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2017.08.08  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

一番難しい作業

──仕事の難しい点は?

西川明那-近影2

やっぱり船を安全に着岸させるのが一番難しいです。前に教官に言われたことですが、船を着岸させるというのは、自分から船を岸にぶつけに行くということ。その時、勢いよくぶつけると岸壁と船体の両方が壊れてしまい、莫大な損害を出してしまうし、水先人としての信頼も失われてしまいます。そうならないように、そっとぶつけに行ってるわけだから難しいに決まってるよなと教官に言われた時、確かにそうだよなと思いました。


──確かにそうですね。その他は?

水先人として乗るのは初めての船ばかり。車でも代行運転が難しいとよく言われる理由は他人の車は同じ車種でも所有者独特のクセがあり、それが初めて乗る場合はつかみづらいからです。その上、水先人の場合は今日は軽自動車だけど明日はダンプカーといったふうに大きさにかなりのばらつきがあります。さらに船長・船員の技術レベルや練度もまちまちなのでそれを把握するのが難しいですね。

また、船ってエンジンやスラスタが動かなくなったり、錨も出ないなど、いろんなところがしょっちゅう故障するんですよ。私は運がいいのか悪いのか、その壊れる船によく当たるんです。以前、スラスタが壊れている船に乗って、着岸作業をしている時に、岸壁から離そうと思ってスラスタを操作すると逆に岸壁に近づいていったことがあったんです。船長に、「おかしい、スラスタが逆に動いてるから機関室に直接連絡してスラスタそのものを止めて」と指示したら「そんなわけないだろ」と言うので「じゃあちゃんと見てみて」と確認させたら本当にそうなっているのがわかって、船長がすぐスラスタを止めてくれたので、何とかギリギリ手前で止まって事なきをえました。この時がこれまでで一番焦りましたね。

一番危険な気象現象

──船以外、例えば気象、海象条件でも難しい状況はたくさんあるでしょうね。

強風が吹いたり高波が立つと操船が難しくなりますが、天気で一番困るのは霧ですね。1人立ちして2隻目の出港の時、嚮導を開始してからしばらくして、湾内がものすごく濃い霧で包まれたんですよ。すれ違うたくさんのパイロットから「全然見えないから気をつけろ」って言われて。本船に私を下ろすために接舷してきたタグボートが霞んでたくらいの霧だったので、たぶん100m先も見えてなかったと思います。あまり霧が濃いと事故が発生する危険度が高まるので海上保安庁が東京湾内に船を入れないようにするんですが、その寸前でした。私が航路に入った直後にクローズになったんです。


──すごく恐いですよね。視界がきかない時はどうするんですか?

水先業務にレーダーは欠かせない(画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より)

水先業務にレーダーは欠かせない(画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より)

レーダーだけで操船します。航路に入る前にクローズになったらどこかの錨地に入ってアンカーを打たないといけないのですが、当時は錨地を探すのに時間がかかったので結果的に走らせてもらってよかったです。今なら、どこに連絡してどこの錨地に行ったらいいというのが全部頭の中に入っているので問題ないですけどね。


──本当にトラブル続きでご苦労されたんですね。

でも一人立ちしたての頃からいろんな突発的なトラブルに遭遇したことで、その対処法を身をもって学べたので、もう何が起こっても大丈夫だという自信がつきました。だからその時はもちろん大変でしんどいですが、トラブルをたくさん経験してきてよかったと思いますね。

船酔いもする

──素朴な疑問ですがやっぱり船酔いって全くしないんですか?

しますよ(笑)。パイロットボートは小さいので少しの波でもよく揺れるんです。特に東京湾の入り口の久里浜沖が波が高くて、風が吹いたりすると大変です。ちなみに4mぐらいになると出られませんが、2~3mくらいだと普通に出ます。高波に揺られて本船に着くまで1時間、船に乗り込むまでに疲れますが、本船に乗ったとたんにシャキッとします。仕事モードに入って気が引き締まるのと、大きい船はそれほど揺れないので大丈夫なんです。

水先人という仕事の魅力

──水先人の仕事は楽しいですか?

西川明那-近影4

楽しいですね。船が思ったとおりに曲がらないとか止まらないとか、予測不可能な動きをするとか、故障するとか、急に他の船が航路上に出てきてぶつかりそうになるとか、胃に穴が開きそうになることも多々あるんですが(笑)。乗り物に乗ってるのが好きだし、もちろん船が好きなので、すごく楽しいです。


──仕事の魅力ややりがいは?

計画をしっかり立ててから本船に乗り込むのですが、計画通りに最後まできれいにうまく水先業務ができたなと思えた時、自分の思った通りに船を動かせた時が一番楽しいですね。例えていうなら一発できれいに車庫入れできた時の感覚と言うとわかりやすいかもしれませんね(笑)。しかも、何せものが大きいので。最大280m、5万トンもある巨大なものを自分のオーダーで思い通りに動かして、思った通りの場所に運ぶというのはなかなかやりごたえがありますよ。

一番うれしいのは、無事に着岸した時に船長から「Thank you pilot, good job!」とか「Excellent」とかいう言葉をいただく時。この時は、ああ、この仕事をやっててよかったなと思いますね。でも上には上がいて、最上級の褒め言葉は「Beautiful!」なんだそうです。そこにはまだたどり着けてないので、そこを目指して仕事をしているんです。


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西川明那(にしかわ あきな)

西川明那(にしかわ あきな)
1985年京都府生まれ。水先人(東京湾水先区水先人会所属)

高校卒業後、東京海洋大学海洋工学部海事システム工学科に入学。当初は航海士を目指していたが、大学3年生の時に水先人養成コースが創設されるのを知り、水先人を目指して養成コースに入学。2年半の課程を修了し、2011年、国家試験に合格。東京湾水先区水先人会の3級水先人となる。2015年、2級水先人の試験に合格。現在は1級水先人を目指して奮闘中。

初出日:2017.08.08 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの