MUSEUM[美術館・博物館]横尾忠則現代美術館

アーティストの才華とモダニズム建築の融合

横尾忠則現代美術館 1階ロビー兼オープンスタジオは、ピロティーと連続した無柱空間。左手奥はミュージアムショップでデザインも横尾氏のこだわりが反映されている。右手は公開制作時の作品。

横尾忠則現代美術館

横尾忠則現代美術館左/ショップ前の柱越しに前庭方向を見通す。ピン支持の構造柱が象徴的に露わにされている。
上/北側外観。並列して建つ「原田の森ギャラリー」の原設計も村野藤吾による。右手のガラス張りの空間は著名なシェフ・永松新一氏のカフェ。公募型プロポーザルで出店が決まった。

 

兵庫県ゆかりの奇才

横尾忠則氏は、'60年代、サイケデリックなポスターなどでグラフィックデザイナーとして活躍し、1981年「画家宣言」をすると、絵画を始め、ビデオアートや著述など活動の領域を広げ、日本のアート・文化・風俗に強い影響を与え続けてきた。兵庫・多可郡(現在の西脇市にあたる)の出身である同氏は、2008年の県立美術館での個展を準備する過程で、作品・資料を県へ寄贈・寄託したいと申し出た。

一方、かねてより「原田の森ギャラリー」としていわゆる市民ギャラリー(貸し美術展示施設)に使用されていた県立美術館分館。その西館は、老朽化が進み、改修工事を施すことになっていた。「ちょうどタイミングが合った」と横尾忠則現代美術館の学芸課長・山本淳夫氏は話す。県ゆかりの作家として横尾氏の作品を展示する場へ生まれ変わることになった。

横尾忠則現代美術館

横尾忠則現代美術館左/3階の展示室内。共通するモチーフをまとめて構成展示された。制作年の書き文字は作家自身によるもの。
上/2階の展示室は最も広い展示空間となっている。

蘇ったモダニズム建築

建物は、日本を代表するモダニズム建築家の一人、村野藤吾によるもの。前庭とピロティを持ち、白亜が美しい。横尾氏の作品が多彩で強い特徴を持つことから、改修ではシンプルで控えめな現代美術館の空間づくりを目指した。1階は周囲の壁を取り払い、オープンスタジオとした。レクチャーやワークショップ、公開制作などができる。ピロティからつながる自由な"広場"は、近代建築の要素の一つでもある。1階は自由に入れるパブリックな空間だが、4階も同様に無料で公開していて、デジタルアーカイブや開架のライブラリも利用できる。

2 ~ 3 階の展示室は基本的にはホワイトキューブ(ニュートラルな箱型空間)で、壁面展示だけでなく、岡村製作所による展示用の覗きガラスケースも備える。

寄贈・寄託作品は、およそ絵画500点、版画200点、ポスター900点など3000点を超え、更に資料も合わせると膨大な量となる。常設展示はなく、企画展を年4回ほどのペースで予定する。

また開館記念展では、横尾氏の公開制作に加え、細野晴臣氏のライブや糸井重里氏とのトークショーなどさまざまなイベントが催された。山本氏は「横尾さんの幅広い人脈を通じて、様々な日本のカルチャーを紹介できるようにしたい」と今後の展開にも意欲的だ。

横尾忠則現代美術館鏡面張りの壁面で独特の演出がなされた2階の小展示室。

 

モチーフを反復する

昨年(2012年)11月の開館後、週末には300~400人を集客するなど順調な滑り出しで、20~30代の比較的若い世代に人気だという。招待券などを除いた入館者の有料率も約8割と高く、またミュージアムショップの売上げも好調で収益的にも好ましい状況のようだ。

初回の企画展『反反復復反復』は、横尾氏の、特定のモチーフを繰り返し作品化するという活動に着目したものだった。この美術館も、村野の建築という時代を超えたモチーフを、現代的な視点で蘇らせたものといっていい。限られたリソースを有効に活かすうえで、横尾氏の既存のイメージを描き写すという姿勢に見習うべきものがあるかもしれない。

横尾忠則現代美術館上/4階のアーカイブルームでは横尾氏が保管していた資料などを段階的に整理・公開している。窓からは神戸の山沿いの街並みが望める。赤い色遣いも横尾氏のアドバイスという。
右/外観夕景。アーカイブルームの壁面がのぞく。周囲は動物園や文学館のある王子公園が近接し、並木道の続く良好な環境だ。

横尾忠則現代美術館


DATA

所在地
兵庫県神戸市灘区原田通3丁目8-30
竣 工
1982年(改修: 2012年)
敷地面積
約2971m2
設 計
村野藤吾・兵庫県都市住宅部営繕課
改修設計
兵庫県県土整備部住宅建築局営繕課・姫路建築事務所(建築)
展示設計・施工
丹青社
  • bp vol.10掲載(2013.03発行)