2013年6月アーカイブ

CMFで日本のモノづくりを活性化[後編]

クリエイター専門のシェアオフィスへ

──2007年にFEEL GOOD creationを設立してからは、仕事場はどこに置いたのですか?

会社といっても最初は私ひとりでしたが(笑)、現在オフィスを構えている「co-lab(コーラボ)」というクリエイター専門のシェアオフィスに入りました。前々から独立したらここに入りたいと思っていたんです。

クリエイター専門のシェアオフィス「co-lab千駄ヶ谷」の内部

──シェアオフィスは今話題になっていますが、その当時からあったんですね。

シェアオフィスの走りでした。今でこそかなり増えてますが、当時クリエイター向けシェアオフィスは千代田区三番町にあったco-labくらいしかなかったですね。


──なぜシェアオフィスに入りたいと思っていたのですか?

会社に就職する際の志望動機の部分でもお話しましたが、元々工業製品のデザインを志望したのは大勢でひとつの物を造るのが好きだったからで、会社員時代も大きな会社で常に大人数のチームメンバーとともに仕事をしてきました。

しかし、独立したらひとりで仕事をしなければなりません。自宅か事務所でひとりきりでパソコンに向かって黙々と仕事をするなんて、寂しがり屋の私にはとても耐えられなかった。だから独立してひとりになっても、人がたくさんいてわいわい仕事をしている場所で働きたかったんです。

そう思っていたところ、シェアオフィスというのを偶然見つけて。しかもco-labに入っているのは私と同じようなクリエイターばかりで、ラフで和気あいあいとした雰囲気の中で働いていたのでここに決めたんです。最初は個室ではなく、好きなときにオープンスペースの空いている席を使用できるという一番安いプランから始めました。

シェアオフィスのおかげでどん底時代を乗り切る


──入ってみてどうでしたか?

結論からいうとすごくよかったです。当時はCMFデザインの市場がないどころか、CMFという言葉すら誰も知りませんでしたからそれはもうたいへんでした。

最初は仕事を取るために何軒か企業を回ったのですが、CMFについていくら説明しても「何それ? わかんない」と言われるだけなのですぐ営業回りはやめたんですよ(笑)。ですから独立して最初の1年間は本当に仕事がゼロでした。毎月赤字で、経済的にはもちろん精神的にかなりきつかった。もう本当にどん底にいるという気分でした。

でもco-labのようなオープンでいろいろな人がいる場だとひとりで落ち込んでいても、他のクリエイターが「玉井ちゃん、最近調子はどうよ?」とか「ちょっと一服する?」みたいに話しかけてきてくれたんです。それでずいぶん助けられました。もしあのとき、ひとりきりの部屋で仕事をしてたらノイローゼになっていたかもしれません。あのどん底時代を乗りきれたのはco-labに入っていたからだと思うんですよ。


──なるほど。独立した当初はかなりつらかったんですね。そのとき、独立しなきゃよかったと思ったことは?

それはないですね。確かに長らく、今、私はものすごいどん底にいるなあという感じはずっともっていましたよ。だけど、独立したことを今さら悔やんでもしょうがないし、後ろを振り返ったところでもうそこには戻れないじゃないですか。だからなんとかなるかどうかはわからないけれど、前を向いてやるしかないと思っていました。元々そういう性格でしたしね(笑)。

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知り合いの紹介で徐々に仕事を増やす

──すごく前向きですね(笑)。その後はどうやって仕事を増やしていったのですか?

新規ではまず無理だとわかったので、最初は知り合いからプロジェクトの一部を手伝わせていただくというところから始めました。あとはオート・カラー・アワォードの審査委員を務めていたので、審査の場でCMFについて話して興味をもっていただいた方からぽつぽつと仕事の依頼が来るようになりました。

そこからその人に別の企業の方をご紹介していただいたりとか、そういう感じで徐々にクライアントと仕事とスタッフが増えていったんです。最近は忙しすぎて体調を崩すほどになりました。それもどうかと思うんですけどね(笑)。


──現在、スタッフは何人いらっしゃるんですか?

3人です。それまではずっとひとりだったのですが、この2~3年で増えたんです。2人はデザイナーで1人はプロデューサーです。プロデューサーはCMFの展示会や勉強会の企画や運営を中心にやってもらっています。

スタッフの増加に伴い、入居しているco-labのスペースもオープンスペースの席から段々と広い個室へと変わっていきました。

現在のスタッフと

メリットだらけのシェアオフィス

──玉井さんが入居しているシェアオフィスco-labについてもう少し詳しくお聞きしたいのですが、どんなシステムになっているんですか?

入居者の人数や会社の規模に応じて5つのプランがあります。一番安いのが専用スペースを持たず、好きなときに共用の大きなデスクの空いている席を利用できるフレックス会員。先程もお話しましたが、私も最初はこのプランからスタートしました。インターネットインフラが完備されていて、個人ロッカーに加え会議室など共用部分が無料で使えるのでとても便利です。フレックス会員契約でも有料で住所を所有し、郵便物を受け取れるタイプもあります。

その他に、専用デスクが使えるデスク会員、専用ブースに複数人が入れるブース会員、個室の専有ルームやアトリエに複数人が入れるルーム会員・アトリエ会員など、利用する側の規模や予算に応じて使えるスペースが選べます。


──どんなクリエイターが入っているのですか?

多いのはグラフィックやWebのデザイナーやIT系のプログラマーですね。あとは建築・インテリア系のデザイナーや広告系のコピーライターもいらっしゃいます。


──最大のメリットは?

やっぱりクリエイターの友だちが増えるのが一番大きいですね。長屋で隣の人にお醤油を借りるような感覚で、違う職種の専門家にちょっとした相談がすぐにできるので助かってます。もちろん私が相談を受けたときは快く応じます。その辺は持ちつ持たれつで和気あいあいとやってます。co-labの仲間内で仕事を回すこともよくありますよ。当社のWebサイトはco-lab内のWebデザイン会社maam.に作っていただきましたし、グラフィックデザイナーさんに仕事を頼んだりしてます。

仕事以外でもco-lab内でお茶をしたり、メンバーが集まってお花見やバーベキューなどイベントもしょっちゅう行なっています。そういうちょっとした交流がほんわかしていいんですよね。

こんな感じでメリットがたくさんあるので、この先当社の社員が増えても可能な限りこういうシェアオフィスにいたいと思っています。

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必要なときに、必要な人と

──働き方についておうかがいしたいのですが、独立してよかったと思う点はどんなところですか?

毎回プロジェクト単位で仕事をしているので、クライアント、案件、メンバーなどの集合体はその都度違います。プロジェクトによって集合体の中身も変わり、必要なときには大きくなり、そうじゃないときは個で活動するということが自由にできます。必要なときに必要な人と組めるというのがいいですね。大きな企業の中の一員から個になったことで、集合体として働くということのおもしろさをすごく感じています。

そこが独立して一番変わった点で、企業の中の社員チームと個が集まってる集合体のチームは全然違うと思いますね。大きな組織の中にいると、その組織に対して自分のスタンス・動きを決めなきゃいけませんよね。でも集合体は大きくなってもあくまでも個が主体なので働く上でのスタンスが違います。「何のために、誰のために、どう仕事をするか」という考え方ががらっと変わりましたね。つまり「自分が所属する組織のために」から、「クライアントのために、ひいては最終顧客のために」というふうに変わったということです。


──例えばどんな職種の人たちとプロジェクトを動かすのですか?

例えば建築家、インテリアデザイナー、プロダクトデザイナー、カラーデザイナー、グラフィックデザイナーなど、各分野のプロフェッショナルが集まります。当然ですがプロジェクトによって集まる人が違います。そして時にはCMFデザイナーである私が中心となり、全体をディレクションすることもあります。

会社組織の中のチームの場合、その上に部長や役員などデザインの専門家ではない人がたくさんいます。現場のチームメンバーの想いやスタンスは同じでも、決定権を持つのは彼らなので、その壁を突破していかなければなりません。そういう障害は少なく、CMFデザインだけに集中できる点が最大の違いです。


──ほかに独立してよかったと思う点はありますか?

すべてよかったですよ。私は過去も否定していないので、会社を辞めなければよかったと思うことは一切ありません。独立したことのデメリットも思いつかないですね。

仕事を自宅に持ち込めない派

──独立してから生活はどう変わりましたか?

あまり変わりませんね。私は家で仕事ができないタイプなので、仕事をするならco-labに来ます。根がぐうたらで、家にいるとだらけてしまうので(笑)。家では仕事は絶対にしません。そう決めているわけではなくて、単純にできないんです(笑)。

自宅で仕事ができる人は素晴らしいと思います。ちゃんと自分で自分を管理できる、オンとオフを切り替えられるということですから。

ただ、私もプライベートでも常にデザインのことを見たり考えたりはしています。それは仕事というか趣味みたいなものなので全然苦にならず、楽しくやってます。元々デザインが好きなんでしょうね。


──毎日のざっくりとしたスケジュールを教えてください。

大体月曜日から金曜日までの平日は9時から9時半に出社して、帰りは終電ギリギリくらいまで働いています。生活のスタイルは会社員時代とあまり変わりませんね。

土日はよほどのことがない限りは休んでいます。サーフィンが趣味ですが去年(2012年)は忙しすぎてあまり行けなかったので今年はもっと行きたいと思っています。

趣味のサーフィンは会社員時代から続けている

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ブレーキをかけることが大事

──働き方に関して心がけていることはありますか?

私は仕事についついのめり込んで倒れてしまうまでやってしまうタイプで、これまでは忙しい時は2カ月休みなしになることもありましたが、それがたたって去年は実際に倒れてしまったんです。

それを教訓に、仕事に精一杯打ち込んでも、今日はもう疲れているな、集中できていないなと感じたら、その時点で切り上げて明日に回すというふうに、体を壊さないギリギリ一歩手前で止めるように心がけています。休みなしで働いてもいいアウトプットに繋がらないので。やっぱり健康が一番大事ですし、いい仕事をしたかったら健康でいないといけないと思いますね。

個が活躍する時代に

──今後の世の中の働き方はどうなると思いますか?

元大企業の社員で現在独立して細々と会社を運営していますが、大企業が今後これ以上巨大化していく時代は終わったと思います。むしろ小さく、分裂していく方向で、身軽になってくっついたり離れたりが自由にできるフレキシブルな組織形態になるのではないかと思っています。


──これから大きな組織を出て個人事業主とか小規模な組織形態を作って生きていく人が増えるということでしょうか。

そうですね。ですからそういった個や小さい組織がもっと仕事をしやすい環境になるといいなと思います。今は大きな看板や後ろ盾がないと大きな企業とは仕事がしにくいのですが、これからはその辺があんまり関係なくなってくると思うんですね。規模は小さくても信用・信頼で大手と仕事ができるという世の中になっていくと思うので、そういう意味でも個や小さな組織が増えると思います。むしろそちらの方が大企業も効率がいいことに気づくと思うんですけどね。


──玉井さんご自身の働き方に関しては今後変えていきたいと思っていることはありますか?

今の働き方に不満はないしこだわりも全然ないし、状況に合わせていくらでも変えられるので、こうしなきゃいけないとか、こうしたいというのはありません。でも人は人生のステージによって考え方やなすべきことががらっと変わるので、そのステージに上がったときに自分も変わっていくだろうとは思っています。

道なき道をゆく

──今後の夢・目標は?

先にもお話しましたが、ひとことでいえばCMFデザインの市場をきちっと確立して、日本のモノづくりを活性化することです。CMFが世の中で当たり前になって、CMFをやればモノづくりが盛り上がるねとみんなが取り組み始めることによって、今まで低迷していた日本のモノづくりにも新しい市場ができる。また、CMFの普及によって日本発の素材が世界中で売れるようになる。そういったことが私の夢です。


──その手応えは感じていますか?

