THEATER[劇場・ホール]二十五世観世左近記念 観世能楽堂

伝統文化を発信する、銀座の新拠点

観世能楽堂 屋根能舞台の屋根は、天井部の大梁から伸びた鉄骨で吊られている。従来の能楽堂は、ほぼ正方形の空間の角に舞台があり、そこから放射状にイスが並ぶが、観世能楽堂はいわゆる シューボックス型の長方形区画。

歴史ある能舞台の移築計画

2017年4月、東京・銀座に開業した複合商業施設・GINZA SIXの地下3階に「観世能楽堂」がオープンした。能楽における最大流派、観世流の新たな拠点であり、さらには銀座の新たな多目的ホールとしても活用される空間だ。
能楽は、14世紀の南北朝時代に大和(現在の奈良)を拠点としていた観世流によって大成された古典芸能である。その代表的な役者であり、一般にも広く知られる、観阿弥清次が観世流の初代である。観阿弥が、息子の世阿弥とともに室町幕府の庇護の下、京都から全国へ能楽の文化を広めていく。 以来、洗練度を増し、江戸時代に現在の能に近い形が確立。今日に至るまで脈々と、その伝統が受け継がれてきた。同流派の能楽師が中心となり、能楽の発展を目的として1900年に観世会が設立されるとともに東京・大曲(おおまがり) (現在の新宿区新小川町付近)に誕生した観世能楽堂は、1972年に渋谷の松濤に移転。以後2015年まで多くの人々に親しまれてきた。

観世能楽堂 能舞台観世流ゆかりの地・銀座で、新たな幕開けを迎えた観世能楽堂。渋谷から移築された能舞台は、全国にある能舞台の中でも大きな屋根をもつ。

観世能楽堂 床は緩やかなスロープ状見所の床は緩やかなスロープ状で、中正面など一部のイスは三次曲面の上に、弧を描きながら並ぶ。


築後40年を過ぎた頃、老朽化等に伴う改築計画が持ち上がり、観世宗家の、より幅広い世代に向けて、能に限らず、日本の伝統文化に触れてほしいという想いも重なり、同時期にプロジェクトが進行していたGINZA SIXへの移転が決定する。銀座は江戸時代、観世宗家が幕府より拝領していた屋敷があった地であり、今回の移転は「帰還」とも言える計画となった。プロジェクトを任されたKAJIMA DESIGNの野島秀仁氏は、二十六世観世宗家・観世清和氏の想いを受け取りながら、GINZA SIXにおける位置付けと空間的な制約に配慮しながら計画を進めていったと語る。
「この能舞台は松濤に移転した際に新築されたもので、今回、大部分を移築しました。素材に貴重なヒノキ材が用いられ、長年にわたって能楽師が使い込み、丹念に手入れされてきたものです。微妙な音の響き方や、数ミリ単位の体の動きで表現を行う能において、この舞台を利用することは優先事項でした」。また同時に、音の環境づくりも重要であったという。同空間は上階の雑踏、下階の駐車場、すぐ近くを通る地下鉄など、静けさが求められる能楽堂において音や振動の周辺環境が望ましくない。そこで建物躯体から完全に縁を切った内部空間を構成するボックス・イン・ボックス形式を採用。壁は遮音性の高い二重壁、床は同社開発の遮音浮き床システム(MAFF(マフ)工法)としている。一方で、舞台と見所(客席)の音の響き方については、壁面の角度や天井の形状、舞台床下に設置した吸音装置により、移転前の松濤の能楽堂に近い、もしくはそれ以上の音響環境を目指した調整がなされている。

観世能楽堂

観世能楽堂 移築された能舞台移築された能舞台はヒノキ材でつくられ、釘は使われていない。40年以上にわたって使い込まれ、床部分は米ぬかなどで手入れをされてきた。見所側に出ている左奥の目付柱は、能以外の空間利用に向けて、取り外しが可能。


現代建築と融合した能楽堂

移築された舞台において、大きな変化が「目付柱」の取り外し機構と屋根の耐震対策である。この空間は、GINZA SIXの計画にあたって東京都が定めた与件により「多目的ホール」として機能する必要があった。能以外の演目で利用する際にネックとなるのが、舞台の角に立つ「目付柱」の存在。能面の狭い視界で動く能楽師にとって位置取りの基準となる柱の1本だが、これを着脱できる仕様が求められた。野島氏は「代々大切に使われてきた舞台だからこそ、取り外しの機構が外から見えないようにしたかった」と、柱の下部では内部に金具を通し木製パネルで隠蔽。上部においては、宮大工が内部に掘り込みを施し、はめ込み可能な形状につくり変えた。さらに都より「帰宅困難者1000人を一時的に収容する」という機能も求められ、空間の安全性も重要となった。目付柱を着脱可能とした舞台屋根は見所から見えない位置で、天井と壁から鉄骨材にて躯体に固定。十分な耐震性を確保した。他方、見所でも能の厳かな雰囲気と調和する試みが行われる。舞台の「鏡板」と「ソリ屋根」をモチーフにしたイスの背板は、舞台に立つ能楽師と観客の存在を呼応させ、程良い緊張感を生む。また、着物の観客が多いことから、背もたれには帯が崩れにくい形状と快適性を求めたメッシュ素材が採用された。
今後、同ホールでは演劇や落語、コンサートなども上演が予定されている。伝統的な空間に現代的な技術や視点が融合することで、観世会の「世界へ能を発信する」というビジョンの第一歩が今まさに踏み出されたと言える。

観世能楽堂 イスの背板イスの背板は、能舞台の背景にある老松が描かれた鏡板と、 ソリ屋根をモチーフにしたもの。端部は、手をかけやすく歩行の助けにもなっている。

観世能楽堂 背もたれにはメッシュ素材を使用
イスの背もたれにはメッシュ素材を使用し、内部は通気性と フィット感を重視し中空構造とした。

観世能楽堂 エントランス空間の壁GINZA SIX・地下3階のエレベーターおよびエスカレーターホール。多くの人が行き交うエントランス空間の壁面には、能舞台と同じ老松が描かれている。

「GINZA SIX」東京・銀座6丁目、松坂屋銀座店の跡地に開業した複合商業施設「GINZA SIX」。地下6階、地上13階建てで、銀座エリア最大となる商業空間に241のブランドが入る。

DATA

所在地
東京都中央区銀座6-10-1
GINZA SIX 地下3階
開場
2017年4月20日
延床面積
約1830m2
客席数
480席(車イス席2席を含む)
設計
KAJIMA DESIGN
施工
鹿島建設
  • bp vol.24掲載(2017.08発行)