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2015.08.03  取材・文/山下久猛 撮影/大平晋也

留職を通して目指していること

──そもそも小沼さんが留職を通して目指していることとは?

クロスフィールズのスタッフの皆さん

クロスフィールズのスタッフの皆さん

我々が目指している世界観は大きく2つです。1つは、たくさんの人びとが社会とのつながりを感じながら目をキラキラさせて自分の仕事に打ち込んでいる世界を作りたいということ。その仕事は必ずしも直接的に社会の課題を解決する必要である必要はありません。自分の仕事に対して誇りをもちつつ、自分の仕事を「志事」、すなわち志を体現する事ととらえ、何のためにこの仕事をしているのかを理解し、これが本当に自分のやりたいことなんだと思って仕事に打ち込んでいる状態の人を増やしたいんです。


──留職を経験することによってなぜ働く人の目がキラキラになるのでしょう?

僕がこのプログラムを始めたきっかけは、大企業に就職した友人たちが急速に熱意を失っているさまを目の当たりにしたことです。僕は大学卒業後、青年海外協力隊の隊員として途上国に2年間赴任したのですが、帰国後同世代の友人に会ったとき、学生時代のときのような元気が失われていて、途上国の人たちの方が圧倒的に幸せそうに生きていると感じました。それはどうしてなんだろうと今日まで突き詰めて考えているんですが、最近なんとなく答えが見えてきたんです。

インドの社会的企業に留職する日立製作所のエンジニア

インドの社会的企業に留職する日立製作所のエンジニア

大きな組織で働いている人ほど、最終的に社会との接点をもつ機会が奪われてしまっていることに原因があるんじゃないかと。つまり、組織が大きくなればなるほど分業制が加速し、仕事が細分化されるので、働いている個人と社会との接点が減り、自分の仕事に対して誰かからありがとうと言われる機会がほぼなくなっている。そのため自分は誰のため、何のためにこの仕事をしているんだろうという、自分の仕事の意義がわからなくなっている。それがグローバル化やIT化によってより加速され、多くの人びとが仕事に対する熱意やモチベーションがもてず、目の輝きも失っている。これが現在の日本をはじめ世界の先進国の状況だと思うんですね。

そういう人たちを、ある日突然途上国のしかも小さな団体に送り込むことにより、全身で社会と接する経験をもてるということが、留職プログラムの価値なのです。大企業の中に埋もれて働くことの意義を失っている状態から現地に行くと「日本から来たビジネスマンにこれをやってほしい」と全力で期待される。本人もその期待に応えたいと思うけれど、最初は勝手が違いすぎるし日本では考えられない問題も頻発するから不安で逃げ出しそうになる。それでも現地の人たちのために何とか役に立ちたいと肚(はら)を決めて踏ん張って、困難を克服して、最終的には結果を出して現地の人たちからありがとうという言葉をもらう。そのときに自分がした仕事、あるいは自分が培ってきたスキルは社会とこういうふうにつながっているんだということをまさに身をもって実感する。そして帰国しても会社という組織がどういうふうに社会に貢献しているかということが想像できるようになるので、仕事そのものは変わらないけれど、社会との接点と仕事に対する姿勢が変わる。だから自ずと人柄が変わり、仕事が志事に変わる。結果、目をキラキラさせて働くようになるというわけです。

小沼大地-近影3

もう少し大きな視点で言うと、日本と途上国の良いところと足りないところのバランスを取りたいと考えています。途上国の人たちは自分のコミュニティや自分の住む国をよくしていきたいという情熱をもって働き、結果、仕事に対して楽しさや幸福感を抱いています。ただ、途上国の特に農村部には発展するためのリソースや経済力は圧倒的に不足しています。日本は真逆の状況で、技術力などのリソースや経済力は豊富ですが、一方で、多くの人びとは生きる意味、働く目的を見失っているように感じます。そのお互いに足りない部分を補完し合う、つまり「想い」と「技術」を取り引きすることによって、世界の不均衡をなくしたい。これが僕たちのやりたいことなんです。


──2つ目の目指していることとは?

現在日本にはさまざまな社会問題がありますよね。しかもどれも深刻で行政の力だけでは解決が難しくなってきていて、NPOの役割に注目が集まっています。ただ、NPOは社会問題を解決したいという志は強いけれどヒト・モノ・カネのリソースが少ない。そこに豊富なリソースをもつ企業や行政が入ってきて力を合わせれば問題を解決できる可能性はぐっと高まります。だから行政、企業、NPOの3つのセクターが連携しながら一緒に課題を解決していくという世界を創りたいんです。

小沼大地(こぬま だいち)
1982年神奈川県生まれ。NPO法人クロスフィールズ代表理事

一橋大学社会学部・同大学院社会学研究科修了。大学卒業後、青年海外協力隊として中東シリアに2年間赴任し、現地NPOとともにマイクロファイナンスや環境教育のプロジェクトに携わる。帰国後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。人材育成領域を専門とし、国内外の小売・製薬業界を中心とした全社改革プロジェクトなどに携わる。同時並行で若手社会人の勉強会「コンパスポイント」を立ち上げ、講演会の企画やNPOの支援活動などを行う。2011年3月退社、松島由佳と共同でNPO法人クロスフィールズを創業。2011年、世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Shapers Community(GSC)に選出。2015年からは国際協力NGOセンター(JANIC)の理事も務める。1児の父親として家事・育児にも積極的に参加するイクメンでもある。

初出日:2015.08.03 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの