MUSEUM[美術館・博物館]ホキ美術館

人と絵の関係を純粋化したギャラリー空間

ホキ美術館開口部により外部から様子がうかがえる1階のギャラリー部分。スチールのチューブ構造で構成され、約30mが片持ちで浮き上がっている。

“オーバースペック”な美術館

ホキ美術館は日本初の写実絵画専用の美術館として、千葉・土気に2010年11月開館した。館長・保木将夫氏によるコレクション、約300点の作品が収蔵、展示されている。緑豊かで広大な自然公園「昭和の森」に隣接しており、周辺は閑静で良好な環境だ。

写実絵画の私設コレクションという性格とともに特徴的なのは、それら作品群を見せるためだけにつくられた建築だ。

「具象絵画を鑑賞するために理想化を目指したギャラリー空間なんです」

設計にあたった日建設計・山梨知彦氏はこの建築についてそう話す。細密に描かれた写実画にしっかりと対峙できるように、あえて回廊形式の空間――ギャラリーがメインたる建築をつくったという。多くのコレクションを見せるため、500mの回廊が3層にわたり、地下まで折り重なるように続く。
ギャラリー(gallery)とは回廊形式を持った建築から由来する。

その体験を更に純粋なものとするため、室内に現れるあらゆるもの――梁や柱など構造体はもちろん、仕上げの目地やテクスチュアから、ピクチャーレール、照明器具、空調機器などの見え掛かり、床を歩く音まで鑑賞時の集中を妨げる要因をことごとく排した。

「それらを成立させるテクノロジーはオーバースペックとさえ言えるものになっています」三次元モデルによる最新の設計が駆使されたギャラリーは、壁と天井がスチールで構成された躯体と一体となっている。また7000台以上のLEDを使った照明は、子細に観察するために顔を近づけても光は遮られないし、その存在は感じさせない。絵の暗いところは暗く、ハイライトが欲しいところには明るく、といったように作品ごとに細かい調整を可能とし、作家が自ら配光を決めているという。「ここまで徹底しなくても、美術館としては成立します。むしろ過剰な演出とも言え、現代美術の観点からは邪道かもしれない。しかし『ホキ美術館』という個人のコレクション、それに応えるためのエンジニアリングを提供したかったのです」と山梨氏は語る。

ホキ美術館

ホキ美術館最も長い1階のギャラリーはここで折り返す。照明は色温度や角度など作品ごとに細かい調整が可能となっている。

キュレーションが与える影響力

当初は、「美術館を営業施設として考えてしまった」という山梨氏。しかし、写実絵画の持つ写真とは異なるリアリティー、「人によって心象化された風景」(山梨氏)の魅力に気付かされ、それをいかに最良の状態で見せるかに注力することにした。

同時に、「われわれ建築家も、そしてつくる建築も保木さんの"コレクションの一部"にならなければ」と考えたという。

私設美術館である以上、保木氏自身の見識がそこに表れることに意義がある。ギャラリー以外に、レストランやワインカーブもある。すべてが保木氏のコレクションなのだ。

ギャラリーは開口部の取られた1階から、まわりの環境と馴染みつつ始まり、地下へ潜るように進むと、前述した"純粋化"によって、建築と鑑賞体験が一体化し、非常に濃密になっていく。

「結果、今までになかったことが起こっています。通常は作品保護のため、ケース越しに作品を見ざるを得ないですが、ここでは作家自らがそれを外してしまった。そして写実画を今までにないほどたくさん集めたことで、作家の意識も変えてしまったのです」

美術館とは、人気のある作家や絵を集めて、人をたくさん呼んで終わりではない。集まった絵を見せるための箱をつくるだけでもない。

「写実絵画というものが保木さんのキュレーションによってこれまでとは違う存在に変わる、ここはその場なんです」

一見、公共空間とは相容れなさそうな個人の純粋な思い、そしてそれに応えるべくつくられたオーバースペックな建築。しかしそれが人々の意識を変え、美術界にも影響を与える。

オープンしてわずか3カ月で3万5000人の来館者を集めたホキ美術館は、新しい公共空間を提示している。

ホキ美術館地下1階にある器のギャラリーからは1階のギャラリーが望める。展示ケースは岡村製作所の製作で、最大限の面積で高透過ガラスを用い、鑑賞体験を高めている。

ホキ美術館 上/弧を描くギャラリーは階ごとに天井高や形状が微妙に異なっている。
下/地下1階から地下2階へ降りる階段状になったギャラリー。踏面を座席とするためのクッションは岡村製作所によるもの。ウレタンの3層構造で軽量で丈夫につくられている。

DATA

所在地
千葉県千葉市緑区あすみが丘東3-15
敷地面積
約3,860m2
延床面積
約3,720m2
設 計
山梨知彦+中本太郎+鈴木隆+矢野雅規/日建設計
施 工
大林組
主な付帯施設
イタリアンレストラン「はなう」、ミュージアムカフェ、
ミュージアムショップ
  • bp vol.2掲載(2011.05発行)