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2015.04.13  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

広報に異動、再び仕事にのめり込む

──それまでは昼も夜もない生活だったけど刺激的なおもしろい仕事だったわけですよね。事務職になって毎日が退屈になったということはないのですか?

亜基 いえいえ。私は基本的にどんな仕事でもおもしろさを見つけて打ち込めるタイプなので業務部の仕事も楽しんでやっていましたよ。張り込み現場にどんなお弁当を届けてあげようかなぁとお弁当屋さんリストを充実させたり(笑)。

また以前よりも自由になる時間が増えたため、何か世の中のためになることができたらと考えていたところ、学生時代の友人から、仲間と一緒に設立した団体の活動を一緒にやらないかと誘われました。その団体は海外で新しいチャレンジを行なう若者に奨学金を支給しサポートを行なう「S.T.E.P.22」という団体でした。その発足のメンバーだった彼らとは大学時代に参加した日米学生会議という活動を通して出会いました。私自身も高校生のときにアメリカでの留学経験があり、若いときに海外でいろいろ経験をすることは後々の人生にすごく大きなインパクトをもたらすというのが実感としてあったので、そういうチャンスを提供する団体のお手伝いができるのは素敵なことだと思い参加することに。現在でもタイからできる限りのサポートをしています。

そして会社では、業務部で2年間勤務した後、広報部に異動しました。社員に関する取材活動だけではなく、中継車で小学校に行って子どもたちにメディアリテラシーを普及させるという「日テレ体験教室」などいろいろな新しい取り組みに挑戦しました。広報の仕事がすごく楽しくて、私は人に何かを伝えるとか、ゼロから何かを生み出したり、物事をアレンジしたりすることがすごく好きなんだな、やっぱり私は仕事が好きなんだなと思いました。それくらい広報の仕事がハマったんですね。

そして広報部に異動してちょうど3年が過ぎたころに、夫が駐在員としてタイのバンコクに赴任することになりました。


──辞令が出た後お二人でどういう話をしたのですか?

大和茂さん(以下、茂) 共働きの夫婦の場合、夫だけ単身赴任というケースも珍しくないのでいろんな選択肢がありましたが、私としてはやっぱり二人で一緒に人生を歩むことを最重要視したいのでタイに一緒に来てほしいと言いました。

亜基 出会ったときから彼は海外で挑戦したいんだとずっと話していて、そのチャンスが来ればいいと私も思っていました。ついにそのときが来たかという感じで、私も夫と一緒にタイに移住したいと思ったんです。

タイへの移住を決断した理由

──全然知らない国に移住することに迷いや不安はなかったのですか? 日本テレビの広報の仕事も大好きだったわけですよね。それには未練がなかったのですか?

亜基 そうですね。先程もお話した通り、広報という仕事はすごく好きだったのですが、そろそろ異動だなぁとも感じていました。広報として社内のあらゆる部署を見ていろんな人とお会いして、自分がこの会社で一番貢献できるのは広報だなと思っていたので、他の部署に異動するのであればタイという全く未知の場所で新たなチャレンジをしてみたいと思いました。また、広報の仕事をやりきったという感もありましたね。私にできる精一杯のことをした、悔いはないという。

それから学生を海外に送り出していたS.T.E.P.22での活動も大きく影響しています。なぜその国に行きたいのか、なぜそれをやりたいのかという学生たちのプレゼンを聞いていたのですが、未知の国での挑戦に燃えている人たちに触れていると、いよいよ私も海外に行った方がいいんじゃないかと毎年思っていたんです。だからすごくタイミングがよかったし、不安というよりはタイに行っても大丈夫だなという気持ちの方が強かったんです。

ただ、日本テレビは元々私が希望して入った会社だし仕事自体も好きだったので、会社に迷惑をかけないように辞め方はできるだけ丁寧にしようと、上司にも早めに辞意を伝えて引き継ぎも半年かけてしっかりやりました。いまだに元上司、同僚とはことあるごとにコンタクトを取り続けています。


──茂さんの方はご夫婦でタイに移住するということに関しての不安は?

 私自身はいずれ海外で働きたいと思っていましたし、日常的に海外出張をしていたのですが、妻は仕事で海外に行くことは全くなかったし、大好きな仕事を辞めてまでタイに来て果たして大丈夫かという不安は少しありました。特に当時妻はまだ潰瘍性大腸炎の治療のため定期的に病院に通わなければなりませんでした。通院や薬のために、何度か日本に帰らざるをえないのではないか、などなど、不安や葛藤はありましたが、妻とよく話し合ってそれでも一緒にタイで暮らしたいという結論に達したんです。私が先にタイに赴任して、妻は半年後の年末に来ました。

大和茂(やまと しげる)
1978年東京都生まれ。Thai Health Promotion Foundation公式プロジェクト責任者/Marimo5代表

株式会社NTTドコモを経て、タイにMarimo5 Co., Ltd.を設立すると同時に、タイヘルス公式プロジェクト責任者に就任。2007年から約5年駐在員として働く一方で、チュラローンコン大学労働経済学修士課程修了。帰任後は、ICTヘルスケア事業の海外展開等に従事。 健康的な職場と企業成長の関係性を研究すべく、早稲田大学スポーツ科学研究科博士課程在籍中。

大和亜基(やまと あき)
1978年広島県生まれ。Marimo5副代表/食育アドバイザー

大学卒業後日本テレビに入社。報道カメラマンとしてキャリアのスタートを切ったが、激務のため大腸疾患を発症し入院。以来、食と健康についてワークショップを開くなど勉強に励む。広報部に所属していた2007年、夫の茂さんのタイへの赴任辞令にともない日本テレビを退社。タイへ移住。2008年頃からタイ人とともにタイの有機農家と在タイ日本人をつなげる任意団体Marimo5を発足、活動を開始。現在はタイの職場で働く人の肥満問題の解決、健康増進などのソリューションを提供している。

※2015年5月にHappy Workplace Programとオカムラのオフィス研究所が取り組んでいる日本の職場、働き方に関する最先端の研究を発表予定

初出日:2015.04.13 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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