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2014.02.17  取材・文/山下久猛 撮影/葛西龍

まずは自動車整備士としてスタート

──前回のインタビューでは主に現在のお仕事についてうかがいましたが、後編ではまず現在に至るまでの経緯について教えてください。石井さんは神奈川県相模原市のご出身なのに、なぜ長野県の黒姫に移住してアファンの森の番人をするようになったのですか?

僕は中学を卒業後、いろいろとありまして高校へは行かずに車の修理工場で整備士として働き始めました。これが社会に出て初めて就いた職業で、その後も10年ほど続けました。


──そうなんですか。現在の森のお仕事とはずいぶん違いますね。

元々バイクなどメカが好きでしたからね。自動車修理の仕事自体はおもしろかったですよ。調子の悪かった機械が、自分が手を加えることによって良くなることのうれしさや喜びは森の仕事と通じるものがあります。

日本一周ツーリング中の石井さん

バイクで自然が豊かなところに出かけるのが好きで、休暇にはバイクで北海道や信州などに何度も通いました。通ううちに徐々に田舎暮らしへのあこがれが芽生え始めました。24歳の時、仕事を辞めてバイクで日本一周もしたのですが、そのときに、北海道の民宿で2ヶ月間住み込みで働きました。その民宿は畑をもっていて有機農法に取り組んでいたり、羊や山羊なども飼っていました。それまではあくまでも外から自然を見て楽しんでいたのですが、そのとき初めて自然の内部に入って暮らす体験をしたことで大きな魅力を感じ、本気で自然の中で暮らしてみたいと思い、本格的に移住先を探し始めました。そういう意味ではこのときの経験がその後の僕の人生を決定づけたと言ってもいいかもしれませんね。ちなみにその民宿で僕と同じく住み込みで働いていた女性が今の妻なんです。

北海道の民宿でヘルパーをしていた頃の石井さん(前列でしゃがんでいる男性)と奥さん(その右隣のエプロンの女性)

信州に移住した理由

──なぜ移住先を北海道ではなく長野の黒姫にしたのですか?

確かに北海道の自然は大好きでしたが、何かあった時に簡単には実家に帰れないので断念しました。

黒姫にしたきっかけを作ってくれたのは妻でした。妻がニコルのファンだったのですが、ニコルの住んでいる長野県の黒姫に行ったことがないというので、行ってみることにしました。泊まった宿が、ニコルとアファンの森の写真をずっと撮ってきたカメラマンの方が経営しているペンションだったのですが、当時はそんなことも知らず、当然ニコルの話も出ず、普通にご主人と仲良くなって通うようになりました。それが黒姫との最初の縁ですね。

当時黒姫と平行して他にも住む場所を探していて、林業にも興味があったので、岐阜県のIターンの説明会にも参加したところ、飛騨金山の森林組合から住む家も用意するからぜひ移住してくれという話もありました。


──すごくいい話ですね。なぜ断ったのですか?

岐阜の方は、その土地のことをほとんど知らないけど仕事がある。黒姫は、仕事はないけどその土地を好きになった。岐阜はお見合いで、黒姫は恋愛のような感じがしたんです。ならば恋愛の方がいいよねと。妻も同意見でした。黒姫には通ううちにどんどん惹かれていましたからね。

四季折々の美しさを見せる黒姫・アファンの森

黒姫の魅力

──黒姫のどんなところにそれほど魅力を感じていたのですか?

う~ん、それが言葉ではうまく言い表せないんですよね。恋愛も「"好き"に理由はない」というじゃないですか。それと同じですよ。

それで取りあえず黒姫のある長野県信濃町の役場に住む場所を相談に行ったら、500坪、築27年、車庫も畑もついて家賃が月3万5,000円というちょうどいい感じの空き家があって。実際に内見に行ったら僕も妻もひと目で気に入ってその家を借りることにしました。そして1997年11月、30歳のときに仕事も何も決まっていなかったけど、とりあえず行けばなんとかなるだろうと、夫婦で黒姫に移住したんです。

だからどうして移住先を黒姫にしたのか、明確な理由はいまだに自分でもよくわからないんですよね。たまたま黒姫に行っていいところだなと思って、たまたまいい家もあったから借りて、いつの間にか住んでいたという感じなんです。

石井敦司(いしい あつし)
1967年神奈川県生まれ。一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団 森林再生部 森林整備担当。通称「森の番人」。

自然が好きで田舎暮らしにあこがれ、1997年、長野県信濃町黒姫に妻と移住。2001年にアファンの森に事務スタッフとして入職。2007年から初代森の番人の松木氏の後継者として森の整備・管理の仕事に従事。2012年、2013年は責任者として森の管理を行う。現在は妻、2人の息子と長野県黒姫に暮らしている。

初出日:2014.02.17 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの