京都四條 南座
THEATER

京都四條 南座

Minamiza Theatre

伝統を紡ぎながら進化する、歌舞伎の聖地photo:Nacása & Partners(ページ内3点を除く)

北側正面外観。堂々とした大屋根の桃山風破風(屋根の妻部分に取り付けられた装飾板)の手前には、官許の証である櫓(やぐら)が見える。玄関の左右に飾られている大提灯は、手漉きの越前和紙を使用。まねき看板は2018年12月「吉例顔見世興行」時のもの。

江戸時代から同じ敷地に構えてきた「南座」は、歌舞伎を中心に、幅広い総合芸術文化を創造する劇場。発祥400年の節目に、耐震改修をはじめとする大規模改修が行われた。昭和初期に当時の技術の粋を尽くして建てられた建物を保存修復。演出対応力の強化、鑑賞環境の向上も図られ、新たな幕開けを迎えた。

劇場内部の意匠は1991年の改修時に、文化財的な価値を保存しながら一新されており、今回の内装はその時点に照準を合わせて仕上げ直し、一部復元を行っている。舞台上部の唐破風は1929年の竣工当時のもので、客席まわりの欄干や桟敷席などは養生した状態で耐震補強が進められた。緞帳「赤地草花連紋」も、かねてより南座を彩ってきたもの。

一新された客席イスはメッシュ構造の背もたれ(1・2階席)で、長時間座っても快適。奥行き方向をスリム化することで以前よりも足元のスペースにゆとりが生まれた。唐破風の形状をモチーフにした背板のデザインは、移動時の手かけとしても機能する。

歌舞伎の上演では伝統の「定式幕(じょうしきまく)」が使われる。左奥から黒・柿色・萌葱色。舞台および花道は総ヒノキ張りで、写真のように、演目によって表面の仕上げを変える。

歌舞伎の聖地に構え続ける
日本最古の劇場

1603年、出雲の阿国が京・四条河原で披露した「かぶきをどり」が起源とされる、伝統芸能・歌舞伎。その歌舞伎発祥の地で400年を超えて歌舞伎を中心に上演してきた「南座」は、日本最古の歴史を有する劇場である。1929年に改築された現在の建物は、桃山風破風づくりの外観が特徴。祇園・河原町界隈を代表する歴史的建造物であり、とくに毎年12月を中心に行われる「吉例顔見世興行」に際して、正面玄関上に役者の名前が書かれた「まねき看板」がずらりと並ぶ光景は、京都の人々が冬の到来を感じる風物詩となっている。

 2018年11月1日、大規模改修工事のため2016年より一時休館に入っていた南座が、恒例の「吉例顔見世興行」で新開場した。内装および設備を更新した1991年以来となる改修で、2013年に施行された改正耐震改修促進法に基づき、建物としての安全性確保を中心に、一部バリアフリー化や設備の刷新、また劇場としての演出対応力の強化、快適性の向上などが図られている。約2年9ヶ月にわたるビッグプロジェクトを終え、次世代に伝統を継承・発展させていくために「進化」した南座のお披露目には、まさに京都内外から『待ってました!』という掛け声が寄せられた。支配人の藤田孝氏は「1906年より私たち松竹が運営にあたっていますが、みなさまに支えられ、戦中・戦後の混乱期にも演劇の灯を絶やすことなく、今日まで伝統を紡いでくることができました。みなさまから“お預かりしている”大切な南座の新開場を吉例顔見世で迎えることができ、『お待たせいたしました』という想いでいっぱいでした」と、初日の盛況ぶりを振り返る。

1行目:鴨川に架かる四条大橋を渡り、祇園エリアの入り口付近に建っている。江戸時代、四条河原は芸能興行地として隆盛し、とくにこの界隈は、官許された7座が四条通を挟んで並ぶ一大芝居街だった。

鴨川に架かる四条大橋を渡り、祇園エリアの入り口付近に建っている。江戸時代、四条河原は芸能興行地として隆盛し、とくにこの界隈は、官許された7座が四条通を挟んで並ぶ一大芝居街だった。

3行目:鴨川側から西側外観を見る。北側正面と西側の外観は京都市の歴史的意匠建造物に指定されており、開口部より内側に新たな耐震壁(ガラス奥の白い部分)を設けることで、外観の意匠を保存している。

鴨川側から西側外観を見る。北側正面と西側の外観は京都市の歴史的意匠建造物に指定されており、開口部より内側に新たな耐震壁(ガラス奥の白い部分)を設けることで、外観の意匠を保存している。

2行目:鴨川越しの佇まい。

鴨川越しの佇まい。

4行目:玄関ロビー。アール・デコ調のシャンデリアは、既存のものをLED化して再利用している。

玄関ロビー。アール・デコ調のシャンデリアは、既存のものをLED化して再利用している。

伝統×最新技術により
保存・継承される劇場建築

正面玄関から絨毯敷きの階段を5段ほど上がり、アール・デコ調のシャンデリアが灯るロビーを抜け、場内に一歩足を踏み入れると、折り上げ格天井や桟敷席の擬宝珠、朱塗りの欄干、各階に並ぶ提灯などに彩られた、4層吹き抜けの「華麗で典雅な内部空間」が広がっている。プロセニアム形式の舞台は歌舞伎に最適と言われる寸法で、上部に構える大きな唐破風が特徴的。花道は客席のすぐ脇を通り、演者と観客の近さにより生まれる一体感が何よりの魅力だ。「椅子を一新した以外、場内は懐かしい景色のままで、ご贔屓のみなさまにも何処を工事したのかと尋ねられるほどです」と藤田氏。

 歴史を紐解くと、慶長(1596-1615)末年頃の『洛中洛外図』に発祥期の南座が描かれており、四条河原を中心に芝居小屋が建ち並び、女歌舞伎や人形遣いの興行を市井の人々が楽しむ様子が伺える。元和年間(1615-1623)に、官許された7座の芝居小屋が四条河原の一角に集まり一大芝居街を形成。その時、南側の一番西にあったのが現在の南座であり、現存する唯一の劇場だ。増改築を重ねながら同じ敷地で元和以来の歴史を受け継ぎ、松竹所有以降は、1906年、1913年、そして1929年に改築。これが現在の建物にあたるが、劇場としての規模はずっと変わらないという。また舞台に唐破風をもつ劇場は南座のみで、舞台以外が屋外だったかつての芝居小屋の空間構成を踏襲している。

 1996年に国の登録有形文化財として登録されたこともあり、今回の耐震改修でも、この伝統の劇場空間を守り抜くことが命題となった。内装や設備を撤去し、構造躯体のみとするスケルトン化の前後で、内部空間を徹底的に記録。「1991年の内装改修時資料を参考に、3D点群データなどの最新技術も駆使して綿密に実測し、劇場空間を損なわない形で補強を行いました」と、改修設計を手掛けた大林組大阪本店・リニューアル設計部担当部長の稲葉一秀氏。加えて京都市の歴史的意匠建造物に指定されている外観も維持保存が原則のため、壁の打ち増しや新設、鉄骨屋根の補強や軽量瓦への葺き替えは、意匠を損なわないよう行われた。

2019年5月撮影の京都四條 南座。

フルフラット化した場内で開催された『京都ミライマツリ2019』(2019年5月12日~25日)。昼は滝のある風景、夜はクラブシーンを創出した。

1階に京都の夏の風物詩「納涼床」を感じられる空間をしつらえ、周囲には老舗から最新の人気店まで、多彩な京都グルメの屋台が出店。

南座の中に入るのは初めてという観光客のみならず、「南座が新しいことをやっている」と地元の常連も集まり、プロジェクションマッピングで彩られた非日常空間で、飲食や音楽、ダンスを楽しんだ。

1階客席のフルフラット化で
舞台を拡張可能

演出対応力の強化も、今回の改修におけるもう1つの目玉である。演者が舞台から飛び出し観客の頭上を飛び回る宙乗りは、これまでは花道上の一方向のみだったが、客席を斜めに横切ることも可能になった。また、セリの回転速度や停止位置の設定が、段階式から可変式になるなど、演出の幅が広がっている。そして最大の「進化」とも言えるのが、1階をアリーナのようなフルフラット化できる機構だ。客席イスを取り外してユニット床を組み立て、場内入口から舞台までをシームレスにつなげ、1階全面を舞台として使うことができる。部分的なフラット化も可能で、両花道を使う歌舞伎の演目や、演劇やコンサートなど、かねてより南座で上演されてきた多彩な演目への対応はもちろん、全く新しいコンテンツも展開可能だ。早速、今年5月に新開場記念の一環として、この新機構を最大限に活かした観客参加型のイベント『京都ミライマツリ2019』が開催され、納涼床風の床席や屋台、クラブDJブースが持ち込まれた劇場は、丸ごとお祭り空間に変貌した。「既存の考えにとらわれず、面白いものを貪欲に取り込み、人々を楽しませる――その精神こそが、京都や歌舞伎などの伝統を次世代へ繋ぎ、今日まで脈々と続いてきたのです」と藤田氏。新しく、強くなって戻ってきた南座に、京都のまちは一層華やぎ、にぎわっている。

1行目:1階客席をフルフラット化した状態。桟敷席以外の客席イスを取り外し、場内入口から舞台に向かって傾斜する床に応じて舞台と段差なくつながるフラット床を組み立ている。

1階客席をフルフラット化した状態。桟敷席以外の客席イスを取り外し、場内入口から舞台に向かって傾斜する床に応じて舞台と段差なくつながるフラット床を組み立ている。

3行目:格天井が間近に迫る3階席。客席イスはスリムアップして省スペース化を図った。

格天井が間近に迫る3階席。客席イスはスリムアップして省スペース化を図った。

2行目:2階最前列の特別席は、ヘッドレストと格納式の小さなテーブル付き。

2階最前列の特別席は、ヘッドレストと格納式の小さなテーブル付き。

4行目:東側にある2階ロビー。バリアフリー化のため、このロビー内に1~3階を結ぶ客用エレベーターを新設。

東側にある2階ロビー。バリアフリー化のため、このロビー内に1~3階を結ぶ客用エレベーターを新設。

DATA

所在地京都府京都市東山区四条大橋東詰
開場1929年(竣工)
1991年(改修)・2018年11月1日(改修)
敷地面積約1953㎡
延床面積約6430㎡
規模地上4階・地下1階
客席数1088席(うち桟敷席60席)
改修設計・施工大林組(1991年・2018年)
外観照明
デザイン監修
石井リーサ明理(2018年)
bp vol.31掲載(2019.09発行)