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2013.12.15  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

ランサーズ立ち上げの原体験

──インターネット、そしてクラウドソーシングサービスがここまで成長するという可能性を感じた、その先見の明がすごいと思います。

学生のとき、インターネットに初めて触れた衝撃はいまだに鮮明に覚えています。当時は何かを調べようと思ったら、まずは図書館や書店まで出かけて行って資料を探し出し、そこから調べないといけなかった。でもインターネットの出現で、ヤフーやGoogleなどの検索サイトのウインドウに言葉を打ち込むだけでそれに関するものが一瞬で何万件と出てくる。「なんだこれは!」と本当に驚きました。

それで自分でもネットの世界を体験してみたいとパソコンを買ってホームページを作ってみたわけです。作るからにはかっこいいものをと思っていろいろ創意工夫して当時としてはまあまあかっこいいものができました。するとある日、私のホームページを見た広島の会社の社長さんから「我が社のホームページをもっとかっこよく作り直してほしい」というメールが届きました。もちろん全然知らない赤の他人ですが、自分のセンスが認められたような気がしてうれしくなって作ってあげました。そしたらその社長さんは「すごくいいホームページを作ってくれてありがとう、君にお願いしてよかった」ととても喜んでくれて、さらに「御礼に制作費を振り込みたいから振込口座を教えてほしい」と言ってきたんです。

当時のインターネットはまだあやしさ満点の世界だったので、口座番号なんて教えて大丈夫かなと不安で最初は教えませんでした。でも再三教えてほしいというメールが来たのでまあ悪い人じゃなさそうだし大丈夫かなと思って教えたら、指定の口座に5万円を振り込んだというメールが来ました。本当かなと半信半疑で銀行に行って通帳に記帳するとその会社から本当に5万円が振り込まれていたんです。驚きましたが、それでもまだ信じられなくて、この5万円、本当に引き出せるのかなと思って引き出しボタンを押すと本当に5万円出てきて、うわっ! 本当におろせた! みたいな。当たり前なんですけどね(笑)。

この経験もかなりの衝撃でした。僕にとってはホームページを作る作業は仕事でもなんでもなくて、ゲームをするような感覚で、それなのに5万円も振り込まれていた。当時はファミリーレストランでアルバイトをしていたのですが、時給700円で1ヶ月頑張って働いてやっともらえるバイト代が5万円だったんです。

いや、5万円という額よりも、自分自身が好きなホームページ作りをゲーム感覚で楽しみながらやったら、会ったこともない人にすごく感謝されてお金をいただいた。この経験で、インターネットってすごい可能性を秘めているなと身をもって実感したわけです。


──なるほど。それが原体験としてあるんですね。

そうです。インターネットビジネスにはまっていったのも、ランサーズを始めたのも、突き詰めればこれが原体験ですね。あのときのあの自分が感じたインターネットの可能性。クラウドソーシングってインターネットそのものなんですよね。企業が会ったこともない個人に仕事を依頼して、個人もそれに応えてちゃんと仕事をして、その報酬としてお金をもらえてお互いハッピーみたいな。

ですから、確かにそこにニーズがあることは確信していましたが、ビジネスとして儲かりそうだという先見の明があったというよりも、自分で体験してすごいと思ったのでそれをもっと多くの人に知ってもらいたい、社会に広めたいという方が感覚としては近いですね。

苦しかった2年間

──ランサーズはスタート当初から好調だったのですか?

いえいえ、とんでもない。立ち上げてしばらくは苦しい状態が続きました。何をやってもうまくいかず、毎朝目を覚ますたびに憂鬱な気持ちになっていました。社長という立場でしたが、つらすぎて会社に行きたくないと思ったり、会社も社長も辞めてしまおうかと悩むくらい追い込まれていた時期もありました。

でも最初に会社を立ち上げると決めた時のワクワク感とかランサーズのもっている可能性を考えると、やっぱりまだあきらめたくない、もう少しだけ頑張ろうと歯を食いしばって耐えて日々の業務に打ち込みました。すると2年くらい経った頃から徐々に業績が上向いてきたんです。


──業績が上向いたきっかけはあったのですか? こういうことをしたから伸びたというような。

特にきっかけのようなものはないんですよね。日々、ユーザーから求められていることを地道にやっていくうちに徐々に向上して現在に至るというのが正直なところなんです。

口コミの力

──マスコミに取り上げられてから伸びたというようなことも?

確かに各種メディアに取り上げられると一瞬は伸びますが、すぐにまた元に戻るんですよ。ちなみに集客という意味で最も反響が大きかったのはヤフートピックスのトップにランサーズの紹介記事が掲載されたときです。

ですから本当にただ地道にユーザーにとって使いやすいサービスを作ろうと努力していった結果、口コミで広がっていったという感じなんです。


──具体的にはどういうことをしたのですか?

クラウドソーシングサービスを大きくするためには、まず良質なクライアントを集めることが必要不可欠なので、それに専念しました。クライアントが増えれば仕事がほしい人も増えますからね。でも企業を回ってランサーズに仕事を登録してくださいと営業したわけではありません。集客はあくまでも、インターネット上だけで行いました。といってもそれもごくわずかで、やはり1度ランサーズを使って満足していただいたクライアントが繰り返し使っていただいたこと、そして他の企業にランサーズを使ってうまくいったと宣伝してくれたことで徐々に増えていき、それにともなって良質なフリーランサーも増えていったのです。

秋好陽介(あきよし ようすけ)
1981年大阪府生まれ。ランサーズ株式会社代表取締役社長。

20歳のときに初めてPCを購入し、自力でホームページを制作。以降、広告収入や受託開発などインターネット関連ビジネスで個人事業主として年間数千万円の収入を得る。2005年、ニフティ株式会社に入社。Webプロデューサーとして複数のインターネットサービスの企画運営を担当。2008年4月ニフティを退社し、起業。同年12月に「時間と場所にとらわれない新しい働き方」の創出を目指して国内初となるクラウドソーシングサービス「ランサーズ」を立ち上げる。現在では同種のサービスがいくつか存在するが他の追随を許さないほどの圧倒的シェアを誇る。2013年1月、日本テレワーク協会「第13回テレワーク推進賞」の会長賞受賞。

初出日:2013.12.15 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの