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2013.10.01  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

もうひとつのきっかけ

──「子どもたちのために」という思いの源はご自身の幼少期の原体験があったわけですね。それでまずは保育士に?

いいえ、すぐには保育士になりませんでした。ただ、いつかは子どもに関わる仕事がしたいと思い、在学中に独学で保育士の資格を取得しました。大学3年生になり就職を考える時期になったとき、現場に行こうか迷ったので、父に相談すると、「保育士は資格職だから後からでもできるけど新卒の会社員はそうはいかない。だから社会を知るために、まずは1年でもいいから会社員を経験した方がいい」とアドバイスされました。言われてみれば確かにそうだなと納得したので、あるベンチャー企業に就職しました。

ところが、1年半ほど勤務した時点で、大人社会での立ち回りに疲れて心のバランスが崩れてしまったんです。失敗が怖くなり、人前に出ると尋常ではないほど汗をかいたり赤面したりして、うまく喋ることができなかったり。でも、その時でも土日は子どもたちと関わるNPOに所属していたので毎週土日だけが唯一の楽しみでした。この時も子どもたちに救われました。そんなとき「子どもたちともっと関われる現場に行きたい」と強烈に思ったのです。やっぱり子どもと接しているときの自分が一番自然でしっくりくるとも感じました。その後、紆余曲折ありましたが、保育士の資格を生かして保育園でアルバイトを始めました。

この時期に、もうひとつの原点となる衝撃的な出来事を経験しました。ある日、保育園で5歳の園児に「先生、車は何乗ってるの?」と聞かれました。「車はもってないよ」と答えると、「うちはベンツだよ」と。他の子も話に加わり、うちはジャガーだ、うちはBMWだという話が始まって、「え、5歳でこの価値観のものさしなのか......」と、大きなショックを受けました。この子たちはこのままの価値観で育っていくと、人を持っている物や環境で判断してしまうようになるんじゃないか。例えば偏差値の高い学校に入る人が偉い、有名な大企業に入る人が偉い、お金をたくさん稼ぐ人が偉い、というような価値観のみになってしまい、自らもそれを追い求めるようになるんじゃないかと感じ、そういう他人との比較・競争の中で子どもたちが育つということに大きな危機感を抱きました。このままの価値観の中で育つと、途中で挫折したときに立ち直れなくなったり、心の病気になってしまうと思ったんです。子どもたちにはそういう苦しい思いはしてほしくない。もっとありのままの自分で生きていけるような社会にしていきたい、ありのままで認め合えるような社会にしていきたい、とそのとき強く思ったわけです。

すてきな大人をつくるために

そのためには学校教育や保育などの環境ももちろん大事ですが、一番重要なのは家族や周りにいる大人だと思うんです。最後に子どもを守ってあげられるのは彼らなのですから。彼らが子どもに対してどういう環境づくりをしてあげられるか。環境とは物的環境と合わせて、人的環境もあります。どんな人がそばにいるかということです。 ある日こういった思いを同じ保育士の小竹めぐみさんに話したら彼女も全く同じことを思っていて、その場で意気投合し、まずはすてきな大人たちをたくさん作ろうと2010年に「オトナノセナカ」を一緒に立ち上げました。

その翌年、25歳のときに縁あって「まちの保育園」と出会い、保育士のオープニングスタッフとして働き始めました。「まちの保育園」は街ぐるみで子どもたちを見守り、育てていく 「レッジョエミリア」と呼ばれる教育手法をひとつのベースにしながら、まちの保育園らしさを追求し、オリジナルな保育を実践している保育園です。保育者同士、保護者さんとの「対話」を大切にしながら、子どもたちの自主性やその子らしさを重んじ、子どもたちの育ちをサポートをしています。

この保育園で保育士として子どもと関わるようになってからは、学生時代に漠然と感じていた子どもの力についてより具体的に認識するようになりました。子どもって、私たち大人が特に手を貸さなくても、自分たちで世界を観察し、切り開いていく力や、伝える力を元々もっているんですよね。大人が、子どもにとってよかれと思っていろいろと先回りして手助けしたり禁止したりすることは、実は無意識のうちに子どもの力を削いでいると確信するようになりました。ですので、保育士としては子どもをよく見て、 今、目の前にいるその子がやりたいことを段階に合った形でサポートするスタンスで子どもたちとは接しています。

小笠原舞(おがさわら まい)
1984年愛知県生まれ。合同会社「こどもみらい探求社」共同代表。

大学卒業後、数社を経て、2010年、子どもたちの素敵な未来を創るために、「オトナノセナカ」(2013年6月にNPO法人格を申請)の立ち上げに関わる。2011年、「まちの保育園」の保育士としてオープニングから勤務。2012年6月には、子ども視点で社会にイノベーションを起こそうと「Child Future Center」を立ち上げる。同年7月には新しい子育て支援の形として「asobi基地(2013年8月にNPO法人格を申請)」をスタート。2013年6月、「オトナノセナカ」代表のフリーランス保育士・小竹めぐみとともに「こどもみらい探求社」を立ち上げる。保育士の新しい働き方を追求しつつ、子どもたちにとって本当にいい未来を探求するために奮闘中。

初出日:2013.10.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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