WAVE+

2017.08.21  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

職人の世界

──やっぱり養成コースで勉強することって、学部時代に勉強してきたこととは全く違うんですか?

西川明那-近影2

いえ、あくまで水先人は航海士、船長の先にある職業なので全く違うということはないです。ただ、勉強だけで何とかなる世界じゃないというか、紙の上で習ったことがそのまま船の上で起こるわけじゃないんですよね。前にもお話しましたが、船はどこかしらしょっちゅう壊れるし。だから水先人の世界は経験がものをいう世界で、ギルドの世界だという先輩もいらっしゃいます。先輩の背中を見て学ぶというか、実際にやって覚えるしかない職人の世界なんです。

だから養成コースでは実際に船に乗って水先業務を学ぶ実習に多くの時間が割かれていました。難しかったのが、人によってやり方、教え方が違うこと。特に昔はギルド色が強かったので、人によってやり方が全然違うんですよ。そしてそのやり方が自分に合ってるかどうかは別なんです。だからいろんな先輩のやり方を見て、どれが自分に一番合うかを考えて、実際に自分でいろいろ試して、決めるんです。

絶対的な正解もありません。同じことをしても昨日はこうしちゃダメって言われても今日はこうしなさいと言われる。日によって気象条件も違うので当たり前なんですけどね。それはたぶん大変だったんだろうなとは思うんですけど、その時は何を言われてもはいって聞くしかなかったです(笑)。

養成コースは2年半なのですが、約1年間の実船研修で指導水先人と一緒に船に乗って、水先業務を目の前で見せてもらうことで、操船の方法を覚えました。そして2011年5、6月に行われた国家試験に合格して水先人になれたんです。

未経験、女性初の水先人、誕生

──新制度の第一期生、航海士としての乗船経験がない、女性初の水先人誕生の瞬間ですね。国家試験に受かった時の気持ちは?

すごくうれしかったですね。試験が本当にしんどかったので。筆記試験では海上衝突予防法や海上交通安全法など4つの法律を全部暗記しなきゃいけなくて。一番しんどかったのは、制限時間3時間でB3の紙と鉛筆と定規だけを使って海図を3枚描けという問題。どこの港の海図が出題されるかわからないから、何種類もの港の海図を頭に叩き込んで置かなければならないし、私はそもそも美術が苦手なので海図を描くのが本当につらかった。二度とやりたくないですね(笑)。

その後、国家試験に合格した翌月、26歳の時に東京湾水先区水先人会に入会しました。しかし入会後すぐに1人で水先業務を行えるわけではありません。1年間は実船訓練として、指導水先人の監督下で水先業務を行いました。自動車の仮免、路上教習みたいなものですね。

1年後、初めて1人で水先業務を行ったのですが、その日のことはいまだに忘れられません。今までで一番印象に残っている水先業務と言っても過言ではないですね。

水先人になって1年目、指導水先人の監督下で水先業務を行う西川さん。後ろで指導水先人の目が厳しく光る(画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より)

水先人になって1年目、指導水先人の監督下で水先業務を行う西川さん。後ろで指導水先人の目が厳しく光る(画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より)


インタビュー第4回はこちら

西川明那(にしかわ あきな)

西川明那(にしかわ あきな)
1985年京都府生まれ。水先人(東京湾水先区水先人会所属)

高校卒業後、東京海洋大学海洋工学部海事システム工学科に入学。当初は航海士を目指していたが、大学3年生の時に水先人養成コースが創設されるのを知り、水先人を目指して養成コースに入学。2年半の課程を修了し、2011年、国家試験に合格。東京湾水先区水先人会の3級水先人となる。2015年、2級水先人の試験に合格。現在は1級水先人を目指して奮闘中。

初出日:2017.08.21 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの