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2014.03.17  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

魚を売って終わりではない

──仕事に込めている思い、あるいは経営ポリシーを教えてください。

単にお客さんに魚を売って利益を上げるだけじゃなくて、魚を買ったお客さんが最終的に笑顔になるところまでが僕らの仕事だと思っています。社員にはいつも「おもろい魚屋でいようや」と言ってます。それはお客さんを笑わせるという意味だけじゃなくて、おいしいものを食べたら誰でも思わず笑顔になりますやん。鯵ひとつとってもたくさん種類があって、季節や食べたい料理に合わせてそれならこの鯵でこんな料理がいいですよと教えてあげて、その鯵を食べるシーンごとに喜ばれ、おいしいと感じ、一緒に食卓を囲むみんなが食べながら笑えたら最高やなと。そういうところまで考えて、魚の売り方とか店の提案を考えていこうねと。それがこの世界に入ってから一貫してもっている僕の経営ポリシーですね。

また、社員によく言っていることとしては、経営者のつもりで動けということ。うちは今築地の尾辰商店で16人、百貨店のつきすそと銀座尾辰のスタッフ入れて全部で30人くらいの小さい会社です。小さい会社の経営者は何でもしなければならないし、社員一人ひとりが強くならないと組織は強くなりません。一人ひとりが売上げを上げられるようになると全体の利益も上がる。だから若手にも厳しく指導します。そうするようになってからみんなの意識も変わって徐々に売上げも上がって行ったんです。


──その辺も大企業に勤めていた経験が生きているという感じでしょうか。

確かにそうですね。あともうひとつは、何をするにしても絶対に頭を使えと言っています。機械的な作業はするな、今やっている仕事の意味を考えて、常に先を読めと。社員には考えることがおもしろいと思ってほしいし、考えるくせをつけてほしいですね。僕自身も印刷会社時代から何をするにしても考えてきましたし、そうした方が結果が出やすいので。例えばトヨタでもアップルでも一人ひとりの社員が毎日汗水たらして開発してるからこそプリウスやiPhoneといった画期的な商品を生み出すことができ、大勢のお客さんに喜んで買ってもらえて、結果莫大な利益を得られ、次の商品開発に資金を投入できるという好循環が生まれているわけです。大企業でもそうなんだから小さい会社の我々が頭使わなどうすんねんと言ってるんです。


──仕事の喜びはどんなところにありますか?

社員たちと飲みに行ってみんなで「尾辰をもっと大きくして行こうぜ! 尾辰バンザイ!」と盛り上がっているときが、経営者として一番楽しいし、うれしい瞬間ですね(笑)。

尾辰商店の社員たちと

誰といても仕事

──休日はどんな過ごし方をしているのですか?

決まった休日となると日曜日ですね。基本的に誰かと会ったり遊んだりしているのですが、どこかで仕事とつながってますね。誰とおっても仕事ですから。仕事とは直接関係ない友達と飲んで話してるうちに仕事につながることもたくさんあります。常に頭のどこかで尾辰商店の経営やリフィッシュのことを考えていて、それを考えてるときが楽しいんです。いろんな新しい人と出会って、「これやろうぜ、あれやろうぜ、乾杯!」と言ってるときが至上の喜びです(笑)。

リフィッシュのメンバーたちと

──ではプライベートと仕事の境目はないという感じですね。

そうですね。そもそも僕には趣味がないし、仕事が趣味みたいなもんです(笑)。


──家族に対する思いは?

現在妻と娘との3人暮らしですが、僕の人生の価値観では、家族も仕事と同じくらい大切。家族に対する責任をもつということが好きなんです。父親は家族のために金を稼がないとあかんというのは当然のことだと思うので。でもまだみんなを満足させられるほどは稼げてはないのでこれからもっと稼がなあかんと思ってますけどね。


──そういう生き方、働き方でストレスを感じるときはないですか?

基本的にないですね。あるとすれば自分の器が小さいこと。もっとデカい器になりたい。例えばある人から今度こういうことを一緒にしようと言われたときに、それおもろい!やりたい!て思っても、そのためのお金が足りなかったり人材不足とかで今すぐにはできないということが結構あるんです。今、僕らは初期的な成長途上なので、まだまだ小さいなあ、早くやりたいことがすぐにできるようにもっと大きくなりたいなあと思ってます。


──では35歳のとき、思い切って印刷業界から魚の世界に入ってよかったと思っていますか?

そら思ってますよ。でも僕自身、今は築地の鮮魚卸売の経営者という肩書はもっていますが、その肩書だけにとどまらない、リフィッシュ含めいろんな活動ができるし、これからも、今広がっているネットワークを利用していろんなことができる可能性がある。僕の役割って魚屋の社長以上におもしろいと思っているし、まだまだその枠を超えたことがたくさんできると思っています。だから社員にも、魚屋だからここまででええと思うな、魚屋の枠を超えて魚屋でもここまでできるんだというくらいになれとよく言ってるんです。

──今後の目標を教えてください。

直近の目標は尾辰商店を年商100億の店にすること。今、築地には700の仲卸店があって、そのうちの300社が黒字だといわれています。100億売ればトップ10には入れると思うのでそこを目指しています。そして先ほどお話した魚食というソフトウェアを海外に売り込み、世界を席巻することですね(※インタビュー前編参照)。この野望はどんなに時間がかかっても将来絶対に実現してみせます(笑)。

河野竜太朗(こうの りょうたろう)
1969年大阪府生まれ。築地仲卸尾辰商店五代目当主/リフィッシュ事務局長

近畿大学理工学部建築学科卒業後、国内大手の総合印刷会社、大日本印刷株式会社へ入社。営業、開発、企画などを経験後、2004年、35歳のとき築地で鮮魚の仲卸を営む尾辰商店に転職。2006年法人化し株式会社尾辰商店代表取締役社長に就任。経営の多角化に乗り出し、千葉そごう、横浜そごうに鮮魚と惣菜の販売店「つきすそ」を開店。2013年11月には銀座に魚料理店「銀座 尾辰」を開業。経営者として辣腕をふるう一方で、水産庁の上田氏が代表を務める有志の団体「リフィッシュ」の事務局長や日本全国の仲買人をネットワークしている「鮮魚の達人」の東京担当を務めるほか、リフィッシュ食堂の運営(現在は一時休業中)など、「魚食で世界制覇」という野望を胸に魚食文化の発展と啓蒙活動に取り組んでいる。「キズナのチカラ」「夢の食卓」「ソロモン流」などテレビ出演多数。

初出日:2014.03.17 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの