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2017.07.10  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

7歳の時に観たテレビ番組で運命が決まった

──ここからは白川さんが国境なき医師団の看護師になった経緯を教えてください。

白川優子-近影1

初めて国境なき医師団という存在を知ったのは7歳の時。たまたま観ていたテレビのドキュメンタリー番組です。その頃は言葉にはできなかったけれど、医療を提供するに当たって、国境、人種、肌の色、宗教、政治的な信念、考え方など一切関係なく、同じ人間として医療を提供するという理念が素晴らしいと感じて、尊敬を抱いたのだと思います。今でもその時の感覚を鮮明に覚えています。以来、国境なき医師団は高嶺の花のような形で私の心の中にずっと存在していました。ただ、この時に看護師になりたいと思った記憶はありません。


──では小学生の時の夢は?

夢というか、どこかから「青年海外協力隊」という言葉を耳にした時に興味のアンテナが動いたのを覚えています。援助という言葉には敏感だったかもしれません。中学生の頃も看護師になりたいとは思ってなかったですね。というか将来のことなんて全く考えてなかったです。明確に看護師になりたいと思ったのは高校生の時ですね。

私が通っていた埼玉の高校は進学校じゃなかったので、2年生くらいからみんな就職活動をしてどんどん就職先を決めていました。ほとんどの子は一般企業の事務職だったのですが、私は自分が事務職に就くことに全くピンときていませんでした。じゃあ私のやりたいことって何だろうと考えていた時に友人が看護師になると聞き「あ、これだ!」と思いました。身内にも医療関係者はいないし、ほぼ直感ですね。

それをきっかけに地元の看護学校を受験して入学したんですが、この道を選んで本当によかったと思いました。当時その看護学校は全国でも珍しい4年制の専門学校で、地域の看護師不足を解消するために新設された学校だったので1年生の時からクリニックや病院で半日働いて、半日学校で勉強するというのが原則だったんです。

通常の看護学校とは違って、入学していきなり患者さんと接することができたのがすごくよかったですね。といってもまだ看護師の資格がない看護学生なので、やることといえば患者さんをお風呂に入れたり、おむつを交換したりということだったんですが、それにとてもやりがいを感じていました。仕事と勉強で毎日忙しくてきつかったのですが、毎日患者さんと接することの喜びを4年間感じていました。本当にこの道を選んでよかったってずっとずっと思っていました。

医者ではなく看護師に魅力

──なぜ看護師を選んでよかったと?

白川優子-近影2

以前、ある医師に「そんなに国境なき医師団が好きで人道援助がやりたいのなら、どうして医者になろうと思わなかったの?」と聞かれたことがあったのですが、医者になろうと思ったことはこれまでも特になかったですし、これからもないと思います。医師の尊い仕事とはまた違う看護の仕事に私は魅力を感じています。

私は病気を治すという行為よりも、例えば患者さんのおむつを交換したり、入れ歯を洗ったり、入浴の介助をしたり、吐いてしまったものを拭いてきれいにしたりすることなど、患者さんの生活や人生の一部に関わって、支えになることが好きなんですね。

さらにある意味、看護の力で患者さんを治すこともできるんですよ。例えば眠れないという患者さんに睡眠薬を与えることもできますが、「どうしたの?」と話を聞いてあげる。それで、患者さんのモヤモヤした心のつかえ、悩み、心配事が取れてぐっすり眠れるかもしれない。痛みを訴える患者さんに痛み止めの注射をすることもできますが、私たち看護師が手を握って話を聞いて背中をさすってあげる。それで痛みが取れるかもしれない。それが看護なんです。私はこのような看護の仕事が大好きで、看護師としてやりがいや喜びを感じますし、看護師になってよかったと思える理由もこの辺りに見出せます。

2016年、イエメンにて(©MSF)

2016年、イエメンにて(©MSF)

──やりがいとしては患者さんから感謝されることも含まれていますか?

確かにありがとうと言われればうれしいのですが、そのためにやっているというわけではないですね。看護学校の1年生の時に配属されたのが脳外科病棟だったので、病室には意識のない患者さんたちもいました。そういう人たちは身体を拭いてあげても意識がないのでもちろんありがとうという言葉は発しません。だからといって仕事をしていて物足りないということはありません。ですから仕事のやりがいが、患者さんから感謝されるかどうかというところにあるわけではないんです。

白川優子(しらかわ ゆうこ)

白川優子(しらかわ ゆうこ)
1973年埼玉県生まれ。国境なき医師団・看護師

7歳の時にテレビで観た国境なき医師団に尊敬を抱く。高校卒業後、4年制(当時)の坂戸鶴ヶ島医師会立看護専門学校に入学。卒業後、埼玉県内の病院で外科、手術室、産婦人科を中心に約7年間看護師として働く。2003年、オーストラリアに留学し、2006年にオーストラリアン・カソリック大学看護学部入学。卒業後は約4年間、オーストラリア・メルボルンの医療機関で外科や手術室を中心に看護師として勤務。2010年、国境なき医師団に参加し、イエメン、シリア、パレスチナ、イラク、南スーダンなどの紛争地に派遣。またネパール大地震の緊急支援にも参加。2010年8月から2017年7月までの派遣歴は通算14回を誇る。

初出日:2017.07.10 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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