独立してCMFの市場をゼロから作り始めて、それに丸6年費やしていますが、全然まだまだです。これまでを振り返ると、まるで何もない草むらをかきわけて道を作ってきたような感覚で、その作業はとても困難でたいへんですが、一方で「今、私かきわけてるな」という感じが醍醐味ですし、少し道ができたなと感じたときはものすごくうれしいです。


──高村光太郎の誌「道程」の中の一節「僕の前に道はなく、僕の後ろに道はできる」を彷彿とさせる生き様ですね。現在取り組んでいる新しい事業はあったりするのですか?

アメリカのNYに本社がある、革新的な素材を世界中から収集、ライブラリー化している会社、Material ConneXionとライセンス契約をして、今年10月には東京に素材ライブラリーをオープンさせます。世界中の新しくて優れた素材を日本でも使えるようにするためです。Material ConneXion Tokyoは日本写真印刷株式会社と株式会社FEEL GOOD creationが共同で運営します。

今後も日本のモノづくりの復権に寄与できるよう、もっと頑張って新しい道を作っていきたいと思っています。

CMFで日本のモノづくりを活性化[前編]

日本唯一のCMFデザイナーとして

──まずは玉井さんの現在の活動について教えてください。

株式会社FEEL GOOD creationという会社の代表として「CMFデザイン」を手がけています。CMFとはすべてのモノにあるサーフェイス(表面)のことです。サーフェイスは" COLOR(色)"、"MATERIAL(素材)"、"FINISH(加工)"の3つの要素で構成されています。それらの頭文字をとって「CMF」といいます。

そもそもCMFはヨーロッパではすでに数10年前からその重要性を認められていたので、CMFデザイナーという職種が古くから存在します。

CMFはモノの美しさ、品質向上、表面保護、コンセプト表現、機能性向上などの力をもっています。私たちの身近にあるモノでいうと、携帯電話、デジタルカメラ、パソコン、自動車、机、椅子、ソファ、化粧品などを買うとき、人はまずその表面を気にしますよね。その表面、つまりCMFをデザインする人がCMFデザイナー、私の職業名です。


──確かに私たちは商品を買うとき、まずは表面を重視しますよね。

そうでしょう。私たちは何かモノを買うときにその表面の素材や色、質感、手触りなどをすごく気にしますよね。機能的には満足していても「惜しいなあ、この色があれば買うのになあ」とか「手にもった感じがもっとよければ買うのになあ」といった経験があると思います。逆に、色に一目ぼれをしたり、持った感じの心地よさが決め手となって購入したこともあるでしょう。


──それはよくあります。少し前に『人は見た目が9割』という本がベストセラーになりましたが、モノにも当てはまりますよね。

そのとおりです。五感の中で視覚による情報量は80%以上ともいわれているとおり、常に私たちはCMFから多くの情報を得ています。そして形状よりもCMFの方が心理的影響は強く、私たちはそこからいろいろな情報を想像、予測、記憶し、それが買うか買わないかの決め手になっていたりするんですよね。つまりCMF次第でその商品がほしくなったり、所持することで愛おしくなったり、楽しくなったりするわけなんです。

それに、商品の表面を大胆に変えると、みんな「わーっ!」と驚いたり顔がほころんだり、商品に触ろうと手を伸ばしてきたりするんですよね。このように人の素直な感情を引き出したり、行動をうながす力をもっているのでCMFデザインはすごく重要なんです。

2012年11月のオカムラの新製品発表会で展示した、玉井さんプロデュース・製作の「コンテッサ」のCMFモデル。常識を打ち破った斬新な素材・加工の「コンテッサ」に来場者の多くが驚きと笑顔を隠せなかった。CMFには人の心や行動をうながす力があることの一例

──しかしそれほど重要であるにもかかわらず、CMFという言葉はあまり普及していないように思うのですが。

そこが最大の問題なんです。CMFはこんなに重要であるにもかかわらず、日本ではそれを専門に考えている人はほとんどいません。特に工業製品をつくる過程ではまず形状のデザインを考えて、機能を含む企画が全部決まってから一番最後に色や素材を考えるという流れになっています。

でもお客様が一番最初に見て気にするのは表面なので、表面のデザインを専門に考える人がいないというのはおかしな話なんですよね。ですから、CMFデザインという思想を日本に根付かせるため、いかに魅力的な表面をつくるかという活動をしているわけです。基本的に日本でCMFデザインの専門家というか事務所を構えているのは当社だけだと思います。

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CMFデザインの開発方法

──CMFデザインの活動についてもう少し具体的に教えてください。

私はCMFデザインは人の心を豊かにするものだと思っています。それを一番の根底に置きつつ、活動の柱としては2つあります。

ひとつはCMFデザインに関する活動です。その中にもいくつか種類があります。基本的かつ中心的な活動は、企業からの委託を受けて商品のCMFデザインを行うことです。商品量産のサポートやカラー開発、CMFデザイン開発などです。

デザインとして扱っている製品はパソコンや携帯電話などを含む家電製品や建築、インテリア雑貨など。様々な商品の色や素材、質感などをデザインしています。

例えばここ数年で爆発的に普及しているスマートフォンには表面にほとんどボタンがないですよね。そうすると表面のパネルのデザインが非常に重要になってくるわけです。最も重要なのは背面で、背面のパネルが今一番価値が出せる場所なんです。どういう質感・素材・色・デザインにするか、そして周囲をどういう素材にしてどう見せるか、そういった構成・デザインを考えるのが私の仕事なんです。


──仕事はどんなふうにして進めていくのですか?

例えばある企業から「新しい製品の表面のデザインを考えてください」という依頼が来ます。まずは企画者やデザイン担当者から基本コンセプトやターゲット、価格など商品にまつわるすべての情報をヒアリングして、顧客ニーズやカラートレンド、技術情報などをリサーチ・分析し、「この分野ではこんな色がトレンドですから、この製品の表面はこんな感じの素材を使って、こんな質感で、こんな色にするのがいいんじゃないでしょうか」と分析資料や実際のサンプルを作ったりしながらCMFデザインを提案するという感じです。


──実際にCMFデザインを施した商品例を教えてください。

OKI TATAMO!」というブランドのパネル型の畳マットを作っている会社から、カラーリングを提案してほしいと依頼されたことがありました。従来の畳マットでもたくさん色があるのですが、若い奥様がリビングに置きたい感じではありませんでした。それを洋間やフローリングにもマッチするラグのようなモダンな感じの色のものを提案。工場から上がってきた試作品のイグサのカラーチェックをして、もう少し赤みを足してくださいなどと指示を出しながら何度も細かい調整を繰り返して作りました。発売されると多くのお母さんから小さいお子さんのプレイマットに最適だとかなり好評をいただいたんです。基本的に畳なのですが、少し色を変えるだけで全然違うものになるんですよね。

玉井さんがCMFデザインを手がけた「OKI TATAMO!」

こういった商品開発以外にも提携している工場と協力して、実際にCMFデザインを施した素材自体を開発することもあります。例えばプラスチックなのに柔らかい素材や、加工をしなくても塗装したような質感のプラスチックの色などを開発しました。塗装をしていなければ剥がれたり色あせたりして柄が変わるということもないですからね。例えば大理石の模様のプラスチック素材を開発したときは、奥行き感や輝きなど大理石のような質感を表現することをテーマにやり方を考えていろいろなものを作りました。素材そのものの開発だけではなく、技術にデザインを加えて魅力ある素材を作り上げることがCMFデザインの真髄なのです。こういう感じで日々CMFデザインの開発を行なっています。

玉井さんがデザイン提案や開発した素材の数々

また、メーカーの企画・開発者の間では最近少しずつではありますが、CMFデザインとはどういうものかが知られてきました。しかし、どうやって自分たちでCMFデザインを開発したらいいのかわからないという企業に対して、開発自体のサポートや社内でCMFデザイナーを育成するための教育も行なっています。その際は開発プロジェクトに入ってその企業のメンバーと一緒に実際に開発しながら教えています。実戦を通して学んだ方が早く身につきますらね。

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活動のもうひとつの柱"CMF DESIGN LINK"

──もうひとつの活動の柱は?

ひと言でいうと技術をマテリアル(素材)にするという活動で、私たちは「CMF DESIGN LINK(デザインリンク)」と呼んでいます。

長らく日本のモノづくりは高い技術力で世界を席巻してきましたが、今は元気がないですよね。そうなっている理由は、クライアントから依頼された案件に対して回答するという請負型の仕事をしているという点がまずひとつあります。そして作った製品を市場に対してアピールすることやプロモーションすることがすごく苦手だからだと思うんです。

そうではなくて、もっと提案型できちっと自分たちの技術を世界にアピールし、プロモーションできるようになる必要があり、それがデザインに繋がればいいと思っています。

ですからそういった活動を展示会やライブラリや教育で支援する「CMF DESIGN LINK」で日本のモノづくりを活性化したいと思っているんです。

FEEL GOOD creationは2012年11月16日に青山にて1日限りの「CMF DESIGN EXHIBITION 青フェス」を主催。その後2013年2月26日から約1ヶ月間にわたって蔵前にあるデザインショップKONCENTのギャラリーにて巡回展を開催した。トークショーでは玉井さんがCMFデザインについての解説や各出展企業の技術についてのプレゼンテーションを行った。(※イベントの模様はブログを参照)

世界のCMFデザインの最新トレンド情報をリサーチし、クライアントや世の中へ提供・発信するために、デザインの本場であるヨーロッパで開催されている展示会に毎年出かけている。2013年4月には「ミラノサローネ2013」を視察した

人びとの価値観を変えたい

──仕事をする上で大事にしていることは何ですか?

受けた仕事はどんなに難しくても絶対にやりきるということをポリシーにしてます。


──やはり難しい案件が多いのですか?

というより、難しい案件しかないですね(笑)。直接やりとりするクライアントの担当者は企業のデザイン室で何十年とデザインされている、しかもCMFのこともよく知っている方たちです。そんなプロの方たちを相手にして、彼らを満足させるCMFを生み出すのは想像以上にハードルが高いんです。


──仕事のやりがい・喜びはどんなところにありますか?

クライアントがプロフェッショナルなだけに、私のCMFデザインの提案が彼らに喜んでもらえたときが一番うれしいですね。またCMFデザインを手がけた商品を購入したお客様から「とても気に入った」「買ってよかった」という声を聞けたときもうれしいですね。私の仕事が役に立ったとか、私にお願いしてよかったと誰かに喜んでいただくことが何よりの喜びです。

そして、今の私の仕事は、モノづくりそのものというよりは、モノづくりに関わる人の価値観を変えるということも含まれています。それは仕事というよりも使命感に近いものです。今まで日本に存在していなかったCMFという思想に対して、その考え方ややり方をクライアントに知ってもらって共感してもらう瞬間が何よりうれしいですね。今までだれも共感してくれなかっただけに(笑)。

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大手自動車メーカーのカラーデザイナーとしてスタート

──ここからは現在に至るまでの軌跡をおうかがいしたいのですが、元々モノづくりに興味があったのですか?

そもそもはプロダクトデザインに興味があったので、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科に入学しました。大学では主にファブリックのデザインを勉強していました。

プロダクトといってもいろいろありますが、私は工芸よりも工業製品を作りたいと思っていました。みんなでひとつの物を作って、大量に生産し、大勢の人に使ってもらいたい、喜んでもらいたいという気持ちが強かったからです。中でも自動車が好きだったので大学卒業後は、二輪・四輪車・航空機やロボットなどの研究・開発を手がける本田技術研究所(以下ホンダ)に就職しました。入社後は四輪デザイン室(当時)の中にあった車の外装や内装の色をデザインする「カラーマテリアルグループ」に配属され、そのデザイナーとしてキャリアをスタートさせました。


──ホンダに在籍中に手がけた車を教えてください。

例えば、入社して初めて本格的に手がけた1997年モデルの「S-MX」。当時は、例えば内装が黒ならシートも黒かグレーにするという感じで、内装の色とシートの色を同系色に合わせるという手法が一般的だったのですが、内装とシートの色を全然違う色にしました。今でこそ多くの車で当たり前のように使われている手法ですが、私が手がけたS-MXがほとんど初めてだったんです。こうしたことで爆発的に売れ、第1回オート・カラー・アワォードのファッションカラー賞を受賞しました。その他、シビック、ステップワゴン、インテグラなどのカラーデザインを手がけました。そのような仕事に13年間携わりました。

CMFとの衝撃的な出会い

──当時からCMFを意識していたのですか?

いえ、CMFという言葉を知ったのは、入社してからずっと後、イタリアのミラノに出張に行ったときに現地のデザイナーから初めて聞きました。もちろん当時は知らないので、「CMFって何?」って聞いたら「え、カラー・マテリアル・フィニッシュだよ、知らないの?」みたいな(笑)。

そのときのことは今でもはっきりと覚えていますが、CMFという言葉に衝撃を受けたというかビリビリと来ました。それ以降、ずっと頭の中にCMFという言葉が残ったのです。


──そのとき私がやりたいのはこれだ、みたいな感じだったんですか?

いや、まだそういう感じではなかったのですが、その言葉の響きや考え方が気になってしょうがないという感じでした。

今後のライフプランを考え退職

明るく緑あふれるオフィス

──なぜホンダを退職したのですか?

ホンダはすごくいい会社で、いい仲間にも恵まれ、入社以来、非常に楽しくて勉強になる日々を過ごしていました。でも入社して13年も経つと「次はそろそろ管理職」というステージに来て、そのときに今後の生き方を考え始めたんです。


──現場から離れて管理職になるのが嫌だったということですか?

それもありますが、やっぱり自動車の会社は男性社会なので、女性の私からすると考え方や価値観に違和感を覚える局面が多々あったんです。つまり、女性が男性と同じように働くためには性をすごく意識して、男性の何倍も頑張らないとだめだったんです。それが管理職になったらなおさら大変になるだろうと。

それとリンクするのですが、同時にもうひとつ考えていたことがありました。会社の中である程度の期間仕事をしていると、この先の人生プランを考える局面に立たされることがありますよね。特に女性の場合は出産・育児という重大なライフイベントがあります。子どもを産むならいくつまでで、そのために今やるべきこと、やめるべきことなど、いろいろなことを考える岐路に立たされます。

当時私は35歳前後だったのですが、この先子どもを産むか産まないかを考えたとき、会社で男性陣に混じって管理職として働きながら子どもを産んで育てるというのはほぼ不可能に思えました。だからこのまま会社で働き続けるとしたら、子どもを産まない選択をせざるをえず、その選択を将来会社のせいにしそうだなと思ったんです。でも会社を辞めて独立して自由に働いていれば、産まない選択をしたとしても仕事のせいにはならないですよね。

そういったことも含め、考え始めてから2年ほどかかったのですが、もっと他に違う働き方があるんじゃないかな、もし何か違うことをしたいのであれば今だな、と思って退職を決意したんです。

独立するもしばらくは迷走

──その違う働き方が玉井さんにとっては独立という選択肢だったというわけですね。

そうですね。先ほどもお話しましたが、会社自体はすごく好きだったので、会社員でいるならホンダしかないと思っていたんですよ。だからホンダを辞めて別の会社に転職するということは全く考えていませんでした。ホンダを辞めるなら独立と決めていましたね。それで2007年、FEEL GOOD creationを設立したんです。


──やはり独立するときは、会社員時代に培った技術、つまりはCMFデザインを主軸にしようと思ったのですか?

実はですね、独立したらCMFデザイン以外にもいろいろとやってみたいことがたくさんあったんです。実際にインテリアデザインとかフラワーアレンジメントなどいろいろトライしてはみたのですが、ゼロから修行してプロになるというのは気が遠くなるような作業だと痛感しました。それで、やっぱりこれまでの13年間で身につけたスキルや実績を使うべきだと思い直し、CMFデザイン1本に絞ることにしたんです。


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