WAVE+

2013.10.01  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

ハードからソフトへ

──そんな子育てを楽しめるような社会になかなかならないのはなぜなのでしょうか。

もう何十年も前から、子育てしやすい社会をみんなが望んで目指してきたはずです。けれども、理想の社会がなかなか実現しないのは何かが足りないから。大人たちの間にある「ハードさえ造ればいいでしょう」という感覚かもしれません。昔あったコミュニティが崩壊しているからという話もよく聞きます。「何か足りない」「何か違う」という感覚は、きっと薄々感じている人も多くなってきたとは思いますが。そう感じた私が足りないと思ったことは、保育園だけでなく、そこから広がるコミュニティと子どもたちが生きることになる社会のデザイン。良い施設をつくることはもちろん、そこで働く保育士の育成、親の学びの場、さらには、地域の整備やコミュニティづくり、あるいは企業のサービスなど、ソフトの充実を図ることが必要だと思いました。だから私は子どもの視点と保育士の視点をもちながら、高いところから社会を見て、子育てが安心してできる社会を実現するために、ソフトづくりに取り組んでいるのです。

ソフトづくりの一環として開催しているasobi基地

──なぜこれまでソフトづくりがないがしろにされてきたのでしょうか。

ないがしろにされていたわけではないと思いますが、大人の中に「自分は子どものことを十分知っている」という思い込みがあることで、1つの方向からしか見ていないことが無意識のうちに起こっていたからだと思います。自分も過去は子どもだった、という個々の中にある経験が「大人の考える子ども像」をつくり、その枠の中での発想になってしまう。言うまでもありませんが、親と子どもは別人格で、親から生まれた子どもが、親が子どもだったときと同じであるはずがない。さらに、現場にいると同じ歳の子どもでも全然違う個性を持っていることがわかります。どちらがいい・悪いではなく、「親の視点」と「保育士の視点」では子どもの見方が違うんです。両方で1人の子どもを見ていくことが大事だと思っています。3歳児を一度に10人見れば、その多様性に驚かされるでしょう。ひょっとしたら、ひとつにくくられた子ども観で物事を生み出そうとしているんじゃないか? という疑問を世の中に投げかけていくことも大事だと思っています。

抜け落ちる恐れがある子ども側からの視点

これまで保育の現場で働いてきた過程で「私たち大人は、子どもの視点を失っているのではないか?」という疑問を強く抱くようになりました。例えば子どもを叱るとき、とにかく「ダメでしょ!」だけを言ってはいませんか? 大人も同じだとは思いますが、頭ごなしに 理由もなくダメと言われても「何がダメなの?」としか思いませんよね。大人同士で考えてみると、例えば部下が作ってきた企画書が自分のイメージと違った場合、部下に直してほしい箇所と理由をわかるように説明しますよね。でも子どもにはその理由がなくて頭ごなしに「ダメ」。これはフェアじゃないですよね。

例えば子どもが道でいきなり走り出した場合どう伝えますか? 「走りたい気持ちはわかるよ。だけど今ここで走ると車が来たら危ないし、お母さんはあなたが怪我をしてしまったり、もう会えなくなってしまうのは嫌だ からやめてほしいの」と言えば、ダメといわずに走るのをやめてほしいということが伝えられます。理由を省略して「走ったらダメでしょ!」と怒るだけでは、子どもは「危ないから」という本当の理由を理解しないまま、"怒られると恐いから"とか、お母さんの顔色をうかがいながら行動するようになってしまうこともあります。確かに次から次へと何かをしでかす子どもに、お母さんはいちいち理由を説明している暇はないかもしれません。でも、そこはちゃんと1対1の人間として子どもに接し、理由をきちんと説明することって大事だと思うんです。私も子どもたちと接するときには「1人の人間として」ということを忘れないように心がけています。

また、社会設計においても「子ども視点」について考えるべきかなと思います。例えば子ども向けの施設を建てるときに、部屋やレストラン、キッズルームはパステルカラーのファンシーなデザインが多いですが、本当に子どもってああいう色が好きなのかなと思うんです。一般論としてそういう考え方が多いのだとは思いますが、「子どもたちってこういう色が本当に好きなのかな?」とそもそもの所まで見て、立ち止まって考える姿勢を持ってほしいのです。

チャイルドフューチャーセッション

「チャイルドフューチャーセッション vol.4 with asobi基地」にて

こうした問題を解決するために社会に子どもの視点で見る機会をつくりたいと、2012年に「チャイルドフューチャーセッション」という取り組みを始めました。その第1回で以前から知り合いだった児童精神科医と子育てカウンセラーの友人に、「誰もが実際に子どもと触れ合う機会を持てる場を作り、頭で考える子どもではなく、ありのままの子どものことを知ってほしい、同時に親たちが気軽に育児相談ができたり、コミュニティをつくれるような場をつくりたい」と話したら、「それは社会に求められているはずだから、絶対やった方がいいよ」と背中を押してくれました。保育士以外の子どもに関する専門家がいてくれた方が私自身も参加者も安心だろうと思い、その2人を含め、3人でやろうという話になりました。

始めるにあたってはカナダの子育て支援をモデルにしました。カナダでは「完璧な親も子どももいない」という考え方の元で、家庭支援にも力を入れて取り組んでいます。準備を整え、2012年7月に「asobi基地」をスタートさせ、11月には現地まで足を運んでいろいろな人に話を聞いたり視察をしたりしてきたんです。


インタビュー後編はこちら

小笠原舞(おがさわら まい)
1984年愛知県生まれ。合同会社「こどもみらい探求社」共同代表。

大学卒業後、数社を経て、2010年、子どもたちの素敵な未来を創るために、「オトナノセナカ」(2013年6月にNPO法人格を申請)の立ち上げに関わる。2011年、「まちの保育園」の保育士としてオープニングから勤務。2012年6月には、子ども視点で社会にイノベーションを起こそうと「Child Future Center」を立ち上げる。同年7月には新しい子育て支援の形として「asobi基地(2013年8月にNPO法人格を申請)」をスタート。2013年6月、「オトナノセナカ」代表のフリーランス保育士・小竹めぐみとともに「こどもみらい探求社」を立ち上げる。保育士の新しい働き方を追求しつつ、子どもたちにとって本当にいい未来を探求するために奮闘中。

初出日:2013.10.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの