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2017.06.23  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

派遣先での生活

──派遣先ではどのような場所で生活するのですか?

基本的には現地で国境なき医師団が借りた家や建物でみんなで共同生活しますが、これも派遣先によって全然違います。例えば自然災害での緊急援助の際は、まずは何もない土地にテントを張るところから始めたり、病院にする建物を決めてその一部を自分たちの居住スペースにしたりするなどいろんなケースがあります。

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時には建物の屋上を居住区とするケースも(©MSF)

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何もないところから、チーム一丸となって病院を立ち上げた(2015年ネパール大地震)(©MSF)

でもこれは特殊なケースで、ある程度長期の活動ではこのようなことはありません。基本的にはきちんとご飯を食べることができて、夜はぐっすり眠れるなど、自分たちの生活を最低限確保することが活動任務を全うするためにも重要な事です。


──看護という仕事をする上で大事にしていることは?

白川優子-近影2

「個」を大切にしています。例えば同じ病気の患者さんでもそれぞれ性格も感じ方もこれまで歩んできた人生も全く違う人間です。それは戦地でも同じです。例えば空爆で負傷した人が10人一気に運ばれてきた時でも、同じケガだから同じようにばーっと流れ作業で処置するのではなく、すごく忙しい戦地であってもその人固有の人生があるので、一人ひとりちゃんと名前を呼んで接するなどして、個を尊重してあげたい。それが看護というものだと思っていますが、現場が修羅場になるとつい忘れがちになるので気をつけたいと思っています。


──白川さんの派遣先はほぼ紛争地ですが恐怖心を抱くことはないんですか?

特別に恐怖心を抱くことはありません。それは私だけじゃなくて国境なき医師団で働いているスタッフはみんな同じだと思います。少なくとも一緒に働いている仲間で空爆や銃撃が怖くて仕事が手に付かないという人は見たことがないです。恐怖よりも、そういう場所だからこそ人道援助が必要なんだという気持ちの方が強いです。


──紛争地ではひどい状態で運ばれてくる患者さんも多いと思うのですが、精神的にショックは受けるようなことはないのですか?

確かに紛争地って過酷で、1回の空爆で何十人もひどい怪我で運ばれてくるとか、たくさんの罪のない人が血だらけになって運ばれてくるというのが日常です。でもそれでショックを受けたり動揺して働けなくなったりということはありません。国境なき医師団がどういう活動をしていて、当然このような患者さんを看るという事をわかった上で活動しています。覚悟は初めからありました。ただ、非人道的なことが起こっているという現状そのものにショックを受けることは多々あります。

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激しい空爆が行われている紛争地では重症患者が多数運び込まれることも。2013年シリアにて(©MSF)

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2015年イエメン、アルカフラの診療所にて(©MSF)

立ち止まってなどいられない

──当然すべての患者さんを助けることはできないですよね。目の前で死んでいく患者さんも多いと思いますが、それはつらくはないのですか?

当然、目の前で亡くなっていく患者さんを見るのはつらいです。つらくない医療スタッフはいないでしょうね。でもその瞬間にも重篤な患者さんが続々と運ばれてくるので、1人の患者さんの死に立ち止まっていてはいけないという現実があります。だからそこは気持ちを切り替えなくてはいけません。そこで切り替えがうまくできずに、「医療者として無力だ」と自分を責めすぎてしまい、潰れてしまって自国に帰っていったという人もごくわずかですが実際にいます。

ただそこで立ち止まってしまったら救える命も救えないし、そういう過酷な現実の場所に来ているわけですからその現実を受け入れて対応しなきゃいけない。その場で悲しさやつらさで落ち込んでいたら仕事にならないので、そうならない自信もありますし、そのような適応力が必要となってきます。むしろ本当につらいのは日本に帰ってきてこういうふうに現地でのことを思い出して話をしている時ですね。


インタビュー第2回はこちら

白川優子(しらかわ ゆうこ)

白川優子(しらかわ ゆうこ)
1973年埼玉県生まれ。国境なき医師団・看護師

7歳の時にテレビで観た国境なき医師団に尊敬を抱く。高校卒業後、4年制(当時)の坂戸鶴ヶ島医師会立看護専門学校に入学。卒業後、埼玉県内の病院で外科、手術室、産婦人科を中心に約7年間看護師として働く。2003年、オーストラリアに留学し、2006年にオーストラリアン・カソリック大学看護学部入学。卒業後は約4年間、オーストラリア・メルボルンの医療機関で外科や手術室を中心に看護師として勤務。2010年、国境なき医師団に参加し、イエメン、シリア、パレスチナ、イラク、南スーダンなどの紛争地に派遣。またネパール大地震の緊急支援にも参加。2010年8月から2017年6、7月までの派遣歴は通算14回を誇る。

初出日:2017.06.23 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの