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2016.08.17  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

すぐに仕事復帰

出産前、陣痛中でも仕事をしながら笑顔でピース

出産前、陣痛中でも仕事をしながら笑顔でピース

──出産後はどういう働き方に?

まったく仕事をしなかったのは約一週間の入院中だけでしたね。やはりまだまだ事業に関してや組織面でもキャッチアップをしないといけないことも多く、不安な気持ちの方が大きかったので、退院した日から自宅で仕事を再開しました。スカイプで社員と会議や打ち合わせを行い、自分の仕事は娘が寝ている合間にするという感じでした。とはいえ、自分の体の回復もあったので出社するようになったのは出産から1カ月経ってからでした。その時は、母に家に来てもらい、娘の面倒を見てもらったりしていました。2カ月くらい経ってからは、娘も少しずつ外に出られるようになってきたので、オフィスに一緒に連れて来て仕事をすることもありました。なるべく母乳で育てたいと思っていたので、可能な限り一緒にいられる時間は大事にしていましたが、会議が長引いてしまったりして娘のタイミングに合わせてあげられないときもあり、葛藤もありながら徐々にペースを掴んでいったという感じですね。


──現在は幼いお子さんを育てつつ、どんなふうに働いているのですか?

まだ子どもが1歳半(取材当時)と小さいので、なるべく宿泊を伴う出張は他のメンバーに任せて、私は朝に娘を保育園に送ってから行けるような出張に止めています。普段は保育園に預けてから9時くらいに出社して夜は18時の保育園のお迎えに間に合うように退社することを目標にしていますが、なかなか実現できていません(苦笑)。一時期、忙しい時は22時頃まで会社にいることもあったのですが、そうすると娘の就寝時間も深夜になってしまいます。さすがにこれではいけないと思い、最近は遅くとも19時30分までには保育園にお迎えに行き、帰宅してから食事やお風呂など娘との時間を過ごし、とにかく21時までには子どもを寝かしつけるようにしています。

仕事と育児、両立のコツ

──もともと育児も仕事もどちらも同じレベルで頑張りたいとおっしゃっていましたが、それは今実現できていますか?

どうでしょうね。実現できていることと、そうではないところがあると思います。というのは、やはり時間は有限なので、育児と仕事の両方を100%というのは難しいですね。ただ、人生の中の優先順位は確実に変わりましたね。今までは仕事が1位で土日も含めて多くの時間を仕事に費やしたり、2つの選択があった時には仕事を優先していましたが、出産してからは子どもが1位になりました。なので、子どもと向き合う時間、子どものことを考える時間を増やそうというふうに変わってきましたね。例えば、子どもに無理をさせてしまうような夜遅くまでかかる仕事は避けたり、出張も控えたりするようになりました。自分の中での優先順位を明確にすることで、仕事の中でも優先順位を決めて効率よくこなせるようになったような気がします。

徳島でのドローン実証実験にも娘さんと一緒に

徳島でのドローン実証実験にも娘さんと一緒に

また、育児と仕事の時間配分の仕方という意味では、子どもの成長段階によっても違うということを、自分が出産、育児をして初めて知りました。というのは、子どもが0歳児で寝ている時間が多いときは自宅からスカイプで会議したり、パソコンで仕事することもできていましたが、子どもが成長して活動時間が増えてくると様子が違ってきます。

1歳を過ぎた頃からは、子どももいろんなことがわかるようになってくるので、目の前で仕事したり、携帯でメールチェックしたりするのは避けた方がよくなります。ある時、娘がインフルエンザにかかって保育園に行けなくなったので、1週間ほど自宅にいてパソコンで仕事をしていたら、子どもが抱っこを求めなくなったんです。でも主人が帰ってきたら抱っこしてとせがむんです。これを見てショックを受けましたね。また、スマホをいじっているとスマホを取って投げられたりもしました。絶対的に甘えられる存在というのは子どもの心の成長には必要で、ママにとって仕事の方が自分より優先順位が高いということを子どもに感じさせてはいけないと反省しましたね。なので、最近は、なるべく目の前で仕事したり、携帯でメールチェックしたりもしないように気をつけています。もちろん、緊急の仕事など、どうしても無理なときはありますけどね(苦笑)。それ以外の時は、子どもが寝た後や誰かが見てくれるときは、さっと仕事モードに切り替えます。限られた時間の中で、効率よくいろんなことを進めるためのその切り替えは、育児と仕事の両立のコツかもしれませんね。

生後一ヶ月の頃

今、子どもはできることがどんどん増えて、すごいスピードで成長していっているのを日々実感しています。奇跡の連続を経て産まれてきてくれた命に感謝するとともに、その成長を見守りたいというのが、今の私の人生の中での優先順位の第1位ですね。それは変わらず、そのために経営者という道を選んだわけです。まだまだ手探りですが、いろんな人に相談したりアドバイスをいただいたりしながら、なんとかここまで来られたというのが本音ですね。いずれにしても仕事においては、会社員だった頃とは見える世界が変わったのは大きいですし、育児についても何が正解かはわかりませんが試行錯誤できているので、この道を選んでよかったと思っています。


──仕事をしながら子育てをしていて大変だと思うことは?

一番は、時間ですね。子どもの成長や、一緒にいる時間を大切にしようと思うと、自分1人の時間はほとんどなくなりますし、自分のペースでの生活が難しくなりますね。例えば、土日でも子どもの生活リズムを大事に思うと7時には起きてご飯を用意しなきゃとなるので、今日はちょっと遅くまで寝ていようというのはできなくなりましたね(笑)

その一方で、仕事をしていることで、子育てが楽にできることもあると思います。私自身、出産してから今まで、子どもに対してイライラしたことがほとんどないんです。娘自身が割と育てやすいタイプということもあると思うのですが、たまに泣いたりぐずったりすることはあっても、相手を困らせようとしてやってるわけではなく、オムツだったり、お腹が空いていたりなど必ず理由があって、その時してほしいことを一所懸命、言葉ではなく泣くという方法で純粋に訴えているだけなんだと思えるんです。実際の仕事では、原因がもっと複雑なことが多く、問題が起きていてもその場では表面化しないことも多いので、そういうのと比べると泣いている姿さえかわいく思えてきてしまうんです。

また、子どもがいるからこそ、仕事でも精神的に強くなれることも多いと思います。仕事では、なかなか解決できずに難しいことも多く、気持ちがマイナスの方に振れることもありますよね。どんなにつらいことがあっても、毎日家に帰って子どもの顔を見ればリセットされるというか、この子のためにも社会人として自分のベストを尽くせるように頑張ろうと思えます。自分が戻れる場所があるのはメンタル的にすごく強くなる気がしますね。そういうことを考えると、子育てしながら、仕事を続けてこられてよかったと思っています。

多様性を認めることが大事

──鯉渕さんはこれまで複数の会社で働いてきて、コンサルタントとしてもいろんな会社を見てきたと思うのですが、今の社会で女性が子育てしながら働くということについてはどう感じていますか?

鯉渕美穂-近影6

昔と比べて、全体的に晩婚化の影響もあり、社内には独身で子どもがいない女性社員が増えました。また、その一方で、女性の社会進出が進み、小さい子どもを抱える女性社員も増えました。子どもが小さいうちは熱を出すことも多く、そのたびにママ社員は早退したり、その日の朝に突然出社できないということも多くなります。独身だったり、子どもがいない社員は、頭ではわかっていても自身で体験していないと、その大変さや気持ちを理解するのはなかなか難しいですよね。さらに、その負担が彼ら・彼女らに降りかかってくるとママさん社員たちに対してどうしてもマイナスの感情をもってしまうことがあります。もちろん、助けてもらったメンバーは、それに対する感謝の気持ちも大切にしなければならないのですが、互いにそれも1つの経験として受け入れる必要があると思うんですよね。

いろいろ考えていくと、これは多様性の問題の一つで、会社には男性・女性、独身・既婚、子もち・子なしなどさまざまな人たちがいます。グローバル社会になると人種や文化、習慣などいろんな違いがあります。そもそもいろいろな違いをもっている人が共存しているのが社会ですし、そんな社会で生きていく以上、その多様性はお互いに受け入れなきゃいけないですよね。全員が100%快適という社会の実現は難しいですが、お互いの異なる環境を認めながらも、感じていることは相手に配慮しながらも率直に伝え、それぞれの解決策を模索していくことが大事だと思います。そのための許容力や、多様な環境への適応力がこれからはますます求められるでしょうし、それを実現するためのアサーティブコミュニケーション力(相手に配慮しながら、自分の考えを率直に伝える力)がより必要になっていくでしょうね。

鯉渕美穂(こいぶち みほ)

鯉渕美穂(こいぶち みほ)
1977年東京都生まれ。MIKAWAYA21代表取締役社長

雙葉学園中学・高校卒業後、東京理科大学経営工学部へ。卒業後、外資系大手コンサルティング会社入社。 国内大手製薬会社や公団民営化に伴うプロジェクトに会計コンサルタントとして参画。外資系ソフトウェア会社を経て、人材育成コンサルティングに入社し、法人向けの教育研修事業部のマネジャーとして部署を統括後、シンガポール現地法人のディレクターとして海外拠点を立ち上げ、新規事業推進に従事。2014年10月、シンガポール駐在時代に知り合った友人に請われ、地域密着で子供からシニアまで安心して暮らせる社会の実現に取り組むベンチャー企業「MIKAWAYA21」株式会社の代表取締役社長兼COOに就任。2014年12月に長女を出産。現在は経営者、一児の母として仕事と育児の両立に励む日々。趣味はテニス、ゴルフ、車、茶道。

初出日:2016.08.17 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの