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2016.04.04  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

リスクヘッジも考えて

──テレビディレクター時代の話は後ほどじっくり聞かせてください。そんなにいろんな仕事をしていて大変じゃないですか?

ナカムラクニオ 近影21

全然ストレスはないですね。すごくおもしろいですよ。いろんな仕事を選べるし。今は、6次元の運営と金継ぎの職人、本関係の仕事をバランスよくやるというライフスタイルを模索している感じですね。いずれにしても今は楽しんでやっています。


──なぜそんなにいろんな仕事に取り組むのですか?

この先10年、20年のロングスパンで自分の人生を考えた時、1つの仕事だけでは60、70歳になった時に行き詰まると思うんですよね。だからリスクヘッジのためになるべく稼げる仕事を増やしておいた方がいいと思い、意図的に並行していろんな仕事を進めているわけです。今のうちから少しずつ種まきをしておこうという感じですね。

でも、確かに全然違ういろんな仕事をしているように見えますが、僕としてはいろんなことをやっているという感覚はなくて、1つのことしかやっていないという感じなんですよね。つまり、6次元というコアとなる大きなプロジェクトの中で、いろいろな小さなプロジェクトを同時進行で回しているって感覚なんです。だから毎日いろんな仕事をしていて面倒くさくないですか? って聞かれるんですが、僕としてはそっちの方が落ち着くんですよね。

多国籍読書会

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高校生の賞金稼ぎ

──ここからはどういう経緯を辿って現在のナカムラさんに至ったのかについて聞かせてください。ナカムラさんといえばアートというイメージですが、アートとの関わりはいつ頃から始まったのですか?

高校1年生の時に東京都美術館で現代美術家のジョナサン・ボロフスキーの企画展を観て、すごく衝撃を受けたんですよ。それ以来、現代美術にハマりました。だから以前、東京都美術館の協力を得てイベントを開催した時は、ついに僕も憧れの都美館とコラボする日が来たかと、すごく感慨深いものがありましたね。

高校生の時はお小遣いやお年玉を全部使って、狂ったように画集や美術書を買い集めていました。美術書だけの部屋があったくらい美術オタクだったんです。展覧会にも足繁く通っていたのですが、そのうち『月刊ギャラリー』という雑誌に展覧会の批評を書くようになりました。雑誌に投稿すると編集部からいろいろな展覧会の無料チケットを送ってもらえたので、それでまた観覧して書くということを繰り返していました。


──ご自身でも絵を描いていたのでしょうか。

ナカムラクニオ 近影23

はい。自分でも絵を描くようになって、ある日横尾忠則さんが審査員を務める絵の公募展に出品したら入賞して、10万円の賞金をもらったんですよ。自分が描いた絵で10万円ももらえるのかと自分でもびっくりしましたね。それから他の絵も出品したら続々入賞して賞金をもらえたんです。高校生にしてみたら5万とか10万は大金ですからそれ以来ハマって絵で賞金稼ぎをしてました(笑)。当時はコンペがたくさんあったんですよ。あとは個展をやったり、結構アクティブに活動していましたね。


──高校の美術部に入ってたり、画家に師事したりしてたのですか?

いえ。美術部員でもなければ、誰かに教えてもらったわけでもありません。完全に独学、自己流です。いろんな美術書を読んでいて膨大な知識はあったので、それらを参考に好きなように描いてました。高校卒業後、大学に入学してからも相変わらず美術オタクで、美術館でアルバイトをしたり、美術書の収集をしていました。日本にない美術書はアメリカとかフランスとか海外に買い付けに行っていました。


──美術系の大学には入らなかったのですか?

実はイギリスの美大に留学する予定だったのですが、諸事情で断念せざるをえなくなったんです。日本の大学ならどこでもいいやという感じだったので、美大ではない一般的な大学に入りました。


──日本の美大に入ろうと思わなかったのはなぜですか?

それは最初から全くなかったですね。美術に関する知識は日本の美大で教えてる先生よりも僕の方が上だという自信があったので、高校生のとき美大で教えようかなと思っていたくらいなんです。


──高校生でそう思うなんてすごいですね。

いやあ、オタクってすごいと思うんですよね。すごい知識を得ると誰にも教わらなくていいというレベルまで行く。そのくらい美術に関してはオタクでマニアックだった。今思えば若かったですね(笑)。

画家からテレビディレクターへ

──大学時代も絵を描いていたんですか?

ナカムラクニオ 近影24

はい。画家を目指して絵をずっと描いていたのですが、途中で現実的には絵だけで食べていくのは無理だなと気づいて、取りあえず就職しようと。職業として自分のやりたいこと、できることを考えた時、当時放送していた「なるほど・ザ・ワールド」というテレビ番組が好きで、毎月海外ロケに行けるような仕事っていいよなと(笑)。それで、ちょっと浅はかな感じなんですが、「なるほど・ザ・ワールド」を制作していたフジテレビの子会社でニューテレスという制作会社の採用試験を受けて入社したんです。僕が入社した頃には「なるほど・ザ・ワールド」は終わってたんですけどね(笑)。


インタビュー後編はこちら

ナカムラクニオ

ナカムラクニオ
1971年東京都生まれ。ブックカフェ「6次元」店主。

高校時代から美術活動に取り組む。作品を横尾忠則氏に絶賛され、公募展に多数入賞、個展開催などアーティストとして頭角を現す。大学卒業後はテレビ制作会社に入社。「ASAYAN」「開運!なんでも鑑定団」、「地球街道」などを手掛ける。37歳の時に独立し、フリーランスに。NHKワールドTVなどで国内外の旅番組や日本の文化を海外に伝える国際番組を担当。2008年ブックカフェ「6次元」をオープン。その後オーナー業と平行してフリーのディレクターとして番組制作の仕事も請け負う。現在は「6次元」店主として年間200回を超えるイベントの企画、運営、執筆活動、出版プロデュース、大学講師、金継ぎ講師など、さまざまな仕事に取り組んでいる。執筆業では、+DESIGNINGで「デザインガール図鑑」、朝日小学生新聞で「世界の本屋さん」、DOT Placeで「世界の果ての本屋さん」、IGNITIONで「Exploring Murakami’s world」などを連載中。著作に『人が集まる「つなぎ場」のつくり方‐都市型茶室「6次元」の発想とは』(CCCメディアハウス)、『さんぽで感じる村上春樹』(ダイヤモンド社)などがある。

初出日:2016.04.04 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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