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2018.02.14  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

たった1人でOriHimeを開発

──遠隔操作型コミュニケーションロボットを、1人でどうやって開発していたのですか?

初期型OriHime

初期型OriHime

自室のオリィ研究所にNCフライスや卓上旋盤を買い揃え、まずは市販のロボットを買ってきて分解し、構造を理解するところから始めました。造形はSNSで近所に住んでいたフィギュア職人を見つけて連絡して教えてもらったりしました。

最初に完成した初期型OriHimeは2足歩行の人形で、関節が24もあり、動かすのが難しく移動が大変で故障もしやすいという問題をたくさん抱えていました。そこで誰でも簡単に使える簡易タイプの開発に着手。最低限の機能に絞った結果、首の関節のみを持つ、OriHime-miniが誕生しました。首の左右と上下の動きしかできないのですが、それだけでも声を組み合わせて様々な仕草を表現することが可能でした。

開発に没頭していた2010年12月、後輩であり、現オリィ研究所CFOの結城明姫から、OriHimeをビジネスとして普及させてはどうかと提案されました。OriHimeは私個人の研究者としての活動としては、私の情熱が続く限りは維持されるだろうけど、私がいなくなった後は維持できない。それを維持するためにはお金の循環が必要で、そのためにはビジネスにする必要がある。だからオリィ研究所を株式会社にした方がいいと提案されたんです。私はビジネスにするとか起業するつもりなんて全くなかったので最初は断ったのですが、結城の話をよくよく聞くと、確かにそれもそうだなと思いました。

でも起業するにしてもOriHimeが本当に困っている人の役に立つかどうか、つまりビジネスとして成立する製品かどうかの確証はありません。それを確かめるため「WASEDAものづくりプログラム」というものづくりのコンテストに応募しました。結果は優勝。自信がもてました。また、研究開発だけではなく、起業するならビジネスの勉強もしなければと思い、学生対象ではトップ2のビジネスコンテストといわれていた「キャンパスベンチャーグランプリ東京」と「学生起業家選手権」にも応募し、両方で優勝することができました。

人生最大の喜び

吉藤健太朗-近影1

でもまだ最大の課題が残っていました。それはOriHimeを必要とする人に実際に使ってもらった経験がなかったことです。そこでコンテストで知り合った教授を介して病院を紹介してもらい、入院患者さんに試験的に使用してもらえるようになったんです。

その患者さんは難病で長期入院している小学生の男の子だったのですが、本当にOriHimeが役に立つのか不安でした。OriHimeを渡し、ドキドキしながら待つこと4日。得られた感想は想定外のものでした。その少年がすごく喜んで毎日OriHimeを使っていて、家族からも試験使用期間を延長させてもらえないかと言われたのです。人生で最もうれしい瞬間の1つでしたね。2009年の春に開発を始め、改良を重ねたOriHimeが2011年の冬になってこれは使えるとお墨付きをもらえたわけです。自分のやってきたことは間違いじゃなかったと、ようやく自信をもつことができました。その後もOriHimeは塾と病院を繋ぐ試験利用や、OriHime海外旅行などでいろんな人に使ってもらい、その都度しっかりとフィードバックを受け、ユーザーと一緒に繰り返し改良を行いました。そして2012年9月に法人化。IT企業の組合や、大学の研究室、一般社団法人、中小企業振興公社、病院、個人など様々な方々に応援されるようになり、2014年にはβ版の使用がスタートできたのです。


──仕事のやりがい、喜びはどんな時に感じますか?

やっぱりユーザーに私が作った物を使って喜んでもらった時ですね。そして、それが日常生活で当たり前のように使われるようになったらもっとうれしいですよね。

OriHimeで通学可能に

──これまで印象に残っている利用者からの声を教えてください。

ある高校生の不登校の子から「OriHimeによって学校に通えるようになって、友達もできました。ありがとうございました」と言われたのがすごくうれしかったですね。私もそうだったからわかるのですが、生身で学校に行くのは恐いんですよ。でもロボットなら行けるかもという子が多いんです。パニック症や自閉症の子もOriHimeを介してなら会話ができるんですよ。声だけは自分の声なんですが、自分の名前と顔を明かさなければ割と多くの人と話せます。

おもしろいことに、OriHimeを逆にしてみても結構話せるんです。相手からは自分の顔は見られているんだけど、相手の情報がわからないだけで意外と喋ることができるということもわかってきました。まずはそういう子たちがOriHimeを使って何回か会話していると徐々に信頼関係が生まれて、その相手が生身で現れても意外と喋れるんです。そういう子たちが学校へ通えるようになるまでのステップとしても使えるんです。

子どもの教育の現場でもOriHimeは有効利用されている

子どもの教育の現場でもOriHimeは有効利用されている

そのために、学校で使用する際に声を大にして言いたいのは、学校で授業を受けるためだけにOriHimeを使ってほしくないということです。授業を受けるだけなら動画サイトで十分なんですよ。そうではなくて、重要なのは授業以外の時間なんです。授業中も休み時間も繋ぎっぱなしにしておくことが大事。例えばこういうケースがありました。ある不登校の女の子がOriHimeを使って新しい高校に通うことになりました。その初日、先生が「転校生を紹介します」とOriHimeを持って登場すると、歓声が沸き起こり、一躍クラスの人気者になりました。すぐに女の子のグループに入って、休み時間にOriHimeを介して一緒にボードゲームをやったりして、仲良くなりました。その中の1人の友達が、文化祭で一緒に占いをやろうよと、ダンボールで占いの館を作って、猫耳をOriHimeにつけて、占い師っぽくしてくれました。文化祭当日、その不登校の子が家でOriHimeを操作して占いをやったんです。

その子はそういうことを何回か経験するうちに、学校に居場所を感じられるようになって、ある日、実際に生身で学校に行く決意をします。学校に行って、先生から「OriHimeで学校に通っていた○○さんです」と紹介されると拍手で迎え入れられ、すでに友達も何人もいるからそれほど緊張もせず、OriHimeでやってたときと同じようにボードゲームでみんなで楽しく遊びました。そうしているうちに今では普通に生身で学校に通えるようになったんです。

「考えては作る」の繰り返し

──オリィ研究所代表としての日々の業務について教えてください。

患者さんの元に足繁く通う吉藤さん

患者さんの元に足繁く通う吉藤さん

経営者としては今後の会社の方向性を決めたり、新製品の企画などを行っています。もちろん、今でもロボットづくりの実作業もしていますよ。具体的にはCADを描いたりプログラミングをしたり。ヤスリがけなど実際に手を動かして作る部分はアルバイトやインターンの学生たちと一緒にやっています。

また、週に1度は病院や患者さんのご自宅など実際にOriHimeが使われている現場に足を運んで、OriHimeを使用した感想を聞いています。これによって新しい発見やニーズをもらい、OriHimeの改良や新製品の開発に活かしています。

あとは今まで作ったOriHimeを思い返しながら、要素を因数分解して、その要素を他の技術に転用して他分野の問題を解決したり、ニーズを満たすことはできないかと考えたりしています。基本的に考えては作り、の繰り返しですね。

自由な働き方

──働き方としてはどのような感じなのですか?

一応、会社としては9時から19時までが就業時間となっています。でも仕事を始める時間も終わる時間もやることも日によってバラバラです。仕事をしたい時に始めて終えたい時に終えるという自由な感じです。

吉藤健太朗-近影2

ただ毎日9時から朝礼を行うので、その時だけは他の社員と一緒です。朝礼では他の社員がやってることやその進捗状況を確認できるので大事なんですよ。その時間さえみんながいればあとはバラバラでもOKです。だから今日(取材当日)は朝4時に会社に来て仕事をしていました。途中で8時50分に目覚ましをかけて寝て、朝礼をやって、仕事をして取材時間まで仮眠してました。

休日も特には決めていません。休みがあってもやることがないので仕事をしていることが多いですね。去年の年末年始も工房でずっとロボット作っていました(笑)。

本来、私は開発が本分でそれだけやれればいいのですが、最近はいろんな会議や取材が増えて、そちらに時間を取られています。でもこういう取材を受けることで、ALSの患者さんや育児中のお母さんなどいろんな人たちが、孤独を感じることなく働けたり、役割をもてるツールがあるということを知ることができる。そうやってOriHimeの存在が社会に少しでも広まれば、私のやりたいことに繋がりますからね。すごくありがたいと思ってます。

吉藤健太朗(よしふじ・けんたろう)

吉藤健太朗(よしふじ・けんたろう)
1987年奈良県生まれ。ロボットコミュニケーター/株式会社オリィ研究所代表取締役所長

小学5年生から中学2年生までの3年半、学校に行けなくなり自宅に引きこもる。奈良県立王寺工業高等学校で電動車椅子の新機構の開発を行い、国内の科学技術フェアJSECに出場し、文部科学大臣賞を受賞。その後世界最大の科学大会Intel ISEFにてGrand Award 3rdを受賞。高校卒業後、詫間電波工業高等専門学校に編入し人工知能の研究を行うも10ヵ月で中退。その後、早稲田大学創造理工学部に入学。2009年から孤独の解消を目的とした分身ロボットの研究開発に専念。2011年、分身ロボットOriHime完成。2012年、株式会社オリィ研究所を設立。青年版国民栄誉賞「人間力大賞」、スタンフォード大学E-bootCamp日本代表、ほかAERA「日本を突破する100人」、米国フォーブス誌「30Under 30 2016 ASIA」などに選ばれ、各界から注目を集めている。2018年、デジタルハリウッド大学大学院の特任教授に就任。本業以外でも19歳のとき奈良文化折紙会を設立。折り紙を通じて地域のつながりを生み出し、奈良から折り紙文化を発信。著作『「孤独」は消せる。』(サンマーク出版)にはその半生やOriHime制作秘話、孤独の解消に懸ける思いなどが詳しく書かれてある。

初出日:2018.02.14 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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