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2014.09.01  取材・文/山下久猛 撮影/大平晋也

「シェア」をキーワードに活躍

──現在のお二人の活動について教えてください。

猪熊純さん(以下、猪熊) 2007年に成瀬と僕で「成瀬・猪熊建築設計事務所」を立ち上げ、以降、建築設計を主軸に、ランドスケープ、インテリアの企画・設計及び監理、工業デザインの企画・製作などを手掛けています。

成瀬友梨さん(以下、成瀬) その他、私が東京大学で、猪熊が首都大学東京でそれぞれ助教として建築を教えています。


──特に得意としている建築は?

猪熊 一般的な建築設計事務所に比べるとシェアハウスやシェアオフィス、コ・ワーキングスペースを手掛けている割合はかなり多いですね。個人の建築よりは何かしら新しいひとの関わりや集まり方を考えながら空間を作っていく案件が半数以上を占めています。

成瀬 最近はそれが広がって、福祉施設も設計しています。これまで福祉施設を手がけたことがなかったのですが、クライアントさんから「御社に頼むといいものを造ってくれそうだから」みたいな感じで電話がかかってきて(笑)。そのクライアントさんは私たちがこれまで手がけたシェアハウスやコ・ワーキングスペースの紹介記事を雑誌やネットメディアなどで読んで連絡をくれたらしいです。こういうケースってけっこうあるんですよね。

空間と家具デザインを担当した新しい形のシェアタイプSOHO「THE SCAPE (R)」(撮影/西川公朗)


──なぜシェアハウスやコ・ワーキングスペースのようなものを多く手掛けるようになったのですか?

猪熊 10年くらい前、僕らが学生だった頃は「コミュニティ」という言葉自体がウエットすぎて気持ち悪いと思われるような時代でした。例えば集合住宅を設計する課題が出た時、「コミュニティを重視して設計しました」と言うと先生から「この個重視の世の中で、今どきコミュニティなんてものが求められているわけないだろう」と否定されていたのですが、そういう空気感から生まれるものに対して限界を感じていたんです。そういうことが根本にあり、さらに僕らが建築家として独立した頃にシェアハウスが事業として徐々に成り立ち始めていて、シェアハウスに集合住宅の新しい可能性を感じていました。

シェアハウスに感じた新しい可能性

──その新しい可能性とは具体的には?

猪熊 もちろんワンルームマンションは今でもたくさんあって、当時も今も全部がシェアハウスに置き換わるなんて全然思っていません。確か少し前の統計で、単身者が借りているすべての物件の中でシェアハウスが占める割合はわずか0.5%しかないんですよ。あとはワンルームです。だから可能性があるといっても、それが社会を変えてしまうというよりは、一人暮らしの住まいがワンルームしかないという状況が均質すぎておかしい、もっと多様であってもいいよねと。5%くらいはシェアハウスになってもいいだろうという直感めいたものがあったんです。でも、建築家は誰も本格的にシェアハウスを手掛けていなかった。そういう状況を見て、ずいぶん建築業界は世の中の流れから遅れているのかもしれないと危機感を抱きました。

成瀬 私も同じような危機感をもっていて、建築業界でシェアハウスが話題になるのはもっと後のことですが、当時、実際にシェアハウスのようなおもしろい住まいがアート界・不動産業界などから生まれていました。これって絶対おかしいよね、建築業界は遅れてるよねという話を猪熊とよくしていたんです。とはいえ、そのおもしろい建築物は基本的にリノベーションで、いわゆる建築計画的な目線では全然解かれていないものがほとんどだったので、建築の専門家としてそれを解くとどういうものができるのか、プロトタイプとしてどれが本当に一番適しているのかということを専門家の視点で発信することがすごく大事なんじゃないかと思っていました。

猪熊 それでシェアハウスのような新しい不動産ビジネスを始めている人やアート系の人たちにインタビューをするなどして、社会に発信し始めました。当時はまだまだ未開拓な分野で、僕らが興味を持ち始めた頃は全国でシェアハウスのベッド数が1万ほどしかなかったのですが、今後は必ず増えていくだろうと。その過程で我々がきちんとした設計をして、シェアハウスが普及する道筋を整えなければならないという思いで発信していました。

成瀬 最初に自分たちで最も大々的に発信したのは、2010年の秋に新宿のオゾンで開催した展覧会だと思います。そうした中で一般雑誌やWebメディアを皮切りに建築雑誌などから取材依頼が殺到しました。

猪熊 同時に、当時はシェハウスにはこれまでの集合住宅では求められなかった建築家の新しい役割が秘められているとも感じていました。


──その役割とは具体的にはどういうことですか?

猪熊 もちろん一般的なマンションやアパートなどの集合住宅も工夫のしようによっていいものはできますが、既に不動産業界内に、ある程度決まった設計のノウハウが蓄積されています。建築家が時間をかけてアイディアを投入しなくても、成り立つ建物なんです。それに比べるとシェアハウスは管理費に現れているように(※通常のマンションなどに比べて1万円ほど高い)、運営に関する重要度がかなり高いんですよね。共用スペースの掃除の頻度や共用と個人の物の分け方などですごく細かいルール設定が必然的に必要とされます。それらを踏まえて入居者がいかに気持ちよく暮らせるためにどうすればいいかを考えて最適解を出さなければなりません。

これは想像以上に難しく、いろいろなことがわかっていないとすごく使いにくいシェアハウスになってしまう。つまり一般的な集合住宅に比べて専門的な建築設計スキルが相当たくさん必要になってくる。普段から複雑なものを丁寧に一つひとつ解いているという職能がシェアハウスの建築には向いているのではないかと思います。

シェアハウス設計に求められるスキル

──例えば具体的にはどんなスキルや能力が必要になるのでしょう。

成瀬 シェアハウスを運営する方とのコミュニケーションを通じて、細かいところを最後の最後まで詰めていかなければならないので、コミュニケーション能力、特に細やかな気遣いが必要となります。集合住宅は各部屋が壁で仕切られていてその中で個人の生活が営まれていますが、シェアハウスにおいては、個室はありますがキッチン、リビングなどの共用部分は入居者みんなとシェアしています。他人同士が共用部分をシェアしながら、一人でいても違和感がなく、みんなでいても楽しく過ごせるというような、各人が他人との距離感を選択しながら快適に空間を保てるような共用部分の作り方は、普通のマンションの一住戸の中にリビングをどう配置するか、ということを考えるよりも複雑なのです。

建築家がスキルを問われる難しい部分でもあるし、やっていて楽しく、やりがいを感じる部分でもあるんですよね。共用部分を豊かに作ることが物件の価値を高めることにもつながりますし、生活している人たちも住んでいてすごく楽しいと言ってくれるので、自分たちがこれまで積み上げてきた空間設計能力を発揮できる建物だなと。設計していてもシェアハウスの方が集合住宅より楽しいよね?

猪熊 そうだね。それはあるよね。

成瀬 そんなことをしているうちにシェアハウスやコ・ワーキングスペースの設計依頼が多くなっていったのです。

猪熊純(いのくま じゅん)
1977年神奈川県生まれ。一級建築士/成瀬・猪熊建築設計事務所共同代表/首都大学東京助教。

東京大学工学部建築学科、東京大学大学院工学系研究科建築学修士修了後、千葉学建築計画事務所へ入社。2年間勤務後、07年成瀬友梨と成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。成瀬とともに、主にシェアハウス、シェアオフィス、コ・ワーキングスペースなどを手掛ける。08年から首都大学東京助教。1児の父。

成瀬友梨(なるせ ゆり)
1979年愛知県生まれ。一級建築士/成瀬・猪熊建築設計事務所共同代表/東京大学助教。

東京大学大学院博士課程単位取得退学後、05年成瀬友梨建築設計事務所を設立。07年猪熊純と成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。10年から東京大学助教。

受賞歴:JIA東海住宅建築賞 優秀賞(2014年)、 グッドデザイン賞(2012、2007年)ほか多数。 メディア掲載、講演、シンポジウム出演、審査員経験多数。共著に『シェアをデザインする:変わるコミュニティ、ビジネス、クリエイションの現場』(学芸出版社)、『やわらかい建築の発想‐未来の建築家になるための39の答え』(フィルムアート社)などがある。 東日本大震災で被災した陸前高田では、支援でコミュニティカフェ「りくカフェ」の設計、運営を担当。現在本設のカフェとして建て替え中だが、工事費の高騰で費用が足りず、備品費を集めるためにクラウドファンディングを行っている。2014年10月5日にオープン予定。

初出日:2014.09.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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