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2016.01.04  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

地域活動

──地域活動はどのようなことをしているのですか?

自宅から徒歩2分の葉山のビーチで

自宅から徒歩2分の葉山のビーチで

2009年から「トランジション葉山」という葉山・逗子を中心に、石油依存型の社会から脱却し、自分たちの手でより暮らしやすい持続可能な町づくりのために活動をしている団体の運営スタッフをしてます。いろんな活動がある中で、代表的なものとしては2010年4月、仲間とともに立ち上げた地域通貨「なみなみ」があります。


──「なみなみ」はどのような地域通貨システムなのですか?

まず、なみなみを使いたい人はなみなみの公式ブログを読んでなみなみに関する基礎知識を理解してもらいます。その上で月に1回開催している説明会に参加して目的やシステムなどの詳しい話を聞いて、十分に納得した上でやりたい人は参加できます。費用は年会費として1500円が必要です。

川崎さんのなみなみ通帳

川崎さんのなみなみ通帳

入会するとマイナス2000なみから始まる通帳と「で・しリスト」がもらえます。「で・しリスト」というのは「できること」「してほしいこと」のリストの略で、メンバーになる人は、フォーマットに自分の氏名・電話番号・住所や300文字以内の自己紹介とともに、自分の「できること」と「してほしいこと」を書くのね。その情報を一冊にまとめた冊子が「で・しリスト」。メンバーはそれを見てお願いしたいことをお願いしたい人に連絡したり、メーリングリスト上でやり取りしたりするわけ。例えば私みたいな車を持っていない人がちょっと遠くまで買い物などに行きたいとき、送迎してもらいたい日時、場所、支払うなみなどをメーリングリストに書き込んでやってくれる人を募集するのね。そうするとやってもいいという人が連絡してくれる。その報酬が1000なみだとすると、私の通帳に-1000、送ってくれた人の通帳に+1000って記載されるというわけ。あとは物を買いたい時、借りたい時、逆に売りたい時も同じです。

地域通貨のメリット

──地域通貨を使うことのメリットは?

いろいろありますが、1つは地域の知り合いが増えるということね。すごく近くに住んでいるのに今まで一度も話したことがなかった人と地域通貨を通して知り合えるかもしれないでしょ。地域で知り合いが増えたら困ったときに助け合うことができる。実際に、子どもの面倒など、お願いする人が誰でもいいわけじゃないというときは、お母さん同士のグループを作ったりして助けあっている人たちもたくさんいます。この「地域での助け合い」の機会を増やすことが地域通貨を立ち上げた一番の目的なの。

川崎直美-近影2

なみなみの会員の中には、「お願いしたいことがあるけど私は稼げるあてがないからなみを使いたくない」という人がいるんだけど、そういう人にはよくこう説明しています。世の中には圧倒的な社会的弱者という人たちがいるわけだよね。例えばお年寄り、障害者、病人、シングルマザー。そういう人たちは他人に助けてもらわないと生きていけない。でもシングルマザーは子どもが育って手がかからなくなったらまた周りの人にお返しできるかもしれないし、お年寄りは若い頃に十分頑張ってきたわけでしょ。だから人にやってもらうばかりで、自分のなみはどんどんマイナスになるとしても、そんなことは気にしなくていいんだよ。いつか返す時が来るかもしれないし、別に返せなくても構わない、って話してるの。

そこが現実のお金と分けて考えなければならない最大の点なのよ。自分のもってるお金はできるだけマイナスにしたくないよね。貯金はなくても借金はしたくない。マイナスになったらすごく不安になってくるから。でも、地域通貨なみなみはその不安から解放されるべきものなのよ。

実際のお金を介さなくても人と助け合えることに喜びを感じたり、これがより一層進むと、なみもいらない、無償でやってあげるよという関係が生まれてくるのよ。実際、私も特定の人とはなみのやり取りなしで何かをしてあげたりしてもらったりしてるしね。最終的にはみんながこうなればいい。そういう地域って暮らしやすいでしょ。だからなみは使うことそのものが目的じゃなくて、この地域に住む人たちがお互いに助け合いがスムーズにできる暮らしを作っていくためのツールにしかすぎないの。

川崎直美(かわさき なおみ)

川崎直美(かわさき なおみ)
1951年神戸市生まれ。レパスマニス店主/地域活動家

神戸に暮らしていた10代は、ヒッピー文化の影響を受け自由な生き方にあこがれる。16歳で高校中退後、アルバイト生活。大阪万博のアルバイトで知り合ったスウェーデン人の女性に触発されて20歳のとき世界一周の旅へ。途中で立ち寄ったバリにハマり、バリを拠点に生活スタート。23歳のときタイで出会ったアメリカ人男性と恋に落ち、24歳で娘を出産。生活拠点をハワイに移し、バリとハワイを行き来する暮らし。28歳のときパートナーと離別、日本に帰国。様々なアルバイトを経験後、東京で外国人タレントのマネジメント事務所で働くようになる。計2社で約4年勤務した後に自ら外国人タレントのマネジメント事務所を起業。バブル景気に乗り、大成功を収めるも、12年経営した後に廃業。1994年単身、アメリカに渡り古い中古車を購入し、中西部のネイティブアメリカンの土地をめぐる。半年間で1万6000キロを走破。帰国後は逗子に移住。渋谷に自然生活雑貨店「キラ・テラ」を開店。2年後、大手自然食材企業に吸収、社員となり、横浜の店で勤務。12年勤めた後、退社。地域活動にのめり込む。2011年に葉山に移住、自然生活雑貨店「レパスマニス」開店。現在はレパスマニス店主を務めるかたわら、葉山町をみんなが暮らしやすくする町にするために様々な活動に尽力中。

初出日:2016.01.04 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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