WAVE+

2017.11.27  取材・文/山下久猛 撮影/山本仁志(フォトスタジオヒラオカ)

途上国での医療支援活動

途上国の病院で手術を行う岩田医師(写真提供:ウィズアウトボーダー)

途上国の病院で手術を行う岩田医師(写真提供:ウィズアウトボーダー)

──岩田さんの現在の医師としての活動について教えてください。

フリーランスの顎顔面口腔(がくがんめんこうくう)外科医として、1年の3分の1以上、主に東南アジアの途上国に行って病気やケガで困っている人たちを治療しています。


──どんな国に行っているのですか?

今、定期的に行っているのがカンボジア、ラオス、ミャンマー、ブータン、中国、スリランカくらいですね。あとは単発でいろいろな国に行っています。


──どのくらいの頻度で行っているのですか?

岩田雅裕-近影1

毎月、どこかの国に行ってます。多い時で2回行くこともあるので、年間20回くらい行ってますね。ミャンマーから日本に帰ったその翌日にまたカンボジアに行ったこともあります。最も多いのがカンボジアで、去年(2016)の夏に通算100回を超えました。カンボジアに初めて行ったのは18年前の2000年。そこから少しずつ回数が増えて、2013年に勤めていた病院を辞めてフリーランスになってからは爆発的に増えました。そのためにフリーになったわけですが(笑)。


──現地では具体的にどのような疾患の治療を行っているのですか?

顎顔面口腔外科とは、口腔(口の中)、顎、顔面、首周りなどの疾患を扱う診療科です。治療で一番わかりやすいのは親知らずの抜歯ですね。といっても途上国ではそのような簡単な治療ではなく、現地の医師では治療できないような難しい手術を行っています。そもそも現地には専門医がいないんですよ

唇裂口蓋裂の幼児(写真提供:ウィズアウトボーダー)

唇裂口蓋裂の幼児(写真提供:ウィズアウトボーダー)

例えば顔面にできた腫瘍を摘出したり、子どもの場合は唇裂口蓋裂(しんれつこうがいれつ)という唇や上顎が割れてる先天異常が圧倒的に多いですね。あと口腔内・頚部・鼻部の病気や交通事故や転落などによる骨折も多いです。顔面付近の疾患なので見た目や生活に直結し、進行すると命に関わる非常に重要な分野です。

ただ、途上国では治療する範囲が日本のようにはっきりと区別されていないので、その辺は曖昧です。手術は、現地の医師と一緒に行っています。


──その報酬は現地の患者さんや病院からもらっているのですか?

いえ、現地には日本のような国民皆保険制度などはないし、特に農村部の人たちはとても貧しいので、診察・手術などの治療はすべて無料で行っています。渡航費や滞在費などの経費も患者さんや病院からはいただいていません。

劣悪な医療環境での超タイトスケジュール

──途上国の医療事情はどんな感じなのですか?

現地の病院には骨折の手術に必要な器材、プレート、スクリューなどが不足しているため、あるもので何とかするしかない(写真提供:ウィズアウトボーダー)

現地の病院には骨折の手術に必要な器材、プレート、スクリューなどが不足しているため、あるもので何とかするしかない(写真提供:ウィズアウトボーダー)

劣悪のひと言です。とにかく医療関係の道具がね、ないんですよ。本当にないんです。ベッドから検査機器、医療設備、医療器具、材料、医療スタッフまで、全部が圧倒的に不足しています。カンボジアなどに行ってみて改めて日本の医療環境の素晴らしさを実感します。どんなに小さい病院でもだいたいの器具や材料はありますからね。だからいつもあるもので何とかするしかない。糸鋸を使って手術することもあります。


──1回の滞在期間と治療人数は?

だいたい1週間から10日程度で、朝から夜まで病院を2、3ヵ所巡って、70人くらいの患者さんを診察します。病院と病院の距離が離れていて、次の病院まで行くのに車で6時間くらいかかることもよくあります。1日で手術するのは多い時で昼間に7、8人、夜に4人の最大12人程度。先日は最後の手術が終わったのが22時半でした。それが月曜日から金曜日まで続く感じですね。時には半月ほど滞在していろんな地方を巡って手術をすることもあります。ここ10年くらいはこのペースです。


──ものすごいタイトスケジュールですね。

岩田雅裕-近影2

今はこんなにすごくタイトなスケジュールですが、18年前に初めてカンボジアに行った頃はそうではなくて、到着した日に患者さんを診察して手術できるかどうかを決めて翌日に手術するという割とのんびりした感じだったんです。患者さんの総数が少なかったので、手術する人数も1日1人、1週間で2、3人程度でした。でも通ってるうちにだんだんうちにも来てくれという病院が増え、それにともない患者さんもどんどん増えていって今のようなタイトな状態になったわけです。

診察・手術には何より信頼関係が必要ですからね。田舎はコミュニティが小さいので、「日本からこういう先生が来てて、こういう病気を治してくれる、しかも無料で」という情報がすぐに伝わります。すると手術した病院の医師は違う病院の医師に伝えて、またそこから口コミで広まってうちの病院にも来てくれという依頼が来る。それが地域だけじゃなくて国境まで越えた。ラオスやミャンマーに行くようになったのも、カンボジアの医者が僕のことを伝えたからですしね。その繰り返し、積み重ねでここまで増えたんです。基本的に昔から頼まれたらどこでも行くというスタイルなので(笑)。

途上国には岩田さんの妻で、岩田さんの活動を支える一般社団法人「ウィズアウトボーダー」の代表でもある宏美さんも同行し、岩田さんの活動を全面的にサポートしている。ちなみに現地での写真も宏美さん撮影。ブータンにて(写真提供:ウィズアウトボーダー)

途上国には岩田さんの妻で、岩田さんの活動を支える一般社団法人「ウィズアウトボーダー」の代表でもある宏美さんも同行し、岩田さんの活動を全面的にサポートしている。ちなみに現地での写真も宏美さん撮影。ブータンにて(写真提供:ウィズアウトボーダー)

──これまで手術した患者さんは何人くらいなんですか?

海外だけで3000人を超えてますね。


──1回の滞在で70人の患者さんを診るってすごいですね。

僕が行くことは事前に告知されていますから、実際はもっとたくさんの大勢の患者さんが集まるのですが、とても全員は診きれないんですよ。70人が限界で、20人くらいは次回に持ち越しになります。だから可能な限り何度も通っているわけです。

岩田さんが来る際は患者が押し寄せる(写真提供:ウィズアウトボーダー)

岩田さんが来る際は患者が押し寄せる(写真提供:ウィズアウトボーダー)

でもカンボジアの人は、次に来てくださいと言った患者さんの半分くらいは来ないんです。だからその後どうなったかわからない人もたくさんいます。どこか他に病院で治療してもらっていればいいのですが、そのままあきらめて家にいるかもしれない。そんな人がたくさんいるんです。心配ですが現状、こればっかりはどうしようもないんですよね。

岩田雅裕(いわた・まさひろ)

岩田雅裕(いわた・まさひろ)
1960年兵庫県生まれ。フリーランス医師

岡山大学歯学部卒業後、個人経営の歯科医院に就職。1年半歯科医師として勤務後、口腔外科を学ぶため岡山大学病院口腔外科へ。臨床と研究に注力し、年間100件以上の手術を行う。1993年、系列の広島市民病院に異動。33歳という異例の若さで口腔外科部長に抜擢。1997年から医療の遅れている中国湖南省で医療支援を開始。2000年に友人の誘いでカンボジアへ。劣悪な医療環境に衝撃を受け、カンボジアでの医療支援ボランティアを開始。唇裂口蓋裂 や腫瘍、顔面骨折、口腔内・頚部などの手術を無償で行う。2013年、より多くの患者を助けたいと、当時勤めていた岸和田徳洲会病院の口腔外科部長の職を辞してフリーランス医師に。以降、より渡航回数は増加。現在はカンボジアに加え、ラオス、ミャンマー、ブータンなど、年間20回以上通っている。18年間で手術をした患者は 3000人を超えた。現地では治療だけではなく、現地の専門医の育成や、妻とともに子どもたちへの健康指導、生活物資の寄与なども行っている。

初出日:2017.11.27 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの