WAVE+

2014.01.06  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

笑わない親子

「パパの出張絵本ライブ」はどこに行っても大盛り上がりで参加してくれた親子は笑って楽しんでくれました。でもどこの会場でも1人か2人くらいは笑わない子どもがいて、その後ろには笑わないパパやママがいることに気づいたんです。子どもは「笑っていいのかな」というような眼差しでパパやママを見上げるけど、無表情のまま。そんな子どもの様子を見て、たぶんこのパパやママは家でも笑っていないのだろうなと思いました。

また、絵本ライブの後、ママに話を聞くと、夫は仕事で夜遅くまで帰ってこない、子育てにちっとも協力してくれないからつらい。だから家の中でもこういう場所に来ても心から笑えないと。両親が家で笑っていないから子どもが笑い方を知らないんだなと思うと同時に子どもはつらいだろうなと思いました。僕自身の少年時代を思い出し、その気持は痛いほどよくわかりました。こういうことがいろいろとわかってきて、笑ってるパパを増やすための活動をしたいと思うようになったのです。そうすることでママと子どもも笑えるようになるはずだと。

決定的だったのは2006年6月に起きた、奈良の高校生による自宅放火事件です。この事件で放火した高校生の母親と弟、妹が焼死してしまいました。高校生がこんな悲惨な事件を起こした理由は父親による虐待だという事実を知って、これは今すぐに行動を起こさなきゃと思い、その日の晩にFJの事業企画書を書き上げて、翌日から「パパ's絵本プロジェクト」のメンバー含め仕事で知り合った「父親」の知人に会って、FJの事業理念や活動内容を話したら、13人のパパ・ママが賛同してくれました。このコアメンバーとともに2006年11月に「父親が変われば、家族が変わる。地域が変わる。企業が変わる。そして、社会が変わる」をスローガンに「ファザーリング・ジャパン」を立ち上げたというわけです。


──なるほど。そういう経緯だったのですね。でも当時、安藤さんは会社員だったんですよね。FJ1本に絞った経緯は?

当時は楽天で働いていました。楽天ブックスを軌道に乗せてほしいと請われて2004年に入社したのですが、2年半で売り上げも伸びて軌道に乗せることができたので、その頃僕の中ではひとつ区切りができていました。何かを新しく立ち上げたり、立て直したりする仕事が僕は好きなので、正直あの頃はやりがいやおもしろみをさほど感じられなくなっていたのかもしれません。

そんな状況でしばらくは楽天の仕事とFJの活動を平行して行っていたのですが、2007年4月、FJはNPO法人格を取得し、僕が代表理事に就任しました。当時は「子育てパパ力(ぢから)検定」も実施して話題になっていたし、FJの仕事が増え、おもしろくなってきたので、2007年10月に思い切って楽天を退職してFJ1本で行くことに決めたんです。

年収は3分の1に激減

──楽天という大きな会社を辞めることに不安はなかったのですか?

会社で偉くなる、出世するというモチベーションはまったくなかったし、僕は新しいことを手掛けるのが好きなんだよね。その楽しさは何ものにも代えがたい。お金はもちろんほしいけど、まあ家族が不自由なく暮らしていける分だけ稼げればいいやと考えるタイプ。加えて我が家は妻も働いており、3年くらいは何とかなるだろうと思っていた。実際、辞めて年収は3分の1に減ったけど事業がうまくいく自信はあったので、不安はあったけどまた元の水準に戻れると思ってたし、3年で年収は元通りになりました。妻にもそう言って説得しました。

当時、父親支援を事業として行っている団体・会社は存在してなかったので、マーケットのニーズからして事業の成功と先行者利益があとからついて来ることは間違いないと思ってました。これはこれまでネット書店など新しいビジネスをいくつか手がけてきたビジネスマンとしてのカンです。だから転職してNPOを始めることが僕にとってはリスクではなくチャンスだったんですね。


──そういう常人ではなかなかできない発想はこれまでの経験があったからこそということなんですね。奥さんは反対しなかったのですか?

僕が当時の仕事にあまり魅力を感じなくなっていたのを見抜いていて、転職を口にしたとき「よくもったわね」と逆に労ってくれました。実は当時、妻のお腹の中には3人目の子どもがいたのですが、会社を辞めてFJの活動に集中することに賛同してくれました。「あなたはやりたいことをしているときが一番輝いている。その姿を子どもたちにも見せてあげて」と。改めていいカミさんだなと思いましたね。

NPOにした理由

──本当にいい奥さんですね。ところで、FJはなぜ株式会社ではなくNPOにしたのですか?

僕らのミッションは「男性のライフスタイル革命」。それによって社会を変革するというものです。僕の著書を読んだりセミナーに来てくれる男性は既にOKで、問題なのは幼い子どもがいるのに毎日仕事漬けで帰って来なかったり、週末も仕事絡みか自分の趣味に時間を使って家族と向き合っていない、いわゆるアンテナが立っていないお父さんたちです。そういうパパたちにメッセージを届けるには講演だけでは無理で、マスメディアをうまく巻き込む必要がある。事業的には株式会社で運営してもよかったのですが、共感者を増やしたり、活動の風景をメディアが取材に来る先としては企業よりもNPOだと思った。TVや新聞、雑誌に載った情報が彼らに届くんです。そして「俺、父親として笑っているかな?」と考えてほしかったんです。つまりNPOがやりたかったのではなく、「笑っている父親を増やす」というミッションを達成するための手段としてNPOという顔が有効だったので、そうしたというだけのことです。

右から副代表の安藤さん、新代表の吉田大樹さん、副代表の小崎恭弘さん、事務局長の徳倉康之さん

──このところの社会起業ブームで急激にNPOが増えましたが、運営者側がちゃんと生活できるほどの収入を得られているNPOは数えるほどしかないと聞いています。その点、FJの経営状況はどうなんですか?

現在は経営的にはちょっと厳しいですね。スタッフが増えて人件費が増えたし、イクメンブームもピークは過ぎましたからね。イクメンだけでは事業収入は伸びないのでさまざまなプロジェクトを立ち上げているわけです。 僕らはボランティアをしているわけではないので、スタッフが食べていける仕組みを考えないと活動を継続していけないし、何より優秀な人材が入ってこない。そこが現在のひとつの問題点で、講演収入だけでなくうまく回していける仕組みをみんなで常に考えています。


──FJで今後取り組んでいきたい活動はありますか?

僕の子どもたちも娘が高1、息子が中1に成長しました。子どもがいる以上親としての悩みは尽きないのですが、やはり子どもが3、4歳の頃とは違うわけです。僕と同じように我が子の思春期問題を抱えてる親はたくさんいると思うので、来期は難しい年頃の子どもをもつ親のための「思春期ジュニアを持つパパのためのプロジェクト」をやりたいと考えています。この他にもいろいろアイディアはありますよ。

家事はブレインワークの時間

──これまでFJのさまざまなプロジェクトは安藤さんが中心になって生み出してきたということですが、よくそんなに次から次へとアイディアを思いつきますね。

講演などで全国を回って、いろいろなお父さんやお母さん、子どもに会って話を聞くと今まで見えていなかった課題・問題が見えてきて、それがヒントになります。

また、新しい事業は家事をしているときに結構思いつくんですよ。事実、今まで成功したプロジェクトは皿を洗っているときや洗濯物を干しているときにアイデアが浮かびました。家事をしているときに動いているのは手だけなので何かを考えるには最適なんですよ。パパの家事労働は苦役ではなく、実は有効なブレインワークの時間なんです。


──FJの代表から退いた理由は?

FJを創設して5年間、さまざまな活動に取り組んだことで、イクメンのムーヴメントも起こせたし、父親の育児参画の必要性も社会的にある程度認知されました。父親支援事業も一定の評価をいただけ、自治体・企業との協働も増えました。そういう流れの中でさらに我々の活動を理解して推進するには、より若い当事者世代が代表を務めた方がベターだと判断しました。「パパよ、育休を取ろう!」と呼びかける人はその権利がある世代の方が説得力があると思うのです。

またこの間、僕がメディアに多数出演したせいで、FJ=安藤というイメージが定着してしまいましたが、ひとりのカリスマ性だけでNPOの存続や多様性を維持するのは無理があると思ったんです。そもそもどんな組織でもそうですが、同じ人がトップに長くいてもあまりいいことはないんですよ。組織が硬直化、マンネリ化するし、ネタが尽きちゃいますからね。だから若いスタッフにこれからはお前たちの考えでFJを運営していけと、2012年に35歳の吉田パパに代表理事になってもらって、僕はタイガーマスク基金の代表に就任したんです。


インタビュー後編はこちら

安藤哲也(あんどう てつや)
1962年東京都生まれ。NPO法人ファザーリング・ジャパンファウンダー、副代表/NPO法人タイガーマスク基金代表ほか。

大学卒業以来、出版社の書店営業、雑誌の販売・宣伝、往来堂書店のプロデュース、オンライン書店bk1の店長、糸井重里事務所、NTTドコモの電子書籍事業のディレクター、楽天ブックスの店長など、9回の転職を経験。2006年11月、会社員として仕事をする傍ら、父親の子育て支援・自立支援事業を展開するNPO法人ファザーリング・ジャパンを立ち上げ、代表を5年間務める。2012年7月、社会的養護の拡充と児童虐待の根絶をめざす、NPO法人タイガーマスク基金を立ち上げ、代表理事に就任。地域活動では、娘と息子の通った保育園、学童保育クラブの父母会長、公立小学校のPTA会長を務めた。2003年より、「パパ's絵本プロジェクト」の立ち上げメンバーとして、全国の図書館・保育園・自治体等にて「パパの出張 絵本おはなし会」を開催中。タイガーマスク基金のハウスバンド「タイガーBAND」ではギター担当。社会起業大学講師、にっぽん子育て応援団共同代表、(株)絵本ナビ顧問、厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進チーム顧問、東京都・子育て応援とうきょう会議実行委員なども務めている。 『父親を嫌っていた僕が「笑顔のパパ」になれた理由~親を乗り越え、子どもと成長する子育て』『パパ1年生』『家族の笑顔を守ろう!~パパの危機管理ハンドブック』など著書多数。

初出日:2014.01.06 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

pagetop