得られるかどうかは人柄にかかっています。それは理屈じゃないし、もっている人しかもっていない。成瀬はそれをもっているんです。

成瀬 それはうまくいく場合と全然ダメな場合があるんですよ(笑)。ただ、相手を緊張させないとはよく言われます。目が垂れているのがいいんですかね(笑)。でも真面目な話、2人のキャラが全く違うというのはいいことだと思いますね。それだけ相手に対応するバリエーションが増えるということですから。


──建築設計事務所としての経営理念というかポリシーは?

猪熊 もちろん、これからも一つひとつ丁寧な仕事をしてゆくことが、一番大切なポリシーです。ただそれに加えて、そういった話を、こうした形でいろいろなメディアで発信をすることで、住まい方や働き方や街の賑わいなど、人びとの生活を変えていくことも大切な役割だと考えています。

成瀬・猪熊建築設計事務所は、地元の人たちに「陸前高田は新しく生まれ変わる」という希望を持ってもらいたいという思いで、コミュニティカフェ「りくカフェ」の設計、運営を担当。地元の人たちの憩いの場として、2012年1月に仮設の建築物で運営を始め、コンサートや習い事教室など様々なイベントを開催、地域の生活を支える拠点として成長したが、仮設のため狭く使い勝手もよくないので、現在より広い本設のカフェとして建て替え中。10月5日のオープンに向けて建築中だが、昨今の工事費の高騰で費用が足りず、クラウドファンディングで備品費等を募っている。詳しくは→「陸前高田のコミュニティカフェ"りくカフェ"の本設オープン支援プロジェクト第2弾!

徹底的に言語化する

──設計などの実作業をするときにこだわっている部分は?

猪熊 みんなで話し合って、細かいところまで徹底して想定する、ということはかなり意識的に行っています。KOILを設計したときのように、「テーブルの大きさがどのくらいで、配置の仕方がどのくらいだと、どういうコミュニケーションが起こりそうか」とか、「こういう温度感でこういう照明だったらどんな感情になりそう?」ということを、もちろんお施主さんとも議論しますが、社内ではさらに詳細に突き詰めてやります。もっとも、すべては出来上がった後の未来の話なので、仮定にすぎないのですが、想像する人が多ければ多いほどイメージの解像度は上がっていくんですよね。みんなで意見の出し合いを繰り返しながら、細かいことを積み上げるということに関してはすごく丁寧にやっている方だと思います。

建築模型を使っての打ち合わせ風景

成瀬 打ち合わせの場では「なんとなくこうだよね」というのは一切通りません。私が「なんとなくこうかなあ」というと、「なんで?」と猪熊がものすごく突っ込んでくるんです。そんなときにその理由がポンポン出てこない場合は、これはたぶん違う、また考え直そうということになるんです。取りあえずみんなで何でも意見を言って、みんなが腑に落ちるまで議論するという感じです。

猪熊 やっぱり設計段階で、建物が完成した後にいずれ起こるであろう問題や使い勝手がよくなさそうな部分をしらみつぶしに探し出して、一つひとつ対処して潰していくことを積み上げることでしか、最終的にいいものにはならないんですよね。

成瀬 完成した建物が、利用者にうまく使われる、違和感なく自然に営みが動き始める状態にもっていくのはかなりたいへんなので、そこはけっこうしつこく突き詰めますね。

猪熊 そこのレベルはすごく高いという自信はあります。

成瀬 だから建物ができてから使いにくいと言われることがまずないんですよね。

猪熊 だいたい想像通りか、それ以上によく使われてますね。このことは、私たちの事務所が一番胸を張れる部分の一つだと思います。

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事務所内フリーアドレス

──働き方についてお聞きしたいのですが、仕事と趣味の境目がほぼないというお話でしたよね。特に休日は決めていないという感じですか?

猪熊 一応は土曜日の半分と日曜は休もうということにはしています。

──平日はどのような働き方なのですか?

成瀬 曜日によりますね。私たちは建築設計の仕事の他に大学で建築を教えてもいるので。私は週3回ほどの昼間、大学で講義をして、18時くらいに事務所に戻って打ち合わせをします。講義がないときは1日複数のクライアントと打ち合わせをしていることが多いですね。1日中事務所にいることはまずありません。

猪熊 僕の場合は担当している講義は週に1、2回程度ですが、その他に会議やゼミや論文チェックがあるのでちょこちょこ行かなければならない。1日中事務所にいることはないというのは同じで、建築設計のプロジェクトが大小含めると常時10個ほど同時並行で動いていて、我々はそのすべてに関わっているので、ひとつの打ち合わせが終わると別の打ち合わせ先に向かうというふうに外に出っぱなしなんです。

成瀬 打ち合わせのはしごですね。午前中プロジェクトAの打ち合わせ→午後大学で講義→プロジェクトBの打ち合わせ→事務所に戻ってスタッフと打ち合わせ、というのが普通です。

猪熊 だから僕たちは事務所内に自分の席がないんですよ。事務所の中でフリーアドレス状態なんです(笑)。

成瀬 ノートパソコンがあれば自席がなくてもどこでも仕事ができますからね。

移動時間を有効活用

猪熊 トータルすると移動時間が長いので、移動中によく仕事をしています。設計業務としては図面のチェックが多いですね。

成瀬 スタッフが書いてくれた図面をメールで送ってもらって、電車で移動中に見たり。特に猪熊は新幹線の中でチェックしてくれたりしています。

猪熊 目的地に着くとメールで送ってもらった図面を全部ダウンロードしてその場でチェックして、電話でスタッフに修正指示を出しています。

成瀬 明日までに図面を工務店に送らなければいけないというようなスピードを求められるケースがよくあります。いちいち事務所に来て確認していたら間に合いませんからね。

切り替え自体を楽しむ

──お二人ともいろいろな種類の仕事をお持ちですが、それまでやっていた仕事から全然別の仕事へと移行するとき、切り替えは問題なくできるのですか?

猪熊 僕は切り替えが大変というよりは、今まで取り組んでいた仕事から別の仕事へ移行するとき、それがいい気分転換になる。同じ仕事を延々やらなくて済むので、それが性に合っているんです。だいたいいつもひとつの仕事を2時間くらいやったら別の仕事にシフトする。それを繰り返して、夜中に、朝最初にやってた仕事に戻っているみたいなことが多いんです。なるべく気分転換のスピードが早い方が仕事がはかどりますね。特に執筆系の仕事は電車の中がはかどるので、あえて電車の中でやるようにスケジュールを組みます。前の晩にあらかじめ自宅や大学で資料を全部集めて印刷して準備万端整えて、翌朝起きた時に、移動時間も含めてどのタイミングで何の仕事をやるかというスケジュールを組んでその時間でそれをやってどんどん切り替えていくというやり方ですね。

講師としてイベントに参加することも(写真提供/FabCafe Tokyo

成瀬 それを見ていてすごく効率的だなと思います。確かに朝、スケジュールをチェックするのは大事ですね。朝起きた時に、今日は何をしなきゃいけない日だっけとチェックすると、ここに空き時間ができるな、なんかやろうかなと考えるから。でも私は猪熊みたいに切り替えが上手にできるタイプじゃなくて、ひとつのことを時間をかけてじっくり考える方が得意なので、1日の間でいろいろな仕事をするのは苦手なんです。文章も電車の中では書けなくて。

猪熊 え、そうなの? 初めて知った!

成瀬 そうなのよ。だから書き仕事は眠い眠いと言いながら夜中や早朝に起きて自宅でやっているんです。アイディアを出すスピードも早い方じゃないので、なんとかやってるという感じです。ただ、場所の移動は気分転換にはなりますね。学校に行くと学生の相手をするうちに先生の顔になるし、事務所に帰ってくる途中でメールをチェックすると段々と建築家の顔になります。移動時間に気持ちを切り替えているというのはありますね。

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カフェであり、ものづくりのコ・ワーキングスペースでもあるFabCafeTokyoの設計を担当(写真提供:FabCafeTokyo

執筆系の仕事も多い

──自宅でも仕事をすることはあるのですか?

猪熊 平日の終電までに終わらなかった仕事を家に持ち帰ってやったりすることはよくあります。

成瀬 私は文章を書く仕事を家でやっています。その方が集中できるので。

猪熊 確かに執筆系は家になりますね。事務所にいると打ち合わせが入ったり、スタッフが仕事の相談をしてくるのでなかなか集中できないので、日曜日に家でやっています。


──執筆系の仕事にはどのようなものが?

猪熊 自分たちの設計や考えていることについて説明する文章や、コンペのプレゼン資料などを書いていることが多いですね。あとはインタビュー原稿のチェックなど、いろいろあります。少し前だと、我々が編著で作っていた本の原稿の執筆もしていました。

成瀬 他には、いろいろな大学の設計課題の講評会に呼ばれて、賞を選ぶときの選評を書いたりとかもしています。また、以前は建築雑誌で連載をやっていたのでその原稿執筆も。

猪熊 あとメール系が多いですね。大学とクライアントと事務所を合わせて、多いときには1日4〜50件くらいのメールを返しています。そうしないと間に合わない(笑)。

成瀬 私の場合は大学系のメールが特に多いですね。その他にもいろいろなところからメールが来て読まなければならない量が多いのでたいへんです。お施主さんとのやりとりも基本はスタッフに任せるのですが、特に重要なメールは私や猪熊から送ります。

自宅でもフリーアドレス

──自宅にはやっぱり仕事部屋があるのですか?

猪熊 いえ、ありません。実は家は自宅で仕事をしている妻に占拠されていて家でも共用部分のリビングで仕事をしています。ノートパソコンがあればどこでも仕事ができることがバレると、どんどんスペースを減らされるんですよ(笑)。

成瀬 私も自宅に仕事部屋なんてないですよ。夫も建築家で、自分の仕事部屋と専用の書庫までありますが、私はないので猪熊と同じくリビングで仕事をしています。ついテレビを見ちゃって困る、みたいな(笑)。


──おふたりとも自宅でもフリーアドレスなんですね。

猪熊 そうなんです。事務所でもフリーアドレス、自宅でもフリーアドレス。大学にしか席がないという(笑)。

成瀬 一緒一緒(笑)。

未経験のことにチャレンジしたい

──今後の目標、近い将来やってみたいことは?

猪熊 僕は基本的に常にやりたいことがたくさんありすぎて手がつかない状態なんですよね(笑)。その一つに、コ・ワーキングスペースやシェアハウスの経営があります。やっぱりそれらをたくさん設計していると、自分でも持ってみたくなるんですよね。例えば改装自由な小さな一軒家を借りて自分たちの好みで改修・改装して、運営ができる知り合いと一緒にやってみるとか。実験してみたいんですよね。自分が施主なので好きなように設計できるから、普通のシェアハウスではやらないような間取りにチャレンジできるのもおもしろいかなと。


──それは確かにおもしろそうですね。

猪熊 もう一つの大きな目的としては経営的な要素もあります。設計の仕事って建物が完成するまでに長い時間がかかります。例えば設計から完成まで2年なんていうのは普通で、その場合、設計費は2年間で3分割されて入金されます。大きめのプロジェクトの場合は設計料だけで軽く1000万円を超えるのですが、例えばそれが2年間で3回に分けて500万円ずつ入ってくるとしたら、そのクライアントから1度入金されて次の入金までの4ヶ月は無収入なわけです。規模の大きな設計事務所でビッグプロジェクトを常時何件も抱えているような事務所ならそれでもやっていけるんですが、やっぱりうちみたいな小さい事務所はそんなに抱えられないので、年間を通した収入の波がどうしても大きくなります。だから毎月少額でも確実に入ってくる定期収入のようなビジネスがほしい。そういう意味で、定期的にお金が入る賃貸物件をもつことは事務所の経営の安定に寄与するからすごくいいかなと。家賃がそんなに高くなければうちのスタッフが住んでもいいですしね(笑)。基本的なスタンスとしては、いいとこ取りのアイディアを思いついたらやってみたいと常に思っているし、これまでもそういうふうにやってきたんですよね。


──成瀬さんの方は?

成瀬 私は具体的にやってみたいことは特にはありません(笑)。ただ、仕事の幅を広げてみたいとは思っています。現在はシェアハウスやコ・ワーキングスペースなど、コミュニケーションの場を作る仕事が多いですが、それにとどまらず、もっといろんな仕事をしてみたいですね。建物の種類も、例えば保育園や学校などの子どものための施設や、美術館や博物館などの公共建築など、今までやったことのないものを手掛けてみたい。「シェアハウス専門の建築家」ではなく、どんどん自分の領域を広げていければいいなと常に思いながら仕事をしています。

新しい建築で人びとの生活を変える[前編]

「シェア」をキーワードに活躍

──現在のお二人の活動について教えてください。

猪熊純さん(以下、猪熊) 2007年に成瀬と僕で「成瀬・猪熊建築設計事務所」を立ち上げ、以降、建築設計を主軸に、ランドスケープ、インテリアの企画・設計及び監理、工業デザインの企画・製作などを手掛けています。

成瀬友梨さん(以下、成瀬) その他、私が東京大学で、猪熊が首都大学東京でそれぞれ助教として建築を教えています。


──特に得意としている建築は?

猪熊 一般的な建築設計事務所に比べるとシェアハウスやシェアオフィス、コ・ワーキングスペースを手掛けている割合はかなり多いですね。個人の建築よりは何かしら新しいひとの関わりや集まり方を考えながら空間を作っていく案件が半数以上を占めています。

成瀬 最近はそれが広がって、福祉施設も設計しています。これまで福祉施設を手がけたことがなかったのですが、クライアントさんから「御社に頼むといいものを造ってくれそうだから」みたいな感じで電話がかかってきて(笑)。そのクライアントさんは私たちがこれまで手がけたシェアハウスやコ・ワーキングスペースの紹介記事を雑誌やネットメディアなどで読んで連絡をくれたらしいです。こういうケースってけっこうあるんですよね。

空間と家具デザインを担当した新しい形のシェアタイプSOHO「THE SCAPE (R)」(撮影/西川公朗)


──なぜシェアハウスやコ・ワーキングスペースのようなものを多く手掛けるようになったのですか?

猪熊 10年くらい前、僕らが学生だった頃は「コミュニティ」という言葉自体がウエットすぎて気持ち悪いと思われるような時代でした。例えば集合住宅を設計する課題が出た時、「コミュニティを重視して設計しました」と言うと先生から「この個重視の世の中で、今どきコミュニティなんてものが求められているわけないだろう」と否定されていたのですが、そういう空気感から生まれるものに対して限界を感じていたんです。そういうことが根本にあり、さらに僕らが建築家として独立した頃にシェアハウスが事業として徐々に成り立ち始めていて、シェアハウスに集合住宅の新しい可能性を感じていました。

シェアハウスに感じた新しい可能性

──その新しい可能性とは具体的には?

猪熊 もちろんワンルームマンションは今でもたくさんあって、当時も今も全部がシェアハウスに置き換わるなんて全然思っていません。確か少し前の統計で、単身者が借りているすべての物件の中でシェアハウスが占める割合はわずか0.5%しかないんですよ。あとはワンルームです。だから可能性があるといっても、それが社会を変えてしまうというよりは、一人暮らしの住まいがワンルームしかないという状況が均質すぎておかしい、もっと多様であってもいいよねと。5%くらいはシェアハウスになってもいいだろうという直感めいたものがあったんです。でも、建築家は誰も本格的にシェアハウスを手掛けていなかった。そういう状況を見て、ずいぶん建築業界は世の中の流れから遅れているのかもしれないと危機感を抱きました。

成瀬 私も同じような危機感をもっていて、建築業界でシェアハウスが話題になるのはもっと後のことですが、当時、実際にシェアハウスのようなおもしろい住まいがアート界・不動産業界などから生まれていました。これって絶対おかしいよね、建築業界は遅れてるよねという話を猪熊とよくしていたんです。とはいえ、そのおもしろい建築物は基本的にリノベーションで、いわゆる建築計画的な目線では全然解かれていないものがほとんどだったので、建築の専門家としてそれを解くとどういうものができるのか、プロトタイプとしてどれが本当に一番適しているのかということを専門家の視点で発信することがすごく大事なんじゃないかと思っていました。

猪熊 それでシェアハウスのような新しい不動産ビジネスを始めている人やアート系の人たちにインタビューをするなどして、社会に発信し始めました。当時はまだまだ未開拓な分野で、僕らが興味を持ち始めた頃は全国でシェアハウスのベッド数が1万ほどしかなかったのですが、今後は必ず増えていくだろうと。その過程で我々がきちんとした設計をして、シェアハウスが普及する道筋を整えなければならないという思いで発信していました。

成瀬 最初に自分たちで最も大々的に発信したのは、2010年の秋に新宿のオゾンで開催した展覧会だと思います。そうした中で一般雑誌やWebメディアを皮切りに建築雑誌などから取材依頼が殺到しました。

猪熊 同時に、当時はシェハウスにはこれまでの集合住宅では求められなかった建築家の新しい役割が秘められているとも感じていました。


──その役割とは具体的にはどういうことですか?

猪熊 もちろん一般的なマンションやアパートなどの集合住宅も工夫のしようによっていいものはできますが、既に不動産業界内に、ある程度決まった設計のノウハウが蓄積されています。建築家が時間をかけてアイディアを投入しなくても、成り立つ建物なんです。それに比べるとシェアハウスは管理費に現れているように(※通常のマンションなどに比べて1万円ほど高い)、運営に関する重要度がかなり高いんですよね。共用スペースの掃除の頻度や共用と個人の物の分け方などですごく細かいルール設定が必然的に必要とされます。それらを踏まえて入居者がいかに気持ちよく暮らせるためにどうすればいいかを考えて最適解を出さなければなりません。

これは想像以上に難しく、いろいろなことがわかっていないとすごく使いにくいシェアハウスになってしまう。つまり一般的な集合住宅に比べて専門的な建築設計スキルが相当たくさん必要になってくる。普段から複雑なものを丁寧に一つひとつ解いているという職能がシェアハウスの建築には向いているのではないかと思います。

シェアハウス設計に求められるスキル

──例えば具体的にはどんなスキルや能力が必要になるのでしょう。

成瀬 シェアハウスを運営する方とのコミュニケーションを通じて、細かいところを最後の最後まで詰めていかなければならないので、コミュニケーション能力、特に細やかな気遣いが必要となります。集合住宅は各部屋が壁で仕切られていてその中で個人の生活が営まれていますが、シェアハウスにおいては、個室はありますがキッチン、リビングなどの共用部分は入居者みんなとシェアしています。他人同士が共用部分をシェアしながら、一人でいても違和感がなく、みんなでいても楽しく過ごせるというような、各人が他人との距離感を選択しながら快適に空間を保てるような共用部分の作り方は、普通のマンションの一住戸の中にリビングをどう配置するか、ということを考えるよりも複雑なのです。

建築家がスキルを問われる難しい部分でもあるし、やっていて楽しく、やりがいを感じる部分でもあるんですよね。共用部分を豊かに作ることが物件の価値を高めることにもつながりますし、生活している人たちも住んでいてすごく楽しいと言ってくれるので、自分たちがこれまで積み上げてきた空間設計能力を発揮できる建物だなと。設計していてもシェアハウスの方が集合住宅より楽しいよね?

猪熊 そうだね。それはあるよね。

成瀬 そんなことをしているうちにシェアハウスやコ・ワーキングスペースの設計依頼が多くなっていったのです。

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仕事における役割分担

──お二人で建築設計業務を行う上で、役割分担的なものはあるのですか?

猪熊 まずは、基本的に会社なので仕事の依頼が来たら内容を吟味して受けるべきかどうかという話はもちろん2人で絶対にします。お金のことも、工期のこともあるし、スタッフの誰をつけるかという問題もありますからね。プロジェクトへの取り組み方に関しても基本的な役割は同じで、構想を含めた設計のフェーズは一番重要な部分なので2人ともフルにコミットします。ただ、図面が出来上がって、施工フェーズに移行すると、主に僕が建築現場に通います。2人ともそこに時間を割いてしまうと他のプロジェクトが止まってしまうので。


──では例えば猪熊さんだけがプロジェクトを担当することはないのですか。

猪熊 ごくまれに、成瀬がどうしても動けないときなど、僕だけでやることもありますが、9割方は一緒にやっています。

KOILの設計を担当

──お二人でどのように仕事を進めているのかを実際の建築例を元にうかがいたいのですが、お二人は今年4月に千葉県柏市にオープンした日本最大規模のコ・ワーキングスペースやデジタル工房を含むイノベーションセンター「KOIL」の設計を手掛けられています。設計から完成まで、どんな感じで関わったのですか?

日本最大級のコ・ワーキングスペースやデジタル工房を含むイノベーションセンター「KOIL」(撮影/西川公朗)

猪熊 正確にいうと、ビルの4~6階が「KOIL」で、我々が担当したのは6階のイノベーションフロアという約3000平方メートルのスペースです。まずは構想段階から事業主体の三井不動産さんや全体のプロデュースを担当するロフトワークさんたちと、この場をどういうものにするべきかということをかなり議論しました。

成瀬 コンセプトがある程度決まったら、事務所内の作業机に図面を並べ、スタッフ含めてみんなでアイディアを練ります。私たちはいわゆる「巨匠スケッチ」はあまりしないし、もちろん自分たちでCADなどを使って図面を引くこともしません。進め方としては私たち2人で基本的なコンセプトを決めて、それを元にスタッフに図面を引くように指示します。上がってきた図面を元に、皆で話し合いながら完成度を高めていきます。

猪熊 そうやって僕らの事務所内で作った図面や模型を持参して打ち合わせに臨みました。打ち合わせは、こちらサイドで決めてしまったものを元に進めるというよりは、あらかじめ議論の的になりそうな場所を見つけて複数案作成した模型や図面を元に議論を重ねていきました。みんなで話し合うためのコミュニケーションツールとして模型や図面などを使うという感じですね。一番重要なのは、「どうすれば運営する方が3000平米をフルに使いこなせるか」なので、例えば各スペースの配置も図面を4、5案作って持参して、この部屋とこの部屋を近くするとこういうイベントができそうとか、ここのスペースが大きくなるとこちらに人を導き入れやすくなりそうといった議論をその都度ひたすら繰り返しました。

成瀬 KOILは過去に前例がない施設なので、三井不動産やロフトワークの担当者を始めとしたステークホルダーの皆さんと、図面や模型を前にしてよく考え込んでいました。私たち自身も複数案作る中で、一番推したい案はありますが、打ち合わせでいろいろな人から話を聞くと別の案に変わったりしていきました。

猪熊 我々はどこで議論をすべきかというタイミングと、議論の内容のデザインをしていたという感じで、最終的にはみんなで決めました。

成瀬 あとは、ほとんどのデスクやテーブルをデザインしました。いったい幾つしたか、自分でもわからないほどに(笑)。


──できには満足していますか?

猪熊 とても居心地のよい空間になったと思います。事務所の近くにKOILがあればずっとそこで仕事していると思います(笑)。

誰のための空間か

──KOILを手掛けてよかったと思う点は?

猪熊 出来上がってみてすごくおもしろいと思ったのが、普通のオフィスとあらゆる意味で逆をやっているという点です。例えば一般的なオフィスって、同じ照明や機能が均一についているシステム天井というのがお決まりの造りになっています。このようにある種の利便性・合理性を追及して普通のオフィスは設計されているわけですが、さまざまな人びとが仕事をする場であるイノベーションセンターはそうはならなかった。イノベーションセンターが最も合理的に駆動するためには、ということを突き詰めた結果、ほとんどシステム天井はなくなりました。


──それはなぜですか?

猪熊 それぞれの部屋に特徴的な機能を持たせようとすると、音環境的には部屋同士が切れている必要があり、音が天井裏で伝わってしまうシステム天井では都合が悪いのです。またシステム天井を止めることで、仕上げの制約も減り、セメント板や配管むき出しというデザインができたりと、バリエーションが増えました。

成瀬 例えば天井の高さも、集中する場所はちょっと低くして、開放感がほしいところは高くしています。壁の仕上げも、普通のオフィスは白ですが、気分が高揚する方がいい場所は暖色系を入れたり、集中する場所はグレーなど落ち着いた色にしました。照明も、暖色系から白色まで、使い分けています。そうすることによって、部屋ごとに個性の違う、かなり多様性のある空間を生み出すことができました。

猪熊 結果的に白くてプレーンでユニバーサルなオフィスを全部ひっくり返したようなスペースになったというのはすごくおもしろいですね。終わってみると、一般的なオフィスが管理する側にとってのものでしかないんだなということがよくわかりました。管理者目線からすると、どんな会社が入居しても、間仕切りを変えることで簡単にオフィスが作れるので楽でいいのですが、働いている人にとってはどの部屋に行っても同じ環境で全然おもしろくないし、そこそこ集中はできるけれど、息抜きしたいときは喫煙室に行くか、外に散歩に行くしかない。一般的なオフィスには、使う側、ワーカーにとってのフレキシビリティは全然ないんだなということが今回KOILを手掛けてみてわかったんです。

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KOILで大きく成長

──なるほど。興味深い発見ですね。これは実際に手掛けてみないとわからないことですよね。

猪熊 イノベーションセンターがすごく特殊な機能からスタートしているようで、実は働くということの本質はここにあるかもしれないですよね。ワーカーの気分に合わせて、あるいはミーティング人数に合わせていかようにでも使いこなせる場がひとつの建物の中に全部そろっていることの方がよっぽどフレキシブルであるということから、オフィスの設計のあり方が全然違うフェーズに動きつつあるんだなとわかった。また、スペースに配置する家具の大きさや距離感など、言葉では言い表せない、自分の手で身につけた感覚を得られたことも大きいですね。

成瀬 私も猪熊と同じで、三井(不動産)さんやロフトワークさんとミーティングを重ねていくうちに、場所の性質が見えてきて、素材や壁の色など、当初考えていたプランから少しずつ、その場に最適なものに変化していきました。特に色に関する新しいスキルというか感覚が身についたかなという手応えはあります。次に作るものはそれらのスキルや感覚が生かせるので、大きなアドバンテージだと思いますね。

私たちが壁や天井の仕上げにあそこまでたくさん色を使ったのは初めてだよね。設計途中で全部変えてみたけどどうなるかな、幼稚園みたいにならないかなとちょっと不安もあったけど(笑)。できてみたら全然違和感がないよね。

猪熊 利用者の皆さんもすごく気持ちいい空間だって言ってくださるのでうれしいですね。

働く場の枠組みを壊す

──確かに働く人のことを思って空間を作るということが、本当の働く場のあり方だと思います。それをソフトの部分で、これからのオフィスの作り方という意味で訴えたいことは?

猪熊 確かにこれまでのオフィスの、伝統的に決まってしまっている枠組みをいかに崩すかということは僕らも日々考えています。いずれ戦略を立ててやらなければならないと思っていることのひとつでもあります。


──コ・ワーキングスペースじゃなくても、働く場所ならどこも同じだから他のオフィスでもできていいはずですよね。

猪熊 コ・ワーキングスペースの利点はドロップインでもいいですし、会社に勤めながらサブのワークプレイスとして借りたりもできること。そういうことを体験する人が増えると、こういう場で働くということがありえるのかということがわかる。ユーザー側のニーズ開拓が進むと、一般的なワーカーが自分たちの仕事場にも興味が行き始めるはず。その流れで、新しいオフィスを作るときにはワーカー視点に立って、少し内装を頑張ってみるかという会社が増えてくるとおもしろいなと思います。

そもそもKOILのようなイノベーションセンターが必要とされているのは、これまでの働き方ではイノベーションが生まれないからという危機感から。同じように、個別の企業の内部でも、そうした改革をしなければと気付き始めたところから、徐々に働く空間のあり方も改変しながら組織を再編するというような動きが出てくると思うんですよね。そうなってくると本当におもしろい。イノベーションセンター自体はまだ日本に数えるほどしかなくて、今後も急激には増えないでしょう。特にKOILのような3000平方メートルクラスになるとなおさらです。しかし、そういうものに刺激を受けた普通のオフィスはもっとたくさん変わってもいいはずだと思います。ある意味先駆者として今後そういったものを作っていきたいですね。

新しい空間のロールモデルを生み出す

成瀬 人は見たこともないものをほしいとはなかなか思いませんからね。マネジメントする側もうちの会社は最近風通しが悪いなと思ったときに、朝のミーティングなどソフトの部分でいろんな取り組みをしていると思いますが、そういうことがよりやりやすい空間があると導入してみたくなりますよね。そういう人が増えれば、とてもうれしいですよね。

猪熊 ローレンツ・レッシグによれば、人の行動を制約する4つの要素は「法律」「慣習」「経済」「建築」。現状を変えたいときはこの4つのうちの何かを変えることが有効ということになるので、例えば朝ミーティングをしようと慣習を変えることで現状打破を目論むというのもありです。ただこの4つのうちどれを使ってもいいはずなので、空間を変えてしまった方が効率がいいと判断される場合ならそうすればいい。複数ある選択肢の中でまずはどれを選ぶのが正解かを冷静に選べるようなトップの人がいる会社が増えればおもしろくなるだろうなと思います。

仕事とプライベートの境界が曖昧に

──働く場所や住む場所は、働き方、生き方と密接につながっていますよね。現在の建築の潮流の最先端で仕事をされているお二人が、今感じている、世の中の働き方、生き方のトレンド、あるいはこれから世の中の人々の生き方、働き方はこんなふうに変わっていくだろうと感じていることがあれば教えてください。

設計を手がけたコ・ワーキングスペースのイベントで講師を務めることも(写真提供:FabCafe Tokyo)

猪熊 今まで働くという行為と、それ以外の私生活の部分ははっきり別れていたと思うんですが、最近は仕事とそれ以外が融合し始めている。例えば、朝出社前や土日に、いろいろな勉強会に参加する人が最近増えていますが、これは、仕事のためか自分個人のためかを分けようとしてもなかなか難しい。我々の仕事もそういう働き方が性に合うのは確かで、土日に友達が設計を手がけた建物のオープンハウスなどに行くと、そこでなんやかんやと勝手に批評する。それは仕事なのか趣味なのかよくわからない(笑)。

成瀬 そうだね(笑)。

猪熊 大学の製図室も、まさに仕事とプライベートが融合している場。図面を書いて、議論して、講評会もする他、人によっては食べたり寝たりもその部屋で行う。教員としては悩ましいですが。そうなると製図室はもうスーパーマルチスペースなんですよ。それがもう少しきれいになれば、どこよりも進んだワークプレイスになる。

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コ・ワーキングスペースの新たな可能性

──確かにこれまでもコ・ワーキングスペースやシェアオフィスにオフィスを構える人に取材しましたが、いろんな業種の人が集まっているから、そこで話してると新しいアイディアが生まれたり、新しい仕事につながったりという話はよく聞きます。

