ゆいの森あらかわ
LIBRARY

ゆいの森あらかわ

Yuinomori Arakawa

本を巡って人が集うまちなかの交流拠点photo:Nacása & Partners

4階の閲覧席に囲まれた明るい吹き抜けまわり。設計者の安野氏が「スキップボイド」と呼ぶ、互い違いに配置した2層吹き抜けが特徴。

2階にある児童書コーナー。小学生の背丈に合わせた四角い書架は、思わず入り込みたくなる秘密基地のようなスペースとなっている。

抜け感のある書架でつながった中央と外周部。木目の濃淡で賑わいと静寂を分ける。

3階外周部は書斎をイメージしたシックな空間。窓ガラスに組み込まれたルーバーは、視線や陽射しをコントロールする役割も果たす。

人を誘うひとつながりの動線

2017年3月、都電荒川線・荒川二丁目の駅からほど近い住宅地に複合施設「ゆいの森あらかわ」がオープンした。築50年以上が経過していた近隣の旧荒川図書館を建て替えたもので、2005年より、区、有識者、区民が参加する懇談会で長年施設のあり方が研究されてきた。同時期に区出身の作家・吉村昭氏の文学館を設立する構想があり、その併設も検討。さらに子育て施設のニーズも受け止めた。結果、蔵書60万冊規模の区の中央図書館に、文学館、子ども施設、カフェを合わせた、赤ちゃんから高齢者まで利用できる複合施設として誕生した。

 蔵書や教育研究目的だけではなく、コミュニティの核とするのが全館を通じたコンセプト。人と人、本と人の結びつきの場として計画され、それは施設の名称の由来にもなっている。設計を担当した梓設計・取締役副社長の安野芳彦氏は「本を巡って散策し、興味の連鎖が引き起こされるよう、館内を連続させるひとつながりの動線を設定しました。どの階にも開放的な吹き抜けがあり、上階へ向けて視線が通る。つい上にも足を運びたくなる仕掛けです」と語る。ここはいわば都市型施設ならではの積層する広場なのだ。

1行目:ホールの前面の壁はスライドして開閉可能。映画上映会、講演会等のイベントに使用することもできる。

ホールの前面の壁はスライドして開閉可能。映画上映会、講演会等のイベントに使用することもできる。

3行目:飲食も可能な2階コミュニティブリッジを、3階から見下ろす。

飲食も可能な2階コミュニティブリッジを、3階から見下ろす。

5行目:4階のテラスに面した「研究室」は事前にネット予約が可能。

4階のテラスに面した「研究室」は事前にネット予約が可能。

7行目:4階「風のてらす」に面した閲覧席。本施設は20時30分まで開館している。

4階「風のてらす」に面した閲覧席。本施設は20時30分まで開館している。

2行目:1階の「えほん館」。円形書架の中で親子が安心して本を読む光景が見受けられる。

1階の「えほん館」。円形書架の中で親子が安心して本を読む光景が見受けられる。

4行目:植栽に囲まれた4階「香のてらす」。緑陰読書が可能なイス・テーブルが配置されている。

植栽に囲まれた4階「香のてらす」。緑陰読書が可能なイス・テーブルが配置されている。

6行目:4階「空のてらす」に面した「ビジネス支援コーナー」の閲覧席。

4階「空のてらす」に面した「ビジネス支援コーナー」の閲覧席。

どこかでお気に入りの
居場所が見つかる

低層階はより賑やかな場で、上層階へ行くほど徐々に落ち着いた静かな環境に移り変わり、対象年齢も上げてゆく配置。さらに上層階の各フロアでは、中心部が賑わいのある明るい色調なのに対し、外周部は書斎をイメージした落ち着いた色調の空間となっている。子どもの階では、仲間でテーブルを囲むところもあれば、本棚に囲まれた狭くて一人になれる場所もある。大人の階では、吹き抜けに面した気持ちのいいカウンターテーブルが人気。窓辺の閲覧席には自然光が優しく射し込み、テラスの樹木が緑陰もつくる。気候がよい日の屋外テラスは、イスに座り木陰で読書ができる心地よい場所だ。閲覧スペースがバリエーションに富み、イスもまた場所に応じて種類豊富に用意されている。館内のどこかで、お気に入りの居場所を見つけられる公共施設なのだ。

とくにユニークなのは、1階えほん館に隣接する「ゆいの森ホール」。階段座席と壁面書架が広がり、階段を行ったり来たりする子どもたちもいれば、座席で読み聞かせする親子連れもいる。思い思いの使い方で賑わうこのホールは、えほん館との間にある可動壁を閉じ、ロールスクリーンを下ろせば多目的ホールに早変わり。講演や映写など各種イベントにも使われている。

荒川区直営の複合施設

この施設は民間指定管理者をおかず、区が直営している点も注目すべきところ。所轄の行政が現場と接することでサービス向上と合理化を図ろうとする区の方針だ。「この機に運営部署として『ゆいの森課』を設置しました。司書、学芸員、保育士などの専門職員を集め、図書館、文学館、子ども施設が一丸となって運営することを大切にしています」とゆいの森課の課長であり館長の菊池秀幸氏。例えば貸出前の本をカフェに持ち込むことも可能だ。ここでは一つの課が施設全体を結びつけて運営しながら、新しい公共施設のあり方が模索されている。

1行目:3階文学館と隣接する図書館側の書架には、吉村昭コーナーが設けられている。

3階文学館と隣接する図書館側の書架には、吉村昭コーナーが設けられている。

3行目:建築それ自体が街並みをつくるような、キューブが集まってできた緑豊かな外観。1万m2以上の大規模施設だが、ボリュームをセットバックしながら重ねたことで、低層住宅風景に馴染んでいる。地域の防災拠点としての機能も備えている。

建築それ自体が街並みをつくるような、キューブが集まってできた緑豊かな外観。1万m2以上の大規模施設だが、ボリュームをセットバックしながら重ねたことで、低層住宅風景に馴染んでいる。地域の防災拠点としての機能も備えている。

2行目:「戦艦武蔵」などで知られる荒川区出身の作家・吉村昭氏の記念文学館。吉村氏の生涯と作品世界を紹介するほか、書斎を再現。

「戦艦武蔵」などで知られる荒川区出身の作家・吉村昭氏の記念文学館。吉村氏の生涯と作品世界を紹介するほか、書斎を再現。

4行目:保育士が常駐する1階の子ども施設「ゆいの森子どもひろば」の遊びラウンジ。子どもの発育を促す遊具が設置されている。

保育士が常駐する1階の子ども施設「ゆいの森子どもひろば」の遊びラウンジ。子どもの発育を促す遊具が設置されている。

DATA

所在地東京都荒川区荒川2丁目50-1
開館2017年3月26日
敷地面積約4100㎡
延床面積約1万900㎡
規模地下1階・地上5階
座席数約800席
収蔵可能冊数約60万冊
設計監理梓設計
施工熊谷・坪井・東建設共同企業体
bp vol.26掲載(2018.01発行)