THEATER[劇場・ホール]上七軒歌舞練場

歴史深い花街の核として

上七軒歌舞練場花道越しに舞台側を見る。上七軒歌舞会では、春に開催される「北野をどり」などを始めとして、北野天満宮の行事に合わせて公演を行っている。

日本最古の花街

京都市上京区、「天神様」と親しまれる受験の神様、菅原道真を祭る北野天満宮。その東門に通ずる参道、上七軒花街通りの周辺が上七軒、日本最古のお茶屋街、花街(かがい)である。

花街とは、芸妓や舞妓を置くお茶屋や置屋の集まった街だ。京都には、現在、上七軒を始め、五つの花街(祇園甲部、祇園東、先斗町、宮川町)がある。芸妓、舞妓の存在は繁華街に近い祇園界隈などが有名で、一部では観光の振興に寄与する存在になりつつあるが、本来はいわゆる「一見さんお断り」のクローズドな世界。京都のお座敷遊びは、限られた人だけが嗜めるものである。

上七軒の歴史は室町時代にまでさかのぼる。北野天満宮の社殿の修築時に、残った資材を使い、お参りする人の休憩所として東門前に七軒の茶店を建てたのが始まりとされている。
更に、天正15年(1587年)、豊臣秀吉が俗に言う「北野大茶会」を催した際に、茶屋で出したみたらし団子が秀吉に気に入られ、京都における茶屋株(営業権)を公許された。幕府よりお墨付きを得た、国内最初の茶屋街ということとなる。

その後、ほど近い西陣の旦那衆の支持もあり、最盛期には約60件のお茶屋が存在していたという。

上七軒歌舞練場

上七軒歌舞練場 格天井の立派な劇場内。歌舞会主催のイベントのほか、落語など和の催しや講演会などに利用される。舞台に向かって右手に枡席(左)、2階にも桟敷席を備える。

芸を“練る”場所

上七軒花街通りから少し路地を入ったところにあるのが、「上七軒歌舞練場」だ。

「歌舞練場というのは、練習の成果を披露する――芸を練る場所ということになります」上七軒歌舞会の事務局長・荒浪直哉氏は話す。
歌舞練場は、花街にとっての中心的な存在で、京都の花街には必ずある。前述のとおり、普段お座敷で振舞う芸妓・舞妓の芸は、一般の人間には見ることができない。ここは、催しで披露できる数少ない場なのだ。

歌舞練場の建物自体は、明治の中頃に建てられ、増改築などを繰り返して、昭和26年には現在の姿になったという。400席超という規模のある木造の劇場が現存している例は国内でも少ない。また、客席側は木造だが、舞台部分は鉄筋コンクリート造という混構造自体も珍しく、建築的な史料価値も非常に高い。

2009年に京都市の歴史的風致形成建造物に認定され、昨年、実に60年ぶりとなる大改修工事を施された。基礎をやり直して耐震のための構造補強をし、空調設備も導入され、更に客席、緞帳が一新された。

座席を製作した岡村製作所では、快適性などは現代の水準に高めつつ、歌舞練場の歴史に配慮し、「かたちの記憶」として、あえて以前のイスのデザインを踏襲したという。手すりや背板のカーブなどの手触りをいかに再現できるかがポイントだった。

上七軒歌舞練場 庭園越しに見た劇場の建物。瓦屋根の部分は木造の客席で、奥の高くなっているところが鉄筋コンクリート造の舞台になる。庭では夏場にビアガーデンも開かれる。

上七軒歌舞練場 エントランスホール。正面に太鼓橋と庭園が見える。

DATA

所在地
京都府京都市上京区今出川通七本松西入真盛町742
改修設計
友広建築設計室
改修施工
奥谷組
客席数
413席(うち桟敷/1階20席2階32席)
  • bp vol.1掲載(2011.02発行)