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2015.04.01  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

タイの大学院で人材管理を学ぶ

──具体的にはどんな点がたいへんでしたか?

 タイ人は時間の概念が違うというか、一般論としてタイ文化は非常にのんびりゆったりしているんですね。日本で1カ月でできることがなかなか進まなくてその3倍、内容によってはもっとかかる場合もあります。

タイに赴任する前は、日本本社の一部門に属していたのですが、赴任先の合弁会社では、会社経営全体を意識する立場となり、今いる人員のやる気や能力をいかに引き出すか、そしてどのように会社の成果につなげていくか、ということの重要性と難しさを実感しました。どうしたら良いのか藁をも掴む思いで、経営関連の書籍やビジネススクールテキストなどを読み漁りましたが、欧米や日本のことが中心に書かれていたということもあり、正直自分の中では、「これだ!」というものを見つけることができませんでした。

そうこう悩み続けているうちに、タイは、改めて独特な文化を持つ国であるということに気付き、タイにいるからこそ学べる機会はないものだろうかと考えるようになりました。そして、様々な人にヒアリングを行いつつ情報収集をした結果、タイのチュラロンコン大学大学院経済学研究科の修士課程の一つに「Master of Arts in Human Resource Management and Labor Economics(人材管理・労働経済学修士課程)」があることが分かり、ここで学びたいと直感で思いました。

タイの第一線で活躍している実務家や政治家も一緒に大学教授たちと英語で教えているコースだったので、解決の糸口が見つかると思ったんです。何とか入学試験に合格し、そこから平日昼間は仕事、平日夜と週末は授業や論文執筆という日々が始まりました。週末の朝は、駐在員としてお客様とのゴルフに行き、午後には、学生として大学の図書館にこもって勉強する、というようなこともよくありました。大学院での勉強は、全て自己負担とは言え、当時の上司は、私の仕事と勉強の両立を応援してくれたことに、今でもとても感謝しています。

運命を変えた医師との出会い

──それからどのようにしてタイ政府の専門機関であるタイヘルスのプロジェクト責任者に?

 国家レベルで国民を健康にする、治療のための健康保険制度を作るなどという政策は、各国で保健省が担っているわけですが、企業、つまり、職場で従業員を健康にするという政策を積極的に実施している国はあるのだろうかといろいろ調べてみました。するとタイで首相直下の政府専門機関タイヘルスが積極的に取り組んでいることがわかりました。その取り組みの名称が「Happy Workplace Program」です。しかもありふれた職場健康づくりプログラムではなく、「Happy8」と呼ばれる8つの項目から構成されており、タイ文化や価値観を多様に反映させていた。その点にもすごく興味を引かれ、当時は、全てがタイ語でしたが、この「Happy Workplace Program」を英語と日本語で世界に発信したいと強く思いました。

なんとかタイヘルスの幹部と会いたいと思い、妻の親友であり現在の事業パートナーでもあるタイ人のSunit(スニット)に相談したところ、彼が信頼するタイヘルス幹部を紹介してもらいました。

大和さんの運命を変えたDr. Chanwit

それが産業医でありHappy Workplace Programを開発したDr. Chanwit Wasanthanarat(チャンウィット・ワサンタナラット)です。私は、彼に会ってこう話しました。「タイヘルスの『国民の健康増進と幸福度向上を追求する』という理念と『Happy Workplace Program』という先進的な取り組みに非常に感銘を受けた。特にこの『Happy Workplace Program』はタイ企業だけで実施するのはもったいない。多くのタイ人も働く在タイ日系企業や欧米の外資系企業の外国人幹部にも広く紹介したい。そのためにも英語や日本語でも情報発信をするべきだ。私がやるので是非協力して欲しい」と直談判したんです。するとDr. Chanwitはすごく喜んで「ぜひやってほしい。できることは協力したい」と快諾してくれました。彼らとしてもまさかタイヘルスの理念に共感して自ら英語と日本語で発信したいと言う外国人がいるなんて夢にも思っていなかったので、こんなに喜んでくれたんだと思うんですよね。そこからHappy Workplace Programを導入している企業を訪問して、経営者、人事、CSR担当者などにインタビューを行うという活動を始めました。

大和茂(やまと しげる)
1978年東京都生まれ。Thai Health Promotion Foundation公式プロジェクト責任者/Marimo5代表

株式会社NTTドコモを経て、タイにMarimo5 Co., Ltd.を設立すると同時に、タイヘルス公式プロジェクト責任者に就任。2007年から約5年駐在員として働く一方で、チュラローンコン大学労働経済学修士課程修了。帰任後は、ICTヘルスケア事業の海外展開等に従事。 健康的な職場と企業成長の関係性を研究すべく、早稲田大学スポーツ科学研究科博士課程在籍中。

大和亜基(やまと あき)
1978年広島県生まれ。Marimo5副代表/食育アドバイザー

大学卒業後日本テレビに入社。報道カメラマンとしてキャリアのスタートを切ったが、激務のため大腸疾患を発症し入院。以来、食と健康についてワークショップを開くなど勉強に励む。広報部に所属していた2007年、夫の茂さんのタイへの赴任辞令にともない日本テレビを退社。タイへ移住。2008年頃からタイ人とともにタイの有機農家と在タイ日本人をつなげる任意団体Marimo5を発足、活動を開始。現在はタイの職場で働く人の肥満問題の解決、健康増進などのソリューションを提供している。

※2015年5月にHappy Workplace Programとオカムラのオフィス研究所が取り組んでいる日本の職場、働き方に関する最先端の研究を発表予定

初出日:2015.04.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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