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2017.04.27  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

誰もが働きやすい職場を作りたい

──正社員なのに出社の義務も勤務時間の制約もないってすごく働きやすそうですね。

甲田恵子-近影6

こういうルールにしているのは誰もがやる気さえあれば働き続けられる会社を作りたかったからです。私自身、会社員時代には、子どもが熱を出すとその日は欠勤にしながらも家で仕事をすることがあったりすると、「やることがあまりない日でもとにかく会社に行ったら『勤務』とみなされ、出社できないとこんなに働いていても『欠勤』、って変じゃないか」と思っていました。もともと、無駄や非効率、理不尽なことが嫌いな性分なので、会社を創業した時には、既存の働き方で不都合、理不尽だと思うことは自然に排除していきました。その上で参画していただく社員には「自分の時間を社会課題解決か、そのための活動資金獲得に稼働時間を全部使ってほしい。効率的に稼働できてさえいれば、無駄に満員電車に揺られてヘロヘロになって出社してもらわなくてOK! 時間もコアタイム(10時~15時)以外は自由に調整してください」というルールにしたんです。

ただ、出社不要、子連れOKというと、「楽そうだな」と思われる方もいるようですが実態はそうでもありません。かなりの自己管理能力を必要とされますし、基本的にお互いを信用・信頼し合わなければ成り立たない働き方なので、当社の社員は一人ひとりが自立し、自主性をものすごくもっていると思います。「社長が見てないと働かないのでは?」と他の経営者に聞かれることもありますがむしろ逆で、「働きすぎないように気をつけておいてあげなければいけない」と思っています。そのあたりの時間管理も、自己管理の一つだということや、長時間労働より短時間で効率的に仕事をする方を高く評価する、ということは社員にははっきりと伝えていますので、18時頃になるとオフィスに誰もいなくなることもしょっちゅうです(笑)。

また、「子連れワーク」というのも言うほど楽ではないので、フルタイムの社員は普段は子どもを保育園や幼稚園に預けている人がほとんどです。同行してくる時も、小学生以上は「頑張って働く親の姿を見せてあげよう」と子連れワークを推奨していますが、小学生未満の子どもはじっと座っていることがむしろ苦痛ですので、子育てシェアを使って「預けて働く」を推奨しています。子育てシェアの利用は、もちろん会社で補助しています。

従業員との時間を1番取りたい

──甲田さんの役割、日々の業務は?

プレゼン中の甲田さん

プレゼン中の甲田さん

ベンチャー社長なので何でも屋ですよ(笑)。最近は、既存事業は社員に任せて、半歩先のことを考えたり仕掛けたりしていることが多いですが、まだまだ営業が足りないとなれば営業をやりますし、議事録を取ったり、オフィス備品の買い物をしたり、会食や懇親会の手配も基本は私がやります。社長じゃなきゃできない仕事としては人・モノ・金の調達ルートの開拓や、今世の中にないものを創るとか、ある制度を変えるなどの渉外関係、講演や今回のような取材も多いです。でも、一番好きで、一番時間を取りたいと思っているのが従業員と向き合う時間だとは思っているんです。「いつもいないじゃないか!」という社員の声が聞こえてきそうですが(笑)


──それはなぜですか?

やっぱり、従業員が自立しているから働き方は各自に任せても安心とはいえ、リモートワークだとあまり顔を合わせていないわけなので、従業員は今、社長が何を考えているんだろうとか、どっちの方向に向かっているんだろうという根幹の部分の情報共有が薄くなりかねませんし、顔を見ればすぐにわかる近況の変化や悩み事、それに対して隣にいて教えてあげたり一緒にやってみせてあげれば一瞬にして教えられることもたくさんあるからです。社員がひとりで孤軍奮闘する状態を作らないことや、悩んでいる時間をなるべく短くして行動のスピードを上げるために、私自身がどうあるべきか考えなければいけないと思っています。

甲田恵子-近影8

当社は社会課題解決と事業性の両立という大義を抱えたベンチャー企業なので、世の中の変化に敏感に反応して、素早く対応を変えていかないと生き残っていけません。今朝見たテレビのニュースから得た情報で、昨日までとは全然違う方向に舵を切りたくなることはよくあります。だから私自身、昨日言っていたことと今日言うことが違う、なんていう朝令暮改は日常的にやってしまっていると思います。だから社員は私が、突然突拍子もないことを言い出すたびに「また始まった!」と思っているかもしれません(笑)。そういう奇想天外話もメール一つでの連絡ではなく、直接顔を見て話すことで安心してもらえることは多々ありますし、お互いに安心感さえもてれば、全速力で走れると思うんです。社員との信頼関係や、一人ひとりの成長こそが、事業の成長速度も速まるだろうということもあり、社員との時間をもっと取りたいんです。

余談ですが、アフリカの諺に「早く行きたいんだったら1人で行け。遠くに行きたいんだったらみんなで行け」というのがあります。私自身は寝る間も惜しんでやるほど仕事が大好きで、起業して3、4年ほどは誰かに頼むより自分でやった方が早いんじゃないかという考え方で、足らない部分を助けてもらうというやり方だったんですが、今は考え方が逆なんです。私ができることなんてたかが知れているということを日々痛感しています。むしろ私1人で200点取れるように頑張るよりも、仮に1人が50点しか取れなかったとしても20人に頑張ってもらったらトータルでは1000点になる。だから私が独りでがむしゃらにやるより、優秀な人を増やしていける会社にしようと思っています。

仕事は最大のチャレンジ

──甲田さんにとって仕事とはどういうものですか?

甲田恵子-近影9

自分が生まれてきて地球の裏側にまで影響を及ぼせるかもしれない唯一のチャンスであり手段が仕事だと思うんですよ。だから仕事は自分の人生の中でも最たるチャレンジだと思ってますね。また、最高のエンターテインメントでもあります。仕事ってものすごく楽しいですから。今も社会をよりよく変えるために働いているわけですが、それがすごくおもしろい。だから仕事、大好きです(笑)。


──現代の人々の働き方について感じていることは?

私が社会に出て働き始めた頃は、長時間労働当たり前という感じでした。その後働きすぎはよくないからプライベートも充実させましょうとか、ワークライフバランスが大事ですから皆さん17時には帰りましょうとか、朝活だ、プレミアムフライデーだ、などと様々な指針が国主導で叫ばれ、大企業が追随していますが、私個人的には「大きなお世話では? その人、その家庭の価値観でいいじゃないか」と思ってきました。人や会社に強制されることが窮屈です。

そもそも働き方って、人それぞれライフステージによって違うじゃないですか。今は子どもをどこかに預けてでも夫婦で頑張って働いてお金を稼ぐんだという家庭があってもいいし、逆にそんなに裕福な家庭じゃないけど子どもが小さいうちは一緒に過ごしたいから夫婦のどちらかは家にいるというやり方を選択する家庭があってもいいですよね。今はこれだけ多様化が許されている時代のはずなのに、なぜどこかの誰かが決めた働き方で右往左往しなければならないんだろうと、そこがすごく疑問です。

長時間労働は悪だ! とか、女性の活躍のために残業はダメだから朝活だ! などと叫ばれてますけど、残業代あっての家計形成だという家庭や、じゃあいったい誰が子どもを朝預かってくれるんだと思っているご家族はたくさんいると思いますよ。そんな無茶苦茶な指針を勝手に作るなと言いたい。むしろ一人ひとりの生き方のニーズに全員が合わせていくというか、多様性を受け入れることができない限り、豊かな社会を維持していくことはできないと思うんですよね。

もう人口減少が止まることはありえません。同じくGDPが右肩上がりに上がるとか、企業が、従業員の所得が上がり続けることを保証するとか、地方自治体が社会インフラを整えるとか、質の高い公共サービスを提供し続けるという時代は終わったんですよ。だとすれば一人ひとりが望む生き方をどう実現するかということしかできないはず。

そのためには行政や企業の管理職が変わるだけではなくて、働いている側も変わらないとダメ。なんで会社は自分を認めてくれないんだとか、なんで自治体は保育園をもっと作ってくれないんだとか、なんで放課後保育が4年生になったらなくなるんだなどと、自己努力そっちのけで、いつまでも誰かが何かをやってくれるものだと思い込み、それができないと不平不満をぶちまけるのではなく、自分たちのほしいものは自分たちで何とかしなきゃいけない時代なんだという自覚をもち、そのためにはどうしたらいいのか、何をするのかを主体的に考え、具体的に自ら行動することがすごく大事だと思うんです。

親子学級にて

親子学級にて

海外進出も視野に

──今後の展望・目標は?

最初は子育ての分野から始めましたが、そもそも私が最終的に目指しているのは、多様なニーズを身近な人同士で頼り合う「社会共助の実現」です。究極的には子育て世代でも高齢者でも障害者でも「これに困ってるから助けて!」と手を挙げれば、それに興味関心のある人達が「助けてあげるよ」と手を差し伸べられる仕組みを作りたいと思っているので、その延長線上で今年(2017年)2月には、中高齢者の生活支援サービス「寄り合い」をスタートしました。

システムとしては基本的に子育てシェアと同じで、頼みたい人と支援したい人は登録して、お互いにやりとりしてもらいます。サービス内容が「他人の子どもの世話」から、「高齢者の日常の困り事の代行」に変わる、という感じですね。具体的には、電球の交換や荷物の運搬、部屋や庭の掃除、買い物代行、病院同行など。料金は子育てシェアと同じようにワンコインにしていますが、今後はサービスの形態によっていろんな料金体系が生まれてくるかもしれません。

愛珠ちゃんと

愛珠ちゃんと

こんな感じで今年、ようやく子育ての次に中高齢者向けのサービスをローンチできましたが、今後は障害者支援や物の借し貸り、知識の共有など、「知ってる人じゃないと不安で頼めない」ということを頼り合える仕組みを作りたいので、どんどん他分野、多展開したいと思っています。

このような、行政や企業のリソースだけに頼らず、自分たち自身がサービスの受給者であり提供者になるという取り組みは、少子高齢化の時代を迎えている日本だけじゃなくて、韓国やシンガポール、台湾、中国や、やがて人口が減っていく先進国でも今後絶対に必要とされるので、海外に進出して事業を展開していきたいとも思っています。その後は娘がその続きをきちんと継いでくれることを期待しています(笑)。


甲田恵子(こうだ けいこ)

甲田恵子(こうだ けいこ)
1975年大阪府生まれ。株式会社AsMama 代表取締役CEO

関西外語大学英米語学科入学後、フロリダアトランティック大学留学を経て環境省庁の外郭団体である特殊法人環境事業団に入社。役員秘書と国際協力関連業務に従事。2000年、ニフティ株式会社入社。マーケティング・渉外・IRなどを担当。2007年、ベンチャーインキュベーション会社、ngi group株式会社に入社し、広報・IR室長に。2009年3月退社。同年11月、33歳の時に誰もが育児も仕事もやりたいことも思い通りにかなえられる社会の実現を目指し、株式会社AsMamaを創設、代表取締役CEOに就任。2013年、育児を頼り合える仕組み「子育てシェア」をローンチ。多くの子育て世代の支持を得ている。著書に『ワンコインの子育てシェアが社会を変える!! 』(合同フォレスト刊)がある。

初出日:2017.04.27 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの