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2017.11.27  取材・文/山下久猛 撮影/山本仁志(フォトスタジオヒラオカ)

現地での活動内容

カンボジアの病院で患者のレントゲンを見ながら手術前のミーティングを行う岩田医師(写真提供:ウィズアウトボーダー)

カンボジアの病院で患者のレントゲンを見ながら手術前のミーティングを行う岩田医師(写真提供:ウィズアウトボーダー)

──現地に到着してからの活動について詳しく教えてください。

たくさんの国や地域、病院に行っているのですが、その行き先によっていろんなパターンがあります。例えばカンボジアの小児病院の場合は、最初に行った日に患者さんがたくさん集まってるんですよ。僕が行く日が決まっているので、その日に集中するんです。その中でどの人を手術するかというのを診察して決めて、手術していきます。

それ以外であれば、例えばネット環境が整っている病院の場合は現地に行く前に患者さんの顔の患部のレントゲン写真を送ってもらって、それを見ながら現地の医師とディスカッションして、手術日を設定します。

このような事前に手術日を決められる患者さんもいれば、中には当日、手術室に入って初めて病状がわかるという患者さんもいます。例えばその国に到着して、迎えに来てくれた人に今回の1週間のスケジュールを聞いた時に、「明日が手術で明後日が大学で講義」と言われるんだけど、その手術がどんな手術か全然わかってない(笑)。翌日病院に行って、初めてレントゲンを見せられたり、ひどい時には患者さんがすでに麻酔をかけられてベッドに横たわってて、「はい、手術をお願いします」みたいなこともあります(笑)。


──そんな状況でよくとっさに対応できますね。

最初はさすがにびっくりしましたよ。日本では絶対にありえないですからね。日本では前もって何回も患者さんを診察していろんなドクターと一緒に議論して方針を確定して初めて手術が決まるので、手術日には全部把握できています。だからスムーズに手術ができて失敗も少ないわけです。

でも途上国ではこういうケースが毎回のようにあるので、やっていくうちに慣れました。今では何もわからない状態でいきなり「これから手術して」と言われても、「ああ、そう、わかった」って動じなくなりましたね(笑)。

なかなか病院に来ない患者

──今までいろんな途上国で3000件以上の手術を行ってきた中で、特に印象に残っているものがあれば教えてください。

岩田雅裕-近影3

どれも日本ではほとんど見ないような重篤なケースばっかりなのでもう全部ですね。時々、スタディツアーで日本人の医師を連れて行くのですが、彼らは必ず「こんなひどい症状は教科書でしか見たことない」と言うくらい病状が進行している患者さんばっかりなんです。日本ではもっと早い段階で手術しますからね。

一番わかりやすいのが、唇裂口蓋裂という生まれつき唇が割れている先天異常で、日本の場合は生後3ヶ月で手術をするので、日常的に唇が割れている子どもを見かけることはないですよね。

でも、僕が18年前にカンボジアに来た頃は、唇裂口蓋裂の3、4歳の子どもはそこら辺にたくさんいたんです。中学生や大人でもいました。でもこの18年の間に情報が広まったり、僕や欧米から来た医師がたくさん手術してるので、だいぶ日本の状況に近づいてきて、生後1歳までにはほぼ手術をしてる状況になっています。ただ、それはプノンペンなどの都市部の話。地方ではまた全然違っていて、18年前から環境や生活が全く変わっていないので、いまだに大人でも、唇裂口蓋裂の人がいます。まだまだこれからですね。

また、もっと深刻な患者さんもいて、例えば顔にできた腫瘍が大きくなりすぎて、呼吸も満足にできなくなってるような人もたくさんいるんです。


──なぜみんなそんなに病状が進行するまで病院に来ないのでしょうか。

まず、顔にできた腫瘍や先天異常などは、すぐに死ぬような病気ではないからです。それとやっぱりみんな貧しくてお金がないからですよ。僕が通ってる地域の人たちの平均月収は1万円以下。なのに日本みたいに国民皆保険制度なんてものはないから医療費は全部実費。カンボジアの小児病院は無料なのですが病院まで来るための交通費や滞在費は絶対かかりますからね。だから現地の人たちはかなり病状がひどくなって、どうしようもなくなるというギリギリの状態にならないと来ないわけです。

病院に行くことを決断したとしても、そのために田舎から出てくるというのは一大イベントで、牛一頭売ってそのお金で子どもを病院まで連れてくるお母さんもたくさんいるんです。

それでもさっき言ったように全員診られるわけじゃないから、僕が来る日は、順番待ちのために2、3日前からずっと病院に泊まってる人も大勢います。

経費もすべて自費

──年間の3分の1は海外で医療活動をしていて、手術代などの治療代や現地までの渡航費や滞在費もすべて自費ということですが、その費用はどうしているのですか?

岩田雅裕-近影4

日本にいる時にフリーランスの医師として稼いだお金で賄っています。

ただ、一昨年(2015年)、毎日放送の『voice』というテレビ番組に出たことで、ありがたいことに寄付をしたいという方が多数現れたんです。それでその窓口を作らなければならなくなって「一般社団法人 ウィズアウトボーダー」を設立しました。ここにいただいた寄付は治療にどうしても必要な材料とか機器の購入や、転院しなくちゃいけないんだけどそのお金がない患者さんへの交通費、患者さんがCTを撮るための費用などに使わせていただいています。ほとんどの患者さんはCT代も払えないんですよ。これまで3000件以上手術をやってきましたが、その内の8割くらいはCTなしで、触った感覚で手術をやらざるをえませんでした。CT代が出せるようになったのは寄付をいただけるようになってからです。


──寄付金も自分たちのためには遣わずに、現地の患者さんのために遣っているんですね。

そうですね。基本的に自分の活動費は自分で負担するようにしています。


インタビュー第2回はこちら

岩田雅裕(いわた・まさひろ)

岩田雅裕(いわた・まさひろ)
1960年兵庫県生まれ。フリーランス医師

岡山大学歯学部卒業後、個人経営の歯科医院に就職。1年半歯科医師として勤務後、口腔外科を学ぶため岡山大学病院口腔外科へ。臨床と研究に注力し、年間100件以上の手術を行う。1993年、系列の広島市民病院に異動。33歳という異例の若さで口腔外科部長に抜擢。1997年から医療の遅れている中国湖南省で医療支援を開始。2000年に友人の誘いでカンボジアへ。劣悪な医療環境に衝撃を受け、カンボジアでの医療支援ボランティアを開始。唇裂口蓋裂 や腫瘍、顔面骨折、口腔内・頚部などの手術を無償で行う。2013年、より多くの患者を助けたいと、当時勤めていた岸和田徳洲会病院の口腔外科部長の職を辞してフリーランス医師に。以降、より渡航回数は増加。現在はカンボジアに加え、ラオス、ミャンマー、ブータンなど、年間20回以上通っている。18年間で手術をした患者は 3000人を超えた。現地では治療だけではなく、現地の専門医の育成や、妻とともに子どもたちへの健康指導、生活物資の寄与なども行っている。

初出日:2017.11.27 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの