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2014.09.01  取材・文/山下久猛 撮影/大平晋也

KOILで大きく成長

──なるほど。興味深い発見ですね。これは実際に手掛けてみないとわからないことですよね。

猪熊 イノベーションセンターがすごく特殊な機能からスタートしているようで、実は働くということの本質はここにあるかもしれないですよね。ワーカーの気分に合わせて、あるいはミーティング人数に合わせていかようにでも使いこなせる場がひとつの建物の中に全部そろっていることの方がよっぽどフレキシブルであるということから、オフィスの設計のあり方が全然違うフェーズに動きつつあるんだなとわかった。また、スペースに配置する家具の大きさや距離感など、言葉では言い表せない、自分の手で身につけた感覚を得られたことも大きいですね。

成瀬 私も猪熊と同じで、三井(不動産)さんやロフトワークさんとミーティングを重ねていくうちに、場所の性質が見えてきて、素材や壁の色など、当初考えていたプランから少しずつ、その場に最適なものに変化していきました。特に色に関する新しいスキルというか感覚が身についたかなという手応えはあります。次に作るものはそれらのスキルや感覚が生かせるので、大きなアドバンテージだと思いますね。

私たちが壁や天井の仕上げにあそこまでたくさん色を使ったのは初めてだよね。設計途中で全部変えてみたけどどうなるかな、幼稚園みたいにならないかなとちょっと不安もあったけど(笑)。できてみたら全然違和感がないよね。

猪熊 利用者の皆さんもすごく気持ちいい空間だって言ってくださるのでうれしいですね。

働く場の枠組みを壊す

──確かに働く人のことを思って空間を作るということが、本当の働く場のあり方だと思います。それをソフトの部分で、これからのオフィスの作り方という意味で訴えたいことは?

猪熊 確かにこれまでのオフィスの、伝統的に決まってしまっている枠組みをいかに崩すかということは僕らも日々考えています。いずれ戦略を立ててやらなければならないと思っていることのひとつでもあります。


──コ・ワーキングスペースじゃなくても、働く場所ならどこも同じだから他のオフィスでもできていいはずですよね。

猪熊 コ・ワーキングスペースの利点はドロップインでもいいですし、会社に勤めながらサブのワークプレイスとして借りたりもできること。そういうことを体験する人が増えると、こういう場で働くということがありえるのかということがわかる。ユーザー側のニーズ開拓が進むと、一般的なワーカーが自分たちの仕事場にも興味が行き始めるはず。その流れで、新しいオフィスを作るときにはワーカー視点に立って、少し内装を頑張ってみるかという会社が増えてくるとおもしろいなと思います。

そもそもKOILのようなイノベーションセンターが必要とされているのは、これまでの働き方ではイノベーションが生まれないからという危機感から。同じように、個別の企業の内部でも、そうした改革をしなければと気付き始めたところから、徐々に働く空間のあり方も改変しながら組織を再編するというような動きが出てくると思うんですよね。そうなってくると本当におもしろい。イノベーションセンター自体はまだ日本に数えるほどしかなくて、今後も急激には増えないでしょう。特にKOILのような3000平方メートルクラスになるとなおさらです。しかし、そういうものに刺激を受けた普通のオフィスはもっとたくさん変わってもいいはずだと思います。ある意味先駆者として今後そういったものを作っていきたいですね。

新しい空間のロールモデルを生み出す

成瀬 人は見たこともないものをほしいとはなかなか思いませんからね。マネジメントする側もうちの会社は最近風通しが悪いなと思ったときに、朝のミーティングなどソフトの部分でいろんな取り組みをしていると思いますが、そういうことがよりやりやすい空間があると導入してみたくなりますよね。そういう人が増えれば、とてもうれしいですよね。

猪熊 ローレンツ・レッシグによれば、人の行動を制約する4つの要素は「法律」「慣習」「経済」「建築」。現状を変えたいときはこの4つのうちの何かを変えることが有効ということになるので、例えば朝ミーティングをしようと慣習を変えることで現状打破を目論むというのもありです。ただこの4つのうちどれを使ってもいいはずなので、空間を変えてしまった方が効率がいいと判断される場合ならそうすればいい。複数ある選択肢の中でまずはどれを選ぶのが正解かを冷静に選べるようなトップの人がいる会社が増えればおもしろくなるだろうなと思います。

仕事とプライベートの境界が曖昧に

──働く場所や住む場所は、働き方、生き方と密接につながっていますよね。現在の建築の潮流の最先端で仕事をされているお二人が、今感じている、世の中の働き方、生き方のトレンド、あるいはこれから世の中の人々の生き方、働き方はこんなふうに変わっていくだろうと感じていることがあれば教えてください。

設計を手がけたコ・ワーキングスペースのイベントで講師を務めることも(写真提供:FabCafe Tokyo)

猪熊 今まで働くという行為と、それ以外の私生活の部分ははっきり別れていたと思うんですが、最近は仕事とそれ以外が融合し始めている。例えば、朝出社前や土日に、いろいろな勉強会に参加する人が最近増えていますが、これは、仕事のためか自分個人のためかを分けようとしてもなかなか難しい。我々の仕事もそういう働き方が性に合うのは確かで、土日に友達が設計を手がけた建物のオープンハウスなどに行くと、そこでなんやかんやと勝手に批評する。それは仕事なのか趣味なのかよくわからない(笑)。

成瀬 そうだね(笑)。

猪熊 大学の製図室も、まさに仕事とプライベートが融合している場。図面を書いて、議論して、講評会もする他、人によっては食べたり寝たりもその部屋で行う。教員としては悩ましいですが。そうなると製図室はもうスーパーマルチスペースなんですよ。それがもう少しきれいになれば、どこよりも進んだワークプレイスになる。

猪熊純(いのくま じゅん)
1977年神奈川県生まれ。一級建築士/成瀬・猪熊建築設計事務所共同代表/首都大学東京助教。

東京大学工学部建築学科、東京大学大学院工学系研究科建築学修士修了後、千葉学建築計画事務所へ入社。2年間勤務後、07年成瀬友梨と成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。成瀬とともに、主にシェアハウス、シェアオフィス、コ・ワーキングスペースなどを手掛ける。08年から首都大学東京助教。1児の父。

成瀬友梨(なるせ ゆり)
1979年愛知県生まれ。一級建築士/成瀬・猪熊建築設計事務所共同代表/東京大学助教。

東京大学大学院博士課程単位取得退学後、05年成瀬友梨建築設計事務所を設立。07年猪熊純と成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。10年から東京大学助教。

受賞歴:JIA東海住宅建築賞 優秀賞(2014年)、 グッドデザイン賞(2012、2007年)ほか多数。 メディア掲載、講演、シンポジウム出演、審査員経験多数。共著に『シェアをデザインする:変わるコミュニティ、ビジネス、クリエイションの現場』(学芸出版社)、『やわらかい建築の発想‐未来の建築家になるための39の答え』(フィルムアート社)などがある。 東日本大震災で被災した陸前高田では、支援でコミュニティカフェ「りくカフェ」の設計、運営を担当。現在本設のカフェとして建て替え中だが、工事費の高騰で費用が足りず、備品費を集めるためにクラウドファンディングを行っている。2014年10月5日にオープン予定。

初出日:2014.09.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの