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2017.12.04  取材・文/山下久猛 撮影/山本仁志(フォトスタジオヒラオカ)

活動のモチベーション

──一時的とはいえ、年収大幅ダウン、貯金も底をつく状態になり、しかも現地での治療は無料で、旅費まですべて自費ですよね。そこまでして縁もゆかりもない途上国の医療に身を投じている動機、岩田さんを突き動かしているモチベーションは何なのですか?

岩田雅裕-近影3

非常にシンプルで、そこに困っている患者さんが大勢いて、僕は治せる技術をもっている。だったら可能な限り治してあげたい。それだけですね。

そもそも「病気やケガで困っている人を自分のもっている技術で救う」というのは医療の原点。僕もそれがやりたくて医療従事者になったわけです。日本の医療現場でそれが感じられればわざわざ途上国に行く必要もなかったかもしれませんが、日本も他の先進国と同じように発展していくにつれて難しい状況になっていきました。もちろんほかの日本の医者も最初はみんなその原点から医者になったと思うんですが、特に大きな病院で働くうちにだんだん違う方向に行ってしまう。日本にはもはや医療の原点はないと言っても過言ではないと思いますね。日本では医療がビジネスライクになりすぎているような感じがして。もちろん医療もビジネスであることには違いないのですが、それ以上に大切なものが本当はあるはずで、僕が日本で医療従事者になった頃はまだそれがあったんです。ビジネスではあるけれども、患者さんとのいい関係も確かにあった。それがだんだん少なくなっていって、ビジネスの部分だけが残ってしまっているような気がします。だから今はいろんな面で患者さんとの関係って非常に難しいですよね。

でもカンボジアやラオスなどの途上国にはその医療の原点がある。手術してよくなったら、子どもやその親から「ありがとう」と感謝されるんですよ。もちろん、それを求めて手術をしているわけでは全くないんですが、やってよかったなとは思いますよね。自分がしたことで喜んでくれるというのは非常に大きなやりがい、生きがいだし、喜んでくれる人がたくさんいるというのは非常に大きなモチベーションになります。

よく、心の底からほっとする瞬間があるんですよ。患者さんとのいい関係が実感できる時が。現地の人たちは本当に純粋で純真ですからね。帰る時、見えなくなるまでずっと手を振ってくれるお母さんがいたり。言葉が通じないのですが、その仕草を見ててずっとありがとうと言ってる雰囲気が伝わってくるので、それがすごく印象に残りますよね。だから続けられているんでしょうね。

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娘の手術が終わってほっとするお母さん。ラオスにて(写真提供:ウィズアウトボーダー)

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子どもの患者と宏美さん。ラオスにて(写真提供:ウィズアウトボーダー)

今さらやめられなくなった

──でも自分の収入を減らしてでも、かなりの額を自腹切ってでもやるというのは、普通の人にはなかなかできないですよね。

岩田雅裕-近影4

確かに普通じゃないかもしれませんね(笑)。あとは、今さらやめられなくなったというのも正直あります。途上国での医療は続けなければ意味がないんですよ。今は毎回100人近い患者さんが待ってるという状況になっているんですが、どう考えても1週間に70人も手術できないんですよ。30人が限界です。現地でも病院は週に2日は休診するので。だから手術を受けられない人も必ずたくさん出る。その人たちは次回に持ち越しとなる。だから僕が来るのを心待ちにしている患者さんがたくさんいるので行くしかない。その繰り返しなんです。だから正直、やめられなくなったというのが実際のところですね。

それと、日本には僕と同じような手術ができる医者はたくさんいますが、それができる医者がいない国が目の前にある。だからやらざるをえなくなったというのもあります。

人の幸せは金ではない

──お金にはさほど価値を感じていないってことですね。

いや、お金はほしいですよ(笑)。あれば困ることはないので。ただ、人生の中でそれほど重きはおいてないですね。


──それは昔からなのですか?

いえ、やっぱり病院勤めの時はそれなりに給料をもらっていて、すごくいい生活とまでは言わないけれど、何の不満もない生活をしていました。でもね、ブータンに行った時感じたんですが、みんなお金はないけど幸せそうなんですよね。それを見てて人の幸せというのはモノではないんじゃないかと再確認しました。だから高価な物がほしいとか、いい車に乗りたいとか、いい家に住みたいとか、そういう物欲がなくなりましたね。すごい贅沢をしたことはないのですが、それなりにやってみて、別にそれはどうでもいいかなというのが今の正直な気持ちです。

ブータンにて(写真提供:ウィズアウトボーダー)

ブータンにて(写真提供:ウィズアウトボーダー)

──1回生活レベルを上げてしまうとなかなか戻せないっていうじゃないですか。その辺は大丈夫だったのですか?

全然大丈夫でしたね。辞めた後、ものすごく貧しい生活になったわけでもないし、それなりに生活できているので。それ以上のものをほしいとは思わないってことですね。


インタビュー第3回はこちら

岩田雅裕(いわた・まさひろ)

岩田雅裕(いわた・まさひろ)
1960年兵庫県生まれ。フリーランス医師

岡山大学歯学部卒業後、個人経営の歯科医院に就職。1年半歯科医師として勤務後、口腔外科を学ぶため岡山大学病院口腔外科へ。臨床と研究に注力し、年間100件以上の手術を行う。1993年、系列の広島市民病院に異動。33歳という異例の若さで口腔外科部長に抜擢。1997年から医療の遅れている中国湖南省で医療支援を開始。2000年に友人の誘いでカンボジアへ。劣悪な医療環境に衝撃を受け、カンボジアでの医療支援ボランティアを開始。唇裂口蓋裂 や腫瘍、顔面骨折、口腔内・頚部などの手術を無償で行う。2013年、より多くの患者を助けたいと、当時勤めていた岸和田徳洲会病院の口腔外科部長の職を辞してフリーランス医師に。以降、より渡航回数は増加。現在はカンボジアに加え、ラオス、ミャンマー、ブータンなど、年間20回以上通っている。18年間で手術をした患者は 3000人を超えた。現地では治療だけではなく、現地の専門医の育成や、妻とともに子どもたちへの健康指導、生活物資の寄与なども行っている。

初出日:2017.12.04 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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