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2017.08.01  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

実際に機器を操作することも

──どのようにして岸壁まで船を安全に案内するのですか?

船長に英語で助言する西川さん

船長に英語で助言する西川さん(画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より)

我々パイロットは原則アドバイザーなので、船内における指揮系統のトップである船長を介して、いろいろとオーダーをして、操船します。例えば、浦賀水道に入ったら、制限速度は12ノットなので、速度計を見ながら12ノット以下に落としてくださいとか、逆に速度を上げていい場所ならもっと上げてくださいなどと指示します。

また、航路を曲がる時は舵の角度も指示します。例えば左のことをポート(Port)といいますが、船が曲がる角度を見ながら「Port 10.」などと舵を傾ける角度を指示するんです。船は風と潮流に大きな影響を受けるので、それらを計算に入れて指示を出します。

このような、水先人のアドバイスによる操船のことを「嚮導(きょうどう)」といいます。先に立って案内するという意味で、パイロットの役割を的確に表しています。


──船長はパイロットのアドバイスや指示にすべて素直に従うんですか?

西川明那-近影2

いえ、そういうわけではありません。例えば減速を指示した時「この船は止まりやすいからまだスピードを落とさなくていいよ」と船長から言われることもありますし、逆に「この船は止まりにくいから早く落としたほうがいい」と言われることもあります。そういう時は船長の意見を受け入れます。常に船長とコミュニケーションを取ることが重要なのです。


──パイロット自身が実際に船の機器を操作することはないのですか?

ありますよ。大型船には船首の船体横に、スクリューを回転させて水流を吹き出して船体を横移動させるスラスタという補助推進機がついている場合があるのですが、着岸の時に実際に岸壁と船体の距離を見ながら操作します。舵は舵を操作する専門の操舵手がいるので自分で直接動かすことはないですね。


──嚮導を行う上で特に大事な要素は?

風と潮ですね。常にこの2つをチェックしながら船長に助言します。「今日のこの時間のこの場所は潮の流れが特に強いから気をつけなきゃダメだよ」などとアドバイスをしています。とにかく常に天気図や海流図はチェックしています。

海図を指差しながら水深をアドバイスする

それともう1つ、パイロットが覚えていなければならない非常に重要な要素があります。それは水深です。例えば(海図を指差しながら)ここの水路は片側が浅く水深が2m40cmしかないので、喫水が5mある船はこの部分は通れないんですよ。もし知らずに2m40cmのエリアに入ると座礁してしまいます。また、船が故障した時も水深が頭に入っていれば、効率的な脱出ルートがすぐに浮かびます。初めてやってきた船長も風や潮や波、水路の幅は目で見てわかりますが、水深はその水域を知り尽くしたパイロットしかわからない。そこがパイロットのすごさでもあります。水先人の国家試験で東京湾の海図を書かされたんですが、水深も全部書かされるんです。それだけパイロットにとって水深は大事なんです。

もっとも難しい着岸作業

──着岸はどのようにするのでしょうか。

本船が着く岸壁が近づいてきたら減速します。風向きや潮流を考慮しつつ、本船の速度の落ち方を見ながら、エンジン出力の調整を航海士などに指示します。

岸壁の近くまで来るとエンジンを止めます。船は低速になると舵が効きづらくなるし、車と違ってブレーキもないし、海面自体が動いているので制御が難しくなります。特に大きな船は小回りがきかないので、タグボートという小型だけどすごい馬力のある船に操船を補助してもらいます。港からやってきたタグボートを本船の右の後ろや前にロープで結びつけて、どのくらいの力で引いてくださいとか押してくださいと指示します。ここは全神経を集中して多くの判断を瞬時に下さなければならない最も重要な場面ですね。

トランシーバーで指示を出す西川さん(画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より)

トランシーバーで指示を出す西川さん(画像:「若き海のパイロット」(日本水先人会連合会)より)

そうやって船体をゆっくりと岸壁と平行にもっていって、岸壁や船体を損傷してしまわないように、船体を毎秒数センチ以下という速度でゆっくりと指定の岸壁に近づけ、静かに着けるんです。そして本船から送り出した係留ロープが岸壁のビット(係留柱)にしっかりと固定された時、パイロットの船内での業務は完了です。一番ほっとする瞬間ですね。


──着岸後は?

船長から業務完了の確認書類を受け取り、挨拶を交わして下船します。これがその日操船する最後の船ならパイロットボートに乗って水先人会の事務所に帰ります。事務所では業務記録や報告、申し送りなどの手仕舞いをして一日の業務が終了します。その後も他の船舶の水先業務を受けている場合は指定された時間にまたパイロットボートに乗ってその船に向かい、乗り込んで同じ嚮導業務を行います。


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西川明那(にしかわ あきな)

西川明那(にしかわ あきな)
1985年京都府生まれ。水先人(東京湾水先区水先人会所属)

高校卒業後、東京海洋大学海洋工学部海事システム工学科に入学。当初は航海士を目指していたが、大学3年生の時に水先人養成コースが創設されるのを知り、水先人を目指して養成コースに入学。2年半の課程を修了し、2011年、国家試験に合格。東京湾水先区水先人会の3級水先人となる。2015年、2級水先人の試験に合格。現在は1級水先人を目指して奮闘中。

初出日:2017.08.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの