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2013.11.15  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

──いいことづくめで、さらにそれで生活できるとなるとこれから馬搬をやりたいという人も増えるかもしれませんね。

最近は問い合わせが増えたり、馬搬に興味をもって遠野に引っ越して住み始めている人も出始めています。やっぱり乗馬や馬術など馬と元々接していた人が多いですが、林業関係や建築関係、デザイン関係など、さまざまな職種の人が興味をもってくれています。僕と同年代の30代の人も多く、そういう若い世代に共感してもらえるのがうれしいですね。

ただ馬でスポーツをしたり遊んだりするだけではこうはならないと思うんですよ。馬搬は環境や仕事として存在意義のあるものだと感じてもらっている、そして馬搬が求められている時代なのかなと感じています。この機械全盛の現代に馬で働く人が増えたらおもしろいですよね。

遠野馬搬振興会はもちろん、行政も全面的に協力してくれているので、馬搬をしてみたいという人の声にはどんどん応えていける用意をする必要があります。遠野には山がたくさんあるので馬搬をやりたい人をいくらでも受け入れることができるし、そういう人が増えれば働く馬ももっと増やせますしね。

とにかく実際に見てみないことにはわからないと思うので、馬搬に少しでも興味のある人はまずは遠野にぜひ来てもらいたいですね。僕や僕の師匠をはじめ、教える人もいるので、まずは一緒にやってみるところから始めたいと思います。未経験者でも最初は小さい馬で練習すればいいので問題ありません。本格的に始める場合でも、僕が最初に買った馬は100万円ほどですが、もっと安い馬はたくさんいるので、経済的なハードルはそれほど高くないと思います。こういった情報を含め、馬搬はほとんど知られていないので、知ってもらうための活動をもっとしていかなければと思っています。

馬搬の本場欧州・イギリスへ

──これまでの活動で特に印象に残っていることは?

遠野馬搬振興会では、馬搬についての勉強会を開催しています。あるとき、岩手大学で馬搬の作業効率と土壌について研究している教授に、世界の馬搬事情について講義をしてもらいました。その中でイギリスには「ブリティッシュ・ホース・ロガー(British Horse Loggers:英国馬搬協会)」という団体があるということを知りました。

そのとき、やっぱりイギリスにも馬搬団体があるんだと思いました。元々馬術が盛んで技術レベルも高いヨーロッパなら働く馬も絶対にいて、馬搬の技術もレベルが高いんだろうなと思っていたので直接この目で見てみたいなと。もうひとつは馬搬がどの程度社会的に認められているかを知りたいと思いました。日本の馬搬も馬を操る技術としては相当レベルが高いと感じてはいましたが、社会に広めるためにはどうすればいいか、思い悩んでいました。もしイギリスの馬搬が社会的に広く認められていればその経緯ややり方を学ぶことで日本でも実現の可能性はあるんじゃないかと。それで2010年の年末に、まずはとにかくイギリスへ行ってみたいと、英語が堪能な人にお願いして「イギリスの馬搬を見せてもらいたい」という旨の英文メールを書いてもらって、英国馬搬協会に送りました。そうしたらすぐに理事長のダグ・ジョイナーさんから「2011年5月に英国馬搬協会の総会が開かれるのでどうぞ来てください。同時に馬搬競技会も開催されるので出場してみてはいかがですか」という返事が届いたんです。一度も会ったことがないにもかかわらず、こんな温かい返事とお誘いをいただいて感激しました。それで2011年5月に馬搬を一緒に志す八丸健さんとイギリスに飛んだんです。


──実際に行ってみてどうでしたか?

イギリスの馬搬競技会の参加者と一緒に

日本とは大違いで、人びとは馬搬にとても高い関心をもっていることがわかりました。森のオーナーや貴族の人たちは森を大事にしようという意識が強く、チャールズ皇太子や世界的大企業が馬搬の振興活動を支援していました。英国馬搬協会の総会には政財界からいろいろな人が40人以上出席していて活発な議論が展開されていました。

馬搬競技会も多くの人びとが出場してとても盛り上がっていました。僕より若い男性や女性もたくさんいたし、会場には老若男女、大勢の人びとが観に来ていたのには驚きました。馬搬を職業としてではなく、競技として行っているアマチュアの人びともたくさんいるんですよね。

レースは平地の決められたコースで6mの丸太を運び、そのタイムを競うというもの。山での馬搬と同じく、馬とのコミュニケーションが鍵になります。僕はもちろんこのような馬搬のレースなど経験したことはなく、とりあえず参加することに意義があるという軽い気持ちで出場したのですが、ダグさんがいい馬をあてがってくれたおかげで優勝できました。ヨーロッパの馬は働きやすいように訓練されているのでとても扱いやすかったです。

初参戦ながら見事優勝した岩間さん。左は英国馬搬協会理事長のダグさん

ダグさんの話ではイギリスでも馬搬は20数年前までは衰退の一途だったけど、そこからダグさんたちの活動でここまで復活したということでした。

このような事情を知り、日本でもやりようによっては馬搬が再度盛んになる可能性は十分あると感じました。イギリスの馬搬に関する事例を日本で紹介することによって人びとの関心を集められるだろうし、レースの件でも、馬と働くという以外に競技に出るという目的があると馬搬人口の裾野が広がりますよね。競技には馬と簡単な道具と土地と丸太があればいいので開催するのはそれほど難しくありません。いろいろなヒントが得られてとても有意義な視察となりました。

競技会で馬を操る岩間さん

※イギリス視察研修の模様はこちら

岩間敬(いわま たかし)
1978年岩手県生まれ。馬搬馬方/遠野馬搬振興会事務局長。

高校卒業後、建築家を目指し東京の建築関係の専門学校に入学。卒業後、東京の乗馬クラブに勤務。その後遠野に戻り、乗用馬の繁殖・調教を行う会社に勤めつつ、農林業に携わる。20歳頃から馬搬に興味をもち、2人のベテラン馬方に師事、技術を習得した。2010年、「遠野馬搬振興会」を設立。現在は農林業に従事しながら、馬搬文化と技術の継承、宣伝、普及などを目的として活動している。2011年にイギリスで開催された「馬搬技術コンテスト・シングル部門」で優勝。2012年にはこれまでの活動が認められ、岩手競馬、馬事文化賞受賞。同年、欧州馬搬選手権シングル部門で7位に入賞。

初出日:2013.11.15 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの