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2016.11.15  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

襖絵の依頼で開眼

アラン・ウエスト-近影7

話を元に戻すと、いかにも日本画らしい日本画を描くのは避けていた頃、谷中にアトリエを構えた翌年に、創建300年の歴史をもつお寺から襖絵の依頼が来たんですね。こういう仕事は初めてだったので、いろいろ文献を読んだりして研究したら、建てた当時の様式に合っている絵にしないと、全体的な調和が取れなくなることがわかりました。もう1つは、作家のエゴや好みで描いてもダメで、建物や窓の外のお庭の風景や空気の流れ方、光の入り方を総合的に意識して描かないといけないということもわかりました。だから極力自分の好みや個性を圧し殺し、ただ、このお寺のこの部屋に調和する襖絵にしようということだけを考えて描き切りました。もちろんサインもしませんでした。それでも自分としては納得尽くの仕事でした。

しかし、その半年後、友だちから「アランが描いたお寺の襖絵を見てきましたよ」と連絡が来たんです。もちろん誰にも僕が描いたとは言ってないし、サインもしていないので、「住職さんに僕が描いたと教えてもらったんですね」と言うと、彼は「一見してすぐアランの絵だとわかりましたよ」と言ったんです。あれだけ自分の個性を出さないように描いたのに、それはありえないと言ったんですが、「いや、アランの個性がにじみ出ていたよ」と言われたんです。

だからこの一件で、意図的に自分らしさを出さないようにするのも、出そうとするのもどっちも同じくらい不自然で、何をやっても自分らしさが出るならば、余計なことはあんまり考えない方がいいんだと思いました。それ以来、人の目を気にせず、自分が描きたいように描くようになったんです。

あえて曖昧なところを残す

──同じ作品でも観る人によって感じ方は違いますしね。

そうなんですよ。僕の絵を観て、日本的だなと思う人もいれば斬新だなと思う人もいる。作品って観た人の内面を映し出す鏡のようなものだと思うんですよ。みんなそれぞれ作品の中に見えるものは自分自身でもある。言い方を変えれば、作品が観る人自身の中にあるものをあぶり出す。だから作家は、作品を観ることは自分自身との対話であるとよく言うんですよ。

だからあんまり絵に具体性がありすぎると観る人たちが想像する余地を残さないし、抽象的すぎると全くわからず、何これ? と不安になる。だから僕はある程度曖昧なところを残すのが一番好きですね。

目指している絵

──アランさんが目指しているのはどのような絵ですか?

アラン・ウエスト-近影8

画廊や美術館に展示するための絵を描くのは簡単なんですよ。なぜかというと、だいたい美術館では1枚の作品の前に立ち止まって見る時間は長くても10秒なのでインパクトがあるような作品を描けば十分なわけです。でも僕が描くのは人々の生活空間の中に飾られ、人々の暮らしに長年寄り添う、一生をともに過ごす作品だから、光の微妙な状況で表情が変わる絵の方がいいと思うんですよね。長い時間の中で絵と対話できる作品が描ければいいなと思っていて、その方が描く方としてもおもしろいんですよ。絵を置くことで居心地のいい空間になることはもちろん、何十年もその部屋に置いても飽きが来ない、馴染むとか、何年経っても新たな発見があるという絵を目指しています。


──注文制作の好きなところは?

個展や展覧会用など、自分のためだけの作品を描く時は、テーマから発想から全部自分の内部から引っ張り出さなければなりませんが、注文制作はまずお客様の好みや趣味嗜好を聞くので、自分では思いつかないような発想や手法が得られるんです。普通、自分だけでは絶対にやらないことでも、この注文をきっかけにちょっとチャレンジしてみようかなという気持ちになるんですね。だからすごく自分が成長するきっかけになるんですよ。

注文制作のおかげで絵描きとしての発想や技術の引き出しが増えたというか、表現の道具がいくつも増え、同時に自信もついたので、注文制作をすごく大事にしてるんですね。

依頼者への思い

──注文してくれるお客さんへの思いは?

アラン・ウエスト-近影9

僕が実際に描くのは自然画、花鳥画ですが、お客様からの注文を受ける時にヒアリングした内容を元に、その人らしさが絵に出るように意識して描くので、お客様の心の肖像画を描いているつもりなんです。注文をいただいた人のことを思って、その人の心を絵で表現しようと思いながら描いているので、できた絵はある意味で肖像画ですよね。

また、僕みたいな全然知らない絵描きに気持ちを託すというのはものすごい勇気と信頼が必要なので、それに対して僕ができることは彼らの気持ちに応えられるように精一杯描くことしかありません。事前に、もし完成した絵がお客様の希望していたのと全然違うものだったら、お代は結構ですとお伝えしてあります。そうするとお客様も安心して僕に注文できますし、こちらのプレッシャーも幾分軽減されるんですね。確かに精一杯頑張ってもお客様が気に入らなかったら、画材費や時間など、僕の損害になっちゃうけど、その分は他で頑張っていきましょうというふうに気持ちが切り替えられますから。


──画家という職業の喜び、醍醐味、やりがいはどんなところにありますか?

やっぱりお客様に完成した絵を渡して喜んでもらえた時、お金以上の喜びがあると毎回感じますね。これこそ僕の理想的な仕事、天職だなと思います。絵を描くことってある意味でお客様とのコラボレーションなんですね。それが可能になるような関係ができるのが一番おもしろいです。だから注文制作って本当に楽しいんですよ。

忘れられない依頼者との思い出

──今まで一番印象に残っている注文制作のエピソードを教えてください

ある日50代後半の男性がアトリエに来て、こう言いました。「最後の赴任先が海外になって大好きな東京を離れることになりました。思い出になるようなものをもってきたいから、絵を描いてほしい」と。どんな絵にするか、何度か打ち合わせを重ねた結果、「毎朝、夫婦2人でこの谷中周辺をジョギングしていて、その時、木漏れ日や桜や新緑、紅葉など四季折々の風景を楽しんでいた。それが一番の思い出で、赴任先にはそういう楽しみはないだろうから、その風景にしましょう」ということになりました。

赴任する前に、結婚記念日にその絵を奥さんにサプライズでプレゼントしたいとおっしゃったので、その日に絵を渡すことに決定。完成まで途中経過も何度か見に来ました。当日のサプライズの段取りは、結婚記念日のためにアトリエの近くにある、奥さんの好きなケーキ屋さんでケーキを買う→ついでに少し散歩しようかと誘う→このアトリエの前に来た時に偶然を装ってちょっと入ってみようかと誘い込む→その場で絵を見せてプレゼントする、ということにしました。

そして当日、僕はアトリエの奥の方にその絵をかけて、フタをして見えないようにセッティングしました。予定時刻に2人がアトリエに入ってきて、彼がさも初めて来たかのように「すてきな絵がたくさんあるね~」と言いつつ奥さんと一緒にいろんな絵を見ていました。奥さんの方も「本当にすてきね。私たちも何か絵がほしいよね」と言ってたというのがまたいいんですけど(笑)。

アラン・ウエスト-近影10

それで、とうとう2人がその絵の前に来た時、彼が打ち合わせ通り、「変だな、なんでこの絵にはフタがしてあるんだろう」と言い、僕が「じゃあ見てみますか」と言いつつフタを取りました。奥さんは目をキラキラさせながら「この絵、すごくきれい! ほしいな、売ってるのかな」と言った時、旦那さんが「この絵は君のためにアランに描いてもらったんだよ。僕からのプレゼントだよ」と言ったんです。そうしたら奥さんは「うわ~、そうだったの~すごくうれしい!」と目をうるませながらすごく感激しちゃってね。「アランさん、すてきな絵を本当にありがとうございました」と夫婦で感謝されました。その場には僕の妻もいたんですが、その様子を見ながら「いいなあ、僕らもこういう夫婦になりたいなあ」と強烈に思うと同時に、「うれしいなあ、絵描きという仕事をしてて本当によかったなあ」と心底思いました(その時のことを思い出しつつ涙目で語るアランさん)。で、その夫婦は僕の描いた絵をもって海外へ行ったんです。

泣き崩れた社長

会社からの制作依頼では、新潟のある日本酒メーカーから、「自社で作っているお酒に合ったラベルを描いてほしい」という注文を受けました。その会社はとてもおいしいお酒を作ってはいたのですが、売れ行きが芳しくなくて社長がかなりの危機感を抱いていました。その時も何度も打ち合わせを重ねて、地元新潟の春夏秋冬の風景を1枚の絵に描いて、それを5つに分割して代表的なお酒のラベルとしてそれぞれの酒瓶に貼ろうということになりました。つまり5つのお酒の瓶を並べたら1つの風景画が現れるという仕掛けです。

構想にも描くのにもかなり時間をかけたのですが、完成した作品を社長に見せた時、いきなり泣き崩れたんです。「これだ、このラベルなら受け継いだ会社の存続は大丈夫だ」と。それがすごく印象的でしたね。実際にそのラベルにしたら売れ行きもかなり好調で、おまけに日本酒の賞まで取ったので僕としてもうれしかったですね。


──いろんな人や企業の節目に記念となるものを作れるってすてきですよね。

そうですね。そこに関われるのは本当に幸せなことだと思います。

アラン・ウエスト(Allan West)

アラン・ウエスト(Allan West)
1962年アメリカ、ワシントンDC生まれ。日本画家/「繪処アラン・ウエスト」代表

3歳から絵を描き始め、8歳で画家を目指す。9歳から絵画教室に通い始め油絵を学ぶ。14歳で初めて絵の注文制作を受け、舞台背景などを描く。高校時代は絵画で大きな賞をいくつも受賞。「National Collection of Fine Arts」(現スミソニアン・アメリカ美術館/Smithsonian American Art Museum)で週2回、ボランティアとして学芸員のサポートを経験。大学は競争率50倍という高いハードルをクリアし、カーネギーメロン大学芸術学部絵画科に入学。1年で休学し、理想の画材や技法を求めて日本へ。岩絵具や膠などの日本画の画材と出会い、日本に移住して画家として活動することを決意。1987年、カーネギーメロン大学学部卒業後、日本へ。1989年、東京藝術大学日本画科 加山又造研究室に研究生として入室。日本画の技法や画材の取り扱い方を学ぶ。同時期に日本人女性と結婚。1999年、谷中に自動車整備工場を改築して、アトリエ兼ギャラリー「繪処アラン・ウエスト」を構える。以降、掛け軸、版画、衝立、屏風、襖絵、パネル画、酒瓶のラベル、扇子、着物などに作品を描き、数々の展覧会に出品、受賞多数。仕事の8割が注文制作で、クライアントも企業、ホテル、イベントホール、レストラン、神社、自治体、個人など多岐にわたる。その他、講演、ワークショップ、ライブペインティングなども精力的にこなしている。また「繪処アラン・ウエスト」で能楽などのイベントも開催している。

初出日:2016.11.15 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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