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2016.11.15  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

自分のために描く絵

アラン・ウエスト-近影11

──自分のために描く絵はどういう感じで描いているのですか?

自分のためだけに描く絵は、注文制作の絵を描く過程で、発想や技法において新たな可能性を感じることがあり、それをもう少し昇華したい、画家として新たな境地を開拓したいという気持ちで描いています。自分のための勉強というか絵の修業、追求という意味合いが強いです。楽しいのは俄然注文制作の方ですね(笑)。


──全部自分の好きなように描く方が楽しいのかなと思っていました。

いや、注文制作でもいつも好きなように描いてますよ(笑)。なせなら、注文制作でも描きたくないものは引き受けないようにしているからです。それは1つの大きなポイントですね。でも時には受けることもあります。それは自分だけでは絶対に描かないけれど、もしこれを描いたら成長のいいきっかけになるかもしれないとか、絵描きとしての幅が広がるかもしれないとか、僕自身どうなるのか見てみたいと思えるような場合です。1つの挑戦、実験として、新しい技法開発の可能性を探るために取り組みます。


──過去にそういった例はありますか?

以前、某キャットフードメーカーからパッケージ用に猫の絵を描いてくれないかと依頼されたことがありました。僕は花鳥画専門でまず動物や人は描かないし、描いたことがあっても鳥を1、2羽くらいでした。それに僕がどんなにかわいく猫の絵を描いても飼い主は絶対に満足するはずがないと最初は断ろうと思っていました。でも、だからこそ、これは究極のチャレンジだと思って受けることにしたんです。頑張って描こうとしたけど、楽しくなかったし、ものすごくつらかった。ヘタクソだと言われたらどうしようというプレッシャーもあったしね。当時は猫を見るだけで苦しみを覚えていました(笑)。でも苦しみながら描いた猫の絵は発注者や周りの評判がよかったので、やってよかったと思いましたね。これで1つ描ける絵の幅が広がったわけですから。その後もまた別の会社から黒猫の絵の注文が来た時も受けて描きました。この時も評判がよかったんです。

美術界における位置づけ

──ご自身の美術界の中での位置づけとしてはどのようにお考えですか?

アラン・ウエスト-近影12

その質問もよくされるのですが、僕は日本の美術界に関しては特に意識していません。今まで僕が目指してきたことと美術界がよしとすることとの不一致が多すぎるので。それは向こうにしても同じことで、美術界から見ると僕の絵はモダニズムでもないし、斬新さも話題性もないから、おもしろくないという評価になっています。逆に美術界に認められようとしている芸術家たちは斬新で派手な作品を創っていますが、僕はそういうのには全く興味がないんです。だから美術界から接触もないし、美術誌から取材を求められたこともない。ノータッチなので非常に楽でありがたいですね。


──そうなのですか? これだけの作品を描かれているし、賞もたくさん獲っているので美術界でも高く評価されているのかと思っていました。

いえいえ。年に1度くらい、美術団体のお偉いさんや美術評論家がこのアトリエに来るんですが、僕の絵をひとしきり観てお付きの人に「こんなものは日本画じゃない」というようなことをおっしゃるんです。最初はよく本人の前でそんなことが言えるなと思っていたのですが、今は気にならなくなりましたね(笑)。

そもそも、僕はよく日本画家とか言われていますが、特に日本画へのこだわりも意識もないんですよね。たまたま自分がしたい表現をよりよくできるのが日本画の材料と技法だったからこういう絵を描いているだけであって、それを観る人が日本画だと思ったらそれでもいいし、日本画じゃないと思ってもらっても一向に構わないんですよ。昔も今も自分の描きたい絵を描きたいように描いているだけで、だからとても幸せなんです。

絵を描くということ

──アランさんにとって絵を描くこととはどういうことなのでしょう。

アラン・ウエスト-近影13

僕にとって絵を描くことは精神安定剤でもあるんです。毎日絵を描くことによっていろんなフィードバックがあるので、今調子いいなとか悪いなとかがわかります。逆に少しでも休むと精神的に落ち着きがなくなります。休みは2日間くらいが限度で、それ以上になるとつらくなって一刻も早く描きたくてしょうがなくなるんですよ。さらに体調も免疫力が低下してカゼを引きやすくなります。やっぱり絵が描けないと自分自身が見えなくなるので、心身ともにおかしくなるんですよ。すべての作品の中に僕がいるので、作品がないと僕がどこにいるのかわからないという不安な気持ちになるんです。


──すごい精神状態ですね。

絵を描かない人生はありえない。描かないと生きていけない。完全に職業病ですね(笑)。それに、一度描くのをストップしたら本調子のテンションに戻るまで時間がかかるので、注文制作の隙間を縫って、自分が描きたいものを描いたりして、意識的になるべく絵を描くことを途切れさせないようにしてるんです。


──アスリートや音楽家みたいですね。

ちょっと話はずれますが、僧侶など瞑想する人たちの話を聞くと、集中すると時間の感覚がなくなるとか、周りの存在が消えて自分だけになるとか言うのですが、絵を描くことも同じだなって思います。絵描きと修行僧は似た存在かもしれませんね。

あと、比較するのも変かもしれないのですが、画家はファッションモデルと正反対の存在かもしれないと思うんですよ。ファッションモデルの価値はすべて自分自身の肉体にあるじゃないですか。でも画家の場合、自分自身なんてどうでもよくて、すべての価値は自分が描いた作品にある。描いた作品が人々や社会にどう貢献できるかどうかが一番重要なので、すべての価値は自分の外にあるんですよね。

リフレッシュも絵で

──ではプライベートで休暇を取ってリフレッシュなど一切しないんですか?

アラン・ウエスト-近影14

いや、リフレッシュはとても大事ですよ。でも結局リフレッシュと称してやっていることはデッサンです(笑)。仕事で描くんじゃなくてお寺や美術館に行って襖絵のデッサンを描くのがいいリフレッシュになるんですよ。


──そこまで好きなんですね。アランさんにとって、絵を描くことは単なる仕事じゃないですね。

そうですね。だからこそ好きな絵で生活できるって幸せなことだと思います。


──アランさんのように幸せな仕事人生を送るためにはどうすればいいと思いますか?

その職業を志した時に抱いていた理想を簡単に手放さないことが非常に大事だと思うんですね。子どもの頃に抱いた、社会の役に立ちたいとか人のためになりたいといった動機を大人になる過程でどこかに置き去りにしてしまうことのないように、ずっともち続ければ幸せな仕事人生になると思うんです。


──アランさんは日本に来て35年ですが、今の日本を見てどう感じますか?

それは難しい質問ですね。言える立場じゃないなというのもあるし。ただ、最近思うのは、アメリカがどれだけ変わったかという方がもっと大きいということですね。だから「ホームシックにならないんですか?」とよく聞かれるんですが、僕にとってホームシックになるようなアメリカはもう存在しない。完全に消えてしまった。僕が来日した頃のアメリカはベトナム戦争で大いに反省してもう絶対に二度と戦争はやらないと誓っていたはずなのですが、それから何度戦争に加担しているか......。だから今こういう国になっているのがありえないし、今の大統領選も信じられません。本当に醜くくて恥ずかしいとしか言いようがないんですよ。最近の日本の政治の傾向を見ていると、アメリカと同じような国になってしまうのかなと非常に気になっています。

今の夢・目標

アラン・ウエスト-近影15

──今後の夢や目標があれば教えてください。

それもよく聞かれるんですが、特にないんですよね。僕は8歳の頃に夢見た画家になり、思い描いた理想の人生を生きているので、これ以上何を望むことがあるの?って感じなんです。僕は権力とかお金とか名誉とかには興味がなくて、誰かに認めてほしいという承認欲求もないので、とにかくこの先もずっと好きな絵を描き続けられればいいというだけですね。


──もっとたくさん絵の注文を増やしたいという欲もないのですか?

逆にあんまりお客様が多すぎると、ゆっくりその人たちを思って描くことができないので、今くらいがちょうどいいです。だから今後も僕に絵を描いてほしいという人たちとコラボレーションして、彼らが喜ぶ絵を描き続けられればいいなと思っています。


インタビュー前編はこちら

アラン・ウエスト(Allan West)

アラン・ウエスト(Allan West)
1962年アメリカ、ワシントンDC生まれ。日本画家/「繪処アラン・ウエスト」代表

3歳から絵を描き始め、8歳で画家を目指す。9歳から絵画教室に通い始め油絵を学ぶ。14歳で初めて絵の注文制作を受け、舞台背景などを描く。高校時代は絵画で大きな賞をいくつも受賞。「National Collection of Fine Arts」(現スミソニアン・アメリカ美術館/Smithsonian American Art Museum)で週2回、ボランティアとして学芸員のサポートを経験。大学は競争率50倍という高いハードルをクリアし、カーネギーメロン大学芸術学部絵画科に入学。1年で休学し、理想の画材や技法を求めて日本へ。岩絵具や膠などの日本画の画材と出会い、日本に移住して画家として活動することを決意。1987年、カーネギーメロン大学学部卒業後、日本へ。1989年、東京藝術大学日本画科 加山又造研究室に研究生として入室。日本画の技法や画材の取り扱い方を学ぶ。同時期に日本人女性と結婚。1999年、谷中に自動車整備工場を改築して、アトリエ兼ギャラリー「繪処アラン・ウエスト」を構える。以降、掛け軸、版画、衝立、屏風、襖絵、パネル画、酒瓶のラベル、扇子、着物などに作品を描き、数々の展覧会に出品、受賞多数。仕事の8割が注文制作で、クライアントも企業、ホテル、イベントホール、レストラン、神社、自治体、個人など多岐にわたる。その他、講演、ワークショップ、ライブペインティングなども精力的にこなしている。また「繪処アラン・ウエスト」で能楽などのイベントも開催している。

初出日:2016.11.15 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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