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2013.07.01  取材・文/山下久猛 撮影/村上宗一郎

幼少期の体験

──現在の中村さんをつくった原点を教えてください。

僕の父はいわゆる転勤族だったので、小学生の頃から1、2年おきに引っ越しを繰り返していました。ですから「あなたの故郷、地元はどこですか?」と聞かれてもよくわからないんです。そんな生活をしているうちに、段々と自分の居場所を作りたいという気持ちが強くなりました。高校でその先の進路を考えるときにも建築業界なら自分の居場所作りというか場作りができるんじゃないかなと思い、建築学科へ進みました。

大学院まで進学したのですが、建築について勉強するうちに考えが変わりました。建築家になれば自由に建築デザインや場作りができると思っていたのですが、実際はまず最初に不動産会社が建築物を建てる敷地や用途、予算などを決めて、建設会社に発注。そこから建築家や設計者が細かく厳しい制約や条件の中で仕事をしていくということに気づきました。ならば、まずどこに何のために何を建てるかという一番川上に行った方が場作りという僕のやりたいことに近いし、楽しそうだと思ったんです。

さらにどうせなら投資家の資金運用や、建物を建てた後の管理運営まですべてを経験できるような会社がいいなと。それでOB訪問を重ねて情報収集したところ、僕の希望にぴったりな不動産会社を知り、入社したわけです。


──入社後はやりたい仕事ができたのですか?

入社してからは不良債権の処理から大きな複合商業施設の開発・運営などを担当しました。やりたい仕事ができて充実はしていましたが、入社して約3年7ヶ月後に退職しました。


──なぜ退職したのですか?

理由はいくつかあります。まずは、確かに不動産会社での仕事はやりがいもあったし、待遇もよく、この先の可能性を感じられるものではあったのですが、自分が本当にやりたいことはもっと他にあるような気がして。それは一体なんだろうとモヤモヤした気持ちを抱えていたんです。

その時点では自分のやりたいことと会社の仕事は大枠ではズレてはいないのですが、もしこのままこの道を歩んでいった場合、10年、20年後にたどり着くのが自分が本当に望んでいたのとは大きくズレている場所なんじゃないかと思ったんです。

当時、そういうモヤモヤしたことをお気に入りのバーでよく考えていました。そのバーには毎晩のように通っていたのですが、ある夜「どうして僕はあまりお酒も飲めないのにこのバーにこんなに毎晩来ているんだろう」と考えたときに、「食事やお酒はおいしいし、内装を含めた雰囲気も僕好みだし、自由にとてもリラックスできる居心地がいい空間。でも、一番の理由はバーテンダーに会いに来てるんだな」と気づいたんです。そのバーテンダーはトークもとても楽しいのですが、何より毎日とても生き生きと働いていて、彼がいるだけで居心地がよかった。やっぱりその場所に合った人が働いていると、その人自身も生き生きとしてくるし、その結果、その場所は居心地のいい場所になる。そんな好循環が生まれるんだなあと。それまでずっと居心地のいい場を作りたくて建築を勉強したり不動産開発の仕事をしたりしてきたんですが、一番大切なのはその場にいる人だと気づいたんです。自分が作りたいと願っていたのはまさにこのバーのような場所だろうと。

もうひとつのきっかけとしては、バーに通ってた頃、働き方研究家の西村佳哲さん(インタビュー第1回に登場)の『自分の仕事をつくる』という本に出会ったことですね。この本には組織に縛られず、自分らしく、生き生きと働いている人たちの話が多数収録されていました。自分の身の回りにこの本に登場するような人はほとんどいませんでしたが、世の中には実際にこういう生き方、働き方もありうるんだ、こんなふうに生きて、働いてもいいんだとすごく勇気をもらったのを覚えてます。ちなみにこの本は今まで3、40回ほど読み込んでいて、今でもときどき読み返します。

より自由に働きたい

──当時、ご自身で「こんな働き方をしたい」という確たるイメージはもっていたのですか?

根本にあったのは、自由に働きたいという思いでした。当時勤めていた会社もやることさえちゃんとやって結果を出していれば細かいことは言わないという自由な会社だったので、そういう意味では僕に合ってはいたのですが、より自由にやりたいという思いが強くて。


──それは独立したいということですか? そもそも独立したいと思っていたとか?

いえ、独立ありきではなく、将来的に独立もありうるなという程度でした。働いていくうちに独立の方に気持ちが傾いていったという感じです。

中村健太(なかむら けんた)
1979年東京都生まれ。株式会社シゴトヒト代表。

明治大学大学院理工学研究科建築学専攻を卒業後、不動産会社ザイマックスに就職。不良債権処理、大型複合商業施設の開発・運営などを経験後、2007年28歳のときに退職。2008年8月、生きるように働く人のための求人サイト「東京仕事百貨」(現「日本仕事百貨」)をオープン。「自分ごと」「隣人を大切にする」「贈り物」な仕事を、全国各地で取材し紹介している。2009年10月1日株式会社「シゴトヒト」設立。現在はまちおこしなどのディレクター、東京に町をつくる「リトルトーキョー」など各種プロジェクトやメディアのプランナー、キャリア教育などに関わり、「シブヤ大学しごと課」ディレクターや「みちのく仕事」編集長も務めている。

初出日:2013.07.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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