THEATER[劇場・ホール]歌舞伎座

劇場というランドマーク

歌舞伎座晴海通りから見た夕景。銀座四丁目交差点、数寄屋橋交差点の方向を見通す。大屋根はオフィスである「歌舞伎座タワー」からLEDライトで照らされている。

再生なった歌舞伎の殿堂

2013年4月2日、東京・銀座にある歌舞伎座が開場した。2010年4月末に閉場を迎え、同5月より解体、10月から建て替え工事が始まった。ほぼ丸3年を掛けて新しい劇場へと生まれ変わり、明治22年に初代(第一期)の歌舞伎座ができてから、今回は第五期とされる。生まれ変わったといえども、その姿は戦後まもなく建てられた先代の第四期(1950年竣工)を「踏襲」している。

「四期で歌舞伎を見て育ったお客様が、親から子へと継承していただくために、そして俳優や私ども歌舞伎座にかかわる人間も四期の中で過ごしてきたので、その直近の感性や気持ちを大事にした」と事業主である松竹の常務取締役・武中雅人氏は話す。その言葉通り、最も多くの人が記憶する歌舞伎座が、ほぼそのまま再現されたといっていい。しかし、実はこの五期の歌舞伎座は、建物としての成り立ちが四期とはまったく異なる。何も変わっていないが、全然違うというパラドックスをはらんだ建築と言うことができる。

歌舞伎座南側歌舞伎座正面。四期の外観が踏襲されている。外壁はPC板、垂木はアルミ板、柱型や組物はGRCでできている。

歌舞伎座晴海通りと木挽町通りの角に設けられた広場。地下鉄・東銀座駅からの出口でもあり、歌舞伎稲荷のお社も移された。かつては、四期の竣工後に増築された部分が張り出していたため、今回最も様相が変わった部分でもある。

歌舞伎座東側の木挽町通りに面した部分。歩道も拡幅され、店舗の様子が外にも伝わるよう、開口部を設けている。

鉄骨造で巨大和風建築をつくる

「四期を復元したものではありません。私は『蘇生という行為』と言っていますが、それに加えて『進化』もしています」と話すのは、施工を担当した清水建設歌舞伎座計画建設所副所長・松本匠氏。五期の歌舞伎座は「GINZA KABUKIZA」として29階のオフィスビル「歌舞伎座タワー」とひとつの施設となっている。一見、劇場とは別に自立しているかに思えるが、実際はタワーは一体で劇場の上に載っかっているような構成だ。そのため、四期は鉄筋コンクリート(RC)造だったが、五期は劇場ごと鉄骨造となる。「鉄骨造で和風の建築をつくるというのは、実は非常に難しい。しかも、ここまで大規模なものはほぼ前例がなく、寺社の本堂を5~6棟束ねたようなものです」と松本氏。清水建設では四期の施工も担当したため、60年近くメンテナンスにも関わり、その過程で得た資料などをもとに、設計者と検討を進めた。また解体時にも綿密な実測・調査を行った。「歴史家的な作業で、調査自体は非常に面白かった。思わぬ事実が出てきたりして」と設計をした隈研吾氏は振り返る。

そうして四期の建物を知るうちに、安土桃山風とされる、その外観を鉄骨造で再現することが大きな困難であるとわかっていく。同社の集合住宅・社寺設計部にも協力を得て、更に福井の宮大工棟梁、社寺建・山本信幸氏にプロジェクトに加わってもらった。「和風建築には軒反りや棟の高さなどに様々な決まりごとがあります。山本棟梁が写真や実測図をもとに原寸図を作成して、瓦や垂木の納め方、それらの鉄骨との絡み方などが初めて検討できたんです」(松本氏)。一般的に宮大工というと木造の伝統建築を思い浮かべるが、山本棟梁は普段から鉄骨造やRC造も手掛け、CADまでも使いこなす。かなり現代的な職人だ。「山本棟梁がいなければ、できなかったのでは」と松本氏は言う。

工事は「踏襲」の難しさに留まらず、直径18m・高さ16.4m・重さ350tという巨大な廻り 舞台機構の設置、劇場という無柱空間上部に建つタワーを土台として支えるメガストラクチュア(橋梁級のトラス架構)、四期のものを再利用した約28mのプロセニアムアーチ(舞台を縁取る額の部分)とシャッターなど、難題はきりがなかった。特に、劇場の建設工事を多く手掛けてきた松本氏は、建築の世界では異質とも言える廻り舞台の重要性を共有することに力を注いだという。

歌舞伎座劇場内客席を最前列より見返す。1階から3階まで1808席、さらに一幕見席の156席を加えて、定員1964名。イスの背に並ぶ鳳凰丸の定紋が見事に連なる。張り地には新たに七宝柄も加えられており、「金糸を混ぜることで華やかさが増した」(隈研吾氏)。イスは岡村製作所による特注品。

歌舞伎座上手から見た劇場全景。歌舞伎座は、災害時に約3000人(地下2階の木挽町広場を含めて)を収容する災害時の一時受け入れ施設としても位置付けられている。

歌舞伎座
充電式の字幕ガイド端末は、イスの背に磁石で固定可能。

歌舞伎座 2階客席。勾配をわずかに強め、「すっぽん」(花道上の迫り)の役者が3階からでも見えるようになった。

歌舞伎座満員の客席。客席の前後間隔が広がり、背にメッシュ構造を採用したイスはスリム化されたため、足元まわりの余裕も増えた。

日本的な洗練の仕事

鉄骨造であるがゆえ、外壁に始まり、屋根を支える垂木やその周辺の組物、柱型など、外装を構成する意匠はすべて独立したパーツとして構成される。屋根こそ本瓦葺きだが、外壁はPC板(プレキャストコンクリート)、垂木はアルミ板の組み立て加工、組物や柱型はGRC(ガラス繊維強化セメント)でできている。目地の現れ方や接合部の見え掛かりなど違和感が出ないよう、3Dモデリング(BIM)も用いて徹底した検討がなされた。まったく違う素材を使って、四期の意匠を「踏襲」しているわけだ。一方、内部空間ではより複雑でデリケートな設計上の操作がされている。

「とにかく今までのイメージ、体験における空間の印象を変えないようにしています」と話すのは設計監理にあたった三菱地所設計の石橋和裕氏だ。五期では、劇場としての体験価値の向上が図られた。音響・照明などの設備類や家具は最新の技術で更新され、客席間隔を広げたり、舞台の視認性を高めるため、2~3階の勾配も強められている。舞台まわりの寸法そして表面的な意匠はそのままだが、客席全体は平面上、少しだけスケールアップしている。「外形寸法は動かせない条件の中で、多種多様な改善点を細かく積み重ねた結果です」(石橋氏)。厳しいせめぎ合いの中で内部空間、家具や設備の洗練を押し進めている。「一般的なホールと比べると、舞台と客席が非常に近い、水平性の強い空間。その歌舞伎の本質といえる部分をより強化した」と隈氏は言う。

大間(エントランスホール)から入り、3層の客席、左右の桟敷、その周辺の諸室。そうした全体の構成を変えないことで、「お客様や役者さんが違和感を持たれないようにしました。3年というブランクを感じない空気感を保てたのではないでしょうか」と石橋氏は自負する。

新しいデザインと言えるものではない。四期を「踏襲」した以上、変わってはいないが、決して同じでもない。このパラドックスにおいて、プロジェクトチームがなした仕事からは、地道で繊細な検討と労力を重ねた、極めて日本的な精神性を感じずにはいられない。

歌舞伎座

歌舞伎座左/歌舞伎座の上部に接続する歌舞伎座タワーは最高高さ145.5m。タワーのデザインは伝統的な捻子連子(ねりこれんじ)格子をモチーフにしたルーバーで構成。明かりが漏れないようコア側を向けたプランとし、シンメトリーを強調するため、左側は空に溶けるガラスカーテンウオールとしている。歌舞伎座のホリゾントとしての役割を担う。
上/店舗やチケット売り場などが並ぶ地下2階の木挽町広場。地下鉄東銀座駅と直結し、中央区の地区計画で定められた公共的な施設としても機能する。


DATA

所在地
東京都中央区銀座1丁目12-15
開 場
2013年4月2日
敷地面積
約6996m2
延床面積
約9万3530m2
設 計
三菱地所設計、隈研吾都市建築設計事務所
施 工
清水建設
外観照明デザイン
石井幹子・石井リーサ明理+石井幹子デザイン事務所
  • bp SPECIAL ISSUE掲載(2013.05発行)