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2014.09.16  取材・文/山下久猛 撮影/大平晋也

竣工してからの方が楽しみ

設計を手がけたKOILイノベーションセンター(撮影/西川公朗)

──建築設計という仕事のやりがいを感じるのはどんなときですか?

成瀬友梨さん(以下、成瀬) よく竣工の瞬間が一番うれしいですかと聞かれるですが、それが一番ではないですね。もちろん竣工した瞬間はある程度の感動はあるのですが、ひと安心という気持ちの方が強いです。それよりも、設計した建物ができた後、利用している人から、「すごく使いやすい」とか「ここに住んでよかった」とか「ここでこんなイベントをやって盛り上がったんですよ」といった声をいただいたとき、建築家冥利に尽きるというか、一所懸命考えて設計してよかったなと思います。

猪熊純さん(以下、猪熊) そうですね。竣工後、例えばKOILで初めてのイベントがあってたくさんの人が参加して盛り上がっている写真を見た時など、うれしいですよね。設計を手がけた建物が完成してからずっと見守れることが一番の喜びです。

成瀬 人と同じく、空間も時間とともに使いこなされて成長していきます。1年経って変わって、2年経ったらもっと使われ方がよくなった、というような過程を見ると、自分の手を離れた後だけどついうれしくなりますよね。人の成長を見ていて楽しいのと同じだと思います。

KOILで開催されたイベント(写真提供/ロフトワーク)


──自分の子どものようなものでしょうか。

猪熊 まさにそうですね。自立し始めた子どもを眺めているような感じ。自立までの期間というのは僕たちが設計する段階に近いかもしれませんね。竣工以降は、手は離れたけど頑張っている子どもみたいな感じです。

夫婦で一緒に仕事をしない理由


──プライベートの部分についてお聞きしたいのですが、成瀬さんと猪熊さんはそれぞれご結婚されているんですよね。

猪熊 はい。僕の妻も成瀬の旦那さんも同じ建築家でそれぞれ事務所を構えています。我々の事務所と僕の妻の設計事務所がたまに一緒に仕事をしたりもしています。我々の事務所が忙しい時に手伝ってもらったり、その逆も。自営業同士なのでその辺は融通が効くので都合がいいです(笑)。


──なぜ奥さんと一緒に事務所を立ち上げなかったのですか?

猪熊 夫婦で建築事務所を経営していると、仕事と家庭の境目が完全になくなってしまい、朝起きてから夜寝るまでの会話が全部仕事になりかねません。さすがにそれはまずいだろうということであえて一緒にしていないんです。お互い仕事に関しては、相談には乗るけど、最終的にはそれぞれが自分の仕事に責任をもつというスタンスでやっています。

また、自営業には仕事の波があります。仕事の依頼が殺到するときもあれば、がたんと減るときもある。一緒に経営しているとその浮き沈みも一緒なので、うまくいっていないときは一緒に落ち込んでしまう。そんなときは、別々の事務所の方が波がずれていい。どちらかが好調だと気楽ですし励まし合える。また、家庭の経済的にもリスクヘッジになりますからね。

成瀬・猪熊建築設計事務所設立の経緯

──お二人で設計ユニットを組むようになった経緯は?

猪熊 我々は元々大学の同級生だったんですよ。お互い建築設計が好きだったので建築系のコンペに一緒に応募するようになったのですが、何度も入選してけっこういい額の賞金を稼いでいた。それで、将来一緒にやるかもしれないねという話は当時からしていたんです。大学卒業後は成瀬が自分で設計事務所を立ち上げて、僕は千葉学建築計画事務所に入ってそれぞれ自分たちの仕事を始めました。

成瀬 卒業後、一人で設計事務所をやっていた時も、猪熊と一緒にコンペに応募したこともありました。

猪熊 当時千葉学建築計画事務所のスタッフをやりながら夜なべして一緒に考えた案がコンペで勝っちゃったんだよね。

成瀬 一人で考えているとどうしても行き詰まるので、猪熊に余裕がありそうなときに私が作った設計図案をいくつか見せて、意見を求めたり相談したりしていました。設計作業自体は私がほとんどやっていましたが、その過程を見てない人に見てもらって意見を言ってもらうことは新たな発見があってけっこう大事なんですよね。特に猪熊のコメントは的確で、そういう見方もあるのかと目からウロコが落ちることもしばしば。もらった意見を取り入れてコンペに出したものの中には結果的に展覧会に出品したものもあります。学生のときから仲がよくて建築に関する感性も共通する点は多かったと思います。

猪熊 卒業してからもずっとつながりはあったので、そろそろ千葉事務所を辞めて独立しようかなと成瀬に言ったときに、じゃあ一緒にやろうという話に自然となって、2007年に成瀬・猪熊建築設計事務所を設立したというわけです。

成瀬・猪熊建築設計事務所のスタッフのみなさんと一緒に

猪熊純(いのくま じゅん)
1977年神奈川県生まれ。一級建築士/成瀬・猪熊建築設計事務所共同代表/首都大学東京助教。

東京大学工学部建築学科、東京大学大学院工学系研究科建築学修士修了後、千葉学建築計画事務所へ入社。2年間勤務後、07年成瀬友梨と成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。成瀬とともに、主にシェアハウス、シェアオフィス、コ・ワーキングスペースなどを手掛ける。08年から首都大学東京助教。1児の父。

成瀬友梨(なるせ ゆり)
1979年愛知県生まれ。一級建築士/成瀬・猪熊建築設計事務所共同代表/東京大学助教。

東京大学大学院博士課程単位取得退学後、05年成瀬友梨建築設計事務所を設立。07年猪熊純と成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。10年から東京大学助教。

受賞歴:JIA東海住宅建築賞 優秀賞(2014年)、 グッドデザイン賞(2012、2007年)ほか多数。 メディア掲載、講演、シンポジウム出演、審査員経験多数。共著に『シェアをデザインする:変わるコミュニティ、ビジネス、クリエイションの現場』(学芸出版社)、『やわらかい建築の発想‐未来の建築家になるための39の答え』(フィルムアート社)などがある。 東日本大震災で被災した陸前高田では、支援でコミュニティカフェ「りくカフェ」の設計、運営を担当。現在本設のカフェとして建て替え中だが、工事費の高騰で費用が足りず、備品費を集めるためにクラウドファンディングを行っている。2014年10月5日にオープン予定。

初出日:2014.09.16 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの