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2014.09.16  取材・文/山下久猛 撮影/大平晋也

2人で設計事務所を経営するということ

──1人よりも2人で設計事務所を運営することの意義やメリットは?

猪熊 コンペのときから思っていましたが、仕事に関して自分と違う意見が聞けるのが一番ですね。

成瀬 あとは性別が違う男女で組むということのメリットも大きいです。設計する際でも男性と女性では目につくところがだいぶ違うし、お施主さんとの対応でも、例えば先方がご夫婦の場合、奥様なら私の方と仲良くなることもあれば、猪熊が行った方が喜ばれることもあったり、その辺はお施主さんによって使い分けることができます。また、お施主さんの方も私に話しやすいことは私に、猪熊に話しやすいことは猪熊にと使い分けているので、先方にとってもメリットは大きいと思います。


──単純に1人より2人の方が手掛ける仕事量が増やせるということもありますか?

猪熊 1人でやっていたとしても基本的に仕事の依頼は全部受けるので、量的にはあまり変わらないかと。ただ、2人の方が一つひとつの案件をじっくり見ることはできますよね。僕の方が施工以降、現場をじっくり見ることができるのは、成瀬がその他の部分、例えば人脈を作る面で頑張ってくれているからこそ。それも僕が全部やっていたとしたらこんなにしっかり見られてないだろうなと思います。

成瀬 私も猪熊に現場や事務所を見てもらってないと営業には行けません。何かの式典やパーティーに呼ばれた際でも、事務所はコンペ提出直前で、てんやわんやになっているときは猪熊に仕事を任せて、私が出席することが多いです。

猪熊 2人のうちどちらかが出席していると先方の顔も立つし、こちらとしても事務所として不義理をしてなくても済むので、常々ありがたいと思っています。

全く違うタイプだからこそ

──お互い自分がもっていない能力やスキルをもっているから補完しあえたり、相乗効果が生まれるというメリットは?

成瀬 それはありますね。猪熊は論理立てて物事や状況を整理するのがすごく得意です。いろんな問題が同時に発生して私が頭を抱えていると、わかりやすくうまく整理してくれます。あと建物のディテール含め細かいところに目が届くので、とても助かっていますね。

猪熊 僕はもちろん建築家としても尊敬していますが、成瀬の人間的な魅力がすごいなと思っています。例えば新規のクライアントから仕事の依頼を受けて、初めてクライアントに会うときの第一印象って大きいんですよ。初対面のわずか数10分で相手から信頼を得られるかどうかは人柄にかかっています。それは理屈じゃないし、もっている人しかもっていない。成瀬はそれをもっているんです。

成瀬 それはうまくいく場合と全然ダメな場合があるんですよ(笑)。ただ、相手を緊張させないとはよく言われます。目が垂れているのがいいんですかね(笑)。でも真面目な話、2人のキャラが全く違うというのはいいことだと思いますね。それだけ相手に対応するバリエーションが増えるということですから。


──建築設計事務所としての経営理念というかポリシーは?

猪熊 もちろん、これからも一つひとつ丁寧な仕事をしてゆくことが、一番大切なポリシーです。ただそれに加えて、そういった話を、こうした形でいろいろなメディアで発信をすることで、住まい方や働き方や街の賑わいなど、人びとの生活を変えていくことも大切な役割だと考えています。

成瀬・猪熊建築設計事務所は、地元の人たちに「陸前高田は新しく生まれ変わる」という希望を持ってもらいたいという思いで、コミュニティカフェ「りくカフェ」の設計、運営を担当。地元の人たちの憩いの場として、2012年1月に仮設の建築物で運営を始め、コンサートや習い事教室など様々なイベントを開催、地域の生活を支える拠点として成長したが、仮設のため狭く使い勝手もよくないので、現在より広い本設のカフェとして建て替え中。10月5日のオープンに向けて建築中だが、昨今の工事費の高騰で費用が足りず、クラウドファンディングで備品費等を募っている。詳しくは→「陸前高田のコミュニティカフェ"りくカフェ"の本設オープン支援プロジェクト第2弾!

徹底的に言語化する

──設計などの実作業をするときにこだわっている部分は?

猪熊 みんなで話し合って、細かいところまで徹底して想定する、ということはかなり意識的に行っています。KOILを設計したときのように、「テーブルの大きさがどのくらいで、配置の仕方がどのくらいだと、どういうコミュニケーションが起こりそうか」とか、「こういう温度感でこういう照明だったらどんな感情になりそう?」ということを、もちろんお施主さんとも議論しますが、社内ではさらに詳細に突き詰めてやります。もっとも、すべては出来上がった後の未来の話なので、仮定にすぎないのですが、想像する人が多ければ多いほどイメージの解像度は上がっていくんですよね。みんなで意見の出し合いを繰り返しながら、細かいことを積み上げるということに関してはすごく丁寧にやっている方だと思います。

建築模型を使っての打ち合わせ風景

成瀬 打ち合わせの場では「なんとなくこうだよね」というのは一切通りません。私が「なんとなくこうかなあ」というと、「なんで?」と猪熊がものすごく突っ込んでくるんです。そんなときにその理由がポンポン出てこない場合は、これはたぶん違う、また考え直そうということになるんです。取りあえずみんなで何でも意見を言って、みんなが腑に落ちるまで議論するという感じです。

猪熊 やっぱり設計段階で、建物が完成した後にいずれ起こるであろう問題や使い勝手がよくなさそうな部分をしらみつぶしに探し出して、一つひとつ対処して潰していくことを積み上げることでしか、最終的にいいものにはならないんですよね。

成瀬 完成した建物が、利用者にうまく使われる、違和感なく自然に営みが動き始める状態にもっていくのはかなりたいへんなので、そこはけっこうしつこく突き詰めますね。

猪熊 そこのレベルはすごく高いという自信はあります。

成瀬 だから建物ができてから使いにくいと言われることがまずないんですよね。

猪熊 だいたい想像通りか、それ以上によく使われてますね。このことは、私たちの事務所が一番胸を張れる部分の一つだと思います。

猪熊純(いのくま じゅん)
1977年神奈川県生まれ。一級建築士/成瀬・猪熊建築設計事務所共同代表/首都大学東京助教。

東京大学工学部建築学科、東京大学大学院工学系研究科建築学修士修了後、千葉学建築計画事務所へ入社。2年間勤務後、07年成瀬友梨と成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。成瀬とともに、主にシェアハウス、シェアオフィス、コ・ワーキングスペースなどを手掛ける。08年から首都大学東京助教。1児の父。

成瀬友梨(なるせ ゆり)
1979年愛知県生まれ。一級建築士/成瀬・猪熊建築設計事務所共同代表/東京大学助教。

東京大学大学院博士課程単位取得退学後、05年成瀬友梨建築設計事務所を設立。07年猪熊純と成瀬・猪熊建築設計事務所を設立。10年から東京大学助教。

受賞歴:JIA東海住宅建築賞 優秀賞(2014年)、 グッドデザイン賞(2012、2007年)ほか多数。 メディア掲載、講演、シンポジウム出演、審査員経験多数。共著に『シェアをデザインする:変わるコミュニティ、ビジネス、クリエイションの現場』(学芸出版社)、『やわらかい建築の発想‐未来の建築家になるための39の答え』(フィルムアート社)などがある。 東日本大震災で被災した陸前高田では、支援でコミュニティカフェ「りくカフェ」の設計、運営を担当。現在本設のカフェとして建て替え中だが、工事費の高騰で費用が足りず、備品費を集めるためにクラウドファンディングを行っている。2014年10月5日にオープン予定。

初出日:2014.09.16 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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