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2017.10.23  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

高校中退・不登校・ひきこもり専門の学習塾

──安田さんが起業した「キズキ」の事業について教えてください。

安田祐輔-近影1

形態としては株式会社とNPO法人の2つがありますが、どちらもミッションは同じで「何度でもやり直せる社会を創る」。そのために活動しています。

株式会社の方では主に5つの事業を展開しています。まずメイン事業となるのが不登校、高校中退経験者、ひきこもり状態の若者などを対象に、1対1の個別学習指導を行う「キズキ共育塾」の運営です。「キズキ」という名称には、自分の可能性に「気付き」、自分の将来を「築く」という2つの意味が込められています。現在、教室は代々木、秋葉原、大阪の3つがあり、今年(2017年)11月には池袋校もオープンします。

2011年の設立以来、生徒数は順調に伸びて現在は250名ほど。塾は10時から21時まで開いているので、「生活リズムを整えたいから朝から授業を入れたい」「仕事が終わってから通いたい」など、自分のスタイルに合った時間割を組むことが可能です。そのため、中学生から社会人まで幅広い層から利用していただいており、生徒さんの92%が新たな進路を見つけるまで継続して通塾しています。長年引きこもっていた子も、大学に入学し、見違えるように人生を楽しんでいる子がたくさんいます。講師の約半分は高校中退者や元ひきこもりなので生徒の気持ちがよくわかるんです。もちろん、中退・ひきこもり経験がなくても適切な指導ができる講師もたくさんいます。


──不登校やひきこもり状態の若者は勉強を教える前にコミュニケーションに問題を抱えているように思います。彼らをマンツーマンで教えるというのはかなり難しいのでは?

そうですね。もちろん普通に学校に通えている子を教える方が楽かもしれません。例えば入塾したばかりの子は塾に来ても緊張で手が震えてうまく話せない子も多いので、まずは普通に話ができるようにリラックスできる雰囲気づくりを心掛けています。なかなか勉強モードに入れないので、始めのうちは「この1週間、どうだった?」という雑談をするだけの子もいます。また、多くの子は継続して通うことが難しいんですね。2回に1回しか来られない子もいるし、予約を入れていても突然今日は休みますという子もいる。そういう子たちでも急かせず、じっくり時間をかけて支援する必要があるんです。

高校中退の子はそのままでは中卒になるので、就職先がものすごく限られてしまいます。よっぽど秀でた才能を持っていなければ、事実上、肉体労働以外の就職はなかなかできません。ゆえに肉体労働が向かない子は、高校に入り直すか、専門学校か大学に入るしかない。キズキに通う子たちは、はじめは雑談から入って進路相談とかカウンセリングみたいな感じで話して、段々勉強モードに移行していくという子が多いですね。また最近は、高校を不登校になった後で「通信制高校」に転学した生徒さんも増えています。

希望を見せるために

──具体的には彼らにどういう話をして、勉強モードにもっていくのですか?

安田祐輔-近影2

ひきこもりや高校中退の子って人口全体の数%しかいなくて、周りのほとんどの友達はみんな普通に学校に通って卒業しているから、自分はなんてダメな人間なんだと思い込んでいるんですね。だから他人と数年ぶりに会った時、ずっと下を向いていたり手が震えちゃう子がいたりするわけですよ。自分に全く自信をもてなくなってしまっているので。だからまずはどう自分自身を肯定してもらうかがとても重要です。支援というのは相手に希望を見せることがすごく大事なので。

例えば高校中退して21歳までひきこもってきたある子は、もう自分の将来は真っ暗だ、生きていても意味がないと信じています。インターネットの変な掲示板とかに21歳で大学に入っても就職なんてできないと書いているし、親や先生もそのままではダメだと言っちゃう。だからどんどん自信をなくしていく。

だから僕らは、「確かに昔はそういう時代もあったかもしれないけれど、今は人より3、4年遅れても全然大したことないよ」と言ってあげるんです。例えば、「うちには4年くらい不登校でひきこもりだったけど、キズキで勉強して大学に受かって今すごく楽しくやっている講師がいるよ」とか「大学時代にひきこもって2回中退して、30歳前後で大学を卒業した人でも、さまざまな塾で先生をして、40歳の時にうちに入社して楽しく働いている社員もいるよ」などと具体的なロールモデルを示してあげるんです。そうすると、人より数年遅れたって人生が終わるわけじゃないってことが納得できて、この先の自分の人生に希望がもてるわけです。


──希望がもてると勉強を頑張ろうと思えると。

その通りです。何事も無理だと思ったら頑張れないじゃないですか。仕事でもあまりに目標のハードルが高いとチャレンジする気さえ起きませんよね。何とかなるかもと思えて初めてチャレンジできるわけなので、ハードルがそれほど高くないということをどれだけ伝えられるかがポイントで、彼らと話す時に意識している点ですね。とにかく絶望感しかない子どもが前向きになってくれればという思いでやっています。

キズキ共育塾のスタッフ

キズキ共育塾のスタッフ

「今から死にます」という生徒も

──勉強モードに入ったら一安心という感じですか?

いえ、まだまだ安心はできません。生徒たちから「今から死にます」みたいな電話が時々かかってきたりもします。そういう子にはベテランの社員が対応しています。


──職員の約半分が元ひきこもりだから、生徒の気持ちがわかって適切な対応ができるってことなのでしょうか。

いや、それはあまり関係ないと思いますね。気持ちがわかるからよくないこともたくさんあるんですよ。メンタルに問題を抱える人への支援は論理的に行われるべきで、心理学やカウンセリングの世界では相談者に感情移入することは絶対してはいけない、とされています。「君の気持ちはよくわかるよ、一緒に悩もう」となると共依存の関係になってどんどん泥沼にハマっていきます。

だから現場に立った時は何とかしてあげたいという気持ちは大事にしつつ、この人には何が必要か、どんな言葉をかけたら元気になってくれるだろうかと論理的に考え、淡々と会話を進めていくことの方が大事なんです。

一人ひとりの心に寄り添う

──ほかに生徒を支援する上で心掛けている点はありますか?

キズキ共育塾では生徒の心に寄り添った1対1の個別指導を行っている

キズキ共育塾では生徒の心に寄り添った1対1の個別指導を行っている

基本的に、支援というのは他人に合わせてやるもので、自分がこうしたいという思いはいらないと思っています。ですので、一人ひとりの気持ちに寄り添った指導をすることを心掛けています。

例えば学校自体が好きだから先生になった人の場合、学校に行けなくなった子に「どうして学校に来ないの? 学校というのは行くもんだ」と上から言いがちです。また、普通の塾なら「君は偏差値55だから狙えるのはこの大学ね」と言う講師も多い。でもうちの講師には絶対それをやらないでくださいと伝えています。

コミュニケーションが得意な子は文系の私大に行ってもいいけれど、人と接するのが苦手な子には確実に今後30年食っていける資格が取れる大学を勧めた方がいいかもしれない。例えば23歳で大学受験をやり直したいという人には、これから有名大学に入れたとしても古い日系大企業入社を目指すのは現実的ではないけれど、公務員試験とマスコミは間に合うとかベンチャーなら年齢はあまり関係ないから行けるかもねという話をよくします。

つまり最終的な目的は生徒を大学に入れることではなく、1人ひとりがちゃんと自立して生きていけるような力をつけてもらうこと。そのサポートすることをすごく意識してます。

ですので、こちら側から一方的に生徒に指示、強制するのではなく、話し合いながら、進路はこっちがいいんじゃない? という感じで決めています。

安田祐輔(やすだ・ゆうすけ)

安田祐輔(やすだ・ゆうすけ)
1983年神奈川県生まれ。キズキ代表

藤沢市の高校を卒業後、二浪してICU(国際基督教大学)教養学部国際関係学科入学。在学中にイスラエル人とパレスチナ人を招いて平和会議を主催。長期休みのたびにバングラデシュに通い、娼婦や貧困層の人々と交流を重ねることで、人間の尊厳を守る職に就きたいと決意。卒業後は商社に4ヵ月勤務したがうつ病で退職。1年のひきこもり生活を経て、2011年キズキを設立。代表として不登校・高校中退経験者を対象とした大学受験塾の運営、大手専門学校グループと提携した中退予防事業などを行なっている。

初出日:2017.10.23 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの