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2015.04.01  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

タイで「職場の健康づくり」に尽力

──まずはお二人の現在の活動について簡単に教えてください

タイで活動中の大和さん夫妻

大和茂さん(以下、茂) それぞれの役割や具体的な仕事内容は違いますが、私と妻は「企業などで働く従業員の健康増進」という同じ目的のため、タイを中心に活動しています。

タイ政府はタイのローカル企業、在タイ外資系企業、官公庁などで働くタイ国民の健康づくりを重要目標と位置づけています。「従業員の健康や幸せ」が、企業の成長に直結すると考えているからです。また、経済成長とともにタイ国民の健康問題も多様化し、最近は、肥満が大きな社会問題となっています。タイ政府としては、企業等で働く人のみならず、子どもから大人までタイ全体で健康づくりを実現すべく「国民の健康増進及び幸福度向上を追求する」というビジョンを掲げ、2001年に首相直下の政府専門機関としてThai Health Promotion Foundation(通称:タイヘルス)を設立しました。

つまりタイでは国家レベルで企業などで働く人々を健康にするための政策や枠組みを立案し、企業、大学、国際機関、NPO等を巻き込みつつ、実行に移していると言えます。そして、タイヘルスが、特に力を入れているのが国家プロジェクトとして推進されている「Happy Workplace Program」です。この「Happy Workplace Program」を、タイで事業を営む日系企業をはじめとした在タイ外資系企業に普及・浸透させるため、2013年8月に「Happy Workplace International Project」を公式に発足させました。そのプロジェクト責任者というのが、私の主な職責の一つです。そして、もう一つはタイで妻と設立したMarimo5 Co., Ltd.(以下、Marimo5)の代表です。

大和亜基さん(以下、亜基) Marimo5は元々任意のボランティア団体で、私がタイ人の友人や同じく駐在員の妻としてタイで生活していた仲間達と有機農家支援に取り組んだのが始まりです。現在はHappy Workplace Programを導入した企業の従業員向けに健康教育プログラムを開発・提供するほか、社員食堂のシェフ向けトレーニングやヘルシーメニューの開発、食育アドバイザーとしてタイ人従業員向け食育やライフスタイルに関してワークショップをしています。

駐在員としてタイに赴任

──Happy Workplace Programや「Marimo5」の活動については後ほど詳しくうかがうとして、なぜ日本人であるお二人がタイでタイ国民のための職場の健康増進のような活動をしているのか、まずは茂さんの方からその経緯を教えてください。

 私は、新卒で株式会社NTTドコモに入社したのですが、入社5年目の2007年にタイ・バンコクの現地企業とNTTドコモが作った合弁会社に異動となり、駐在員として赴任しました。赴任前は、国際事業部という部署で海外パートナーとの提携交渉などを担当しており、そのような経験を現地で活かせる貴重な機会をいただけたと考えています。

私に与えられた主な任務は2つ。1つは私が赴任した合弁会社の収益改善。2つ目はその合弁会社のコアサービスや付加価値サービスをタイから東南アジアの他の国に拡大させるということでした。従業員50人ほどの会社でしたが、2年間で経営が黒字にならなければ撤退する可能性も認識していたので、必死で収益改善に取り組みました。

収益改善のための手法には大きく2つあります。収益を伸ばすことと、支出を減らすことです。人件費なども含め、様々な経費をいかに抑えるかということを、当時の上司である合弁会社の社長と喧々諤々議論をしたことを今でも鮮明に覚えています。やはり会社が非常に厳しい状況にあることは、タイ人ローカル社員も十分に感じており、会社内の雰囲気も、決して和やかとは言えず、辛い状況がしばらく続きました。会社として黒字化に向けて効率化を追求する一方で、今一緒に働いているタイ人社員達にとってよりよい職場環境を作るためにはどうしたらいいのか、悩みに悩みました。

日本では、仕事の進め方など分かっていたつもりでしたが、タイでは、頑張っても全然思い通りにならない。でも黒字化を達成する必要があり、そのストレスでタイ料理や甘いものをたくさん食べてしまい1年で10キロ以上太りました(苦笑)。


──言葉の問題は大丈夫だったのですか?

 タイ語は、正直全くわかりませんでしたので、最初は大変でした。社内は日本人駐在員が3人でタイ人が約50人、その内英語を話せる人はマネージャークラスの10人ほど。社内公用語は英語でしたが、日常のコミュニケーションはタイ語じゃないと成り立たないので、業務終了後や週末にタイ語の教室に通ったり、タイ語の歌を覚えたりしてとにかく勉強しました。言葉の問題含め、どうすればタイ文化を理解できて、彼らの中に入っていけるか、ということも大きな課題でしたね。

大和茂(やまと しげる)
1978年東京都生まれ。Thai Health Promotion Foundation公式プロジェクト責任者/Marimo5代表

株式会社NTTドコモを経て、タイにMarimo5 Co., Ltd.を設立すると同時に、タイヘルス公式プロジェクト責任者に就任。2007年から約5年駐在員として働く一方で、チュラローンコン大学労働経済学修士課程修了。帰任後は、ICTヘルスケア事業の海外展開等に従事。 健康的な職場と企業成長の関係性を研究すべく、早稲田大学スポーツ科学研究科博士課程在籍中。

大和亜基(やまと あき)
1978年広島県生まれ。Marimo5副代表/食育アドバイザー

大学卒業後日本テレビに入社。報道カメラマンとしてキャリアのスタートを切ったが、激務のため大腸疾患を発症し入院。以来、食と健康についてワークショップを開くなど勉強に励む。広報部に所属していた2007年、夫の茂さんのタイへの赴任辞令にともない日本テレビを退社。タイへ移住。2008年頃からタイ人とともにタイの有機農家と在タイ日本人をつなげる任意団体Marimo5を発足、活動を開始。現在はタイの職場で働く人の肥満問題の解決、健康増進などのソリューションを提供している。

※2015年5月にHappy Workplace Programとオカムラのオフィス研究所が取り組んでいる日本の職場、働き方に関する最先端の研究を発表予定

初出日:2015.04.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの