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2014.09.01  取材・文/山下久猛 撮影/大平晋也

仕事における役割分担

──お二人で建築設計業務を行う上で、役割分担的なものはあるのですか?

猪熊 まずは、基本的に会社なので仕事の依頼が来たら内容を吟味して受けるべきかどうかという話はもちろん2人で絶対にします。お金のことも、工期のこともあるし、スタッフの誰をつけるかという問題もありますからね。プロジェクトへの取り組み方に関しても基本的な役割は同じで、構想を含めた設計のフェーズは一番重要な部分なので2人ともフルにコミットします。ただ、図面が出来上がって、施工フェーズに移行すると、主に僕が建築現場に通います。2人ともそこに時間を割いてしまうと他のプロジェクトが止まってしまうので。


──では例えば猪熊さんだけがプロジェクトを担当することはないのですか。

猪熊 ごくまれに、成瀬がどうしても動けないときなど、僕だけでやることもありますが、9割方は一緒にやっています。

KOILの設計を担当

──お二人でどのように仕事を進めているのかを実際の建築例を元にうかがいたいのですが、お二人は今年4月に千葉県柏市にオープンした日本最大規模のコ・ワーキングスペースやデジタル工房を含むイノベーションセンター「KOIL」の設計を手掛けられています。設計から完成まで、どんな感じで関わったのですか?

日本最大級のコ・ワーキングスペースやデジタル工房を含むイノベーションセンター「KOIL」(撮影/西川公朗)

猪熊 正確にいうと、ビルの4~6階が「KOIL」で、我々が担当したのは6階のイノベーションフロアという約3000平方メートルのスペースです。まずは構想段階から事業主体の三井不動産さんや全体のプロデュースを担当するロフトワークさんたちと、この場をどういうものにするべきかということをかなり議論しました。

成瀬 コンセプトがある程度決まったら、事務所内の作業机に図面を並べ、スタッフ含めてみんなでアイディアを練ります。私たちはいわゆる「巨匠スケッチ」はあまりしないし、もちろん自分たちでCADなどを使って図面を引くこともしません。進め方としては私たち2人で基本的なコンセプトを決めて、それを元にスタッフに図面を引くように指示します。上がってきた図面を元に、皆で話し合いながら完成度を高めていきます。

猪熊 そうやって僕らの事務所内で作った図面や模型を持参して打ち合わせに臨みました。打ち合わせは、こちらサイドで決めてしまったものを元に進めるというよりは、あらかじめ議論の的になりそうな場所を見つけて複数案作成した模型や図面を元に議論を重ねていきました。みんなで話し合うためのコミュニケーションツールとして模型や図面などを使うという感じですね。一番重要なのは、「どうすれば運営する方が3000平米をフルに使いこなせるか」なので、例えば各スペースの配置も図面を4、5案作って持参して、この部屋とこの部屋を近くするとこういうイベントができそうとか、ここのスペースが大きくなるとこちらに人を導き入れやすくなりそうといった議論をその都度ひたすら繰り返しました。

成瀬 KOILは過去に前例がない施設なので、三井不動産やロフトワークの担当者を始めとしたステークホルダーの皆さんと、図面や模型を前にしてよく考え込んでいました。私たち自身も複数案作る中で、一番推したい案はありますが、打ち合わせでいろいろな人から話を聞くと別の案に変わったりしていきました。

猪熊 我々はどこで議論をすべきかというタイミングと、議論の内容のデザインをしていたという感じで、最終的にはみんなで決めました。

成瀬 あとは、ほとんどのデスクやテーブルをデザインしました。いったい幾つしたか、自分でもわからないほどに(笑)。


──できには満足していますか?

猪熊 とても居心地のよい空間になったと思います。事務所の近くにKOILがあればずっとそこで仕事していると思います(笑)。

誰のための空間か

──KOILを手掛けてよかったと思う点は?

猪熊 出来上がってみてすごくおもしろいと思ったのが、普通のオフィスとあらゆる意味で逆をやっているという点です。例えば一般的なオフィスって、同じ照明や機能が均一についているシステム天井というのがお決まりの造りになっています。このようにある種の利便性・合理性を追及して普通のオフィスは設計されているわけですが、さまざまな人びとが仕事をする場であるイノベーションセンターはそうはならなかった。イノベーションセンターが最も合理的に駆動するためには、ということを突き詰めた結果、ほとんどシステム天井はなくなりました。


──それはなぜですか?

猪熊 それぞれの部屋に特徴的な機能を持たせようとすると、音環境的には部屋同士が切れている必要があり、音が天井裏で伝わってしまうシステム天井では都合が悪いのです。またシステム天井を止めることで、仕上げの制約も減り、セメント板や配管むき出しというデザインができたりと、バリエーションが増えました。

成瀬 例えば天井の高さも、集中する場所はちょっと低くして、開放感がほしいところは高くしています。壁の仕上げも、普通のオフィスは白ですが、気分が高揚する方がいい場所は暖色系を入れたり、集中する場所はグレーなど落ち着いた色にしました。照明も、暖色系から白色まで、使い分けています。そうすることによって、部屋ごとに個性の違う、かなり多様性のある空間を生み出すことができました。

猪熊 結果的に白くてプレーンでユニバーサルなオフィスを全部ひっくり返したようなスペースになったというのはすごくおもしろいですね。終わってみると、一般的なオフィスが管理する側にとってのものでしかないんだなということがよくわかりました。管理者目線からすると、どんな会社が入居しても、間仕切りを変えることで簡単にオフィスが作れるので楽でいいのですが、働いている人にとってはどの部屋に行っても同じ環境で全然おもしろくないし、そこそこ集中はできるけれど、息抜きしたいときは喫煙室に行くか、外に散歩に行くしかない。一般的なオフィスには、使う側、ワーカーにとってのフレキシビリティは全然ないんだなということが今回KOILを手掛けてみてわかったんです。

猪熊純(いのくま じゅん)
1977年神奈川県生まれ。一級建築士/成瀬・猪熊建築設計事務所共同代表/首都大学東京助教。

東京大学工学部建築学科、東京大学大学院工学系研究科建築学修士修了後、千葉学建築計画事務所へ入社。2年間勤務後、07年成瀬友梨と成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。成瀬とともに、主にシェアハウス、シェアオフィス、コ・ワーキングスペースなどを手掛ける。08年から首都大学東京助教。1児の父。

成瀬友梨(なるせ ゆり)
1979年愛知県生まれ。一級建築士/成瀬・猪熊建築設計事務所共同代表/東京大学助教。

東京大学大学院博士課程単位取得退学後、05年成瀬友梨建築設計事務所を設立。07年猪熊純と成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。10年から東京大学助教。

受賞歴:JIA東海住宅建築賞 優秀賞(2014年)、 グッドデザイン賞(2012、2007年)ほか多数。 メディア掲載、講演、シンポジウム出演、審査員経験多数。共著に『シェアをデザインする:変わるコミュニティ、ビジネス、クリエイションの現場』(学芸出版社)、『やわらかい建築の発想‐未来の建築家になるための39の答え』(フィルムアート社)などがある。 東日本大震災で被災した陸前高田では、支援でコミュニティカフェ「りくカフェ」の設計、運営を担当。現在本設のカフェとして建て替え中だが、工事費の高騰で費用が足りず、備品費を集めるためにクラウドファンディングを行っている。2014年10月5日にオープン予定。

初出日:2014.09.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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