2013年5月アーカイブ

フリーエージェント・スタイルという働き方

──東京R不動産といえば「フリーエージェント・スタイル」という働き方で注目を浴びていますが、具体的にはどんな働き方なんですか?

東京R不動産は会社ではなく、あくまでもメディアなので、「東京R不動産の社員」は存在しません。魅力的・個性的な賃貸・売買物件を見つけてきて、借りたい・買いたい人との契約までこぎつける仲介営業職は、ほぼ全員個人事業主です。彼らはスピークと業務委託契約を交わしています。

彼らの収入は完全歩合制なので、例えば数千万から億単位の売買物件を決めたらその分手にする収入も多くなりますが、一件も決められなければ収入はゼロです。この契約形態を僕らは「サムライ契約」と呼んでいます。

このサムライ契約を交わしているメンバーは10人ほどで、あとはプログラマーなどがいますが彼らは固定給です。


──関わっている人は何人くらいいるんですか?

40人ほどだと思います。営業メンバー以外にも、個人事業主のデザイナーなど多数います。そのさまざまな個人が集まってひとつのチームとして機能しているのが東京R不動産です。


──フリーエージェント・スタイルを取り入れた経緯は?

東京R不動産を始めたときからこのスタイルなので、特にこれといった理由はありません。みんながハッピーになるためにはこれしかなかったという感じですね。一番自然だったんでしょうね。

会社員とフリーランスのいいとこどり

──フリーエージェント・スタイルのメリットは?

例えばTSUTAYAなどの大企業とのコラボ企画は個人ではまず無理ですよね。でも能力のある人たちと組めばそのような社会に対してより大きなインパクトを与えられる仕事ができる。チームじゃないと組めない相手とスケールの大きな仕事ができることがメリットです。

一方で、立場的にはあくまでも個人ですので、フリーランス的な自由さもあります。例えば思い立ったときに今日から1カ月休むということもできます。またもちろん東京R不動産以外の仕事もできるし、むしろ兼業を奨励しています。

だからこの働き方は会社員とフリーランスのいいとこ取りの働き方だと思っているんです。


──どうして兼業を奨励しているんですか?

その方がハッピーだからです。まず核となる仕事をもって、空き時間に別の仕事をすればその分だけ収入も増えるし、リスクヘッジにもなりますよね。

また、メンバーの中には担当する業務の他にも新しい事業を始めたいという人もけっこういて、彼らのチャレンジを阻害したくはないんです。そもそも東京R不動産を始めた僕ら3人がそういう人間だし、実際に経験もしているので、新しいことを始めたいという人にいろいろアドバイスもできるし、協力もできます。

例えば、東京R不動産の中から「密買東京」という物販サイトを新しく始めたいというメンバーが3人出てきました。でも僕を含め3人のディレクターは成功させるのは難しいんじゃないかと思ったのですが、その3人はこれをやらないと東京R不動産の仲介業務にも熱が入らないと言うので、じゃあやってみれば、という感じでスタートしました。

その代わり会社を立ち上げたら東京R不動産グループから出資するという資本関係はちゃんとあります。他にも東京R不動産が出資するという形で新しく生まれた会社や事業は複数あり、それらを支援したりアドバイスしたりしているんです。


──そんなに新しい会社や事業が生まれたらハンドリングするのがたいへんですね。

確かにそうですが、メリットもあります。例えばツールボックスはTSUTAYAと一緒にいろいろなプロジェクトを進めているのですが、それは東京R不動産という枠の中でやってたら実現できなかったわけです。そうやって東京R不動産というひとつの場所からいろんな事業が生まれて、アメーバのように仕事の触手が伸びていくことによって、常に新しい情報や人材や空気が入ってくる。そういう感覚は、僕らにとっては退屈しないしハッピーなんですよね。もちろん東京R不動産にとってもいいことで、総合的な力を強めることに繋がると信じてもいますしね。

「HOUSE VISION 2013 TOKYO EXHIBITION」で東京R不動産と蔦屋書店がコラボして提案した「編集する家」(photo:©Daici Ano)

根底にあるのは、東京R不動産というメディアを大きくして利益を増やしていきたいということではなく、働いているメンバー一人ひとりが幸せを追求できるチームでありたいという思いです。これが最も重要なことで、フリーエージェント・スタイル含め、すべてはこの思いから生まれているんです。

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重要なのは求心力と遠心力

──とはいえ利益がなかったらハッピーにもなれませんよね。

もちろん稼ぐことも重要です。適切な利益を上げていくことと、自由でハッピーな働き方ができるというそのバランスをうまく取るのは確かに難しいですが今のところはギリギリ取れています。そのバランスが崩れないように気をつけることが一番難しい点ですね。

重要なのは求心力と遠心力ですよね。プロ野球のチームみたいに、一人ひとりみんな契約はバラバラで個人の契約がよくないと年俸も上がらない。だけどチームとして勝たないと個人も幸せにならない。だからみんなでチームとしての勝利を目指そうぜとなるんですが、基本的には個人の集まりなのでプレイヤーとしての才能をどう活かすか、そのバランスをどこで取るのか。すばらしいスポーツチームのような組織を作らないといけないのかもしれないですが、それがなかなか難しいんです。


──フリーエージェント・スタイルのデメリットや問題点は?

仲介のメンバーは自由はあるといっても契約を決められなければ収入はゼロなので、楽しいだけじゃなくて苦しさや大変さはすごくあると思います。プレッシャーもかなり重いでしょうし。

個人で売り上げの目標は立てますが、あまりにも達成度が低い人には、僕ら3人のディレクターが「さすがにどうにかしないとまずいんじゃないの?」と口を出すこともあります。でもそもそもが独立した個人ですから、結局は契約が取れなければ困るのは自分。契約がゼロ=収入がゼロというその苦しさやプレッシャーに耐えられなくて辞めていく人ももちろんいます。

でも一度サラリーマンになっても、やっぱりこの働き方がいいといって戻ってくる人もいます。ゆっくりとした振幅の中でその人なりに自分に合う働き方を選択していくんでしょうね。

とはいえ、ここが僕らの課題で、全部サムライ契約でいいとも思ってないんですよね。最近初めて新卒を東京R不動産に入れたのですが、いきなりサムライ契約では厳しすぎるので、いったんOpen Aの社員にしてある程度の給料は保障した上で、仲介業務をやるとか、働き方のバリエーションは日々試行錯誤です。どうすればハッピーでみんなの空気が悪くならないか、そこに腐心しています。

もうひとつの課題は、全体としての成長のスピードが遅いことです。普通の企業のようにビシっと組織化して利益追求型にしていないので当然といえば当然ですが、一方で不景気に左右されることもありません。リーマンショックのときは不動産業界はひどいダメージを受けて潰れる会社もたくさんあったのですが、東京R不動産は何の影響もなかったですね。影響がなさすぎて、おれたち、ちゃんと経済に関わっているのかと逆に不安になりました(笑)。

最初からじわーっと低成長を続けているので、不景気に強いともいえますが、好景気の恩恵にも預かれないということかもしれませんね。この辺はいいのか悪いのかわからないです(笑)。

こんな感じで全面的にハッピーとは言えないかもしれないけど、最適解を追求している感覚があって、それも働き方のデザインだと思っています。

サムライの集まりでも"わきあいあい"

── 一匹狼の集まりだと自分の利益の確保が最優先になって殺伐とした雰囲気になったりはしないんですか?

サムライ契約になると一見、みんな金至上主義になると思うけどそうではありません。中には契約がなかなか決まらない難しい物件ばかり扱っているから収入がなかなか増えないメンバーもいます。それは言い替えれば、自分の好きな仕事しかしない、我が道をゆくという自由も保障されているということでもあるんです。

また、ディレクターとしても気を遣いながら、雰囲気が悪くならない工夫をしてます。例えば1件の物件の契約を決めるのに複数のメンバーが関わった場合も、ビジネスコンサルティングにいた林がきちっと業務ごとにギャラを決めたフォーマットに従って極めて客観的な目で評価するので公平感と納得感が高く、ギスギスした雰囲気にはなっていません。この「フェアネス」、公平性も僕らのチームで最も大事にしているポリシーのひとつです。

だからむしろ普通の会社よりも雰囲気はいいと思いますね。バレー部やフットサル部もあるし、マラソンもみんな一緒に走ったり、バーベキューをやったり、わきあいあいとやってますよ。今年は全体としての売り上げ目標を達成できたお祝いでみんなでハワイに行っていましたしね。

とはいえとても安定しているとはいえない状況なのでドキドキはしています。でも基本的にはサムライ契約に耐えられる人たちが集まっているし、先程も触れましたが、僕らは利益よりもハッピーに働けることを重視していて、その考えに賛同して集まっている人たちなのでそもそもお金にそれほど執着がないんです。だからうまくやっていけているのだと思います。

公私共に仲のよい東京R不動産のメンバー

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多面性のある評価基準

──かなり稼いでいる人もいるんですよね?

1000万プレイヤーもいますよ。でも、東京R不動産では稼いでるメンバーも尊敬されるけど、すごい物件をすてきな文章で書く人も同じレベルで尊敬されていますからね。ひとつの組織の中で評価の基準に多面性があるんですよ。


──確かに東京R不動産に乗っている物件の紹介文は書く人によって全然違うし、おもしろくてつい長時間見ちゃうんですよね。

不動産仲介サイトというよりも最初から雑誌というかメディアとして、おもしろいものを紹介したいというところから始まっているので、そこはぶれませんね(笑)。


──東京R不動産で働きたいという人も多そうですね。

けっこう多いですね。でもサムライ契約などのシステムを説明すると去っていく人も多い。まあ普通の人は去りますよね。最後には超個性的な人しか残っていない(笑)。

採用は重要ですが難しいです。サムライ契約など条件は全部飲みますから働かせてくださいという人でもこちらから断る場合もあります。


──採用の基準は?

ディレクターだけではなく、いろんなメンバーも面接するのですが、「あいつはなんかいい感じだから仲間に入れたい」みたいな極めてあいまいというか感覚的な感じで決まってます。


──そういう言語化できない「なんとなくいい感じ」みたいなのも大事ですよね。

暗黙知をどれだけ共有できるかが最終的には組織の力かもしれませんね。Open Aでもその辺は重視しています。

契約スタイルも試行錯誤

──働き方という意味では、馬場さんが代表を務めるOpen Aは東京R不動産と違うんですか?

まったく違いますね。Open Aは通常の会社と同じく正社員や契約社員という雇用形態です。

東京R不動産のようにフリーエージェント・スタイルを導入することを考えたこともあるのですが、設計事務所では一人ひとりの売り上げに対するパフォーマンスを計る指標がないからまず不可能ですね。

ただ、先程もお話しましたが、今年初めて東京R不動産に入ってきた新卒は、Open Aで採用した社員です。ある一定の基本給は保障されてるけど、そこから先は歩合という固定給とサムライ契約の中間契約です。

いきなりサムライ契約になると目の前の利益に対してだけ走らなければならないけど、僕の下で大きなクライアント企業に一緒に行ってプロジェクトを提案して作るというシーンを見せたりしながら育てていきたいと思っているのでそういう契約にしているんです。

固定給とサムライ契約の中間契約は新人のみですが、これからこういう契約の人はOpen Aでも東京R不動産でも増えていくと思いますね。新人が入ってきたらその育成システムや給与体系の問題もあるし、バランスのいい人間を育てていきたいので。

これからの働き方はこう変わる

──これからの日本の社会の働き方はどうなると思いますか?

まず根本として、国としても個人としても自律自給という感覚をもつことが大切だと思います。東京R不動産のメンバーのように。

例えば国レベルでいうと、日本のエネルギー自給率は4%。96%は輸入エネルギーなんですよ。もちろん先進国では最低で、世界最低といっても過言ではありません。食料自給率も39%。まあまああるように見えるんですが、30数年前は80%なんです。たった30数年で半分になった。つまり我々日本人が生存に必要なものはすべて他国に頼っているわけです。なんて依存度が高い国なんだと愕然とします。

ということは、もし何らかの問題が起こって海外からのエネルギーや食料の供給が止まった瞬間に、この国は危機的状況に陥る。ものすごい微妙なバランスでギリギリ生きてる国なんだなということがわかります。

2011年の震災のとき、関東でも停電などで電気が止まったとき、いろいろと困りましたよね。家庭もこんなにも社会インフラの微妙なバランスに頼ってたんだと痛感しました。

個人も同じです。家は国の写し鏡のようなものだし、個人は家の写し鏡のような存在のはず。だから一人ひとりが自律する感覚を持たなければならないと思うのです。

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非正社員であることを誇りに思うべき

──具体的にはどうすればいいのでしょう?

仕事も、いろいろな複数のクライアントと関係性を保ち、たとえひとつの会社と関係性を絶たれたとしても大丈夫というタフさを身につけていなければいけないんじゃないかと特に感じています。例えば東京R不動産のメンバーのように個人事業主と組織帰属の中間みたいな人は強いと思います。彼らはまさに自律している存在ですよね。

これからは企業もそれほど大量に正社員を雇えないので、非正規雇用や個人事業主が増えていくと思います。そのときに、正社員でないことを不幸だと思わない方がいいですね。東京R不動産のメンバーたちはそれを不幸だなんて少しも思っていませんし、それどころかハッピーだと思っています。サムライ契約を結んでいる人は、「おれたちはサムライだ」とむしろ誇りに思っていますよ。さらに副業・兼業オッケーなわけだから、東京R不動産で稼ぎながら、他でも仕事をして稼ぐぞと思えば、いくらでもできる。そうなるとむしろ非正社員でハッピー、ラッキーですよね。

それが自律した個人なはずで、その発想の転換がなかなかできない人が多いですが、そこはこれから僕らが逆に価値観の転換のスイッチを押してあげるべきなんでしょうね。仕方なく非正社員じゃなくて、積極的に非正社員で、複数の仕事で複数の収入がある働き方の方がかっこいいんだと。

近い将来「え、きみ、いまだに正社員なの? カッコ悪い」みたいな時代が来るべきだと思いますよ。そうなったら国力もすごく上がると思いますね。

公共空間を変えていきたい

──馬場さんの今後の夢・目標を教えてください。

建築家としては今後、特に公共空間を変えていきたいと思っています。例えば町の公園で清掃と管理さえやれば誰でもカフェを出店してもいいことになったとしましょう。店主にとっては安い家賃でカフェが出せる。親は子どもを遊ばせてる間においしいコーヒーなどを飲める。また、砂場もカフェの人が見張っててくれるから安心して子どもを遊ばせられる。子どもは安全が確保されていることによって砂場に柵がなくなるから伸び伸びと思い切り遊べる。行政だってカフェから継続的に家賃が取れるし、カフェの人が掃除もしてくれるから清掃業者にお金を払わなくてもいい。行政も、カフェも、市民も、子どももハッピーになるわけですよ。

でも今の法律ではそれができないんです。なぜかというと現状の公園法ではカフェのような営利目的の施設は禁じられているからです。

そういう意味で公園をリノベーションしなければならないと思うわけです。これまでのシステムを疑って、ハッピーなデザインを考えて、変えるということしていかなければならないと思うんですよね。とはいっても政治運動をして法律を変えるのは僕の仕事ではありません。ただ、公園をこう使えばいいよねと幸せな物語とスケッチを描いて、行政の人に提示することはできる。それによって公園が変わる可能性が生まれます。こういうちょっとしたことで社会の一端が変わるかもしれないし、そこに関わりたいんですよね。

公共空間をリノベーションするということは、硬直した日本の行政システムをリノベーションすることにつながっていくのではないかなと思うんです。公園だけじゃなくて役所や図書館など、新しい公共空間のあり方を開発・発明・提示することによって、システムや組織を動かすことができるんじゃないかという仮設を立てていて、その提案をアイデアブックに書いてるところなんです。


──ご自身の働き方に関してはいかがですか?

それは本当に悩ましいんですよね。いろいろと手を広げすぎちゃってひと言でいえば時間が全然足りない(笑)。自分の時間配分のバランスの取り方をすごく悩んでいて、どれかは手を引かなきゃいけないかなとかいろいろ考えています。今はギリギリのバランスで保ってますね。

東京R不動産みたいなものや大学の先生をやるなんて夢にも思ってなかったし、意外なことばかり起こりますからね。今後も思ってもみなかったことが起こるんじゃないかと戦々恐々です。でもそうなったらそうなったで、楽しんじゃうんでしょうけどね(笑)。

大手広告代理店から独立

──まずは馬場さんのこれまでのキャリアを教えて下さい。

早稲田大学理工学部建築学科を卒業後、博報堂に入社して「世界都市博覧会」「東京モーターショー」などの大型事業の計画・実施に携わりました。それから都市のリノベーションやコンバージョンを手がけました。これは今の仕事の核にもなっています。また、建築デザイン系の雑誌『A』の編集もやっていました。

仕事はやりがいがあって楽しかったし、その頃の会社も好きでしたが、2000年に退職し、「Open A」という設計事務所を設立。ほぼ当時に「東京R不動産」という不動産仲介サイトを立ち上げました。


──博報堂を退職したのはなぜですか?

もっと建築のことを学びたいと思い、途中で休職して同じ大学の大学院建築学科の博士課程に進んだんです。2年後に会社に戻ったのですが、休職する前はおおらかで自由だった社風が、上場したせいか、細かいルールがたくさんできていて、とても厳しくなっていたんです。居づらくなっちゃったなあと思いながらもしばらくは働いていたのですが、やっぱり耐え切れなくなって辞めちゃったんです。

それでOpen Aを設立するわけですが、独立してからの方が博報堂は僕をかわいがってくれて。元上司は「馬場は辞めてから使いやすくなったなあ」といいながら仕事をたくさん発注してくださっています(笑)。今年(2013年)で独立10周年になります。

本職は建築家

──さまざまな分野でご活躍の馬場さんですが、現在の仕事の内容について教えて下さい。

大きくわけて「設計事務所"Open A(オープン・エー)"の代表」「不動産サイト"東京R不動産"のディレクター」「東北芸術工科大学の准教授」「本の執筆」の4つの仕事があります。


──その中でメインとなる仕事は何でしょう?

Open Aですね。軸足はここで、仕事的にも精神的にも拠り所となっています。事務所の代表ですが、もちろんひとりの建築家としても仕事をしています。さっきお話した通りいろんな仕事をしていますが、本職は何かと問われれば、「建築の設計」ですね。

馬場さんが代表を務める「Open A」のWebサイト

──Open Aではどのような案件が多いのですか?

個人住宅から商業施設の建築設計・監理まで幅広く扱っています。個人住宅では、僕自身、海の近くに住みたくて房総の海辺に新しい家を設計して建てているので、同じような価値観で生活したいという人からの相談を受けて設計しています。

これまでの「郊外」の概念って、都心から遠いけど物件の価格が安いから仕方なく住む場所という感じでしたが、僕が提唱している新しい郊外は、明確な意志と目的をもって積極的に住む場所なんです。例えば穏やかな自然の中で暮らしたいとか、大好きな海の近くで暮らしたいから郊外に住みたいという、都会だけではない価値観で生活したいという人のための家を造っているわけです。

住宅以外ではリノベーションの案件が多く、ここ最近は無印良品とコラボして築30?40年の団地やマンションの再生に随分力を注いでいます。また、地方都市の再生の案件も増えています。僕が生まれ育った佐賀市のまちづくりのプロジェクトや、道頓堀の再生プロジェクトなどを手がけました。元気がなくなった地域を活性化してくださいというオーダーが多いです。

このように、建築の設計を基軸にしながらそれを町にどう関連付けていくかというような、「建築と都市」をつないで横断するような活動がOpen Aでは多いですね。

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東京R不動産のディレクターのひとりとして

──ディレクターを務めている東京R不動産は個性的な物件を扱っているサイトとして何かと話題ですが、どのような経緯で始めたのですか?

東京R不動産」Webサイト

東京R不動産はひとことでいえば、東京に山ほど眠っている魅力的な物件を、新しい視点で発見、紹介していくサイトです。

Open Aを立ち上げたのと東京R不動産がスタートしたのはほぼ同時期で、最初は趣味・冗談のように始めたんですが、それから10年が経とうとしています。同時期に立ち上がったのには理由があって、Open Aを立ち上げるとき、事務所は既存の空き物件をそのまま使うんじゃなくて、自分たちの好みに合わせて大幅にリノベーションしたいと思っていたんですね。いろいろ探したらけっこうおもしろそうな物件があって、それをブログで紹介していたんです。

いろんな町の不動産屋さんに「改装OKの倉庫みたいな物件ないですか?」と聞いて回ったのですが、どこも「そんなのないよ。改装なんてダメに決まってるでしょ。現状復帰が原則なんだから」と断られちゃって。

でも長年放置されていた物件のオーナーさんと直接話したら、好きに改装していいよと。それで元々駐車場だった1階のスペースをリノベーションしてオフィスにしたら、オーナーさんが「こんなにかっこよくなるんだ!」と喜んじゃって(笑)。

こういう経験を通して借り手とオーナーの間に不動産屋さんが入ることによってミスマッチが起きているなという感覚をもったんです。そのミスマッチを解消したいという思いと、この街の周りに山ほどある魅力的な空き物件から東京を眺めてみようといった考現学的な視点で、個人ブログの延長みたいなものから始まったのが東京R不動産なんです。

現在、東京R不動産は月間3万ページビューを越えており、不動産仲介サイトとして多くの人に認知されていますが、最初は都市を観察するメディアとして書いていたというのが実情です。

大学の准教授として

──東北芸術工科大学での准教授としての仕事について教えて下さい。

研究室をもって大学院生に建築について教えています。もちろん座学もありますが、僕の場合は実戦、つまり実際の仕事を通して学生にいろんなことを学ばせたいと思っているので、民間企業と合同プロジェクトをたくさん行なっています。

たとえば、復興支援の一環として、仙台の住宅メーカーと一緒にリノベーションの新商品を開発したり、2009年には山形の老舗旅館のリノベーションを行いました。

だから学生たちは完全に大人扱いですね。彼らを使うのはたいへんですが、実戦を通して学んだほうが確実に技術は身につくので、そういう方針でやっているんです。

本の執筆は素敵な時間

──本もたくさん執筆されてますよね。

これまで共著を含めて7冊ほど書いています。僕にとって本を書くという仕事は究極のソロワークで、唯一ひとりになれる素敵な時間なんです。最近、この仕事には2つの意味があると思っています。

一つは、もやもやと頭の中で考えていることを整理できること。僕は走りながら考えるタイプなので同時に多種類の仕事をしているのですが、そのいろんな仕事の位置づけみたいなものを自分の中で整理して再編集しなければ、分裂して収集がつかなくなるような気がするんですね。それを本を書くことで、その仕事の目的と意味を整理して納得することができるんです。

二つめがプロジェクトを作るため。僕は本がプロジェクトを作ったり動かしたりするためのドライバーだと位置づけているんです。わかりやすくいうと企画書です。例えば『新しい郊外の家』という本は、楽しいから新しい郊外に住もうよという経験談なのですが、それを読んだ人や企業がそんな家を建てたいと相談・依頼に来てくれるので企画書でもあるわけです。そういう意味では新しい仕事のフィールドをつくるための企画書として、また社会に対する問いかけとして本を書いているんです。

馬場さんの代表的な著書。左から『だから、僕らはこの働き方を選んだ 東京R不動産のフリーエージェント・スタイル』(林厚見氏、吉里裕也氏との共著/ダイヤモンド社)、『「新しい郊外」の家』(太田出版)、『都市をリノベーション』(NTT出版)

──現在も書いている本はあるのですか?

今は公共空間のリノベーションについて考察し、提言する本と、さまざまな問題を抱えた日本の30年後の姿を建築家の立場から考える本を書いています。

有機的に繋がる4つの仕事

──これらのさまざまな仕事はつながっているのでしょうか。

はい。例えば、Open Aや東京R不動産で学んだことを大学で教えているし、逆に大学で試してみてうまくいったことをOpen Aや東京R不動産の仕事にフィードバックしたりしてます。それらについて本を書くし、書いたことで整理された思考が、Open Aや東京R不動産、大学の教育にフィードバックされています。だからすべての仕事は一見あまり関係がなさそうに見えますが、密接かつ有機的につながっているんです。


──各仕事にかける時間・労力の割合はどんな感じですか?

時間と労力はOpen Aが50~60%、大学が20~30%、東京R不動産が20%という感じでしょうか。本の執筆は休みの日にやっているので、入れてません。原稿を書く時間は休暇と思ってますね。自分と向き合いながらじっくり取り組む時間があることは精神衛生上とてもいいですね。


──本の執筆は仕事ではないと(笑)。では仕事とプライベートの垣根はないという感じですか?

そうですね。建築家という職業は、例えば家で子どもと遊んでいるときでも、子どもの行動から最適な家の設計について考えたりしているんですよね。だから日常の中にこそ重要な仕事のヒントがあるので、プライベートの中に仕事があり、その逆もしかりなので、仕事とプライベートの境界線はないですね。それでもストレスは感じていません。

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既存の常識を解体して再編集する

──さまざまな仕事の中でメインとなる建築・設計についておうかがいしたいのですが、どんな思いでどんなふうに仕事をしてきたのですか?

根本にあるのは日本の住空間をなんとかしたいという思いです。いろいろな仕事をする中で、たくさんの気づきがあり、問題意識が芽生えて、それらを編集するようにして仕事をしてきました。

まず住宅に関しては、一人ひとりが住む空間を自分たちの気持ちや欲望に素直にちゃんと再構築しようと主張してきました。どういうことかというと、これまでは人口増に対応するために国や自治体、建築業界・不動産業界が大量に団地などの住空間を最大公約数的に建設・供給し、住む側の人びとがそれに合わせていました。しかし成熟社会になり、人口が減っている今は、供給者側の論理で大量生産された空間に合わせるのではなく、もっと一つひとつの家族の形に合った間取りやデザインを選んだ方がいいですよね、ということです。

僕は、一人ひとりの住む人がつい想像力を働かせて自分の空間を自分で作りたくなるようなシステムを用意してあげるという、デザインの再定義をしたいと思ってます。そのために住む人が自分の思い通りに、リーズナブルに空間を改装するための「ツールボックス」というシステムを東京R不動産内に立ち上げました。

問題意識というのは住む場所についても同じで、今までは多くの人が不動産情報誌やネットで予算や通勤時間などの諸条件で選んでいたわけですが、もっといろんな楽しい選択肢、例えば意外な場所に住むという選択肢もあるだろうと。それを提唱する過程で東京R不動産が生まれたともいえます。

だから僕は住宅の既存の常識をいったん解体して再編集・再構築するようなことをやってきたと言えますね。

つまらないオフィスをおもしろく

──働く場所に関してはいかがですか?

かつては仕事と遊びはきっちり分けなければならないという固定観念のもと、均質空間の中に机がビシっと並んでいるオフィスで均質な仕事をすることを求められていた時代がありました。僕らはそういうオフィスで仕事をしていたし、「オフィスなりのモード」みたいなものがあったし、だからこそ仕事と遊びを一緒にすることは許されなかった。

しかし、今、楽しいことやクリエイティブなことを考え、新しい価値を創造し、世界に売っていかなければならない僕らにとって、そういうことは従来のオフィス空間の中では不可能ですよね。つまりむしろ遊びと仕事は一緒にするべきだと思います。

クリエイティブな発想をするためには、クリエイティブな空間が必要で、その空間は従来のオフィスのような空間じゃなくてリビングルームのような空間かもしれないし、とにかく心地良い空間じゃないと伸び伸びとした発想は生まれないだろうと思いますね。だから人びとがどういう空間でどう働くかということに関しても一所懸命考えてきたつもりです。


──その考えのもと、具体的にはどういったオフィスをつくってきたんですか?

例えばある靴メーカーのリノベーションの案件。元々オフィスは青山の狭くて高い物件を借りていて、新作の発表会はこれまた何百万円も払ってイベントスペースを借りて行なっていました。それを全部ひとつにまとめましょうと勝どきの運河沿いの倉庫を改造してオフィス兼ショールームを造ったんです。

「心地いい空間」をベースコンセプトに、オフィスは運河沿いのリビングルームのようなくつろげるデザインにして、通りに面した部分は大きなガラス張りにして前を歩く人びとがたくさんの靴を見ることができるようにしました。元々倉庫なので、定期的に行う新商品発表会にはそこにプレス関係者やバイヤーなども呼べるようになりました。その会社は気持ちのいい靴を作っているんですが、その企業理念を空間自体で体現する新しいタイプのオフィスを造ったわけです。

先ほどお話した住宅の発想とベースは同じで、オフィスでも既存の概念を疑って、新しい常識で働くスペースを考えようということをやってきました。

Open Aがリノベーションを手がけた勝どきの靴メーカーの社屋

──先ほどOpen A自体もリノベーションしたという話がありましたが。

はい。現在のOpen Aの構造は、2軒隣り合わせの小さな建物を借りていて、左側は1階が通りに面したミーティングルームで2階が仕事場、右側は1階がカフェで2階が仕事場です。3階は別の会社とのシェア空間になっています。これはお金がないからタコ足状になってるというのもあるんですが(笑)。

設立当初は1階でみんなでわいわい仕事をしてたんですが、隣の倉庫が空いたので借りて2階をオフィスにして、従来の仕事場をミーティングルームにしたんです。ミーティングルームでもしょっちゅう大勢で打ち合わせをするのですが、町の商店のような設計事務所がおもしろいかなと思って。僕の実家はタバコ屋なのですが、タバコ屋は当然ですが町に開かれているわけです。でもだいたいの設計事務所は奥まった場所にあります。どうして商店は町に開いて設計事務所は奥まってるのかなという疑問があって。都市との接点がある方がよりビビッドに都市の空気が感じられるじゃないかと思ってこんなふうな造りにしてみたんです。

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カフェ・イン・ジ・オフィスのすすめ

──ミーティングルームの隣のカフェも経営しているんですか?

はい。役員としてこのカフェの経営に携わっています。


──カフェはくつろげるいい雰囲気ですよね。1階をカフェにしてみていかがですか?

上のオフィスで仕事が行き詰まったり、社員と気まずくなると下のカフェで一杯やりながら考えるといった、モードを変えて仕事をすることができるのですごく重宝しています。そういう意味ではカフェも僕にとっては仕事場なんですよね。同時に憩いの場でもあり社員食堂でもあるんです。

隣のミーティングルームで長時間の会議をした後や取材を受けて疲れた後、「隣のカフェでちょっと一杯やりますか」とお酒を飲みながらさらに話すとまた違った発見があったりします。そういうメリットもあるんです。

一般の企業にとっても、オフィスの中にカフェがあるのはとてもいいと思いますね。というのは、カフェの店長はその会社の社員ではないけれど、社員との距離が近い人になるわけですが、そういう人には社員が愚痴やプライベート含めいろんなことを話しやすい。つまり、社長以上にその店長のところにあらゆる情報が集まり、店長に聞けばその会社の問題点が何でもわかるようになると思うからです。

Open Aの場合も社員が僕に直接言いにくいことでも店長には話しているようなので、店長に聞けば大抵のことはわかるというケースが多々あります。だから非常に助かってます(笑)。コミュニケーションの本質を見るという意味でもこういうカフェがあった方がいいと思いますね。

だからオフィス設計のプロジェクトでは「カフェ・イン・ジ・オフィス」のような企画を提案してみたりもしています。

そういう意味では自分の仕事場自体が実験なのです。東京R不動産についてはもっと実験性が高いですね。

Open Aのオフィスの1階にある「COFFEE in the HOUSE」

東京R不動産の編集・制作のマネジメントと広報を担当

──その東京R不動産について詳しくお聞きしたいのですが、東京R不動産はどのように運営されているんですか?

サイトの運営と契約の主体は不動産仲介業の免許を持ってる「スピーク」という会社で、Open Aは協力会社として編集・制作の一部を担っているという位置づけです。ちなみに僕はスピークの株主でもあります。この2社を基軸として、デザイン会社などのいろいろな会社のさまざまな人間が関わっています。


──その中で馬場さんの役割は?

言い出しっぺは僕ですが、立ち上げ当初から中心となって運営をしているディレクターは3人います。スピークの代表の吉里裕也は建築デベロッパー出身なので不動産にも交渉にも契約にも強い。もうひとりの代表の林厚見はビジネスコンサルティング会社出身なので、ビジネス構築に強い。僕は広告代理店出身で雑誌も作っていたからメディア・広報・広告分野に強い。

仕事における専門分野は違いますが、この3人はみんな建築学部出身なので建築という共通言語を持っています。だから「建築」「空間」がプラットフォーム・ベースとなって、デベロッパー経験者、コンサルティング経験者、メディア経験者で東京R不動産が組み上がっているという感じです。得意分野が重なっているところもあるけど、「ここはあいつが得意だから任せよう」というふうに役割分担ができているからやりやすいんです。

その中で僕の役割は先程も触れましたが、東京R不動産の編集・制作のマネジメントと、広報・スポークスマン的な役割です。


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