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2015.05.07  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

家族経営にこだわる

家族経営が最高と語る宮治さん。豚の生産を担当する父の昌義さん(写真中央)と弟の大輔さん(左)と

──経営ポリシーは?

1つは家族経営にこだわるということ。これまでお話したように、株式会社みやじ豚は生産担当の父と弟、電話応対をする母、事務や広報などを担当する妻、プロデューサー的役割の私の5人の家族で養豚業を営んでいる零細企業です。この家族経営こそが農業の理想だと思っているんです。

かつて世界中を席巻した日本の代表的なものづくりの企業は衰退の一途をたどっていますが、その主な原因の一つにはいかに効率よく利益を上げられるかという短期的な視点で経営を行ってきたことがあると思うんです。そうせざるをえない理由は株主からの圧力も多分にある。そもそも株式会社は株主のもので、株主により多くの配当を払うために儲けないといけないという論調が強いですが、僕は本当にそうなのかなと思います。株主を重視するよりも実際に働いている従業員のためを考えるべきだと思いますし、その方が結果としてより良いパフォーマンスを発揮して顧客にも喜ばれるのではないでしょうか。

家族経営の場合、最大の目的は子の代、孫の代まで事業を続けていくこと。そのために何をすべきかという超長期的な視点で経営を考えるので、目先の利益のみにとらわれず、本当に大事な残しておくべきものを大切にできます。それが最大の強みだと思っています。赤の他人の株主の目を気にしなくていいですし。そして大企業は大抵の場合、労働組合による労働争議があったりして、経営側と労働者側が対立関係にありますが、小規模な家族経営の場合は一般的な労使関係になく、全員が経営者であり労働者。利害関係が完全に一致しているし、子々孫々まで残していくという同じ目的のために働いているので争いは起きません。

規模を大きくしない

もう1つ大事にしていることは養豚業の規模をこれ以上大きくしないということです。多くの人は会社の成長というと規模の拡大や増収増益という認識でしょうが、僕らは必ずしもそうじゃないと思っているんです。もちろん成長することは必要ですが、それら以外の成長もある。例えばみやじ豚が目指しているブランド価値の向上も間違いなく成長の一つですし。

先ほどもお話しましたが、うちは1ヶ月に生産できる豚の数は100頭と日本の養豚農家の平均の半分以下の本当に小さな農家です。でも今後も大量生産するつもりはありません。規模を大きくして豚の頭数を増やせば味にばらつきが出ます。こっちの豚舎の豚はうまいけど、こっちはそうでもない。でも効率と利益を重視して一緒に混ぜて出荷するような真似は絶対にしたくない。それよりも月100頭を丁寧に育てて、人数は少ないかもしれないけど食べたみんながおいしいと喜んでくれて圧倒的な満足感を得てほしい。顔の見える、味のわかる、僕らの思いに共感してくださるお客様に食べて満足していただければそれでいい。それがみやじ豚の生き方だなと考えています。規模や売り上げの拡大よりも、ブランド価値を高め、よりコアなファンを増やしていく方を大事にしたいので、規模を大きくしないんです。

「農家のこせがれネットワーク」

──もう1つの活動の柱である「NPO法人農家のこせがれネットワーク」とは何を目指し、どのような活動をしている団体なのですか?

農家のこせがれネットワークの交流会にて

農業が「かっこよく・感動があって・稼げる」3K産業へと成長し、小学生の就職希望ランキング1位になることを目指し、都市で働く農家の子息が実家に戻って就農する後押しをしている団体です。

国は新規就農者の支援を行ってはいますが、彼らが成功するのは本当に困難です。まず、縁もゆかりもない土地に入って農地を借りるだけでもかなりハードルが高い。先祖代々受け継がれてきた大切な農地をどこの馬の骨ともわからない赤の他人に簡単に貸せるはずがないというのが一般的な農家の考えだからです。運よく農地を借りられたとしてもビニールハウスを建てたりトラクターなどの機材を買ったりとか初期投資に多額のお金がかかりますが、それでも1年目はまともな収穫は期待できないので無収入を覚悟せざるをえないでしょう。2年目にやっと収穫できたとしてもどうすれば上手に販売できるかわかりません。こういった数々のハードルを乗り越えないと新規就農者は食べていけないのです。

ところが農家のこせがれは実家に帰れば即就農可能です。すでに農地も道具もあるし家賃も食費も無料。技術指導は経験豊富な親がやってくれる。新規就農者と農家のこせがれとはスタートの時点でこれだけの差があるんです。農家のこせがれとして生まれたら跡を継がないと損だと言っても過言ではありません。

さらに、都市で働く農家のこせがれは厳しいビジネスの現場で積んだ経験や培ったスキルをもっています。例えば名刺の受け渡しや電話応対、会話のマナー、コピーの取り方、パソコンの使い方、インターネットの活用方法、取り引き先との交渉の仕方、お金の取り決めの話、理不尽なことが起きた時の対処法など、農業しか経験していない人がもっていない強力な武器をもっていて、農業をやるときに絶対に生きます。ソーシャルメディア、デジタルツールを使いこなしつつ既存の枠にとらわれず、若い感性で大胆に行動することも可能でしょう。こういった農家のこせがれたちがどんどん帰農するようになれば、かなり以前から危機に瀕していると言われ続けている日本の農業を再度盛り上げることにも繋がると信じています。

しかし農家の厳しい現実を知っているだけになかなか実家に戻って就農するふんぎりがつかないこせがれが多いのも事実です。そこでそんな悩める農家のこせがれたちに農業の魅力と可能性を伝えて、実家に帰って農業を始めるその後押しをしたい。そんな思いで2009年に立ち上げたのが農家のこせがれネットワークです。以来、農家のこせがれと食や農業に関心が高い生活者とがつながれる場を作り出すことを中心に活動してきました。

宮治勇輔(みやじ ゆうすけ)
1978年神奈川県生まれ。株式会社みやじ豚代表取締役社長/特定非営利活動法人農家のこせがれネットワーク代表理事

2001年、慶應義塾大学総合政策学部卒業後、株式会社パソナに入社。営業・企画・新規プロジェクトの立ち上げなどを経て2005年6月に退職。実家の養豚業を継ぎ、2006年9月に株式会社みやじ豚を設立し代表取締役に就任。生産は弟、自身はプロデュースを担当し、兄弟の二人三脚と独自のバーベキューマーケティングにより2年で神奈川県のトップブランドに押し上げる。みやじ豚は2008年農林水産大臣賞受賞。日本の農業の現状に強い危機意識を持ち、最短最速で日本の農業変革を目指す「特定非営利活動法人農家のこせがれネットワーク」を設立。一次産業をかっこよくて・感動があって・稼げる3K産業にするため、新しい農業標準作りに挑戦する。農家とこせがれのためのプラットフォーム作りに取り組むほか、農業に力を入れる地方自治体のPR活動の支援、若手農業者向けの研修、講演などで全国各地を飛び回る。2014年10月には悩める農家のこせがれが帰農をあきらめず、一歩を踏み出すため仲間を得て自信をつける場「REFARM会議」を開催。2015年3月に第1回を開催した。2009年11月、初めての著書『湘南の風に吹かれて豚を売る』を出版。2010年、地域づくり総務大臣表彰個人表彰を受賞。

初出日:2015.05.07 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの