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2015.02.25  取材・文/山下久猛 撮影/ 守谷美峰

卒業後の進路

──この3月に大学院を卒業するそうですが、卒業後も大学に残って生命の起源の研究を続けるのですか?

いえ。起業しようと思っています。博士課程に進んだときは大学に残って研究をしたいと思っていたんですけど、今では考えが変わりましたね。


──具体的にどういう事業をやるのか決めているのですか?

柏の葉に民営の科学館を作ろうと思っています。そして将来的な夢、野望としては、小さくていいので日本中に科学館を増やしたい。今、日本の科学館は大きく2つにわけられます。1つは国や県、市などの行政が運営するもの。もう1つは企業が自社の技術などをPRするための施設です。いずれも都市部に集中していて、誰もが気軽に行ける施設ではないですよね。

それに大きな科学館でも常設展にそう何度も行くという人は国民全体で見れば少数派ですよね。企画展が変わればまた行きたくなる、という人はいるでしょうが、規模が大きい科学館で毎月企画展を刷新するのはなかなか難しいのではないでしょうか。

だから私は映画館のように街のあちこちにあって、コンテンツもドンドン入れ替わり、誰もが頻繁に行きたくなるような科学館を作りたいんです。そして誰もが気軽に科学を楽しみにいく文化を根付かせたいんです。そこで、第一弾としてまずは、これまで活動を支えていただいてきた柏の葉に、広めの会議室程度の小さな科学館を作りたいと思っています。そしてハコの小ささを逆手にとってこまめにコンテンツを入れ替え、誰もが気軽に頻繁に来てくれるような場所にしたいと考えています。

いろいろな要素をミックス

──それは今までにない新しい取り組みですね。

もちろん、ただ展示物を設置するだけで終わらせるつもりはありません。今までKSELでは「人と人とのコミュニケーションの活性化」にフォーカスを当ててきたのでそれを踏襲し、例えば土曜日はイベントの日として、展示に囲まれた科学館の中でワークショップやサイエンスカフェを開催して参加者と交流を深めたいと考えています。同時に、誰もが気軽に集まる場所に育てることで、来場者同士の交流も生まれ、科学館を中心とするコミュニティが自然発生的に生まれたらいいな、と思っています。

「理科の修学旅行」で行った星空観測。光の筋のように見えるのは人工衛星

イベントやワークショップでサイエンスに興味をもってくれたら、科学館を飛び出して現場に出かけることに繋げたいですね。例えば宇宙に関する展示やワークショップの後には星空のきれいなところに繰り出して望遠鏡で星を眺めたり、発酵について学んだら蔵元さんを見学させていただいて夜は日本酒を楽しんだり。大人版の「理科の修学旅行」ですね。こうした活動も、私が仕掛けるだけでなく、科学館を中心としたコミュニティができて、イベントの参加者の方から、うちの別荘に泊まってよ、なんてお招きいただいたり、参加していた農家の方から一日就農体験をしないかと誘っていただいたりして活動が拡がっていったらすてきだな、と思っています。

2013年に苗場で実施した「理科の修学旅行」にて、観察用に採取した昆虫を掲げる子どもたち

街全体を科学館に

一方で、小さな科学館では設置できる展示の数も限られますし、その中で初学者とマニアを同時に満足させることは困難です。そこで、これまで柏の葉の街で活動する中で拡がってきた、街に関わる方々の輪にお力添えいただき、街全体に展示を配置し、街そのものを科学館にすることも考えています。意外と知られていないサイエンスの基礎知識に街中で気軽に触れられる環境って、魅力的だと思いませんか? 例えば駅のトイレに入ると木星についての展示があったり、コーヒーを飲みにカフェに入ると壁一面にコーヒーにまつわる科学の解説図が展示されていたりしたら、トイレの時間もコーヒーを飲む時間も、今より生産的で有意義な時間になるし、何より楽しいと思うんですよね。街全体を科学館として展示を配置する試みは、実現に向けてすでに走り出しています。この試みが柏の葉で成功すれば、周辺地域、そして全国へと拡げていきたいですね。

KSELのイベントの参加者と一緒に(最後列中央の浴衣を着ているのが羽村さん)

──まさにKSELでやってきたことのエッセンスをすべて活用するといった感じですね。起業は羽村さんお1人でする予定なのですか?

一部はKSELの活動の一環として、メンバーと一緒に進めていきたいと思っています。でも、KSELのメンバーはそれぞれ本業を持っていて、ボランティアで活動しているので、彼ら・彼女らには各々が楽しいと思えること、やりたいことを、各々が負担にならない範囲で楽しんでもらいたいんです。それに学生メンバーの多くは卒業とともに柏の葉を去って行きますので、活動できるのは2年間です。ですから、こうした活動を続けていくための仕事や、長い目で見た活動の設計などを業務として行なう人数、という意味では、今のところ1人で起業するつもりでいます。誰か手伝ってくれないかなと思っているのですが(笑)。この記事をお読みいただいて、一緒にやりたいと思ってくださる方がいらしたら、是非連絡をお待ちしています!(※連絡先:info@exedra.org

羽村太雅(はむら たいが)
1986年山梨県生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程/KSEL創立メンバー

慶應義塾大学理工学部卒業後、「宇宙人を見つけたい」との想いを叶えるため東京大学大学院 新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 杉田研究室へ。専門は惑星科学、アストロバイオロジー。隕石の衝突を模擬した実験を通じて生命の起源を探る研究を続けてきた。研究の傍ら、2010年6月に柏の葉サイエンスエデュケーションラボ(KSEL)を立ち上げ、地域に密着した科学コミュニケーション活動を行なっている。その活動が認められ、日本都市計画家協会優秀まちづくり賞やトム・ソーヤースクール企画コンテスト優秀賞などを受賞。また「東葛地域における科学コミュニケーション活動」が2014年度東京大学大学院新領域創成科学研究科長賞(地域貢献部門)を受賞。さらに単独でも多様な科学コミュニケーション活動を行なっている。国立天文台定例観望会学生スタッフ、宇宙少年団(YAC)千葉スペースボイジャー分団リーダーなども務めてきた。2015年3月卒業後は起業を予定している。ちなみに名前の「タイガ」は寅年生まれに由来する。

初出日:2015.02.25 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの