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2015.08.17  取材・文/山下久猛 撮影/大平晋也

退職メールを書いているときに大震災が

──その経験は留職で起業することにつながっているのでしょうか?

小沼大地-近影6

つながっています。ビジネスで培ったスキルを活かしてプロジェクトを成功させ、NPOの活動に貢献できたことに自信を深めて、「NPOとビジネスがつながる機会をもっと増やしていきたい」という想いをさらに強くしました。また、プロジェクトに参加していたメンバーたちが自分のスキルを活かして世の中の問題解決に貢献することで、彼ら自身も生き生きしているのを間近で見て素晴らしいと感動しました。

一方で、僕の青年海外協力隊の経験との違いも感じました。会社終わりとか土日だけ片手間でボランティア活動をするのと、数ヶ月~数年というロングスパンで現地に滞在し、100%の時間を使って全力で取り組むのとではコミットのレベルが違うので、やはり後者の方がより人が変わる「原体験」になりやすいだろうなと感じました。だからボランティア活動やプロボノ活動の発展形として、現地NPOに数ヶ月間出向して100%全力で支援活動に打ち込む留職の仕組みを作ろうと考えたのです。

そういったことを含め、コンパスポイントのメンバーで起業について話し合い、2011年3月初め頃に現在のクロスフィールズの構想がおぼろげに固まりました。そしてメンバーの中でも中心的だった僕と松島の2人でまずはクロスフィールズを立ち上げようという話になり、予定通り3年で勤めていたコンサルティング会社の退職を決めました。しかし、退職のメールを書いていたその瞬間に東日本大震災が起こったんです。

大震災を乗り越えて起業

──大震災で予定が大幅に狂って大変だったのでは?

翌週以降のスケジュールは全部白紙に戻りました。とにかく自分たちの事業はいったんストップして被災地の支援をやろうと、緊急支援のNPO団体のスタッフとして2ヶ月間、被災地向けに物資輸送をする活動に従事しました。このときほど寝ずに仕事をしたことはないというほど、この活動には全力で取り組んだことを覚えています。

そして5月の連休に東京に戻り、松島と事業計画を改めて練り直し、2011年5月3日にようやくクロスフィールズを創業したんです。

クロスフィールズを創立した頃。共同創立者の松島さんと

クロスフィールズを創立した頃。共同創立者の松島さんと

100社以上に断られる

──立ち上げてからはどうでした? 留職というこれまでにないプログラムを企業はすんなり受け入れてくれたのでしょうか。

やはり立ち上げからしばらくは厳しい状況が続きました。仲間や知り合いのつてをたどって100社以上の企業を訪問しプレゼンしたのですが「前例がないから導入できない」と断られ続けました。でもコンパスポイントの仲間たちが「うちの会社にも提案しよう」「うちの人事を紹介するよ」と、次々と僕らに企業を紹介して励ましてくれたんです。このとき心が折れなかったのは本当に彼らのおかげですね。

突破口となったのは、営業に行ったある企業の方のひと言でした。留職は現在は海外の団体への派遣が主ですが、そもそもは国内にこそ深刻かつ大きな課題たくさんあるので「青年"国内"協力隊」という名称で、それに挑戦し解決していく人たちを増やしたいと思っていたんです。今でこそ「地方創生」という文脈でかなりニーズが高まってはいますが、私たちが起業した2011年当時はそのことを企業にいくら訴えても「何を言っているんだ。それで人がどう育つのかわからないし、会社にとって何のメリットもないじゃないか」と全然相手にしてくれませんでした。もう本当にニーズがなかった。でも何度も企業に足を運んで説明していく中で、ある企業の人事部の方から「今企業に求められてるのはグローバル人材だと言われてるから、海外への派遣だったらありえるんだけどね」という言葉をいただけたんです。

クロスフィールズのスタッフと一緒に

クロスフィールズのスタッフと一緒に

それを聞いた時、なるほどそうかと思わず心の中で膝を打ちました。国内でも海外でも留職の基本的なコンセプトは同じで、大事なのは参加した人が既存の企業の枠組みの中から外に出て社会の課題と向き合い、会社のリソースと自分のスキルを使って現地のために何ができるのかを考え、行動するということなので。むしろ海外の方が挑戦のフィールドがより広がるし、文化の違いもわかりやすい。その分、赴任した本人はより多くの刺激を受けて、激的に変化する可能性が高い。だからまずは海外でやってみようとプログラムを作り直して再び企業をまわり始めました。

小沼大地-近影7

そんな中、プレゼンに行ったパナソニックさんで「仕事を通して途上国の課題を解決したい」という想いを持つ社員に出会いました。彼らに留職のコンセプトを熱く語ったところいたく共感して、彼ら自身が社内で留職の導入を働きかけていただきました。そのおかげで立ち上げから約1年の2012年2月、ついに初めて留職を導入していただけたんです。このときはすごくうれしかったですね。これ以降、これまでの苦労がウソのようにどんどん導入してくださる企業が増えていったんです。留職導入第1号になっていただいたパナソニックさんはもとより、海外でやった方がいいんじゃないかとアドバイスいただいた方に深く感謝しています。

小沼大地(こぬま だいち)
1982年神奈川県生まれ。NPO法人クロスフィールズ代表理事

一橋大学社会学部・同大学院社会学研究科修了。大学卒業後、青年海外協力隊として中東シリアに2年間赴任し、現地NPOとともにマイクロファイナンスや環境教育のプロジェクトに携わる。帰国後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。人材育成領域を専門とし、国内外の小売・製薬業界を中心とした全社改革プロジェクトなどに携わる。同時並行で若手社会人の勉強会「コンパスポイント」を立ち上げ、講演会の企画やNPOの支援活動などを行う。2011年3月退社、松島由佳と共同でNPO法人クロスフィールズを創業。2011年、世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Shapers Community(GSC)に選出。2015年からは国際協力NGOセンター(JANIC)の理事も務める。1児の父親として家事・育児にも積極的に参加するイクメンでもある。

初出日:2015.08.17 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの