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2014.05.01  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

統括責任者としての仕事

──米良さんはREADYFOR?の統括責任者として、日々どのような仕事をしているのですか?

ひと言でいえば「何でも屋さん」ですね(笑)。最も重要な役割は事業戦略の立案ですね。READYFOR?を今後さらに大きくしていくための方法を考えています。そのために、一つひとつのプロジェクトをきちんと遂行させることも重要です。各プロジェクトマネージャーと密にコミュニケーションを取り、プロジェクトの進捗状況を随時確認したり、問題が起こったら即対応したりしています。また、システム面でも、READYFOR?をユーザーにとってより使いやすいサービスにするための仕組みを考えています。デザイナーやシステムエンジニアと話し合い、デザイン面とプロダクト面の両方においても方針を決めています。

さらに、プロジェクトの実行者をサポートするキュレーターに、過去の経験からこうやったらもっとおもしろいとか、資金をもっと集められるというアドバイスをしています。元々アイディアを練ったり何かを企画したりするのが好きだし得意なので、半分趣味みたいな感じでやってます(笑)。私自身も、目標金額が高く規模が大きいプロジェクトやREADYFOR?にとって効果的なプロモーションになるようなプロジェクト、次のプロジェクトのお手本になるようなプロジェクトには実際にキュレーターとして入ることもあります。

その他、マッチングギフトサービスなどの企業とのパートナーシップ、マーケティング、プロモーション、人材採用、会計などの他、取材対応などの広報活動、講演、ワークショップなどで全国を飛び回っています。

講演中の米良さん

──まさにプレイングマネジャーという感じですね。米良さんはREADYFOR?を立ち上げたということですが、ご自身で起業しているわけではないんですね。

READYFOR?はオーマ株式会社という会社がもっている2つのWeb事業のうちのひとつとして運営されています。私は学生時代からオーマを立ち上げた東京大学大学院工学系研究科准教授の松尾豊先生に師事し、研究のお手伝いをしたり、Webサービスを一緒につくったりしてきました。大学院3年生のときにREADYFOR?を立ち上げたときも起業するつもりはなかったので、学生時代からお世話になったオーマの中でやらせてもらい、大学院を卒業するタイミングでREADYFOR?の統括責任者としてそのままオーマの取締役に就任したというわけです。いわばREADYFOR?という会社の経営者のようなものなので、何でもやらなければならないのです。

卒業後、いきなり取締役に

── 一般的な社会人は新入社員として会社に入ると新人研修を受けて、部署に配属されると先輩社員の下で雑用から始めて徐々に仕事を覚えていくと思うのですが、卒業と同時に取締役に就任し、いきなりREADYFOR?の統括責任者として仕事をするのはかなりたいへんなことだと思うのですが。

最初の2年間はものすごくたいへんでした。ビジネスの実務的なことは何一つわからなかったし、教えてくれる人もいなかったので。例えば何かの書類を作成するときもフォーマットなんてないからいちから自分でつくらなければなりません。それがすごくたいへんで。最初の2年間はいろんなフォーマットをつくるという作業にほとんど費やしたと思います。大企業に入って、先輩や上司からいろいろ教えてもらえる同級生がうらやましかったですね。その他、会計、スケジュール管理、営業の仕方、契約書のつくり方、マネジメントの仕方などなど、一つひとつ自分で勉強して覚えていきました。

当然最初は失敗もたくさんしましたよ。1年も経っているのに何にも進まないという案件も普通にありました。それでも現場では私の上には誰もいないので、誰かに怒られるわけでもないし、逆に成果が出てもほめられるわけでもないので孤独でしたね。すべて一人でトライ&エラーを繰り返しながら進んできたわけですが、もっとこういうふうにやればよかったんだなとわかるのはかなり後になってからなんですよね。今3年目なのですが、最初の2年間は答えがまったくわからなくてしんどかったですね。

今になって思うのは、つくりたいものがあるなら、それに関することは基本的にすべて勉強しておかないと、なかなか前に進まないということですね。すごく苦手で嫌な仕事、こんなことをするためにREADYFOR?を立ち上げたわけじゃないと思うような仕事はたくさんありましたが、大きな目標をクリアしたいと思うのであれば、そのくらいのことはささっとやれるようにならなくてはいけないなと今、痛感しています。今でも憂鬱になる仕事はたくさんありますが、あえて真っ暗な部屋でやったり、逆に好きな音楽をかけるなど、環境を変えることで気分を盛り上げ、あまり気乗りしない仕事にも前向きに取り組むようにしています。

また、立ち上げ当初は批判を浴びたりして、こんなことをして何になるんだろうというマイナス思考に陥ったりしてとてもつらかったです。

日本人最年少でダボス会議に参加

──そんなつらい局面をどうやって乗り越えたのですか?

2012年、日本人最年少でダボス会議の出席メンバーに選ばれた

自分が手掛けている仕事がなにがしかの成果につながったということだけを原動力にして頑張っていました。また、2012年に参加したダボス会議がひとつのきっかけにはなりました(※編集部注:米良さんは世界経済フォーラムグローバルシェイパーズ2011に選出され、日本人史上最年少でスイスで行われたダボス会議に参加)。私はたまたまラッキーで参加できたのですが、ダボス会議には数ある社会問題に対してさまざまな角度から取り組んでいるいろんな国の人がいて、みんな自分を信じて、実現したいことに対してできる限り、精一杯取り組んでいました。そんな彼らと出会うことによって、私自身もそういう人でありたいと思ったのと同時に、当時抱えていたもやもやとしたものが晴れてまた前を向いて進んでいけるようになりました。参加できて本当によかったと思っています。

ダボス会議出席メンバーと

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米良はるか(めら はるか)
1987年東京都生まれ。READYFOR?代表/オーマ株式会社取締役

慶應義塾大学経済学部に在学中、「あのひと検索スパイシー!」の開発に携わり、「あのひと応援チアスパ!」を立ち上げる。卒業後は、2012年同大学院メディアデザイン研究科に進学。米スタンフォード大学に留学し、クラウドファンディングサービスの研究に没頭。帰国後、2011年3月、日本初のクラウドファンディングサービスREADYFOR?を立ち上げる。以後、READYFOR?の統括責任者としてチームを牽引、日本最大のクラウドファンディングサービスにまで育て上げる。2012年には世界経済フォーラムグローバルシェイパーズ2011に選出され、日本人史上最年少でダボス会議に参加。「国・行政のあり方に関する懇談会」のメンバーも務めている。

初出日:2014.05.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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