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2013.04.01  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

美大を卒業後、大手ゼネコンへ就職

──まずは西村さんが現在どんな仕事をしているのか、簡単に教えて下さい。

ざっくりとわけて3つの大きな柱があります。

まず一つ目が「書く仕事」。これまで「働き方研究家」としてさまざまな働く人に取材して書いてきました。雑誌の連載やフォーラムの内容をまとめた書籍を8冊ほど出版しています。

2つ目が「教える仕事」。多摩美術大学と京都工芸繊維大学で非常勤講師としてデザインやデザインプランニングについて教えています。また、ワークショップのファシリテーターとしても活動しています。

3つ目が「つくる仕事」。妻と一緒に運営している「リビングワールド」という会社で、コミュニケーション・デザインとモノづくりを手がけています。


──「働き方研究家」を名乗るようになった経緯を教えていただきたいのですが、大学卒業後はどんな会社でどんな仕事をしていたのですか?

武蔵野美術大学でインテリアデザインを学んだ後、大手建設会社ヘ就職しました。最初は設計部のインテリアデザインチームに配属されたのですが、明日貼る壁紙を今夜決めるような勢いで、タイトなスケジュール感で仕事をしていました。僕は考えるのが好きな性分だったので、もう少し考える時間がほしいなあと思っていたんですね。

その後上司から声をかけられてリゾート開発を考える部署に異動しました。そこではリゾート以外にも都心部の建築計画や遊休地を利用した建築計画などの企画書を作っていました。考える仕事がしたかったので、仕事自体は楽しかったのですが、だんだんつらくなってきました。

懸命に考えてもプロジェクトの実現は10年以上先の話で、当時の自分にしてみると、ちょっと時間がかかりすぎというか。


──建築ってそうですよね。土地買収なども入れたら計画して実際に完成するまで20年以上かかることも珍しくないとか。その頃はどんなことを考えていたのですか?

自分の仕事の意味って何だろうと考えていました。自分が何かのアクションを起こしたら、誰かからリアクションが返ってくる、それによって自分の仕事に意味が生成されますよね。しかし自分が手がけた仕事に対して誰からも何も返ってこない、しかも形になるのが13年後。そういう状況に嫌気が差していたんです。

だからその当時は鮨屋の板前さんにすごくあこがれていました。目の前でお鮨を握って、客からすぐにおいしいねという反応が返ってきて、次あれくださいというリクエストが来る。そういう目の前でお客さんの反応がわかるという仕事をしたいと切望していたんです。


──その気持、世の中の多くの職業人もよくわかると思います。自分の仕事に対する反応がやりがいやモチベーションにつながりますものね。他に当時感じていたことはありますか?

実は入社当初から場違いだなと感じていたんです。自分の居場所ではないな、という感覚。

また、会社の中に尊敬できる先輩や上司はたくさんいたのですが、将来こうなるだろう、と思える人がいなかった。つまりその会社で自分の将来がイメージできなかったんです。

それで、このままだと自分はダメになると思い、辞めるとして何をすればいいか、いろいろ考えたんですよ。

例えば、短期間で完成できる犬小屋専門の建築設計事務所。インテリア出身なので簡単な日曜大工はできるし、組み立て式も設計図提供も組み上がったものを送ることもできる。よし、やろう。事務所名は「バウハウス」だと。

でも、始めないんですよね。

西村佳哲(にしむら よしあき)
1964年東京都生まれ。リビングワールド代表/プランニング・ディレクター/働き方研究家。

武蔵野美術大学卒業後大手建設会社の設計部を経て30歳のときに独立。以降、ウェブサイトやミュージアム展示物づくり、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクション、働き方・生き方に関する書籍の執筆、多摩美術大学、京都工芸繊維大学非常勤講師、ワークショップのファシリテーターなど、幅広く活動。近年は地方の行政や団体とのコラボレーションも増えている。『自分の仕事をつくる』(2003 晶文社/ちくま文庫)、『自分の仕事を考える3日間』『みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?』(2009,10 弘文堂)、『いま、地方で生きるということ』(2011 ミシマ社)、『なんのための仕事?』(2012 河出書房新社)など著書多数。

初出日:2013.04.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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