働き方・働く場の研究と視点

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スペシャルインタビュー 稲水伸行さん

2024.1.15
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東京大学大学院経済学研究科
准教授

稲水伸行

2003年東京大学経済学部卒業。08年、同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専門は経営科学、組織行動論。近年は特に職場の物理的環境や人事施策が、どのようにクリエイティビティにつながるのかを研究。主な著書に『流動化する組織の意思決定』(東京大学出版会)。


オカムラと東京大学大学院、ディスカバリーズ株式会社はワーカーの時間単位の行動とクリエイティビティに関する共同研究を行った。経営学の視点からみたオフィス研究の第一人者でありこの研究に参加した稲水伸行さんに、研究の考察や、ABWとクリエイティビティについて話を聞いた。


ワーカーに裁量を与えることが大切

ABWをうまく実践できている人はクリエイティビティも高い?

コロナ禍を経て、オフィスとオフィス以外の場所を使い分けて働く「ハイブリッドワーク」が一気に浸透した。また、仕事の内容に合わせて場所を選ぶ働き方である「ABW(Activity-BasedWorking)」はコロナ禍以前から注目されていた。

こうした流れのなかで行われたのが、株式会社オカムラ、東京大学大学院経済学研究科・稲水伸行准教授の研究室とディスカバリーズ株式会社の共同研究だった。2022年9月に組織学会学術誌『組織科学』に共著で発表した論文「時間展望とクリエイティビティ:細かい時間単位の行動データを用いたハイブリッド・ワークの分析」では、ワーカーの行動データをもとに、ハイブリッドワークのなかでもクリエイティビティを高めるためのヒントを探った。具体的には、①ワーカーは1日の勤務時間のうちどのくらいオフィスに出社していて、②オフィスではどのような時間配分で、どのような行動をとり、③ワーカーは自分の仕事の成果についてどのように評価しているのかについて考察した。

結果としては、オフィス内の利用場所のばらつきが中程度である(高すぎず、低すぎない)ワーカーは、自分の仕事について「クリエイティビティが高い」と評価していることがわかった。言い換えれば、自分の居場所となる席をもちつつ、作業内容に合わせて複数の場所を使うという行動パターンと、クリエイティビティの関連が示唆されたのだった。

このような結果はある程度予測されたものだったのか。研究を行った稲水准教授に感想を聞いた。

「納得感はありました。理由としては、実際にフリーアドレスで座席運用をしているオフィスの多くで、ベースとなる場所を確保しながらそれなりの頻度でオフィス内を移動しているという行動パターンが目立つという話を聞いていたからです。

論文の最後でも触れていますが、今回の結果の因果関係ははっきりしていません。言えるのは、オフィスの利用場所のばらつきが中程度の人はクリエイティビティも高かった、という客観的な事実だけです。

ただ、テレワークに関する先行研究(注)では、ワーカーが自由裁量の感覚をもち、自分で時間管理をしながら自宅などオフィス以外の場所で働くことが、仕事にポジティブな効果をもたらすことが明らかになっています。この2つの共通点を見ていくと、ワーカーに裁量を与えることが、クリエイティビティを向上させると言っていいのかもしれません。そうだとすると今回の研究にもこの指摘はあてはまるはずで、ワーカーがオフィス内で場所を適宜選択しながら働くこと(自由裁量であること)は、クリエイティビティにつながると言えるでしょう」

行動や成果も含めてクリエイティビティを評価

そもそも、「クリエイティビティが高い」とはどのような状態を指すのか。今回の研究では、クリエイティビティについて細かく定義した。

「まず、経営学におけるクリエイティビティの基本的な定義は『新規で有用なアイデアを作り出すこと、または開発すること』です。ただ単に『新しい何か』というだけではなく、その会社組織にとって有用なものであることがポイントです。新規性があるというのは誰もが認めるクリエイティビティの要素だと思いますが、有用性という要素が入ることによってイノベーションとつながっていきます。

そこで今回の研究では、新しいアイデアがひらめくことだけではなく、ワーカーの行動もクリエイティビティの度合いを測る指標としました。調査の際に、①創造的なアイデアがよくひらめく、②自らのアイデアを他の人に評価してもらえるように努めており批判を受けた場合には説得を試みている、③新しいアイデアを実現するために適切なプランやスケジュールを練っている、といった項目を設定し、この3点についてワーカーに自己評価してもらったのです」

自律と強制、2種類のハイブリッドワーク

クリエイティビティとの関連を考える上ではハイブリッドワークが強制なのか、あるいは自主的に行われているのかにも着目すべきだと稲水准教授は指摘する。

「私は、オフィスとオフィス以外の場所のどちらでも働けるのがハイブリッドワークの定義だと理解しています。ただし、出社する曜日が会社から指定されていたり、オフィスか在宅か決められていたりする場合も多いと思います。

ABW とはワーカー自身が適切な場所を選んで仕事をする働き方なので、働く場所や時間が強制されているハイブリッドワークは厳密に言うとABW に含まれないのではないかと私は考えています」

出社の頻度をはじめ、オフィスの滞在時間や、オフィス内の場所の使い方を、ワーカーがその日の作業内容や体調に合わせて自ら管理していくことが、これからの働き方を考える際の重要なポイントになりそうだ。稲水准教授が考える理想的な働き方とは、どのようなものなのだろうか。

「一人ひとりのワーカーごとに、働き方に対する要望や、自分なりのパフォーマンスの最大化の方法があるはずです。加えて、プライベートでのバランスの取り方もそれぞれ異なります。一方で、会社側にもそれぞれの方針がありますし、もちろんビジネスモデルに沿った仕事のやり方というものがあります。そのなかで、ある程度のすり合わせをして、ワーカーと企業の両者がWin-Win になるような状況をちゃんとつくっていくのが理想だと思います。

例えば製造業のように、工場のラインで作業するような環境では、いきなりワーカーがテレワークを始めてしまっては困るわけです。でも、工場の中でも事務作業などテレワークでできる業務があるかもしれない。そういった内容に関しては部分的にテレワークを取り入れられるようにすれば、工場にいないといけない時間を削ることができて、ワークライフバランスを整えられるようになるかもしれません」


個々に働き方を最適化していく

ワーカーは意思をもち、企業はワーカーに個別に対応していくべき

今後、企業に求められる姿勢とはどのようなものなのだろうか。稲水准教授はさらに次のように指摘する。

「企業側は『テレワークを認めない』『オフィスを廃止する』といった極端な決め方をしない方がよいでしょう。利益を上げ、事業を継続していく方法を考える際には、個々のワーカーに合わせて働き方を適正化していくことが必要です。現に、この調査をしていた2021年時点に比べて、ここ最近ではオフィス勤務を推奨する企業も増えてきているようです。特に2023年5月に新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行してからはその傾向が強い。ルールとしてオフィス勤務にしている例もありますが、なかにはワーカーが自ら対面でのコミュニケーションを求めて自然とオフィスに戻る例もあるようです。このように、オフィス勤務に対する捉え方も、ワーカーの考え方や作業内容によってさまざまです。そしてワーカーの側も、ただ決められた通りに働くのではなくて、複数の選択肢が出てきたときに、自分なりに無駄のない働き方を意識しながら、クリエイティビティを高めていくことで、Win-Win の関係になれるでしょう」


個別に対話する機会を増やす

稲水准教授が強調するのは、企業はワーカーにある程度の裁量を与え、ワーカーは自ら考え主体的に作業内容や時間の管理をしていくことだ。そのためには1on1やミーティングなど、管理者層とワーカーが個別に対話し、働き方に対する希望を伝え合う機会が欠かせない。

「コロナ禍以前から、さまざまな企業に訪問しながら経営視点で働き方の研究をしてきました。年々、企業はワーカー個人に向き合わないといけなくなってきていると感じています。

戦後、日本では労働組合が賃上げ交渉をするなど、働き手という" 集団" のなかで意見をまとめてから企業側に要望を伝える形が一般的でした。しかし、雇用形態が多様化し、それと同時に、育児、介護、体調などワーカー個人の事情にも配慮が必要な時代になりました。こうした状況のなかでワーカーの個性を活かしてクリエイティビティを高め、利益を最大化していくためには、個別に施策を打つことは必須です。とても時間のかかる作業ではありますが、人事に携わる人たちはこの過程を削ってはいけない。ここに時間と労力をかけられる企業とそうではない企業で、この先大きな違いが出てくるのだろうと考えています」


仕事以外の時間にヒントがある

「間(あいだ)」にあたるものがクリエイティビティを高める

研究を通じてワーカーが裁量をもつことの大切さを考えてきた稲水准教授は、同時に「間(あいだ)」の有用性についても考えている。

「まず時間的な視点では、予定したスケジュールの間にある一息つける時間が、実はクリエイティビティにつながるのかもしれない、と考えています。通勤途中の電車やバスのなかで突然アイデアが浮かぶことってありませんか? 行動面から考えてみても、完全な遊びではないし、仕事でもない合間みたいなところが意外と楽しかったりしますよね。その体験が後になってクリエイティビティに結びついたりすることがあります。『ワーク・ライフ・バランス』という言葉があるけれど、実はワークとライフを分けすぎないことがクリエイティビティを高めたりもするのかもしれないと思い始めました。

オフィスの設計についても同様です。業務上で起こりうるアクティビティを想定して何パターンもの空間を用意するといった、ABW の考えを取り入れたオフィス運用が増えてきました。これからは、さらにオフィスにカフェスペースのような仕事以外のことができる、用途を限定しすぎない自由な空間を用意しておくと、そこで新しい何かが始まったりするかもしれません。効率やコストといった意識だけでなく、間の時間や行動、空間を設けることが重要なのではないかと私自身も考え始めているところです。つまり、『柔軟さや余裕』を忘れてはいけないということなのだと思っています」

(注) Liao, C., Wayne, S. J., & Rousseau, D. M. (2016). Idiosyncratic deals in contemporary organizations: A qualitative and meta-analytical review. Journal of organizational Behavior, 37 (S1), S9-S29.
https://doi.org/10.1002/job.1959

Interview & Text: 吉田彩乃
Photo: 竹之内祐幸
Production: Plus81