KOILでは定期的にイベントを開催しており、大勢の参加者でにぎわっている(写真提供/ロフトワーク)

猪熊 そうですね。運営側がわざわざプロデュースしなくても、たまたま今度仕事を一緒にやるということはたくさん発生しているみたいで、すごくいいことですよね。過去に関わったコ・ワーキングスペースでも、会社員だけど自分の家の書斎よりは周りにおもしろい人たちがいた方が楽しいし仕事にもいい影響が出るという考えでセカンドオフィスとして利用するという人はけっこういました。

また、KOILもそうですが、定期的におもしろいイベントを開催しているコ・ワーキングスペースは多いですからね。先日もKOILでCCCの増田社長と武雄市の樋渡市長を呼んでトークイベントを行ってとても盛り上がりました。会員になるとそういうイベント情報がすぐに届くのがすごくいいですね。

シェアハウスの新しい可能性

──生活の場という意味ではシェアハウスの方も増えているようですね。

成瀬 どんどん増えていますね。これからもますます増えると思います。未経験な人でもいきなりシェアハウスに住む人、特に女性が増えていますよね。

猪熊 僕の周りでもシェアハウスに住む人は増えていますね。

成瀬 『第四の消費』の著者で社会デザイン研究者の三浦展さんが、「シェアハウスは独身の働く女性に適合的な住まい方だ」とおっしゃっているくらい、女性の方がフィットするという傾向はあるみたいですね。大抵の場合、女性は男性よりも他者とのコミュニケーションを取るのが上手だし、一人で住むより安心だという理由でシェアハウスに住む女性が多いようです。

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撮影/西川公朗

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撮影/筒井義昭

名古屋にあるシェアハウスLT城西。共用部と個室の配置を同時に検討し、個室の立体的なレイアウトによって、共用部に異なる居心地の居場所が複数作り上げられている

──今後流行りそうなシェアハウスのトレンドというのはあるんでしょうか?

成瀬 シェアハウスを運営している方たちと話していて、今感じているおもしろいトレンドとしては、シェアハウスに独身の時に住んでいた人たちが、結婚してそこを出るときに次に住む集合住宅がないと言われている、ということです。


──なるほど。夫婦や家族で住めるシェアハウスはないと。

成瀬 そうなんです。結婚してもシェアハウスのような集合住宅に住みたいのに、それがなくて、選択肢が普通のマンションしかないから、つまらないということです。

猪熊 シェアハウスのように仲良くなろうと思えばいくらでもチャンスがあるような、気の利いた集合住宅が今ひとつもないんですよね。

成瀬 だからカップルや家族で住めるシェアハウスがこれからたくさん出てくると思います。通常の集合住宅よりいろいろな面でもう少しゆるいマンションのようなものが。

猪熊 各住戸ごとにプライバシーは守られていても、例えば今日はみんなでバーベキューをやろうというと敷地内にすぐ集まれる、みたいな。

成瀬 そういうシェアハウスに慣れた世代が大人になったときに、どういう集合住宅が必要とされるのかと考えると、自然と高齢者用のものも浮かび上がってきますよね。老人ホームの一歩手前の集合住宅ってどんなものがいいかな、などとよく考えます。

猪熊 シェアハウスが増えていくという話をすると、「いずれは若い人の半分くらいがシェアハウスに住むようになるんですか?」というような話になりがちですが、そうではなくて、ある年齢層の中での割合が今と変わらなくても、シェア的な住まい方が許容できる世代が上がっていくので、全世代に渡って全体の一割くらいがシェアハウスになるまでは増え続けると思うんですよね。

様々なタイプのシェアハウス

──そうなるとさまざまな年代の人たちが混ざって、20代と70代の人が同じシェアハウスに入る可能性も出てきますよね。

猪熊 そうですね。年代がミックスされたシェアハウスも生まれると思うし、世代ごと、例えば子育て世代に適したものや、おひとり様の高齢者用のものなど、特徴をもったものも出てくると思います。


──老人ホームよりシェアハウスの方が入居のハードルは低いでしょうしね。

猪熊 そうですよね。また、今できているものとしてはシングルマザー用のシェアハウスがあります。共同でベビーシッターを雇うなどして入居者同士で子育てを助け合っているようです。中には夜は子どもを預けて彼氏とデートに行って早めに再婚するといったようなポジティブな人もいて、退去のスピードが早いらしいです。そういうケース含めて、さまざまなタイプのシェアハウスが増えると選択肢も増えるのでとてもいいことだと思います。


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